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文在寅政権の課題(韓国3紙社説)

2017.5.11.

5月10日付のハンギョレWS、中央日報WS及び朝鮮日報WS(いずれも日本語版)は、文在寅大統領に対するそれぞれの立場からの要求・注文をつける社説を発表しています。私は、ハンギョレ社説の「大統領に就任するやいなや直ちに取り組まなければならない懸案のうち最優先は外交安保分野であろう。トランプ米国大統領の登場で朝鮮半島情勢は急変している。米国と中国が急激に動いて北朝鮮の核危機は重大な岐路に立たされている。しかも南北関係はすでに破綻状態だ。ややもして下手をすると、1世紀前のように韓国の運命を周辺強大国にすべて決められてしまう事態が起こりかねない。大統領の課題のうち国の安全を保障して国民の安全と危機を守ることほど重要なことはない。文氏は就任するやいなや朝鮮半島の緊張を緩和して対北朝鮮の政策において韓国の役割を再び見出しうる方法から模索すべきである」というくだり、なかんずく「下手をすると、1世紀前のように韓国の運命を周辺強大国にすべて決められてしまう事態が起こりかねない」という指摘に強く共感します。
 しかし、韓国国内はハンギョレの立場は明らかに「少数派」であり(文在寅氏の得票率が41%であること)、朝鮮日報社説に示される強烈な反共反北世論が存在しています。しかも、文在寅大統領はトランプ米政権とやりとりしなければならないという難題も抱えています。
 米韓関係は本当に政権の巡り合わせが悪いのです。金泳三政権以後で見ると、次のような対応関係になります。
〇クリントン(1993.1.-2001.1.)⇔金泳三(1993.1.-2001.1.)
〇ブッシュ(2001.1.-2009.1.)⇔金大中(1998.2.-2003.2.)&盧武鉉(2003.2.-2008.2.)
〇オバマ(2009.1.-2017.1.)⇔李明博(2008.2.-2013.2.)&朴槿恵(2013.2.-2017.3.)
〇トランプ(2017.1.-)⇔文在寅(2017.5.-)
 時期は若干ずれが生じますが、アメリカが民主党政権の時は韓国では保守的政権が、アメリカが共和党政権の時は韓国では進歩的政権が存在しています。対朝鮮政策では民主党と共和党の間で本質的な違いがあるわけではありませんが、最低下に得ることは、アメリカの民主党と韓国の進歩派との間にはより共鳴関係があると言えるでしょうし、アメリカの共和党と韓国の保守派との間にもより強い思想的共鳴関係があると思います。したがって、南北関係打開に積極的な韓国の進歩的政権に見合ってアメリカに民主党政権があるとすれば、南北関係の打開に対して「より理解を示す可能性」はあるのではないかと思われるわけです。そういう点で、文在寅もトランプに当たってしまったのは不幸です。
 ただし、思想的には「確信犯」的なブッシュと、思想にはそもそも無縁で、とにかく損得勘定で判断するトランプとでは、行動原理にも違いがある可能性があります。その違いは特に朝鮮核問題で現れる可能性があると思います。文在寅が他者感覚を大いに働かせてトランプの行動原理を踏まえた対米アプローチを行うのであれば、今後の南北関係ひいては朝鮮半島情勢には思いがけない展開が現れる可能性もあるのではないかと、期待する私です。
 横道にそれてしまいましたが、文在寅政権の進む道は国内的には「イバラの道」であることを理解する一助として、3社説を紹介しておきます。

