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日ロ領土問題に関するプーチン発言

2017.6.5.

6月1日、ロシアのプーチン大統領は世界の主要通信社とのインタビューに応じました。その際、共同通信の質問に答えて、日ロ領土問題、THAADの韓国配備、さらには朝鮮の核ミサイル開発計画をも踏まえつつ、アメリカの弾道ミサイル防衛(BMD)推進戦略が世界的な軍備競争の新ラウンドとなっているとする、ロシアの厳しい国際軍事情勢認識を示す発言を行いました。日本のメディアでもプーチン発言の一部内容は紹介されましたが、それはあまりにも皮相的でした。
まず、プーチンはアメリカが推進しているミサイル防衛システム開発に重大な懸念を抱いていることがあげられます。1980年代初にレーガン大統領が「スター・ウォーズ」計画を打ち出したときと異なり、情報革命が飛躍的な進展を示している現代においては、ミサイル防衛システムが百発百中の精度を誇る兵器体系になる可能性は否定できないという認識がプーチンにはあるのでしょう。ロシア(及び中国)としては膨大な負担を耐え忍んででもアメリカに対抗するしかなく、そのことは、プーチンが言うとおりの軍拡競争を引き起こすことになるでしょう。果てしのない軍拡競争が世界をますます不安定に追い込むことは見やすい道理です。私たちも、アメリカのミサイル防衛システム問題には無関心であってはならないと思います。
 また、共同通信の質問者の問題意識はかなり限定的だったと思うのですが、プーチンはこの質問を利用して、ロシア側の認識を掘りさげて提起したことも要注目です。特に、プーチンが日ロ領土問題、韓国へのTHAAD配備問題さらには朝鮮の核ミサイル開発問題すべてをアメリカの対露軍事戦略との関連性の中で捉えていることは重要です。以下の諸点にご注目下さい。
まず、日本との関係で言えば、日ロ領土問題の解決は米ロ間の緊張した軍事関係が解消されない限りはあり得ないということです。プーチン発言は、安倍首相の対露外交は、安倍政権が日米軍事同盟関係を所与の前提とする限りは成算のカケラもないと言っているのに等しいのです。
次に、韓国へのTHAAD配備問題に関するロシアの認識は中国とまったく同じであるということです。韓国国内ではそういう戦略的認識が欠落しています。文在寅政権がTHAAD問題の戦略次元での「重み」を正確に認識しないで軽々なアプローチをとると、狭く偏った認識で終始している韓国世論と中露の姿勢との間で動きがとれなくなる可能性があることが容易に予見されます。ちなみに、日本でもTHAAD配備問題が云々される状況がありますが、日本国内の認識も韓国と大同小異であることは、きわめてゆゆしい事態です。
第三、プーチンは、朝鮮の核ミサイル開発の「脅威」を高唱する米日韓の立場の裏にあるホンネを見透かしていることです。プーチンもおそらく、朝鮮の核ミサイル開発に反対する理由は中国と同じで、NPT体制の保全及び日韓の核開発阻止にあるのであって、朝鮮の核ミサイル開発に軍事的脅威を感じているわけではないことが、プーチンの発言の行間ににじんでいます。
ロシア大統領府WS(英語版)が紹介した内容は次のとおりです。

