21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

朝鮮半島6.15記念行事(国際シンポジウム)

2017.6.12.

6月15日は、金大中・金正日両首脳による南北共同宣言発出17周年に当たります。文在寅政権登場で、6・15共同宣言17周年記念民族共同行事の可能性が浮上しましたが、結局取り消しとなり、それぞれが単独で行事を行うこととなりました。その間の事情を記した6月10日付のハンギョレの記事は最後に参考として掲載しておきます。
 東京では、東アジア市民連帯の主催で6月11日に「6.15南北共同宣言17周年 国際シンポジウム」が行われました。関係6ヵ国(南北朝鮮米中露日)についての立場・政策を批判的に分析・解説する6目にのシンポジストが発言しました。私も招かれて発言しました。
 以下に、私の当日の発言原稿を紹介しておきます。

 朝鮮半島と東アジアの平和のために日本が果たすべき役割について考える場合の前提として、私たちは朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)の核ミサイル戦力について、一定の事実認識を共有しておく必要があります。
第一に、好むと否とにかかわらず、朝鮮の核ミサイルは今や日本及び韓国(米軍基地)を射程に収めていること。
第二に、朝鮮の核ミサイルは移動式であり、捕捉不可能であり、したがって先制攻撃で破壊し尽くすことは不可能であること。
第三に、朝鮮がどこを反撃目標とするかを事前に把握することも不可能であり、したがって飛来する核ミサイルを100%の確率で迎撃することは不可能であること。
第四に、したがって、第二の朝鮮戦争は、アメリカも部外者には留まり得ない、悲惨な核戦争となる運命にあり、その悲劇を防ぐ唯一の可能性は戦争という選択肢を完全に除外する以外にないこと。
第五に、結論として、朝鮮核問題の軍事的解決はあり得ず、外交的解決のみがありうるということ。
マティス米国防長官は、5月19日の記者会見で、朝鮮核問題に関して「軍事的な解決に向かえば信じられない規模の悲劇になるだろう」と述べたそうですが、この発言は以上の事実を承認したものにほかなりません。また、トランプ政権は「すべての選択肢がテーブル上にある」と公言してきましたし、安倍政権は愚かにもそれを「歓迎する」としてきましたが、マティス長官の発言は軍事的選択肢があり得ないことを認めたものです。したがって、日本の役割についても以上の事実認識のもとで考える必要があります。
 さて、東アジアの平和について考える場合、南シナ海問題、台湾海峡問題もありますが、最大かつもっとも深刻で、いつ何時本格的な戦争が勃発してもおかしくない緊張状態にあるのは、何と言っても朝鮮半島です。朝鮮半島に平和と安定を取り戻すことは、東アジアにとってだけではなく、国際社会全体の焦眉の課題であります。なぜならば、冒頭で述べたとおり、朝鮮半島における戦争は、未曾有のそして想像を絶する破壊と被害をもたらす核戦争に直結し、世界を破滅の危機に直面させることが必至だからです。
朝鮮半島に隣接する日本が半島の平和と安定を実現するために果たすべき役割は、本来非常に大きいものがあります。しかし、私たち日本人の多くは、朝鮮と日本との友好関係の重要性を認識している者も含め、安倍政権がまき散らす「北朝鮮脅威論」に影響され、常識的な判断能力すら奪われているのが悲しいまでの現実です。したがって私たち日本人としては、まずは朝鮮半島の緊張原因が何であるかを正しく認識することから始めなければなりません。
 誤解のないように断っておきますが、私は朝鮮の核ミサイル開発を支持するものではありません。朝鮮が38度線沿いに展開する、人口が密集するソウルを破壊するに十分な火力は、米韓の先制攻撃を思い止まらせるのに十分なデタランスであると思います。しかし、朝鮮戦争以来今日まで一貫してアメリカの核の脅威にさらされ続けてきた朝鮮が、核ミサイル開発、核デタランスの構築に必死にならざるを得なかった事情は理解します。つまり、朝鮮半島の緊張原因を作り出したのはアメリカであり、朝鮮の核開発はアメリカの軍事的脅威に対抗するための必死な努力の産物であるということです。
朝鮮の核武装は米韓に対するデタランスをより確実にし、朝鮮が目標としている米朝平和協定締結さらには米朝国交正常化に向けた朝鮮の対米交渉力を強めることは間違いありません。また、朝鮮は核開発と同時に経済開発を進めるいわゆる並進路線をとっていますが、最終的に核放棄に応じるとしても、手厚い国際的な経済協力・援助を引き出す上で、核デタランスを保有していることは強力な交渉材料にもなるでしょう。
 次に、私たち日本人が軍事常識のイロハとして弁えておかなければならないことがあります。それは、朝鮮の核ミサイル能力はあくまでもデタランスとして意味があるのであって、脅威としては意味をなさないということです。
いわゆる「脅威」の定義ですが、「攻撃する能力」と「攻撃する意思」がともに備わった場合に「脅威がある」と言います。冒頭に述べたとおり、朝鮮は今や日本及び韓国(正確には在日在韓米軍基地)を攻撃できる核ミサイル能力を保有しています。しかし、朝鮮が仮に先制攻撃すれば、次の瞬間には米韓の総攻撃で朝鮮は壊滅に追い込まれます。朝鮮が先手をとって「攻撃する意思」はあり得ず、したがって「脅威」ではあり得ない所以です。
 ところが、朝鮮の核ミサイルはデタランスとしては十分な意味があります。「脅威」との区別をハッキリさせる意味を込めて定義するならば、「反撃する能力」と「反撃する意思」がともに備わった場合に「デタランスがある」と言います。朝鮮の核ミサイルは脅威ではないけれども、デタランスとしては有効と言う所以です。
 では、安倍政権は何故「北朝鮮脅威論」を吹聴するのでしょうか。大きくいって四つの理由があります。
一つは、日本国内には明治以来「お上」からたたき込まれた根強い「アジア蔑視」があり、特に朝鮮に対する蔑視感情は今日なお根強いものがあります。この蔑視感情は「北朝鮮脅威論」を受け入れやすい思想的土壌です。