[ハンギョレ社説]文大統領、国民と共に「国らしい国」作りを

 共に民主党の文在寅(ムン・ジェイン)候補が9日に行われた選挙で19代韓国大統領に当選した。文氏は開票序盤から優勢を続けて、自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補と国民の党の安哲秀(アン・チョルス)候補に比較的大差で勝利した。文氏の勝利で9年ぶりに政権交代がなされ、進歩(革新)系の野党は再び権力を委任され、多数の国民の夢と願いを実現する責任を抱くことになった。
 文氏の勝利は何よりも国民が「ろうそく革命」の過程であらわれた時代的な熱望を実現する舵取り役として「文氏と第一野党の共に民主党」を選択したという意味を持つ。「国らしい国を作る」という文氏のスローガンはそのような熱望を適切に反映したものだった。昨冬のろうそくデモに参加した大勢の市民は単純な政権退陣を越えて韓国社会の大改造を求めた。国際通貨基金(IMF)危機事態以降、進歩と保守の政権交代をたどりながら日増しに深化した両極化によって国民は深刻な苦痛を味わってきた。朴槿恵(パク・クネ)政権の国政私物化は、いっそう激しくなる不公正と「甲質(強者の論理)」社会、富は益々富み、貧は益々貧に向かうことへの国民的怒りに油を注いだのと同じだった。文政権の始まりは単純に3期目の民主政権を越えて総体的な国家改造、格差社会からの脱出に向けた大長征という意味を持つ。
「保守政権の国政私物化」に対する峻厳な審判
 今回の選挙結果はまた、朴政権の国政私物化、さらには李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵の両保守政権9年間に対する国民的審判の意味を持つ。洪候補が文氏に大きな票差で敗北したことによって伝統的な保守勢力は明確に退潮した。朴政権の国政私物化は保守政権の9年間に積み重なった弊害が腐りきって収拾がつかなくなったのだ。国民は今回の選挙で政治・経済・社会・外交安保など各分野の9年間の実情について厳しい責任を問うた。
 今回の選挙で憲政史で初めて与→野→与→野につながる二度の政権交代が完成したという点も注目に値する。1997年の大統領選で金大中(キム・デジュン)氏の大統領当選で初の野党への政権交替がなされた。2007年には元与党だった李大統領とハンナラ党に再び政権が移った。それから9年余りの歳月が流れた後、野党勢力が再び政権を取り返すことによって韓国にも国民の選択により政権が交代する自然な政治文化が根をおろすことができるようになった。
 大きな世論を基に一度も1位を奪われなかった文当選人は世論込んでばかりではいられない。あまりにも多くの難題が山積している。息が詰まるほど目まぐるしく変わる北朝鮮の核危機の渦中に外交安保のコントロールタワーの致命的空白状態が永らく続いたし、経済は長期的な景気低迷で庶民・中産層の暮らしは良くなる兆しを見せていない。財閥を改革して検察・国家情報院などの権力機関を立て直そうという国民的要求も激しい。このように国家的難題が山積しているのに国会は与党少数野党多数で、大統領選挙で政界は互いに敵対感だけを育てた。何一つ容易でない。
協力政治を通した改革、連帯を通した清算
 文氏が就任後何より留意しなければならないことは、協力政治による改革と連帯を通じた清算である。改革も清算も「協力政治と統合・連帯」なしには現実に力を発揮し難い。文氏が遊説で弊害の清算と国民統合の二つを交互に強調したのもそのような脈絡だろう。文氏は選挙で大差で勝利したが、政治的勢力分布からすると相変らず一人で全てを担っていくのは難しい。文氏は過半数には達しなかったが、比較的安定した得票をしたと評価できる。多数の国民の支持を基に事を進めるにしても、全てのことを一人で背負うとしてはならない。
 そうした点から、文氏自らが選挙中に明らかにしたように、政権は優先的に国民の党や正義党と連立政権または、協力政治を模索するのが望ましい。保守政権の失敗に対する国民反発の中で進歩改革政治勢力の広がりは過去のどの時代より大きくなった。今回の大統領選挙で共に民主党、国民の党、正義党の候補の得票率を全て合わせると、自由韓国党と正しい政党の得票率を二倍以上圧倒する。文氏は優先的にこれら二つの政党との協力関係の構築に力を強く注ぐべきだ。
