「安倍9条改憲」に対抗する安保外交政策
-9条はポツダム宣言の嫡出子-

2017.9.25.

テレビ朝日の昼ドラ「やすらぎの郷」に引き込まれ、欠かさず録画してみています。その中で「断捨離」という聞き慣れぬ言葉を知りました。ネットを検索して分かったのですが、山下英子(クラターコンサルタント)氏が言いだした言葉だそうで、彼女の公式サイトの名前にもなっていました。
 私も何故かひどく触発され、私の身辺整理をしなくてはと思い立った次第です。とは言え、今身辺に残っている重厚長大といえば、書籍ぐらいなもの。それでも整理し、八王子の古本屋に引き取りに来てもらうまでにかなりの時間を費やしました。
 そうこうしているときに、トランプの信じられない国連総会演説が行われ、金正恩自らが激しく反応する声明を発表するという激しい展開があって、私としては2015年8月に38度線沿いで起こった朝鮮南北の一触即発時と同じ緊張感に襲われています。
 最近コラムの更新が滞っているのは以上の二つの原因によるものです。断捨離の方はそろそろメドが付きかけていますので、また、気を取り直してコラムも更新しようと思っています。今回はとりあえず、昨日(24日)、雑誌『法と民主主義』から送られてきた、掲載文章を紹介します。

 本稿は、まず、安倍首相が狙う9条改憲の動きを、戦後のアメリカの対日政策の変遷という脈絡において位置づけ、次に、日本の安保外交政策を考える前提となるべき21世紀の安全保障環境が20世紀までのそれとは本質的に変化を遂げていることを明らかにし、最後に、9条に基づく安保外交政策こそが21世紀の安全保障環境のもとにおけるもっとも意味ある現実的な選択であること、そしてそういう主体的選択をなし得る国民意識を涵養することが喫緊の課題であることを明らかにすることを目的とする。
1.「安倍9条改憲」の国内的国際的含意
(1)アメリカの圧力と内閣法制局の憲法「解釈」で歪められてきた9条
冒頭に確認しておきたいことは、9条の本義は主権者・国民が「国家としての自衛権」を否定したことにあるということである。それは、ポツダム宣言(以下「宣言」)及びマッカーサー3原則(憲法案作成に対してマッカーサーが示した指針)に基づくものであり、憲法制定当時はそういうものとして正確に理解・認識されていた。
それを何故改めて確認するのか。ほかでもない。9条論議(護憲・改憲を問わず)でスッポリ抜け落ちているからである。何故、この核心的ポイントが抜け落ちてしまったのか。その点を理解し、憲法論議を正すためには、①アメリカの戦後の対日政策の変遷、そして、②内閣法制局がアメリカの対日要求に応えるために行ってきた9条「解釈」操作、以上の2点を正確に理解することが不可欠である。
アメリカの対日政策は3段階に分けることができる。
第一段階は、米ソ冷戦が本格化し、中華人民共和国が成立(1949年)し、朝鮮戦争が勃発(1950年)する国際情勢の変化のもと、アメリカが対日政策を180度転換し、日本をアジア・極東における反ソ反共戦略の橋頭堡と位置づける政策に転換した時期から、1980年代末までである。
東西冷戦激化に直面したアメリカは、宣言を対日政策遂行上の桎梏と見なし、それを法的政治的軍事的に迂回するべく、対日平和条約及び旧日米安保条約(サンフランシスコ体制)によって、日本の「独立」を回復させた(ソ連は平和条約交渉には参加したが署名せず、中国は交渉自体から排除された)。9条は「国家としての自衛権」を放棄したが、平和条約(5条(iii))及び旧安保(前文)は、日本が国連憲章51条に基づく個別的集団的自衛権を保有することを「承認」することで、9条の根幹を根底から崩そうとした。アメリカが具体的に日本に要求したのは、自前の軍事力保持と基地提供(兵站支援)であった。
アメリカの以上の乱暴を極める対日アプローチに対して日本が本来踏むべき手続きは、憲法96条に基づく9条改憲だった。しかし、敗戦を受けた当時の国民感情を知り尽くした政権としては、それはとり得ない選択だった。国民投票で否決されれば、アメリカの対日要求を拒否するほかなくなるからだ。そこで編み出されたのが、内閣法制局が憲法「解釈」を操作するという、その後長きにわたって続けられることになった手法である。
