末期症状の日本政治

2017.10.3.

ある新聞からの誘いを受けて書いた小文を紹介します。9月下旬に脱稿したもので、その後も様々な動きがありますが、この小文で記した内容を見直すことが必要なものはありませんので、そのまま紹介します。

日本政治の現状を見ると、つくづく末期症状だと悲しくなる。安倍(首相)の衆議院解散・総選挙の強行は、彼の政治の本質である政治の私物化の典型的かつ最も突出した事例以外の何物でもない。自らがでっち上げてきた「北朝鮮脅威論」に「愚かで無知蒙昧な」国民の関心を呼び戻して政権に対する支持率を回復させたという奢り、野党(特に民進党)がまともに選挙を戦える状況にないという判断、そして、なんとしてでも長期政権がためをして9条改憲を自らの手で実現したいという野望。"朝鮮半島からの難民は射殺する"という最上級の暴言を吐いた麻生(財務相)が解散・総選挙を進言し、安倍がこれに乗っかったとされることほど、日本政治の末期症状を端的に象徴するものはない。
 小池(都知事)の行動も安倍に負けず劣らず私物化政治だ。小池が都知事選に出馬した当時から、「国政」復帰をにらんだ足場固めという狙いは見え見えだった。「保守二大政党による政権交代」が唯一の政治信条(?)の前原(民進党代表)が希望の党へのなりふり構わぬ吸収合併を推進したことで、小池の政治的野望は一気に膨らんだ。当選目当てで殺到する民進党議員(候補を含む)を抱え込むことで、頭数の上で自民党と互角に戦うことが可能となったからだ。
 しかし、以上の政治の「流れ」は日本政治のもう一つの、そしてより重大な末期症状を意味している。小池は、安保と憲法に関する自らの主張との一致を「踏み絵」としてふるいにかけることを明確にした。これにより、民進党内の旧社民党系は排除されるだろう。その結果、今後の日本政治に巨大な変化が現出する危険性が大きくなった。
それは、改憲を標榜する二大政党が日本政治を牛耳る可能性が限りなく大きくなるということだ。改憲(特に9条改憲)に反対する政治勢力の国政に対する影響力は決定的に弱められるだろう。ところが、「小池劇場」に目を奪われているマス・メディアを筆頭に、ほとんどの国民はその危険性にまったく目が向いていない。それこそが日本政治の今ひとつの末期症状に他ならない。
 日本政治の末期症状を目の前にして、つくづく悲しいのは国民的学習能力の欠如である。永田町政治の権力目当ての離合集散劇がいかなる結末を導くかについては、私たちはいやというほどの経験をしてきた。そしてその都度、日本政治は確実に右傾化を強めることを目にしてきた。今回の民進党の希望の党への吸収合併はその繰り返しにほかならず、しかも今回で右傾化への流れは完結するだろう。政治信条に関して、安倍と小池との間を隔てるものは何もない。しかし、マス・メディアはその事実からことさらに目を背ける。客観的判断のモノサシを持たない多くの国民は学習するすべもなく、流される。
 思うに、森友及び加計両学園問題によって安倍による政治の私物化が露わになり、そのことが安倍政権に対する不信感を強め、支持率低下を導いた。ところが、米トランプ政権の朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対するごり押し政策が招いた朝鮮半島の緊張を「北朝鮮脅威論」に矮小化する見え透いた手口に多くの国民の耳目が奪われてしまったこと(これまた、客観的判断のモノサシを持たないことに由来する)が、今回のドタバタ政治劇の発端になってしまった。私はたびたび「北朝鮮脅威論」が作り話であることを明らかにしてきたので、ここでは繰り返さないが、朝鮮半島情勢を含む国際情勢について、私たちが的確な判断能力を備えているのであれば、今日の悲しむべき状況を目にすることはなかっただろうことは断言できる。
 とはいえ、悲しみ嘆いているだけでは世の中は前に進みようがない。否、そんな悠長なことを言っている場合ではない。日本政治が後戻りのきかない右傾化の最終局面に突入することだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
 率直に言って、客観的判断のモノサシの備えを持たない多くの日本人がある日突然に覚醒し、日本政治の主人公に化ける可能性は限りなく小さい。しかし、次のことを考えることは最低限できるだろう。
 第一、安倍の言う「北朝鮮脅威論」がホンモノだとしたら、そんなときに選挙を仕掛けるなどというのんきなことをしている余裕があるはずはないということだ。逆に言うと、安倍は「北朝鮮脅威論」が作り話であることを重々承知だからこそ、政治を私物化することに余念がないということなのだ。この簡単な理屈が分かるものであれば、今回の茶番劇に乗せられる我が身のふがいなさは分からなければおかしい。
 第二、小池は毀誉褒貶の激しい(そのことは彼女の政治遍歴で一目瞭然)右翼政治屋(最近の具体例は東京大地震の際に虐殺された朝鮮人に対する慰霊を実質的に拒否したこと)であることは公知の事実であるということだ。私たちが直面している政治的現実は、「前門の虎(安倍)、後門の狼(小池)」であることを直視する勇気が私たちにあるかどうかが問われている。
 第三、そしてこれが最も重要なことだが、日本政治がこれ以上右傾化することに対しては、トランプ政権のアメリカはともかくとして、アジア諸国を含む世界は無関心ではあり得ないということだ。トランプにのめり込む安倍は世界的に突出した異常現象だ。いわゆる「従軍慰安婦」問題に代表される右翼政治の歴史観は世界の注目と関心を高めている。過去の歴史を反省しない日本は再びその歴史を繰り返す危険が大きいという警戒感も高まっている。
 私たちが自ら気づいてこれ以上の右傾化を阻止するか、それとも再び1945年8月15日(国際的な強制ブレーキ)を経験するほかないのか。その二者択一は私たち自身の自覚如何にかかっている。