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ロシアにおけるスターリン再評価の動き(中国側見方)

2017.8.8.

8月7日付の環球時報は、中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所研究員の呉恩遠署名文章「スターリン正視 ロシアにおいて意味するもの」を掲載しています。私は高校生から大学生だった当時、1956年のフルシチョフによるスターリン批判の「秘密報告」に衝撃を受けた記憶を持っています。私と同年代の人の多くがそうだったではないでしょうか。そういう記憶を持つものにとって、今回の呉恩遠署名文章はスターリンという指導者がロシア社会にとっていかなる比重を持つ人物であるかを改めて考えさせてくれます。また、中国においてこのような客観的観察を行うことができるのは、いわゆる「歴史決議」で毛沢東について「功7分罪3分」の評価を行った中国自身のゆとりの反映とみることもできるでしょう。ということで、翻訳して紹介します。

 ロシアの世論調査機関「リエヴァダ・センター」が最近行った調査結果によると、「歴史上もっとも傑出した人物」について、38%のロシア人がスターリンを第1位とし、プーチンとプーシキンが第2位、レーニンが第3位だった。最近、プーチンはアメリカのハリウッドの著名な監督であるオリバー・ストーンと会見した際、スターリンに対する過度の悪魔扱いはロシア及びソ連に対する攻撃に他ならないと述べた。このプーチンの発言は、半世紀にわたるロシアにおけるスターリン評価をひっくり返すに等しいものだ。
 ソ連におけるスターリンをめぐる論争は、1956年にソ連共産党20回大会でフルシチョフが行った「秘密報告」から始まった。フルシチョフによるスターリンに対する恣意的な攻撃及び罵りはソ連社会及び国際共産主義運動の思想的混乱を導き、ゴルバチョフ等の「1960年代世代」に影響を与え、進んで「スターリン・モデル」ひいてはソ連体制そのものに対する全面否定をもたらした。それゆえに、ソ連解体は「フルシチョフに始まる」という所以である。
 ソ連解体がもたらした悲劇により、無数のロシア人がソ連時代の大国的気概と安定した生活を懐かしむようになり、そのことはスターリンに対する認識が次第に理性的かつ客観的になることへつながってきた。すでに多くの世論調査が示しているように、ソ連社会に対するロシア人の評価は次第に肯定的になっており、スターリンは歴史的人物の中で安定的に前列に位している。
 ロシアにおいて現在出現しているスターリンに対する再評価の動きは、政治的、経済的、社会的及び思想的に深い背景があると言うべきである。スターリン問題が理性に回帰しているのは、第一に、ロシア人が過去におけるスターリンの悪魔化の状況を認識するに至ったということがある。ロシアの政治学者は、スターリンの悪魔化の源は西側であり、西側はスターリンをヒトラー並みの極悪な人間と決めつけたが、その目的はロシアをして政治的権利において西側に対して不平等な地位におこうとすることにあったと指摘する。
 第二に、世論調査でスターリンに票を投じた人々は「大粛清」のことを非常に良く理解しており、決してスターリン主義の熱狂的擁護者というわけではないということだ。彼らは、「効率よい管理者はすべからく懲罰的手段の力を借りる」ということを知っている。祖国防衛戦争の際における「一歩たりとも後退してはならない」とした227号命令は、勝手に陣地を放棄したものに対して峻厳な懲罰を科した。しかし、戦線離脱者に対するこのような峻厳な懲罰なしに祖国防衛ができただろうか。
 第三に、ロシア人はスターリン時代に獲得した偉大な成果に関する意義を改めて認識するに至っているということだ。スターリン時代の工業化、社会発展の現代化及び反ファシズム戦争が獲得した成果について、近年のロシア・メディアにおける宣伝を通じて、人々の間ではすでに基本的に意見が一致するに至っている。20世紀を通して、ロシアは一貫して敵を撃退する闘争の中にあったし、スターリン時代は勝利を獲得していた。今日、闘争はなお続いており、再び勝利を獲得できるかどうかについて心配するロシア人は、スターリンの役割を認識することによって、彼にかつてない肯定的評価を与えているのだ。
 第四に、今日のロシア大統領は、歴史上の強国のリーダーをモデルとする必要があるということだ。ロシアの新聞『ロッシスカヤ・ガゼッタ』が書いているように、最近の十余年間、国際石油価格の下落、ロシアに対する西側の制裁及び人民生活水準の低下に伴い、ロシア人の視線は再び歴史に向けられている。今回は下層レベルだけではなく、上層の指導者レベルも含まれる。まさにこれらの指導者たちがロシア史の中の偉大な指導者を探し出して、モデルにしようとしているということだ。
 ロシア社会及びプーチンによるスターリンに対する新たな評価は、ロシアの社会、政治、思想等各領域において重要な影響を生み出すことだろう。スターリンを悪魔化するヴェールをはがし、ソ連の歴史及び歴史的人物の本来の面目を回復することは、思想意識形態領域において物事の根源に戻る上で意義があり、ロシアの執政者が国家発展戦略の理論的基礎を制定することに役立つだろう。
 他方で、スターリンをめぐる論争はこれからも続くだろう。プーチンによるスターリンの新評価は、ロシアがソ連時代に戻るということを意味するものではあり得ず、スターリンに対するロシア社会の見方は様々である。しかし、疑いの余地がない事実は、フルシチョフからゴルバチョフに至る半世紀にわたった、スターリンを全面的に否定するという歴史的ニヒリズムの思潮が今ロシアにおいて根本的な批判を受けるに至っているということだ。