マッカーサーが「9条は国家としての自衛権を否定する趣旨とは解し得ない」とした(1950年年頭の辞)のを受けて、吉田首相は自衛権保持を公言した。それを受けて内閣法制局は、「必要最小限の自衛力」は9条が禁じる「戦力」に当たらないと「解釈」した。また、安保条約・地位協定に基づく米軍に対する「基地提供」は、国際法上の集団的自衛権行使である「兵站支援」には当たらないと「解釈」した。
第二段階は、米ソ冷戦終結、湾岸戦争さらには「北朝鮮核疑惑」(1993-94年) 等の国際情勢の変化とソ連解体後のアメリカの軍事的一極支配構造のもと、いわゆるナイ・イニシアティヴ(1994年)、日米安保共同宣言(1996年)、新ガイドライン(1997年)を経て、日本が一連の有事法制を整備し、対米軍事協力を本格的に強化していった時期である。
アメリカは、ソ連に代わる脅威として「様々な不安定要因」を措定し、湾岸戦争におけるいわゆる多国籍軍方式の成功に味を占めて同盟国・友好国の役割・分担強化の戦略を追求した。その一環として、アメリカは日本に対して「NATO並みの日米同盟」の実現を要求した。アメリカの具体的な対日要求は、日本による集団的自衛権行使への踏み込みと、それを担保するための国内法の「受け皿」整備に収斂していった。
内閣法制局は、比較的早い段階で、「武力行使を目的としない自衛隊の海外派遣」は9条が禁じる「海外派兵」には当たらないとする憲法「解釈」を行っていた(1980年)。しかし、本格的に憲法「解釈」の手法を駆使することになったのは、アメリカの以上の対日軍事要求に応える必要に迫られたためである。
代表的な事例としては、「武器使用」は9条の禁じる「武力行使」に当たらない(PKO協力法 1992年)、 「武力行使と一体化しない後方地域支援」は9条が禁じる「後方支援(兵站活動)」、「集団的自衛権行使」には当たらない(新ガイドライン 1997年)、「非戦闘地域への自衛隊派遣」は「海外派兵」、「集団的自衛権行使」ではない(イラク特措法 2003年)などが挙げられる。
これらの憲法「解釈」をもとに国内法の「受け皿」整備が強行された。周辺事態法(1999年)、改定ACSA・米軍支援法・国民保護法等のいわゆる有事法制(2004年である。
第三段階は、「防衛計画の大綱」(2004年)、「2+2」共同発表「日米同盟:未来のための変革と再編」(2005年)、「新世紀の日米同盟」(2006年)を経て、集団的自衛権行使に関する閣議決定(2014年)が行われ、さらに「安倍9条改憲」を目指す今日までの時期である。第一及び第二段階は、国際情勢の変化を背景としたアメリカ側のイニシアティヴで進められたが、第三段階では、集団的自衛権行使の「合憲化」に向けた日本側の積極性が著しいのが特徴だ。
アメリカからすれば、日本が一連の憲法「解釈」と有事法制を整備することで、「NATO並みの日米軍事同盟」の実を確保できたことで対日要求は充足された。しかし、9条改憲を宿願とする自民党(特に安倍首相)としては、「集団的自衛権行使は合憲」とするだけでは満足できず、9条明文改憲にまで歩を進めることを狙っているということだ。
(2)確認事項
 以上の歴史的経緯を踏まえ、私たちが踏まえておくべきポイントを整理する。
 第一、9条の意味については、内閣法制局がくり返し行ってきた恣意的な憲法「解釈」は許されず、9条の解釈には宣言という厳然たる外枠が存在するということ。即ち、憲法の3大原則の一つである「平和主義」とは、日本軍国主義の徹底した清算・排除を要求した宣言を体するものでなければならない。それゆえに9条は「国家としての自衛権」を否定した。「武力による平和」の立場は9条の許すところではなく、「武力によらない平和」のみが認められる所以だ。
 ちなみに、宣言は政治的文書であって、日本に対する法的拘束力はないとする主張がある。しかし、昭和天皇の終戦詔書(「朕ハ帝国政府ヲシテ‥其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ」)及び降伏文書(「宣言ノ条項ヲ誠実ニ履行スルコト‥ヲ天皇、日本国政府及其ノ後継者ノ為ニ約ス」)により、宣言の法的拘束力は否定するべくもない。憲法は条約・国際法に対する上位規範であるが、宣言だけは憲法に対する上位規範である。