もう一つは、いわゆる「拉致」問題をはじめとして、「北朝鮮は何をしでかすか分からない」国だという不信感、先入主が多くの日本人に巣くっていることです。「北朝鮮悪玉論」が広範囲に浸透する所以です。
 安倍政権はこうした思想的土壌及び先入主を120%利用することによって、戦後保守政治の宿願である憲法「改正」を実現し、アメリカが一貫して要求してきた「集団的自衛権行使」、「戦争できる国」づくりに邁進しています。これが三つ目のそして最大の理由です。
 もう一つ忘れてならないのは、安倍政権にとっていわば脅威の本命である中国を名指しすることが憚られるために、朝鮮がスケープゴートに仕立て上げられてきたことです。ただし安倍政権は、近年顕著な、国民的な「反中」「嫌中」感情の高まりを利用して、「中国脅威論」を大っぴらに喧伝するようになりました。しかし、利用価値の大きい「北朝鮮脅威論」を引っ込めたわけではありません。
 したがって、私たちが取り組むべき課題は多岐にわたることが理解されます。朝鮮半島と東アジアの平和のために日本が果たすべき役割として、積極的かつ生産的な提言を行いたい気持ちは山々ですが、ここでは、日本社会及び安倍政治支配の厳しい現実を踏まえ、禁欲的に以下の三点にしぼって提言します。  第一に、私たちは「北朝鮮脅威論」「北朝鮮悪玉論」の「カベ」を取っ払うべく、全力で取り組まなければなりません。この「カベ」を取っ払うことができない限り、安倍政権の対朝鮮半島政策に対するいかなる批判も説得力を持つことは期待できません。この「カベ」を打ち破ることはとりもなおさず、アンデルセンの童話にある「王様は裸だ」さながらに、改憲狙いの安倍政治の本質を明らかにすることに直結するのです。  「北朝鮮脅威論」のウソを分かりやすく明らかにする上で、私自身がよく使う譬えは二つあります。一つは、「3頭の猛獣(米日韓)に取り囲まれて全身を逆立てて身構えるハリネズミ(朝鮮)」というものです。もう一つは、「暴力団(米日韓)の無法に自衛を余儀なくされる市井の民(朝鮮)」というものです。この譬えを踏まえるならば、朝鮮の核ミサイルは、精一杯の自衛のための武器であり、それ以上のものではあり得ないということが分かるのではないでしょうか。歴史的な朝鮮蔑視感情に根ざす「北朝鮮悪玉論」に関しては、残念ながらこれといった即効薬は見つかりません。私たちの歴史認識を正す地道な取り組みが必要です。
 第二に、私たちとしては、アメリカを中心とする米日韓の対朝鮮政策こそが朝鮮半島の平和を脅かす原因であることをハッキリさせなければなりません。この点に関して私たちは特に、多くの日本人の中に巣くっている「アメリカ善玉論」によって朝鮮半島問題に関する正しい判断力を奪われないよう、国民的に注意喚起する役割を担う必要があります。
 「アメリカ善玉論」の最たるものは「戦後の日本の平和は日米安保のおかげ」という受け止めです。内閣府の世論調査では、今や80%以上が日米安保を肯定的に受けとめています。アメリカに「親しみを感じる」とするものも80%以上という高率です。
 しかも、私がよく指摘することですが、日本における国際報道は圧倒的にアメリカ発の情報によって支配されています。私たちは知らず識らずのうちに、「アメリカ的にものを見る」、「アメリカ的に物事を判断する」クセがついてしまっています。ブッシュ政権は、イラク、イランとともに朝鮮を「悪の枢軸」とレッテル貼りしました。オバマ政権は「戦略的忍耐」と称して、朝鮮の自滅・崩壊を「助長」する政策をとりました。もともと「北朝鮮悪玉論」がはびこる日本社会ですから、朝鮮を「クロ扱い」するアメリカ発の情報が垂れ流しになるのは見やすい道理です。
 しかし、冒頭に述べたように、朝鮮核問題の軍事解決があり得ない今日、アメリカの対朝鮮政策、アメリカ発の情報を鵜呑みにすることはもはや許されません。私たちは最低限、アメリカに対して是々非々で接する国際的見方を身につける必要がありますし、特に朝鮮問題についてはそれが喫緊の課題であることを広く訴える努力を行う必要があるのです。
 第三に、アメリカのトランプ政権及び韓国の文在寅政権の新しい朝鮮政策の可能性を積極的に評価する世論を作り出し、安倍政権の朝鮮敵視政策を孤立させなければなりません。
 トランプ政権に関しては、トランプがイデオロギーとは無縁であり、商売人的損得勘定だけに基づいて物事を判断する人物であり、したがって政権としては何をしでかすか分からない危なっかしさがつきまとっています。しかし、対外関係に関しては、アメリカ的価値観・イデオロギーから無縁で、損得勘定で動くだけに、これまでの政権とは違った政策・アプローチをとる可能性があります。
 「すべての選択肢がテーブルの上にある」とした対朝鮮政策はその具体的一例です。当初こそ、軍事力行使の可能性が強調され、一触即発の雰囲気に見舞われましたが、冒頭に紹介したマティス国防長官の発言に見られるとおり、「すべての選択肢」の中には外交・平和的解決も含まれているし、金正恩政権をイデオロギー的偏見で決めつけることもないわけです。
 文在寅政権に関しては、金大中、盧武鉉の直系として、南北関係の改善、朝鮮半島の平和と安定の実現を目指す政策を打ち出すことが期待されます。したがって、文在寅政権がイデオロギー抜きかつ損得勘定で動くトランプ政権の本質をしっかりつかんで賢く行動すれば、朝鮮核問題の平和的解決プロセスを起動させる可能性は確実にあると思います。中露両国はそうした動きを歓迎し、協力するでしょう。6ヵ国協議再開を含め、様々な可能性が追求されることになると思います。しかし、2020年改憲を言いだした安倍首相としては、国際的緊張を人為的に作り出さないことには国内的改憲気運を盛り上げられないわけで、朝鮮半島の平和と安定に向けた国際的な動きを妨害するべく、必死に画策する危険性がきわめて大きいと思います。
 したがって、「北朝鮮脅威論」「北朝鮮悪玉論」が根強く存在する国内の雰囲気のもとでは決して簡単なことではありませんが、私たちは、安倍政権の動きを封じ込める強力な世論を作り出すことに全力を傾ける必要があることを指摘しておきたいと思います。

