21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

「北朝鮮危機」と安倍政権
-作り上げられた朝鮮の「脅威」―

2017.5.28.

*ある通信社の求めで行ったインタビュー記事を紹介します。朝鮮の金正恩政権がミサイル発射実験を行うたびに、NHKは緊急速報を流し、民放各社は競って「報道番組」なるものの中で取り上げる。しかも決まって使われるのが「挑発」「威嚇」という日本語。
 「挑発」とは、「相手を刺激して事件などが起こるようにしかけること。そそのかすこと」(広辞苑)とあります。「威嚇」とは、「武力や威力でおどすこと。おどかし」(同)とあります。いずれも強者が弱者に対して取る行動です。誰が見たって、朝鮮対アメリカ(米日韓)では、アメリカ(米日韓)が強者で、朝鮮は弱者です。そもそも日本語の使い方自体が誤っている。ところが、こと朝鮮となると、そうした赤子でも分かりそうな基本的な事実を忘れて、専門家諸氏(疑わしいのもいっぱいいますが)は朝鮮の「挑発」「威嚇」を言い立てる。内政外政ともに末期症状の日本ですが、その最たる例がここにも現れています。
 そういう問題意識を込めて行ったインタビューでした。

--北朝鮮の核開発やミサイル実験が今回の事態を招いた出発点だと思いますが、「北の脅威」をどうご覧になりますか?
 軍事的な「脅威」の定義は、「攻撃する能力」と「攻撃する意思」が二つ揃うのが条件です。確かに朝鮮(北朝鮮)は攻撃能力を持っていますが、それを使った瞬間、米軍の報復で国は崩壊です。それが分かっていて自ら攻撃を仕掛ける意思があるはずがない。そうした意味で、「脅威」ではあり得ないというのが軍事的常識です。
 拉致問題や金正男の暗殺疑惑など"何をするか分からないのが北朝鮮"といった声はありますが、日本を攻めてくるというのは次元が違う話。危機を煽り立てるのは為にする議論です。
--では、核実験と弾道ミサイル発射は何のためでしょうか?
 90年代初頭、ソ連が崩壊し、中国も「改革開放政策」を取る中で、金正恩政権は国際的な後ろ楯を失いました。核開発は、そんな彼らが自己の政権の存続を図るための手段としてスタートしました。
 1994年に米クリントン政権との間で合意された「米朝枠組み合意」が履行されて、米朝の関係が正常化していれば、核開発はストップしていたと思います。しかし、ブッシュ政権はこの合意を破棄。イラン、イラクと並ぶ「悪の枢軸国」に名指ししました。2003年にイラクが米国に侵攻された後、金正日が「次は自分」と危機感を募らせたのは当然でしょう。
 これが、核開発を朝鮮がしゃかりきに進めた理由です。米国や韓国から攻められないだけの報復力を持つことによって、政権の存続を図ろうとしているのです。
--北朝鮮の自己防衛目的の核・ミサイルを「脅威」に仕立て上げているということですね。
 安倍政権としては、朝鮮が自ら攻撃を仕掛けることがないことは分かっていながら、「脅威」を声高に叫ぶことで軍事力を強化し、集団的自衛権の行使に踏み込む。さらには憲法改悪まで突っ走りたいのが本音でしょう。
 ところがミサイル4発を日本海上に等間隔で落とすなど朝鮮のミサイル技術が向上しました。日本に核兵器を落とす能力を持つ事態にまでなってきた。そんな状況下でのトランプ政権の登場です。「いきなり北朝鮮に殴り掛かるんじゃないか」と安倍政権も緊張したはずです。そうなれば日本もただではすみませんから。
 シリアへの米軍の空爆に対して、安倍首相は支持を表明する一方で武力行使への評価を避けました。この歯切れの悪い発言の裏に、トランプの軍事的暴走に対する懸念が透けて見えます。
--日本国内には「北朝鮮はとんでもない国だから攻撃してもいい」といった雰囲気すらありますが…。
 米韓合同演習のテーマは「(金正恩の)斬首作戦」でしたが、マスコミはそれを当然というような視点で報道しました。しかし、世界170カ国以上から承認されている国連加盟国ですよ。その政権トップを暴力的に排除するのを"当たり前"とする報道が横行すること自体、日本のメディアの異常性を明らかにしています。