 文氏は自分に投票しなかった保守指向の有権者も包容する政治力を発揮しなければならない。口だけ「100%大韓民国」を叫んで実際にはブラックリストまで作って反対派を弾圧した「排除の政治」はもはや終わらせねばならない。国政運営で原則と基準を見失しないようにしながらも、保守有権者の心と情緒をていねいに気遣うように願う。第2党である自由韓国党とも対話の扉を常に開けておかなければならない。対話し、討論して議会民主主義にのっとった多数決の原則で決定を下せば良い。自由韓国党も過去の野党時代のように新政府の当初から何かにつけ足を引っ張ることにだけ没頭した場合、国民的非難の対象になることを忘れてはならない。
北朝鮮核問題への対処に最優先順位を置くべき
 新しい大統領の至近の問題は何よりも政府と大統領府の陣容を組むことだ。政府の人選からして「協力政治による改革、連帯を通じた清算」の原則が適用されねばならない。文氏は遊説の際「当選後は野党から訪問する」と話していた。今日、大統領に就任すれば約束どおり野党をまず訪ねて、政府の構成から議会協力の手段まですべての懸案を虚心坦壊で議論するように願う。オバマ前米国大統領が就任後の党内選挙で争ったヒラリー・クリントンを国務長官に座らせたことを参考にしても良い。共に民主党の党内選挙戦の元候補だけでなく野党からも有能な人材を選んで使うという姿勢で内閣の人選を進めた方が良い。
大統領に就任するやいなや直ちに取り組まなければならない懸案のうち最優先は外交安保分野であろう。トランプ米国大統領の登場で朝鮮半島情勢は急変している。米国と中国が急激に動いて北朝鮮の核危機は重大な岐路に立たされている。しかも南北関係はすでに破綻状態だ。ややもして下手をすると、1世紀前のように韓国の運命を周辺強大国にすべて決められてしまう事態が怒りかねない。大統領の課題のうち国の安全を保障して国民の安全と危機を守ることほど重要なことはない。文氏は就任するやいなや朝鮮半島の緊張を緩和して対北朝鮮の政策において韓国の役割を再び見出しうる方法から模索すべきである。健全たる韓米同盟を基に、中国や日本などの周辺国との関係も互恵平等の原則によって新しく構築すべきである。北朝鮮に断固としながらも柔軟な姿勢で接触し、南北関係の新しい局面を開かねばならない。大統領選前に実践配置の段階まできたTHAAD(高高度防衛ミサイル)問題は原点から再検討しなければならないだろう。米国や中国などの関連国と幅広く協議して国民的合意を基に合理的解決策を見出していくべきである。
国民の力を結集して改革政策を推進すべき
 文氏には失望に陥った青年に希望をあたえる大統領になってもらいたい。経済活力が落ちて働き口の質は全般的に悪くなり、内需不振に私たちの経済が長期沈滞に陥る傾向を反転させねばならない。短期間に実現することは難しいことだ。財閥企業の投資と輸出支援に恩恵を集中し、建設業の景気浮揚による成長率の数値を高める政策から抜け出すべきである。競争と革新が活性化し、個人所得が増えて民間消費が蘇る経済構造を作る方向に持続的な政策を展開しなくてはいけない。
 ろうそくデモから大統領弾劾、大統領選挙につながったドラマは「市民革命」と称せられたほど躍動的だった。新政府は改革政策で市民の「革命的な風」を反映せねばならない。革命より改革がさらに難しいとよく言われる。改革が実を結ぶまではさらに大変で苦しい過程が待っている。国政私物化の勢力とその追従者が再び韓国政治に足を踏み入れることができないようにしなければならない。権力機関はもちろんで財閥とマスコミもまた本来の立場に戻れるように改革しなければならない。何一つ容易なことはない。国民の力を結集して一歩一歩の前に進むのがまさに指導者の役割だ。「新しい大統領文在寅」を中心に国民皆が一心に国らしい国を作って「ろうそく革命」の新段階を開くことを期待する。