 第二、国連加盟国である日本は、国際法(国連憲章51条)に基づく個別的集団的自衛権の保有が認められるが、日本に関する限り、9条は「国家としての自衛権」を否定しており、当該国際法上の権利は9条により認められないこと。
 また、国内の議論でスッポリ抜け落ちているが、「戦争・戦闘(武力行使)」、「戦力」、「兵站支援」、「海外派兵」、「集団的自衛権」等は優れて国際法上の概念であって、内閣法制局が恣意的な「解釈」で歪めることは許されないことも、改めて確認しておく必要がある。内閣法制局が長年にわたり、「9条が認めているのは個別の自衛権だけで、集団的自衛権は認めていない」とする「解釈」のもと、積み重ねてきた「個別的自衛権」の内容を拡大するための「解釈」操作は、そもそも認められないのだ。
即ち、「必要最小限の自衛力」は国際法上の「戦力」である。「基地提供」は国際法上の「兵站支援」に含まれる。国際法上の「海外派兵」は「武力行使を目的」とするかしないかによって区分されない。「武器使用」が国際法上の「武力行使」とは区別されるという主張に至っては噴飯物だ。国際法上の「後方支援(兵站)」が「武力行使と一体化」するか否かで区分されることもあり得ない。9条の本義を踏まえれば、法制局が行ってきた憲法「解釈」操作が許されるはずがないことは明らかである。
 第三、9条の出発点は宣言を受諾した1945年8月15日であり、憲法が施行された1947年でもなければ、対日平和条約が発効した1952年でもないこと。この点を確認することは、日本の今後あるべき安保外交政策を考える上で欠かすことができない。
 即ち、9条の解釈に宣言という外枠があるように、今後の日本の安保外交政策を考える上においても、宣言及び宣言が前提とする大西洋憲章(以下「憲章」)が想定した安全保障環境を抜きにした議論はあり得ない。
この点を正確に理解するためには、憲章が想定した第二次大戦後の世界安全保障環境の基本的要素を確認しておく必要がある。簡潔にまとめると、領土不拡大(1項)、領土不変更(2項)、自決権尊重(3項)、通商機会均等(4項)、経済協力(5項)、恐怖欠乏からの解放と生存権全うのための平和確立(6項)、公海航行の自由(7項)、強力使用放棄・侵略国武装解除・軍縮(8項)となる。
 宣言は特に憲章8項を日本に対して具体化したものと言える。しかし、憲法前文(「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」)は、憲章5項(「一切ノ国ノ一切ノ人類カ恐怖及欠乏ヨリ解放セラレ其ノ生ヲ全ウスルヲ得ルコトヲ確実ナラシムヘキ平和カ確立セラルルコトヲ希望ス」)に直接由来する。即ち、憲法は宣言のみならず憲章をも体している。
以上を踏まえ、私たちは、21世紀における日本の安保外交政策のあり方を考えるに当たって、次のステップを経なければならない。
第一段階:宣言が日本に課した降伏条件を踏まえる。
第二段階:21世紀の安全保障環境と憲章が予定した安全保障環境を比較検討する。
第三段階:両安全保障環境が基本的に同質・親和的であれば、日本の安保外交政策は憲章・宣言が日本に要求した条件を具現した憲法に基づく安保外交政策を行うべきだ。
第四段階:両安全保障環境が異質であれば、大きく言って3つの選択肢が出てくる。
第一、21世紀の安全保障環境を憲章が想定した安全保障環境に一致させるため、憲法に基づく安保外交政策を行うこと。
第二、21世紀の安全保障環境に即した安保外交政策を行う(及び、そのための憲法改正を行う)ことについて宣言当事国(米中露英)の同意を取り付けること。
第三、宣言当事国の反対を押し切って(無視して)21世紀の安全保障環境に即した安保外交政策を行うこと。この場合は、最悪、反対国との関係は交戦状態に逆戻りすることを覚悟しなければならない。
以下2.及び3.の結論を先取りすると、21世紀の安全保障環境と憲章が予定した安全保障環境は基本的に同質・親和的であるので、21世紀における日本の安保外交政策は憲法・9条を体したものであるべきであり、第四段階の作業に立ち入る必要はないということになる。
