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朝鮮核問題解決の道(韓国識者の問題提起)

2017.9.12.

9月10日付のハンギョレ新聞は、盧武鉉政権当時に統一部長官を務め、現在は世宗研究所首席研究委員の李鍾奭(イ・ジョンソク)の寄稿文章「"朝米修交"カードが残っている」を掲載しました。下記日本語訳は、11日付のハンギョレWSに掲載されたものです。
 朝鮮の第6回核実験以後、韓国の朝鮮日報、中央日報などの保守系メディアでは、朝鮮に対抗するための核武装論までもが公然と主張される騒ぎになっています。文在寅政権の腰の定まらない対応が「火に油を注ぐ」役割を客観的に果たしていることは否みようがありません。そうした現状に対する正面からの反論として、李鍾奭は「"朝米国交正常化と不可侵の約束"は北朝鮮核放棄の大転換を作り出す可能性が大きい。北朝鮮は核の凍結とミサイル挑発の中断を実施し、同時に国連は北朝鮮に対する経済制裁を解除することによって、合意の具体化および履行の環境を作る。6カ国協議では北朝鮮の核の永久的廃棄と朝鮮半島の平和体制転換を盛り込んだ履行合意文ができるはずだ」とする、米朝和解を通じた朝鮮半島非核化実現は可能だとする議論を展開しました。
 私もかねてから、朝鮮の立場をフォローする中で、朝鮮が含みある発言をくり返していることに注目しています。7月5日の「火星14」発射実験に際しての金正恩発言以後に限っても、以下のようにくり返してのメッセージ発出があります。「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かない」(金正恩発言)ということは、言葉を換えれば、「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されれば、核と弾道ロケットを協商のテーブルに置く用意がある」ということでしょう。

<金正恩党委員長が大陸間弾道ロケット「火星14」型の試射を現地で指導>
【平壌7月5日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党委員長で共和国国務委員会委員長、朝鮮人民軍最高司令官である最高指導者金正恩同志の直接的な指導の下で国防科学院の科学者、技術者が4日、新しく研究、開発した大陸間弾道ロケット「火星14」型の試射を成功裏に行った。…
金正恩委員長は、米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かないと強調した。
<チュチェ朝鮮の不敗の国力を世界に誇示 朝鮮中央通信社論評>
【平壌7月5日発朝鮮中央通信】朝鮮が4日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」型の試射に一度に成功した。…
朝鮮は、米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、いかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないであろうし、すでに選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かないであろう。
米国が今日の朝鮮と相手するには何よりもまず、新しい考え方を持つべきであろう。
<ロシア外務省の巡回大使が訪朝>
【平壌7月25日発朝鮮中央通信】ロシア外務省のオレク・ブルミストロフ巡回大使が22~25日、朝鮮を訪問した。
訪問期間、巡回大使は申紅哲外務次官を表敬訪問し、外務省の北米担当局長に会って朝鮮半島情勢に関連する意見交換を行った。
朝鮮側は、朝鮮半島情勢激化の張本人である米国の対朝鮮敵視政策と核脅威が根源的に一掃されない限り、いかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルにのせず、われわれが選択した核戦力強化の道から一寸たりとも退かないという原則的立場を明らかにした。
ロシア側は、このような立場に留意し、朝鮮半島情勢の安定のために朝鮮側と緊密に連携し、極力努力する立場を表明した。
<「労働新聞」朝鮮の核抑止力強化措置は至極正当である>
【平壌7月29日発朝鮮中央通信】
わが共和国は、米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、いかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルにのせず、核戦力強化の道からたった一寸たりとも退かないであろう。
<朝鮮外相、朝鮮半島の核問題の全責任は米国にある>
【平壌8月8日発朝鮮中央通信】朝鮮の李容浩外相がフィリピンのマニラで行われた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)閣僚会議で7日、演説した。…
李外相は…次のように述べた。
米国の敵視政策と核脅威が根源的になくならない限り、われわれはいかなる場合にも、核と弾道ロケットを協商のテーブルにのせず、われわれが選択した核戦力強化の道から一寸も退かないであろう。
<朝鮮代表が共和国は選択した核戦力強化の道から一寸も退かないと強調>
【平壌9月8日発朝鮮中央通信】米国の対朝鮮敵視政策と核脅威が根源的になくならない限り、われわれはいかなる場合にも自衛的核抑止力を協商のテーブルに上げないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かないであろう。
ジュネーブ国連事務局および国際機構駐在朝鮮常任代表が5日、ジュネーブ軍縮会議第3期総会で行った演説で、上記のように強調した。

