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中東情勢(中国専門家分析)

2017.6.22.

6月20日付の環球時報は、劉中民(上海外国語大学中東研究所所長)署名文章「「中東版「トゥキディデスの罠」 戦争には至るまい」を掲載しています。中東問題は私にとってもっとも「土地勘」が持てない地域問題ですが、最近のめまぐるしい動きからは目が離せません。この文章はとても簡潔かつマクロ的に現在の中東情勢を整理してくれて、非常に勉強になりました。中東問題に関心のある方も多いと思いますので、翻訳して参考に供します。
 ちなみに、「トゥキディデスの罠」という表現は、守成大国と新興大国との矛盾が激化し、戦争が不可避になるという「法則」を見いだしたトゥキディデスに由来するもので、今日における守成大国・アメリカと新興大国・中国との戦争は不可避かという設問との係わりで、中国側文章では頻出する言葉の一つです。劉中民署名文章の趣旨は、中東には戦争に通じかねない大きな問題として、サウジアラビアとイラン、そしてアメリカとロシアの3つの矛盾があるけれども、戦争が勃発する可能性はきわめて小さいと分析することにあります。

 最近における中東地域は、外部世界の目からは「鍋でかき回されたお粥」の趣である。カタールに対する断交が導火線となって、サウジアラビア、イラン、トルコは様々なやり口でもって自らの中東における影響力を「ひけらかしている」。また、アメリカは「いずれの側をも「つまみ食い」する受益者となり、中東で影響力を増しつつあるロシアに対して最大限の打撃を与えようとしている。6月18日にイランは中距離弾道ミサイル6発でシリアのテロリストに打撃を与えるという「荒療治」を行い、また、サウジアラビアはトルコの軍事基地建設の申し入れを公式に拒否するなどは、中東情勢の乱れを表す最近の事象である。
 事態の拡大を恐れない西側メディアは、このような中東の危機的事態を称して第三次世界大戦を生み出す可能性があると言っている。しかし、論理的に筋道を立てて、こうした乱気流の背後にある矛盾の主旋律を分析するならば、確かに中東版の「トゥキディデスの罠」の危機は増大してはいるが、大規模な地域的ないしは世界規模の戦争が醸成される可能性は存在していない。
 最初に、サウジアラビアとイランの対立は中東地域における構造的な矛盾を形作っている。
 サウジアラビアについて言えば、イランが急速に台頭していることは中東版の「トゥキディデスの罠」に他ならず、民族的矛盾と宗教上の矛盾が両国の矛盾の主要な表れであるが、その根っこには地縁政治上の主導権争いという矛盾が横たわっている。両国は表向きには真っ向から対立しているが、実は見かけ倒しの面もある。サウジアラビアは、国内においては、石油価格の下落が引き起こした深刻な政治圧力に直面しており、「2030ビジョン」の推進によって経済発展の転換を実現することを推進している。対外的には、イエメン危機、シリア危機、イスラム国などの手の焼ける問題に直面しており、最近はまた湾岸協力会議の分裂という挑戦にも直面している。
 サウジアラビアの外交的資源は湾岸協力会議、アラブ世界、及びイスラム世界という「3つの「サークル」におけるいわゆる盟主的な地位にあるが、その影響力は内から外に向かって低下傾向にある。サウジアラビアとカタールとの関係は「内側サークル」に属するが、「内側サークル」において分裂が生じると、「外側サークル」に対するサウジアラビアの指導力は深刻に弱められることとなる。また、湾岸協力会議のエネルギーが大いに損なわれるということは、とりもなおさずイラン陣営の力を助長することにつながる。
 また、イエメン危機に対する軍事介入及びイスラム国対策とかかわって、サウジアラビアは2つの軍事同盟を組織したが、今日に至るまでイエメン危機に対して手を焼いており、サウジアラビアは自らの軍事的実力及び指導力の脆弱性については内心分かっているはずだ。同時にサウジアラビアは、イランとの間で戦争に向かうことが悲劇的結果になるということについても心当たりがあるはずであり、それこそがサウジアラビアの戦略的焦りの根本にあるものである。即ち、サウジアラビアはイランの台頭に対して心中穏やかではあり得ないが、イランとの軍事的対決に必要となる巨大なコストについても知悉しているわけだ。