2.21世紀の安全保障環境
 日本の安保外交政策のあり方を考える上での大前提は、日本がいかなる国際的な安全保障環境のもとにあるかを正確に認識することである。このことはイロハのイに属することだが、悲しいことに、敗戦後の日本はアメリカの圧倒的影響力のもとにおかれて独立思考が奪われてしまい、アメリカのプリズムを通して物事を見るクセが付いてしまった。この弊害は保守政治勢力に著しいが、今日では私たちの思考をも支配するようになってしまっている。  私たちが21世紀における日本の安保外交政策のあり方を真剣に考えようとするのであれば、以上の惰性的思考を断ち切り、実事求是で21世紀の安全保障環境を考え、認識しなければならない。21世紀の安全保障環境の特徴を踏まえるためのアプローチとしては、20世紀までの安全保障環境を踏まえた上で、それとの対比で21世紀のそれを把握することがもっとも有意である。
(1)20世紀までの安全保障環境
 19世紀から20世紀にかけての国際的な安全保障環境の本質的要素としては、大国支配及びバランス・オブ・パワー(勢力均衡)の二つが基本だった。20世紀に入ってからはさらに、核デタランス(1950年代以後)、米ソ冷戦(1990年まで)及びアメリカの一極支配構造(1990年代)が加わった。
 これらの諸要素に共通するのは、「国際政治はパワー・ポリティックス(権力政治)である」という考え方である。
(2)21世紀の安全保障環境
 しかし、21世紀に入って国際的な安全保障環境は主に三つの要素によって根本的な変化が進行している。国際相互依存の不可逆的進行、地球的規模の諸問題の圧力の増大、普遍的価値(尊厳・デモクラシー)の国際的確立がそれである。
 これらの要素は、20世紀までは当然視されていたパワー・ポリティックスの優位性を根底からくつがえすものである。即ち、国際的相互依存の不可逆的進行及び地球的規模の諸問題の圧力は大国政治、バランス・オブ・パワー、核デタランスを無力化し、時代錯誤とする。また、普遍的価値(尊厳・デモクラシー)の国際的確立は、20世紀特に1990年代のアメリカによる価値解釈権の独占を根底から揺るがす。端的に言えば、21世紀の安全保障環境の最大の特徴は脱パワー・ポリティックス(脱権力政治)ということだ。
(3)アメリカ歴代政権の戦略から読み解く21世紀安全保障環境の趨勢
実は、1990年代から今日までのアメリカの歴代政権の戦略の変遷を踏まえることによって、21世紀の安全保障環境の趨勢を確認することができる。
アメリカ歴代政権の戦略の特徴としては、アメリカ第一主義という点では共通だが、政権によって次のような違いがある。まず、ブッシュ(父)及びブッシュ(子)両政権は20世紀的発想に立ってアメリカ的価値を世界に押しひろげる戦略だった。クリントン及びオバマ両政権も基本はそうだが、21世紀の安全保障環境(特に環境問題)も考慮に入れるようになった。これに対してトランプ政権は、一切の価値に対する無頓着(没価値)さらには蔑視(商売人的損得勘定)と20世紀的発想が顕著である。
トランプ政権の登場から読み取ることができるのは主に二つのことだ。一つは、「没価値」は19世紀への回帰であり、人類史の歩みに逆行していること。もう一つは、20世紀的発想へのしがみつきは、クリントン及びオバマ両政権時代より退行しているということだ。
歴史的に展望すれば、トランプ政権登場は「アメリカ一極支配」の「終わりの始まり」となる可能性が極めて高い。さらに言えば、21世紀的安全保障環境のもとでは脱パワー・ポリティックス(脱権力政治)が時代の趨勢ということである。
(4)核デタランスと「北朝鮮脅威論」
核兵器禁止条約が採択されたことは時代を画する出来事である。しかし、すべての核兵器保有国が条約締結会議をボイコットし、アメリカの「核の傘」即ち核拡大デタランスのもとにある国々も不参加(オランダは反対)だったという事実は、20世紀の安全保障環境の構成要素であり、21世紀においては清算されるべき核デタランスという壁を克服することの難しさをも表している。