(質問)質問は露日関係と南千島に関してである。あなたは安倍首相との間で南千島での合同経済活動について合意した。このことは間違いなく日ロ間の信頼構築に役立つだろう。  しかし、日本人の態度についていえば、ロシアは択捉、国後に軍事施設を作ろうとしており、我々は当然懸念している。  他方、ロシアにも懸念する理由があるだろう。平和条約締結後に日本が2島を受け取れば、日米安保条約に従って米軍が2島に配備される可能性がある。  この点に関し、南千島の非軍事化は可能かどうかを伺いたい。もちろん、今これらの島の問題を解決することは可能ではないだろうが、この点に関してあなたに考えがあるのであれば、私としては是非伺いたいと思う。この問題について、あなたはいかなる解決の可能性を見ておられるか。  第二の問題は、北朝鮮の核ミサイル計画に関してである。これは間違いなく北東アジア全体の安全保障にとっての重大な脅威だ。あなたは、特にこの地域におけるアメリカの軍事活動に鑑み、いかなる解決の可能性を見ておられるか。
(回答)まず、ロシア極東特にこれらの島々における軍事建設だが、これはロシアのイニシアティヴによるものではない。同じことが欧州の状況についても当てはまる。NATOの基地はロシアの西側国境に近づいており、インフラは迫ってきており、部隊は増強されつつある。この状況下で我々はどうするべきか。ただぼんやり見ているだけか。否、そうはできないし、そうするつもりもない。我々は然るべき対応を行っている。
 同じことが東側でも起こっている。一隻の空母がこの地域に来た後、2隻目の空母も到着し、今では3隻目もこの地域に向かっているという報道がある。これは世界の終わりではなく、空母は来ても間もなく去る。しかし、ミサイル防衛システムも配備されようとしており、これは重大な関心事だ。我々は、これは世界における戦略バランスを破壊すると過去10年間言い続けてきた。
 あなた方は報道分野に数十年にわたって従事して来た、経験ある大人だが、この問題については沈黙し続けてきた。世界は、何事も起こっていないかのように沈黙を守っている。誰も我々に耳を傾けず、耳を傾けたとしても、我々のメッセージを伝えない。世界の人々はこの状況全体について無知のまま暮らしているが、今起こりつつあることは非常に深刻で警戒するべきプロセスなのだ。ミサイル防衛はアラスカに配備されており、今度は韓国だ。ロシアの西側で起こっていることと同じように、東側で起こっていることについても為すことなく見守るだけなのか。否、もちろんそんなことはできない。我々は、この挑戦に対する対応の可能性を考えているし、我々においてはこれは正に挑戦だ。
 我々が欧州におけるBMDシステム問題を提起した時、彼らはイラン問題を引き合いに出し、イランの核計画及びその計画が引き起こすと彼らが主張する脅威を無害化するためにやっていると主張した。しかしその後、イランとの合意が署名され、主張されていた脅威は取り除かれ、国際社会は信頼できるセーフガードに合意した。IAEAはこの見解を共有している。ところが、BMD基地の開発は急速に進んでいる。
 我々は上記議論には根拠がなく、西側は我々を欺していると言い続けてきた。西側は、彼らの目標はイランだけだと答えてきた。今では、このことについて言い続けているのは私だけで、他のものは黙りこくって、私が言っていることの意味が分からないフリをしている。しかし、あなた方は私の意味することが分かるはずだ。であれば、何故あなた方は相も変わらず黙っているのか。その間にも、事態はさらに悪化しつつある。BMDは軍備競争を新たなラウンドに追い込むものだ。これは明らかなことだ。だからこそ、我々は対応の仕方を考えているのだ。我々は、ミサイル防衛システムを改善する方法について考えている。これは正しく軍備競争の新ラウンドだ。
 同じことは(紛争のある)島々についても当てはまる。我々は自らの安全保障に関心がある。我々が考えるのは、国境から遠く離れた地域で脅威を無害化する方法である。南千島はそれには便利な場所だ。言葉を換えて言えば、ロシアが南千島を軍事化するイニシアティヴをとったという見方には同意しない。否、我々は、この地域での事態の展開に対応することを強いられているのだ。もちろん、あなた方は北朝鮮の核ミサイルの脅威について言うだろうが、それは正しくイランと同じだ。私の考えでは、北朝鮮が問題なのではない。仮に平壌が明日核実験と核兵器計画を放棄すると発表しても、アメリカは、欧州でそうしているように、何かほかの口実を設けて、あるいはいかなる口実もなしにBMDシステムの開発を続けるだろう。我々としてはそのことを肝に銘じなければならない。
 私は緊張を作り出す気持ちはないが、あなたが質問したので、我々の立場を説明したのだ。
 あなたの質問の第2の部分に関してだが、南千島が日本の領土になるとした場合に、米軍がそこに駐留する可能性が理論的にあるかといえば、イエス、その可能性はある。それは条約及び付属文書から出てくることだ。それらの文書を見たことはないが、その内容の大方については理解している。
 私はそれらのことについて知悉しているが、今は立ち入るつもりはない。しかし、南千島に米軍を駐留させる可能性は存在する。もちろん、ロシアはアメリカとの関係を悪化させる計画があるか、また、そのような可能性におびえるか、という問はあり得るだろう。ノー、そういう意図はないし、我々がおびえることは何もない。しかし今、たとえば、アメリカ国内で起こっていることを見てみれば、反ロシア・キャンペーンとロシア恐怖症が続いている。この状況がどう展開するかは我々には分からないし、我々が始めたわけでもないこのプロセスについて、我々がどうするわけでもない。こうした状況下では、今日は何事も良好であっても、明日になればミサイル防衛システムを配備するかもしれないと考えるほかない。そうした可能性は我々にとって絶対に受け入れられないことだ。
 非軍事化は可能か。もちろん可能だが、南千島を単純に非軍事化するだけでは十分ではない。我々は、地域全体の緊張を低下させる方法を考える必要がある。そうすることによってのみ、我々は真剣で、長期的な合意の可能性を見いだすことができる。今の段階ではいかなる合意かについて語るのは困難だが、合意は可能だと考えている。