 イランも事実上サウジアラビアと似たような苦境に直面している。米伊関係の悪化、イスラム国のイランに対する浸透は再選されたロウハニ政権が直面する深刻な内外の挑戦である。今日のイランにはもはや「イスラム革命」を輸出するというかつての闘志は明らかにない。なぜならば、8年にわたって続いたイラン・イラク戦争によって深刻な代価を支払わされたからだ。以上から判断すれば、イランがサウジアラビアとの軍事衝突を選択する可能性は大きくない。
 次に、トルコは孤独に甘んじないで危機に介入しているが、その背後にあるのはスンニ派世界内部におけるトルコとサウジアラビアとの指導権争いである。
 トルコの執政党である公正発展党とエジプトのムスリム同胞団は西側の言う「政治的イスラム」であり、近代的政党組織及び民主的方式で運動するイスラム勢力であり、エジプトのムスリム同胞団は長きにわたり、サウジアラビアからイデオロギー上のライバルと見なされてきた。サウジアラビアがシシ軍事政権によるムスリム同胞団打倒を支持したのも、また、カタールがムスリム同胞団を支持してきたことに対するサウジアラビアの不満も、原因はまさにここにある。他方、トルコの公正発展党とムスリム同胞団は互いに尊重しあう仲であり、「新トルコ・モデル」を推し広めようという意図もあり、同時に深層部分では、汎イスラム主義に回帰しようとするトルコがスンニ派のサウジアラビアのリーダーシップに挑戦するという意味合いもあるし、近代「政治的イスラム」と伝統的保守的イスラムとの間の複雑な矛盾の表れという意味合いもあって、もう一つの「トゥキディデスの罠」を形成しているというわけだ。最近、トルコがカタール危機に介入したのもこうしたロジックの延長線上にある。しかし、近年内外で難問山積のトルコとしては、カタールを支持してサウジと軍事的に相まみえるだけの勇気はおそらくないだろう。
 注目すべきは、宗派関係の角度から見る時、アラブ世界におけるスンニ派内部の矛盾及びサウジアラビアとトルコとのスンニ派指導権をめぐる争いは今後さらに突出していく可能性があり、その結果としてもたらされるのは中東がさらにバラバラになるだろうということである。
 最後に、中東地域情勢に影響を及ぼすもっとも重要な外部的要素である米ロの矛盾は、今後さらに深まる可能性があり、双方の代理人が競争することに伴う囲い込み・陣営化がさらに突出するだろう。
 近年、シリア危機及びイスラム国攻撃をめぐって、アメリカが指導する西側及び中東同盟諸国と、ロシアが支持するイラン、シリア等諸国という2大陣営が形成されている。
 トランプの「アメリカ第一主義」原則に伴って中東戦略の見直しが行われ、同盟システムの操作、イスラム国攻撃及びイラン抑え込みがアメリカの中東政策の主要な関心事となりつつあるが、トランプ政権の中東政策の全体像が形成されるまでには至っていない。現在のアメリカは、2つのレベルで地域の矛盾を挑発し、それによって中東問題を操作しようとしている。一つは、サウジアラビアとイランとの対抗を激化させ、それによって同盟諸国を操作することであり、そうすることの主要な狙いはサウジアラビアとイランとの対立を激化させることを通じて同盟諸国に武器を輸出することだ。もう一つは、湾岸協力会議内部の矛盾を適当に挑発、利用し、サウジアラビア及びカタールの双方をしてアメリカに頼らせるということだ。トランプが矛盾した書き込みをする謀略的動機はここにある。
 米ロ関係問題に関しては、トランプはもともとシリア問題、イスラム国攻撃問題においてロシアと協力することを考えたこともあったが、国内の「ロシア・ゲート」事件の圧力から米ロ協力は棚上げとなった。今回のカタール断交危機において、アメリカは再び「ハッカー」としてロシアを中傷したが、ロシアは意に介さなかったし、世論的反撃以外の過激な反応も示さなかった。
 断定できることは、シリア問題、対テロ及び対イラン政策問題における矛盾により、米ロ2大陣営間の地縁政治的駆け引き及びサウジアラビアとイランという2大代理人間の「冷戦」はますます固定化し、対テロ及び地域の争点問題にかかわる双方の矛盾はますます複雑さを増すであろうが、双方が「熱い戦争」に向かって進む可能性はほとんどあり得ないということである。