ちなみに、日本語ではデタランスを「抑止」「抑止力」と置き換えているが、これは根本的かつ意図的な誤訳である。
即ち、デタランスは、軍事的に一歩も引かない(戦争というリスクを敢えて受け入れる)意思と能力を意味するのに対し、私たちが「抑止」「抑止力」という言葉で理解するようにすり込まれているのは、戦争という事態が起こらないようにし、平和を維持するための政策的努力であり、そのための備えということだ。簡単に言えば、前者の力点は戦争であり、後者の力点は平和だ。
つまり、「抑止」「抑止力」は、アメリカの「核の傘」(核拡大デタランス)を受け容れようとした日本で、反戦・反核感情の強い日本人にその受け入れを認めさせるために編み出された意図的誤訳である。したがって以下では「デタランス」という用語で統一する。
デタランス(deterrence)の本義は、「報復」という「脅迫」によって「攻撃」という「脅威」に対抗することである。デタランスが成り立つための条件は、報復する決意がホンモノであることを攻撃しようとする側に確信させること、及び、報復によって被ることになる被害が攻撃側にとって受け入れ不能である (したがって攻撃を思い止まらざるを得ない) ことである。
朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核ミサイルが「脅威」だとする理解は世界的に広く共有されてしまっている。しかし、「脅威」と「デタランス」との間には本質的な違いがある。簡単に言えば、"「脅威」=「攻撃する意思」+「攻撃する能力」"であるのに対して、"「デタランス」=「報復する意思」+「報復する能力」"だ。朝鮮の核ミサイルはデタランスではあるが、脅威ではあり得ない。
仮に、朝鮮が血迷って攻撃を仕掛ければ、次の瞬間に朝鮮は地上から抹殺される運命にあることは朝鮮自身が知悉している。したがって、朝鮮には攻撃する意思はなく、脅威ではあり得ない。
しかし、朝鮮はアメリカ(米日韓)が攻撃を仕掛ければ、米日韓にとって受け入れ不能な報復を行う意思と能力を持っている。したがって、朝鮮の核ミサイルはデタランスである。結論として、「朝鮮脅威論」は米日合作のフィクションにすぎない。
もう一点、21世紀における核デタランスの「虚」と「実」について明らかにしておく。
まず、アメリカが主張する核デタランスは「虚」である。アメリカはミサイル防衛システム開発に邁進しているが、そのこと自体が核デタランスの本質的否定である。というのは、このシステムによってアメリカが追求するのは核第一撃能力の確保にある(露中朝の核報復力を無力化すれば、アメリカは核戦争に訴えることができる)からだ。
より本質的な事実は、 国際的相互依存下の21世紀における核戦争はアメリカの意味ある存続をも不可能にするということだ。アメリカが軍事的に朝鮮に「勝利」するとしても、朝鮮の核反撃で日韓(米軍基地を含む)も地獄に突き落とされ、アジア経済ひいては世界経済は激震・崩壊に見舞われる。核デタランスの虚妄性はあまりにも明らかだ。
さらに、普遍的価値(尊厳・デモクラシー)の国際的確立は、もっとも反人道的な大量破壊兵器である核兵器の廃絶及び核デタランスの破産を運命づけている。大量破壊兵器とされるのは生物兵器、化学兵器そして核兵器だ。生物兵器と化学兵器についてはすでに条約で禁止されている。両兵器以上に残虐で反人道的な核兵器の禁止・廃絶は21世紀最大の課題である。
しかし、アメリカ(強大国)の攻撃的軍事戦略に対して身構えざるを得ない国々(弱小国)にとっては、核デタランスは「実」である。即ち、アメリカに身構える中露朝、中国に身構えるインド、インドに身構えるパキスタンが、核デタランスによって自国の安全を図ろうとするのはそれなりの根拠がある。したがって、アメリカの核戦略を断念させない限り、核兵器廃絶の現実的展望は開けないのだ。
(5)領土問題と「中国脅威論」
 いわゆる領土紛争は、20世紀までの安全保障環境のもとでは、国家主権にかかわる重大な問題と位置づけられてきた。しかし、国際相互依存が不断に進行する21世紀の安全保障環境のもとでは、領土問題の重要性は薄れ行く運命にある。そのことは、一体化が進む欧州における領土問題の稀薄化を見るだけでも明らかだ。
