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米朝直接接触(アメリカ人大学生釈放)

2017.6.16.

6月15日付の朝鮮中央通信は、「朝鮮中央裁判所の13日付の判定に従って、労働教化中にあった米国公民オット・フレデリック・ウォームビアを13日、人道的見地から送り返した」とするきわめて短い発表を行いました。しかしアメリカ当局者は、この釈放がトランプ政権下で初の米朝直接接触の結果実現したものであることを明らかにしました。
 6月15日付のハンギョレWS(日本語)と同日付の中国・広州日報は、米朝間の直接接触がいかなるものであったかについての事実関係を報じています。その情報源はともにアメリカ公式筋であり、両紙が伝えた事実関係もほぼ同じです。
 私はかねてから、トランプ政権の「すべての選択肢がテーブル上にある」とする新しい対朝鮮アプローチには、対話と交渉による問題解決という選択肢も含まれていることに注目する必要があると指摘してきました。なぜならば、損得勘定で動くトランプ大統領にとって、アメリカをも巻き込まずにはすまない大惨禍を引き起こす「軍事的解決」という選択肢はあり得ないからです。したがって、「朝鮮政権の更迭・転覆を追求しない」とするトランプ政権の対朝鮮政策も、朝鮮側が警戒するような「意をカモフラージュするためのトリックにすぎない」決めつけるのは惜しいと考えています。もちろん、朝鮮側も公式的にはそう言いつつも、実際にはアメリカとの接触機会を窺っているであろうことは当然なのです。今回の米朝直接接触は、まさにそうした米朝の駆け引きがいよいよ始まったことを意味するものだと判断していいでしょう。
 もちろん、米朝間のやりとりがスムーズに進展するとみるのは楽観的にすぎるのであって、今回の「成果」が単発的なものに終わる可能性はきいとみるべきでしょう。しかし、ともかく、「岩が動き始めた」ことも紛れもない事実です。今後も詳細にフォローしていくべき事柄ですが、後日、「あの事件が発端だったよな」と評されることになることを期待しつつ、両紙報道を紹介します。

<ハンギョレ「朝米、先月ノルウェーで米大学生の釈放に向け水面下で交渉」>

 北朝鮮に17カ月間抑留されていた米国の大学生オットー・ワームビア氏(22)の釈放に向けて、米国と北朝鮮当局が先月から水面下で秘密裏に動いていたことが明らかになった。
 米朝当局間の接触は先月8~9日、ノルウェーのオスロで行われた半官半民の1.5トラック対話に遡る。当時、北朝鮮からはチェ・ソンヒ外務省米国局長だけが出席したことが確認されており、米国からはワシントン所在のシンクタンクである「ニューアメリカ財団」のスーザン・ディマジオ局長とロバート・アインホーン元国務省不拡散・軍縮担当特別補佐官など、民間専門家だけが出席したとされた。
 しかし、6カ国協議の首席代表であるジョセフ・ユン北朝鮮政策特別代表(国務東アジア太平洋副次官補)も1.5トラックに参加した事実が新たに確認された。北朝鮮からも国連北朝鮮代表部のパク・ソンイル米国担当大使が合流したという。トランプ政権初の米朝間の「探索的当局対話」がオスロで行われたのだ。
 これと関連してワシントンポスト紙は、ユン代表と北側関係者らがオスロでワームビア氏など北朝鮮に抑留中の米国人4人に対するスウェーデン領事の訪問を許可することで合意したと報じた。しかし、スウェーデン領事館側は1人にしか接見できず、接見したのもワームビア氏ではなかったことが分かった。
 米国政府が4人全員に対する接見を要求したことを受け、パク・ソンイル大使の緊急要請で、今月6日、ニュー・ヨークでジョセフ・ユン代表との面談が行われた。この場で、北朝鮮側はワームビア氏が昏睡状態にあると説明した。
 ユン代表はレックス・ティラーソン国務長官にこのような状況を報告しており、ティラーソン長官はドナルド・トランプ大統領とこの問題について協議した。トランプ大統領は、ユン代表にワームビア氏釈放のために訪朝を準備することやワームビア氏への接見を要求すること、ワームビア氏の健康状態が良くない場合、即時釈放を要求することを指示した。これにより、ユン代表は2人の医療陣と共に12日朝、平壌に到着し、翌日ワームビア氏と共に米国に戻った。
ワシントン/イ・ヨンイン特派員
韓国語原文入力:2017-06-14

