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米朝関係転換の可能性(李敦球文章)

2017.8.17.

8月16日付の中国青年報は、李敦球署名文章「朝米関係、歴史的転換点への動き 半島構造溶解加速へ」を掲載しました。朝鮮の対米核デタランスがホンモノになることにより、アメリカが朝鮮に対するアプローチの転換を考えることを迫られる状況になっているという、斬新かつ大胆な見方を明らかにしています。
 この見方は、核デタランスは大国間においてのみ成立するものであり、「小国・朝鮮が対米核デタランスを構築することはありえない」とする、環球時報をはじめとする中国の主流的立場に真っ向から挑戦するものです。習近平訪米後、中国の対朝鮮政策は、トランプの「最大限の圧力と対話」政策に含まれている「対話」の可能性を重視し、その可能性を伸ばす方向で軌道修正されました(朝鮮を対話に応じさせるための手段として制裁を強化する)が、その後も朝米対決は加速するばかりで、中国の手詰まり感は明らかです。
 米朝の舌戦が頂点に達し、金正恩の8月14日発言によってとりあえず小休止になったこの時点で、李敦球が満を持して(?) 大胆な見解を発表したのではないかと思われます。私としても首肯できる内容ですし、アメリカ的色眼鏡を外してみるとこういう理解もあり得るのだよ、ということを考える上では格好な文章でもありますので、大要を紹介する次第です。

 朝米の舌戦が再び開始され、アメリカが朝鮮に武力行使するという予測・連想をまたもや引き起こした。しかし、今回の舌戦の影響はすでに微妙な変化を生み出しており、ひいては歴史を変化させ、その影響は深遠であろう。
 8月8日、トランプ大統領は朝鮮に対し、「更なるアメリカに対する脅迫は行わないことだ」、しからざれば「かつて見たこともない砲火と憤怒」に直面するだろうと警告した。数時間後、朝鮮人民軍戦略軍スポークスマンは声明を発し、朝鮮人民軍が火星12型IRBMによるグアム周辺に対する包囲射撃の作戦プランを慎重に考慮中と表明した。朝鮮人民軍戦略軍司令官は10日、8月中旬までに作戦プランを完成する計画で、その後「共和国核兵力総司令官」に報告するとともに、発射アラート状態を維持すると公に明らかにした。
 トランプは以上の発言でも足りなかったのか、11日朝、朝鮮が賢い選択をしなければ、米軍はすでに「戦端を開く準備をしている」とする強硬な発言を行った。その日の午後もトランプは、朝鮮の挑発が度を超し、あるいはグアムその他の米領土、同盟国に対するいかなる行動をとる場合でも、朝鮮はいくら後悔しても足りなくなるだろうと述べた。一日に2度にわたって朝鮮に対する脅迫を行ったのだ。
 金正恩は8月14日、アメリカが半島周辺で引き続き軽挙妄動するならば、朝鮮は重大な決定をすると表明した。彼は、戦略軍がアラートを維持し、党が決定を行い次第、いつでも実戦に入るように要求した。
 朝米は、1953年7月の朝鮮戦争停戦以来一貫して対抗状態にあり、近年になってからは、核ミサイル問題により、双方の対決レベルは不断にエスカレートし、脅迫の目的もそれに伴って変化している。即ち、半島における力の構造が次第に変化を生じ、半島の安全保障構造は溶解を早める方向に向かって動き出している。
 第一、半島の安全保障構造における朝鮮の影響力が明らかに上昇し、朝米関係における発言力もそれに伴って増大している。即ち、舌戦が始まってグアム住民の間にはパニックが起こり、米株式市場は一斉に下落した。韓国の10大財閥の上場株式の11日の終値は884.619兆ウオンとなり、1日で48兆ウオンが失われた。
 グアム住民の緊張した雰囲気に直面して、ホワイトハウスは12日、米軍はグアムの安全を確保する万全の準備を行ったとする声明を発表した。さらにトランプはグアム総督に電話し、全力で同島を支援するし、米軍がグアム及びグアム住民の安全を守る準備を整えていると表明した。
 分析筋によると、朝鮮がグアム付近に対してミサイルを発射することはあり得ないという。しかしながら、実力を伴った舌戦と実力を伴わない舌戦とでは生み出される効果はまったく異なるのであり、今回の朝鮮による舌戦がアメリカに対して生み出した衝撃の大きさたるや、朝米関係の歴史において始めてである。
 第二、韓国は危機の渦中にあるというのに、半島問題において日増しに脇に追いやられている。文在寅大統領は15日、第72回光復節記念式に出席してスピーチを行い、韓国政府はあらゆる代価を払ってでも戦争勃発を阻止するとし、半島問題の主導権は一貫して韓国の掌中にあるべきだと述べた。しかし、現実は厳しく、8月9日付韓国連合通信は、朝鮮問題に関して中米両国が韓国の頭越しに重要な決定を行い、韓国を孤立状態に陥らせることを韓国野党が憂慮していると報道した。
 朝鮮は、韓国側が提案した会談に一切応じておらず、核問題では韓国をパスしてアメリカとのみ交渉するという意志を一再ならず表明している。アメリカも、朝鮮が第2回ICBM発射実験を行った以後は対朝鮮制裁強化に転じるとともに、先の韓米首脳会談で約束したにもかかわらず、韓国が半島問題で主導権を取ることを支持していない。半島危機の嵐の中心に位置しながら、韓国は脇役でしかない。
 第三、アジア太平洋の地縁政治における朝鮮の戦略的重みは明らかに向上した。朝鮮のミサイルの打撃範囲が遠くに伸びれば伸びるほど、アメリカはますます焦ることになるわけで、これこそが朝鮮のアジア太平洋における地縁的戦略的重みの向上のバロメータとも言えるだろう。
 第四、朝米が対話し、半島安全保障メカニズムを議論する可能性は歴史上のいかなる時期よりも大きくなっている。朝鮮は、1970年代中葉以後朝米関係改善を追求しはじめ、停戦メカニズムを平和メカニズムに転換するべく一貫して努力を行ってきた。アメリカが半島の冷戦メカニズムを転換することに対して一貫してしぶしぶなのには主に2つの理由がある。一つは、半島及び北東アジアにおけるアメリカの戦略的プレゼンスを確保するためであり、もう一つは、朝米の実力の差が際立っており、アメリカが朝鮮の脅迫を何とも感じないために、対話を実現するまでにはならなかったためである。現在、朝米対抗は不断にエスカレートし、双方が相手に対する攻撃計画を制定するということで、朝米関係において朝鮮がひたすらアメリカの脅迫を受けるというかつての局面が完全に変化した。対立する双方が膠着状態にあるときこそが対話と交渉にとって最適の時期であるというのは歴史が証明するところでもある。対決のエスカレーションがピークに達したときこそ、双方が冷静になって対話することが可能となるかもしれない。したがって、朝米が対話を実現し、半島に新たな安全保障メカニズムを構築する可能性は歴史上のいかなる時期よりも高くなっている。