しかし、権力政治的発想が根強い東アジアにおいては、領土問題は相変わらずの重みを持って受けとめられる状況が続いている。特に、「先進国」を自認する日本がとりわけ領土問題に執着することがますます事態をこじらせる。その集中的な表れは、「中国の領土的拡張主義」をもって中国は「脅威」だとするいわゆる「中国脅威論」だ。
 「中国脅威論」がまっとうであるか否かを検討する前に、中国がいかなる国際情勢認識に立ち、いかなる国際関係のあり方を提起しているかについて確認しておく必要がある。
 結論からいえば、中国は21世紀の国際的な安全保障環境を正確に踏まえて新しい国際関係のあり方を提起している。即ち中国は、国際相互依存の不可逆的進行という安全保障環境を踏まえ、国連憲章に規定される国際関係の準則に立脚した国際関係を提唱している。それは、西側先進諸国水準に到達するための経済開発に邁進するため、長期にわたる平和と安定した国際環境を必要とする中国のおかれた状況をも踏まえたものだ。
 中国は、19世紀から20世紀にかけて、欧米日列強に蹂躙されて国際関係の最底辺を経験した。また、1949年の建国後も、文化大革命をはじめとする紆余曲折を極めた歴史を経ている。そういう歴史の総括に立った上での上記の対外政策路線は揺るぎないものである。
 ただし、欧米日列強に蹂躙された苦い体験を持つ中国は今日なお基本的に途上国であり、国家主権に対するこだわりは強く、東シナ海(尖閣)及び南シナ海(西沙・南沙)における領土問題については敏感だ。以上を踏まえて、日本で喧伝される「中国脅威論」を簡単に検証する。
 まず尖閣だが、中国は宣言8項(「「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ」)で解決済みという立場だ。日本に関する限り、宣言8項に言う「吾等(米英中ソ)ノ決定スル諸小島」には尖閣も含まれるので、中国の主張に抗弁するいかなる根拠もない(いわゆる「固有の領土論」は宣言の前では何の意味も持たない)。蛇足をつけ加えれば、日本は中国との国交正常化を実現した日中共同声明で、台湾の帰属に関してではあるが、「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」(3項)ことを確認している。
 南シナ海(西沙・南沙)に関しては、日本は、日華平和条約2条で中国領であることを間接的に承認している(「日本国は、(対日平和条約)第二条に基き、台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される」)。
以上の宣言・条約の規定を踏まえるだけでも、日本政府(安倍政権)が中国の「拡張主義」を云々し、「中国脅威論」を喧伝することがいかに失当であるかは明らかである。
日本が正視するべきは、中国が21世紀の国際的な安全保障環境を踏まえた国際関係のあり方を提起しているという事実であり、そのことが、以下に述べる21世紀における日本の安保外交政策を考えるうえで持つ意味は何かということである。
3.日本の安保外交政策のあり方を考える
(1)基本認識:21世紀の安全保障環境と大西洋憲章との親和性
改めて確認しておく必要がある事実は、すでに紹介したとおり、憲章は民主的国際関係(脱権力政治)を展望しており、21世紀の安全保障環境との親和性が高いということだ。ということは、20世紀の安全保障環境のもとでは、憲法・9条に基づく安保外交政策は理想論という批判に一定の根拠があったことを認めるとしても、21世紀の安全保障環境下では憲法・9条に基づく安保外交政策こそがもっとも意味あるかつ現実的な選択であるということだ。即ち、国際相互依存の不可逆的進行、地球的規模の諸問題の圧力、普遍的価値の国際的確立は、憲法・9条に基づく安保外交政策の推進を客観的に要求している。
(2)最重要課題
すでに明らかにしたとおり、敗戦後の日本の安保外交政策は、ひたすらアメリカの世界戦略を下支えする方向で営まれてきた。逆にいえば、21世紀の安全保障環境を踏まえ、日本が憲法・9条に基づいて安保外交政策を根本的に転換することは、アメリカの世界戦略の根本的見直しを迫る世界最強の推進力となるということだ。