以上の事例を踏まえつつ、李鍾奭の文章を紹介します。

 "朝米国交正常化と不可侵の約束"は北朝鮮核放棄の大転換を作り出す可能性が大きい。北朝鮮は核の凍結とミサイル挑発の中断を実施し、同時に国連は北朝鮮に対する経済制裁を解除することによって、合意の具体化および履行の環境を作る。6カ国協議では北朝鮮の核の永久的廃棄と朝鮮半島の平和体制転換を盛り込んだ履行合意文ができるはずだ。
 北朝鮮の6回目の核実験で、すべてがいきりたった雰囲気の中で交渉を語ることは愚かに見えるかも知れない。しかし、過去の歴史がそうであったように、時間が過ぎて冷静を取り戻す時には、私たちは「問答無用の制裁」が事態の悪循環を増幅させただけだったという事実に直面することになるだろうし、交渉の他には代案がないという限界を一層明確に感じることになるだろう。
 一部の人たちは、原油の供給を中断すれば北朝鮮の生命線を切ることができると豪語しているが、多くの北朝鮮専門家たちが指摘しているように、それは北朝鮮経済に苦痛を与えることはできるが北朝鮮を屈服させることはできないだろう。代わりに北朝鮮住民の苦痛が増して、北朝鮮社会の緊張が高まり、その過程で「窮余の策」の情緒が広がり、ヒステリーがそっくり休戦ラインや北方境界線での軍事的挑発につながる可能性が高まる。特に韓国政府が北朝鮮に対する制裁の先頭に立つ時、そのリスクはさらに大きくならざるをえない。したがって韓国政府は、制裁局面にあっても南北関係を安定的に管理しなければならない韓国の現実を直視し、慎重に戦略的な対応をしなければならない。
 それでは、もはや北朝鮮に核を放棄させる方法はないのだろうか?ある。米国の政策転換が前提になってこそ可能なことだが、米国と北朝鮮の国交正常化という最後の切り札が残っている。朝米が互いに願うことを、同時行動の原則の下で対等交換することにして、米国が北朝鮮に「核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を放棄すれば、外交関係の樹立と不可侵協定を締結する用意がある」と明らかにすることだ。
 北朝鮮は対外的に「核は放棄しない」と叫んでいるが、一筋だけ核放棄の余地を残している。すなわち、北朝鮮は金正恩の肉声で「米国の敵対視政策と核威嚇が根源的に清算されない限り」核の放棄のための交渉テーブルには座れないと言っている。この話は、米国との敵対関係が解消され、不可侵が保障されれば核兵器を放棄することができるという意味だ。事実、北朝鮮のこの条件は表現こそ荒々しいものの、北朝鮮核問題が発生して以来、過去20数年間一貫した主張だ。金正恩が核兵器とICBMを保有しようとする実質的な目的を推定しても結論は同様だ。金正恩は概して、(1)米国の対北朝鮮敵対視政策に対する対応(2)北朝鮮の国内権力基盤強化(3)北朝鮮情勢に対する外部勢力の物理的介入遮断(すなわち、不可侵環境の確保)という目的で核開発にこだわっていると見られる。一言で言えば、金正恩体制の安定的維持が核心の目的だ。このうち(3)項は米国と関係改善する代わりに核兵器などの大量殺傷兵器の開発を放棄したリビアの指導者カダフィが、民主革命の過程で米国が主導する北大西洋条約機構の空襲を受けて没落し、結局は死亡した事件(2011年10月)を契機に確実になった。核開発を通した金正恩の権力基盤強化という(2)項は、すでにある程度達成されたと見られる。
 このように見る時「朝米国交正常化と不可侵の約束」は、北朝鮮に核放棄の大転換を作り出す可能性が大きい。朝米がこのような合意をすることになれば、まず北朝鮮は核の凍結とミサイル挑発の中断を行い、同時に国連は北朝鮮に対する経済制裁を解除することによって、合意の具体化および履行の環境を作る。そして6カ国協議ではこの合意を国際的に保障して、北朝鮮の核の永久的廃棄と朝鮮半島停戦体制の平和体制への転換を盛り込んだ履行合意文を作れるはずだ。
 しかし、米国は北朝鮮が挑発を中断し核放棄の意思を表明しない限り、対話さえ不可という立場なので、この提案をうわのそらでも聞きそうにない。だが、米国が現在の北朝鮮の核状況を真に切迫した脅威と感じるならば、耳を傾けない理由はない。米国としては金がかかることでもない。事実、危機が終結に向かううえで"最後の代案"と表現しただけで、朝米国交正常化は北朝鮮核問題の根源が両国間の不信にあるという点で当初から根本解決法だった。
 北朝鮮に対する極限の圧迫を強調する文在寅政府の立場では、筆者の提言に当惑するかもしれないが、実際のところ、この方案は金大中-盧武鉉政権の基本認識であり、大統領候補時期に文在寅を支持した多くの専門家らが共有した問題意識でもあった。米国を説得することは容易でないが、文在寅政府は今からでも厳重な北朝鮮核状況で韓国が果すべき役割を直視して、制裁便乗から抜け出して主導的・創意的外交に向かって険しい道に進まなければならない。したがってこの方案でなくとも良いから、平和的な現状打破を先導する独自の策略と行動を示さなければならない。