<ハンギョレ「北朝鮮に抑留された米国大学生、17カ月ぶりに"昏睡状態"で釈放」>

 米国6カ国協議首席代表であるジョセフ・ユン国務省対北朝鮮政策特別代表(国務省東アジア太平洋副次官補)が電撃的に平壌を訪問し、17カ月の間北朝鮮に抑留されていた米国大学生オットー・ワームビア氏(22)を13日(現地時間)、彼の故郷のオハイオ州シンシナティに連れて戻った。米国高官の訪朝はドナルド・トランプ政権に入って初めてだが、ワームビア氏が1年以上昏睡状態に陥っていたことが伝えられ、米国内の対北朝鮮世論が悪化しているもようだ。
 ワシントンポスト紙など米メディアの報道を総合すると、ユン特別代表は先月12日朝、医療陣2人とともに平壌に到着し、直ちにワームビア氏を接見した。ユン代表はワームビア氏の健康状態を確認した後、人道主義的見地で釈放を要請し、北朝鮮はこれに同意した。
 米ヴァージニア州立大学3年生だったワームビア氏は、昨年1月に観光で訪問した北朝鮮の平壌のヤンガクド・ホテルで政治宣伝物を盗んだ疑いで逮捕され、同年3月、体制転覆扇動の容疑で15年の労働教化刑を言い渡された。以後、ワームビア氏は公開場所に現われず、米国の代わり北朝鮮で領事助力をしてきたスウェーデンもワームビア氏を接見することができなかった。
 ワームビア氏の両親は、北朝鮮が米国側の関係者に説明した内容を聞いたとし、「ワームビアが昨年3月、北朝鮮の法廷判決の際に姿を現して以来、1年以上昏睡状態に陥っていた」と公開した。両親はまた、ワームビア氏が裁判以降食中毒である「ボツリヌス中毒症」に罹ったとし、睡眠薬を服用した後、昏睡状態に陥ったと聞いたと話した。フォックスニュースも同日、「米国の高位当局者が、ワームビア氏が昏睡状態にあると確認した」と伝えた。
 ワームビア氏が正常な健康状態で故郷に帰ってきたならば、長い間緊張状態が続いている米朝関係の雪解けムードが造成される呼び水になる余地もあった。米朝はワームビア氏など北朝鮮抑留者の釈放に向け、先月からノルウェー・オスロとニューヨークなどで密度の高い協議を行った。トランプ政権に入って米朝高位級関係者が直接顔を合わせて懸案を議論したのは今回が初めてであり、いわゆる「ニューヨークチャンネル」も一時的に稼動された。
 しかし、ワームビア氏が昏睡状態で帰ってきたことで、今回の釈放が少なくとも短期的にはかえって「悪材料」として作用する余地もある。まず、世論があまりにもよくない。彼の家族たちはこの日声明を通じて「我々はやっと一週間前にこのような(昏睡状態)の話を聞いた。ワームビアがいじめ体制でどれほど非人間的に扱われ脅迫を受けたのか、世界に知らせたい」と北朝鮮を直接非難した。
 ワシントンポスト紙は同日付の社説で「これは世界で最も残忍で孤立した政権によって行なわれた残酷な行為」だとし、「必ず処罰を受けなければならない」と要求した。北朝鮮を数回訪問し、ワームビア氏釈放に向けて努力してきたビル・リチャードソン前ニューメキシコ州知事も「ワームビア氏が昏睡状態にあったとすれば、北朝鮮は多くのことを説明しなければならない」と話した。
 ワームビア氏の不運な帰還が米朝関係の短期的な悪材料として終わるかどうかは、ワームビア氏の健康と、まだ抑留中の米国人3人を釈放するかどうかなどにかかっているといえる。ワームビア氏の健康が悪化すれば、北朝鮮核交渉に向けた米国の外交的空間は制限されるしかない。  また、ワームビア氏が昏睡状態に陥った理由が、北朝鮮の説明どおりの食中毒ではなく、一部で疑惑を提起するように苛酷行為などのためとされた場合、事態はさらに悪化する恐れがある。まだ北朝鮮に抑留中のアメリカ国籍者のキム・ハクソン、キム・サンドク、キム・ドンチョル牧師ら3人を釈放するかどうかも重要な影響を与えるとみられる。
 ただし、トランプ政権がかなり節制した反応を示しているのは異例のことだ。レックス・ティラーソン国務長官はワームビア氏の釈放と関連し、同日発表した声明で「ワームビア氏と彼の家族のプライバシーを尊重する次元で、追加的な言及は控える」とし、ワームビア氏の健康状態を説明しておらず、北朝鮮を非難することもなかった。
 ホワイトハウスも、トランプ大統領がワームビア氏釈放に向けて努力したという点を強調した。ワームビア氏の釈放を米朝間の外交的機会にしたい意図が読み取れる。実際、来週米国と中国の外交・国防長官が出席する「米中外交安保対話」を控え、双方は北朝鮮を交渉のテーブルに復帰させるための事前条件について相当な水準の意見交換をしていると伝えられている。
ワシントン/イ・ヨンイン特派員
韓国語原文入力:2017-06-14