 もしそんな事態になったら、朝鮮は「在日米軍基地に(核ミサイルを)打ち込む」とハッキリ言っています。そしてその能力を持っている。例えば横田基地に落とされたら東京はどうなるのか、原発を標的にされたらどうなるのか。それを真剣に考えた対応を取るべき段階にきているのです。
--トランプ政権の一時のチキンレース的な対応には変化も見えてきました。
 これまでの米歴代政権と比較した場合のトランプ政権の特色は、思想がないという点です。特に反共イデオロギーもないので、「独裁政権」「共産政権」という理由で金正恩政権の存続を認めないという判断をしない。トランプ政権の最大の特徴は商人的な「損得勘定」で物事を判断することです。
 トランプ政権の要求は朝鮮(北朝鮮)の非核化です。5月中旬にノルウェーのオスロで米朝が非公式に会談を行いました。もし朝鮮側が「米国は金政権の転覆を目論んでいない」という点に確信を持てるならば、米朝の直接協議など事態が今後動く可能性はあります。
--一方で中国と北朝鮮との関係は悪化しているといわれていますが…。
 中朝関係が過去最悪にまでなっていることは中国メディアも認めています。もともと中国は朝鮮の核開発に反対でした。理由の一つは日本と韓国の核武装を招きかねないことです。この点はアメリカの懸念と一致しています。もう一つは核汚染です。朝鮮の核実験場は中国との国境近くわずか100キロ弱のところにあるんですね。
 しかし中国は、歴代米政権が朝鮮の政権転覆を目的としており、朝鮮の核開発が米国への報復力を持つためで、その目的は政権維持だということを理解していましたから、強く反対してこなかったのです。
 その対応が変化した最大の理由はトランプ政権の対朝鮮政策です。金正恩政権の転覆を目的とはしない、核を放棄させることが目的だとする対朝鮮政策をまとめ、米中首脳会談で持ち出しました。習近平はその政策に可能性を見いだし、「政権の存続を保障する」ことを見返りとして、核ミサイル開発の放棄を朝鮮に要求するアプローチを取ることになったのではないでしょうか。
 でも金正恩政権からすれば、簡単に対米認識を改められるはずがない。それが中朝関係の緊張の最大原因です。
--事態が変化する中、日本政府が求められる対応は?
 2002年の平壌宣言のラインまで立ち戻ることです。安倍政権は事あるごとに「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」と言いますが、これがまずおかしい。
 平壌宣言の中で拉致問題は「このような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう(朝鮮は)適切な措置をとる」ということで決着しています。生存されている拉致被害者の方がおられるならば、その人たちの帰還問題は、国交正常化とは別途の問題として扱わなければならないのです。安倍政権は完全に問題をすり替えています。
私たちは、「北朝鮮脅威論」の呪縛を解き、平壌宣言に基づく日朝国交正常化交渉に誠意を持って取り組むべきだと世論を喚起しなければなりません。
韓国では文在寅新大統領が朝鮮との対話路線への転換を表明しました。朝鮮側も戦争が起きれば政権の崩壊ですから絶対に避けたいし、中国、ロシアも朝鮮半島の平和と安定を望む点では同じです。トランプ政権も損得勘定で絶対に勘定に合わない戦争は今や望んでいません。
 ところが日本の安倍政権だけは別。朝鮮半島に軍事的緊張が続くことを期待し、それを奇貨として憲法改悪を進めたいという本音がある。このままでは、米中韓露が朝鮮との対話路線に舵を切った時、日本だけが取り残されるという事態になりかねません。それは、安倍政治に引導を渡すことが速まるという意味では客観的にはいいことですが、日本が世界的に物笑いになるということであり、主権者である私たち一人一人の判断力が問われているということでもあるのです。