第一、日本が対米軍事協力政策を撤回する(集団的自衛権行使の閣議決定を無効にする)ことは、アメリカの世界戦略に対する最大の痛撃になる。 第二、日本が非核3原則を徹底し、アメリカの「核の傘」(拡大核デタランス)依存政策をやめることは、アメリカの核戦略の「虚」を白日の下にさらす。
それだけではない。日本の安保外交政策の根本的転換は、21世紀の東アジアひいては世界の安全保障環境の改善に決定的な寄与を行うこととなる。 まず、アメリカは対朝鮮半島政策の根本的転換を迫られる。さらに、南シナ海問題は中国と関係諸国との間のローカルな問題に戻る。
さらに、日米軍事同盟の解消はNATOの存在理由をも根本から問い直させる契機として働く。また、核デタランスの「虚」を白日の下にさらすことは、核兵器廃絶を促進する。
憲法・9条に基づく安保外交政策を行う日本が21世紀の安全保障環境に立脚した国際関係のあり方を提唱する中国と共同すれば、アメリカは権力政治の世界戦略を見直すほかなくなるだろう。かくして、21世紀の世界は権力政治から脱権力政治へと根本的に変化するだろう。
(3)国民的・主体的課題
何故これまで、以上のような日本の安保外交政策の根本的転換が阻まれてきたのか。原因は多岐にわたるが、私がもっとも強調したいのは、戦後日本の安保外交政策を客観的に下支えしてきたのは国民の曖昧を極める安保外交観である、という事実だ。
即ち、「9条も安保も」、「非核3原則も核の傘も」を支持する世論が6割以上を占める現実は、国際的には理解不能・奇々怪々な珍現象である。このような曖昧模糊とした安保外交観を清算しない限り、私たちのなかから、日本の安保外交政策を根本的に転換させる力(エネルギー)が出てくるはずはない。
この曖昧さを克服するためには、曖昧であることに安住しようとする私たちの心情を作り出す原因を剔抉し、私たち一人一人がそれらの原因と正面から向きあい、意識的に清算・克服する以外にない。私は、日本政治思想史の丸山眞男及び日本思想史の相良亨の指摘を私なりに咀嚼して、以下の3点を挙げる。
第一に、日本の思想は古来より、物事の是非・正否・善悪を判断する「客観的モノサシ」(普遍的価値判断基準)を涵養することが阻まれてきたこと。「長いものには巻かれろ」「泣く子と地頭には勝てぬ」(→「お上」意識)、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」、「出る杭は打たれる」などの俗諺が今日なお広く流通する原因はここにある。
第二に、私たちは既成事実に対してからきし弱いこと。本来の「現実」とは、「可能性の束」(丸山)としてあり、私たちがその束の中から主体的に選択する可能性としてあるはずだ。ところが、多くの日本人にとっての「現実」とは、与えられたもの(所与性)、一つしかないもの(一次元性)、とりわけ「お上」から与えられたもの(「権力性」)として立ち現れる。
第三に、日本人の倫理意識、政治意識及び歴史意識は非常に特異であること。日本人の倫理意識では、動機の純粋性・所属体への忠誠心が重視され、そこからは客観的な是非・善悪に関する判断基準が生まれにくい。また、日本人の政治意識を支配するのは、「捧げる」「奉る」という「下」から「上」に対する行為であり、そこでは客観的な正否に関する判断基準が生まれにくい。さらに日本人の歴史意識では「いま」がすべてであり、そこからは客観的な歴史的法則性あるいは「歴史を鑑とする」という認識が生まれる余地がない。
結論として、日本人の倫理意識及び政治意識が、物事の是非・正否・善悪を判断する「客観的モノサシ」(普遍的価値判断基準)を涵養することを阻んできたのであり、その歴史意識が既成事実に対する弱さを生み出してきたということだ。
以上の諸問題に自覚的に取り組む決意を国民的にわがものにすることによって、私たちは日本版「ろうそく革命」を行う主権者意識を我がものにすることができるだろう。そういう主権者意識を我がものにした私たちは、政治に対して主体的に働きかけるようになるし、21世紀の安全保障環境にふさわしい憲法・9条に基づいた安保外交政策を行う日本を作り出す主権者として立ち現れることになるのだ。