<広州日報「朝鮮 服役中の米大学生釈放。その前に1ヶ月以上の米朝秘密交渉」>

 新華社電によれば、米国務省は13日、朝鮮で服役中の1人の米国人が釈放され、米国に戻ったことを明らかにした。
 米側がこのニュースを明らかにしたとき、バスケットのスターであるロドマンが朝鮮訪問で訪れたときに当たっていたが、米当局によれば、ロドマンとこの米国人釈放との間には関係がないとのことだ。
 米当局者は非公式に、朝米高官が1ヶ月以上にわたって秘密の交渉を行い、朝鮮側は最終的に同人を釈放することに同意したとメディアに明らかにした。
 ティラーソン国務長官は現地時間の13日にワシントンで短い声明を発表し、ワームビアが釈放され、米国に帰国中であることを明らかにした。当日深夜、彼を乗せた航空機は彼の故郷であるシンシナティに到着した。
 ワームビアは22才であり、ヴァージニア州立大学学生、2015年12月にツアで朝鮮に旅行した。昨年3月16日、朝鮮最高法院は国家転覆を謀った罪で彼に15年の労働教化刑を言い渡した。
 ワームビアの両親は13日夜、結審後のその月に彼が昏睡状態に陥ったまま今日に至っていることを1週間前に知ったと述べた。
 ホワイトハウスと国務省の当局者は、ワームビアの釈放は朝米秘密交渉の結果であると述べた。5月、国務省朝鮮政策特別代表のジョセフ・ユンが朝鮮の高官とノルウェーの首都オスロで秘密裏に会合し、朝鮮側は、米国の利益代表であるスウェーデンの駐朝外交官が米側を代表してワームビア及び3名の抑留中の3名に米国人と面会することに同意した。
 しかし、その後朝鮮側はワームビア以外の3名の米国人1名との面会を許した。米側は抑留中の米国人全員との面会要求を堅持したが、朝鮮側は6月6日にニュー・ヨークでジョセフ・ユンと会合することを「緊急要求」し、その会合の場でワームビアの健康状態について通報した。
 会合後、ユンはティラーソンに報告し、ティラーソンはトランプと協議した。その後ユンは「トランプからの直接命令」を受け取り、朝鮮に赴き、「ワームビアを連れ帰る」準備を行った。米側医療チームと専用機が用意された。
 現地時間の12日午前、ユンと2名の医師が平壌に到着し、直ちにワームビアを訪れた。トランプの命令に基づき、ユンは朝鮮側に対し、人道主義の立場から彼を直ちに釈放することを要求し、朝鮮側は釈放に同意した。
(ニュース分析:大学生釈放によって半島情勢は緩和に向かうか?)
 アナリストによれば、朝鮮の今回の行動は疑いの余地なく善意の表明であり、一触即発の朝鮮半島情勢の緩和に資するだろう。しかし、朝米対決をもたらした根本的矛盾は依然として存在しており、いつでも再び燃え上がる可能性があるのであって、半島情勢の前途は引き続き不明瞭である。  今回の米側の「人質解放」成功は、米朝双方が対話交渉のチャンネルを閉じきってはいないことを示しており、また、米国の対朝鮮政策が今なお調整中であることをも示している。
 米国と朝鮮との間のこの種の「人質外交」は過去にも度々あり、一種の伝統とも称することができる。今回の接触はトランプ就任後初のものであり、米朝がより良い選択肢のない状況のもとで、慎重に「伝統的」な方式でバイの接触を開始したことを意味している。
 もちろん、米朝間の構造的矛盾を解くのは難しく、米朝の接触が具体的にどの程度まで進むかを予測することは難しい。トランプは就任後、朝鮮に対して最大限の圧力を加え、「すべての選択肢がテーブル上にある」と言ってきたが、一定の和解のシグナルも発してきた。トランプが選挙期間中、金正恩の米国訪問を招請することを排除しないと述べたことも考えると、米国の対朝鮮政策はまだ完全には固まっておらず、かなりの弾力性を持たせていることが分かる。