(参考)6月10日付ハンギョレ記事「6・15 宣言17周年行事、南北分散開催することに」

 文在寅政権発足後、初の南北民間交流の実現可能性に注目が集まった6・15共同宣言17周年記念民族共同行事が、結局取り消しとなった。共同行事の準備に物理的に時間が足りないうえ、新政府発足からわずか1カ月後の時点で、南北いずれも急激な方向転換に負担を感じたためと見られる。
 6・15共同宣言実践南側委員会(常任代表議長イ・チャンボク・南側委)は9日午前、ソウル貞洞(チョンドン)のフランチスコ教育会館で記者会見を開き、「6・15共同宣言発表17周年民族共同行事を平壌で共同開催することが困難になった」とし、「様々な物理的、政治的状況を考慮し、6・15記念行事を(韓国と北朝鮮、海外が)それぞれ分散開催する」と明らかにした。南側委側は今月7日、北側にこのような決定を通知したという。
 イ・スンファン南側委共同執行委員長は「6・15共同行事を開くのは、南北関係を発展させ、朝鮮半島の平和に寄与するためだが、行事をめぐり様々な葛藤が増幅された場合、南北関係発展の役に立たないという判断から、分散開催を北側に提案した」と話した。
 これに先立ち、南側委は先月23日、北側と6・15共同宣言17周年共同行事を話し合うため、対北朝鮮接触申請を行っており、統一部はこれを同月31日に承認した。さらに、南側委は北朝鮮に開城(ケソン)で共同行事を開こうと提案したが、北側は今月5日の返信で、京義線の通行・通関問題など解決すべき問題が多く、開城は難しいとの立場を示し、平壌で共同行事を開くことを提案した。南と北が6.・15記念行事を共同で行ったのは、2008年が最後だ。
 南側委関係者は「海外側を通じて北や行事の内容について協議したが、実務的かつ物理的な問題があった」とし、「平壌で行事を進めるためには航空便の問題もあり、チャーター機を飛ばすためには、南北当局が西海(ソヘ、黄海)を通じた直航路を解放するための実質的な協議もしなければならないが、(短い期間の間)物理的に不可能だった」と話した。彼はさらに、「北京や瀋陽など中国を通じた訪朝も物理的に困難な状況という点も確認されるなど、現実的な問題も分散開催の決定に相当な影響を及ぼした」と付け加えた。
 仁済大学のキム・ヨンチョル教授は「統一部長官をはじめ、南北関係を責任を持ってリードしていく新政権の人選作業が終わっていない状況で、民間交流を推進していくのは、南北いずれにも慎重を期せざるを得ない」としたうえで、「9年余りの空白があったことを考えると、新政府は明確なメッセージを持って南北関係を切り開いていくには一定の時間がかかるものとみられる」と指摘した。