【中央日報社説】文在寅大統領に国民は協力政治と統合を求めた

歓声と嘆きが交差する中で大韓民国の第19代大統領が明け方に誕生した。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の当選を祝いたい。出口調査が発表された時の期待や不安、当落の輪郭が明らかになるまでの緊張感、最終得票率を確認するまで高まった雰囲気…。多くの有権者がテレビの前で感じたはずの多様な感情の色を新しい大統領も昨夜、そのまま感じただろう。
もう揺れていた感情の屈曲や激しい攻防のカスを過去に流し出す必要がある。冷静に「現在」と「未来」を見据えて進む時だ。彼は補欠選挙で選出されたため、歴代大統領が享受していた当選者時代は提供されない。行動しながら考え、選択しながら構想しなければならない国政運営の実戦列車にすぐに搭乗した。憲法により、手に握られた軍統帥権者や外交権、行政府首長、国家元首の権限を迅速でかつ安定的に行使することに万全を期しなければならないだろう。
昨日までは特定候補を支持していた有権者も、今は大韓民国の国民というより大きな意味の席に戻らなければならない。国の非常事態を突破するために力を集めることが求められるだろう。文在寅大統領が迎える現実は1997年通貨危機の時期よりももっと厳しいと言える。その時、金大中(キム・デジュン)大統領は前任者を非難しなかった。当面の危機の前に国を共に回復させようと切実に訴えた。その時の金集めキャンペーンは、大統領と国民が愛国心で一丸となって国を救った歴史の感動的な場面だった。
文在寅新大統領が今すぐ、そして任期の間ずっと追求すべき最も重要なのも国民に感動を与えて彼らの情熱や能力を国民的エネルギーとして一つにすることだ。2017年5月、韓国が直面している難局の本質は国論分裂の危機だ。国論分裂が安保・経済危機の原因でり、結果だった。文在寅大統領は、この問題に取り組んで勝利を収める大統領にならなければならない。新大統領はこれ以上、親盧親文政派のリーダーになってはならない。彼はただ、大韓民国の大統領であり、4200万有権者の代表であり、すべての韓国人の指導者だ。選挙遊説戦で改革と統合を繰り返し叫んできたように、疲れて傷ついた多くの国民の心を治癒して統合することを優先しなければならない。
文在寅大統領は、メッセージ・人事・疎通・国会・政策の5つの分野で協力政治と統合の時代を切り開いてほしい。大統領の権力において最上の魅力的な資源は言葉だ。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の没落が自己中心的で極端な手帳人事から始まったことを文大統領はよく知っているだろう。彼が秘書室長を務めていた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府のコード人事が再発しないように、大不偏不党、統合内閣の構成をためらってはならない。
文大統領は、大統領秘書室長、人事・民情主席のような核心人事は今日でも息の合う人事を決めなければならないだろう。新しい首相をはじめ、長官らも迅速に指名し、国会人事聴聞会を経るようにする必要がある。
文大統領は青瓦台(チョンワデ、大統領府)を出て光化門(クァンファムン)の政府庁舎で執務する大統領時代を切り開くと公約した。青瓦台空間構造の改革、各四半期ごとに行う記者会見、閣僚会議・青瓦台で胸襟を開いた国政討論などを通じて疎通する大統領になるという国民との約束を忘れてはいけない。
今回の大統領選挙を通じて韓国はもう一度、水平的政権交代の経験を積むことになった。もうこれ以上の試行錯誤をしないためには、国会との関係が核心だ。文大統領は国会の過半議席で30席が足りない少数党の執権者であることを自覚しなければならない。何でも協治・連合政治・大統合の姿勢で国会を尊重しなければならないだろう。それが今回の大統領選で明らかになった民心であり、国民の命令だ。
もし多党制とねじれ国会の現構図を人為的に崩そうとすれば、途方もない逆風にさらされる可能性もある。何より積弊清算という名分を前面に出して権力機関を動員し、人為的な政界改編を図ろうとしてはならないだろう。これ以上の帝王的大統領の振る舞いは不可能だという現実を謙虚に認める必要がある。与野党の議員に会って協力を要請することを町内の隣人と挨拶をするように頻繁に行ってほしい。
新大統領が直面する政策課題で安保不安、経済墜落を防ぐことより重要なことはない。大統領が様々な案を持っているとは言っているが、韓米同盟の堅固な基盤が揺れないように注意を払う必要がある。文大統領は所得主導の成長と公共雇用の創出を経済の最優先に据えているが、企業を萎縮させ、バラマキ財政で経済ファンダメンタルを揺さぶることはあってはならない。
今回の大統領選は韓国社会に新たな挑戦や機会を与えている。新大統領が現在の政治構図を認めたうえで協治と統合政府を通じてこの土地の民主主義を一段階引き上げれば、大韓民国は今後、より大きな機会を迎えることになるだろう。このような協治と民主主義の訓練を経てこそ、韓国は自然に改憲やより大きな枠組みでの改革まで無理なく履行できる基礎体力を備えることになるだろう。これこそ新大統領の課題であり、大韓民国が今後解決すべき大きな課題だ。

【朝鮮日報社説】文大統領は盧武鉉政権の再現ではなく新たな統合と協治を示せ

 朴槿恵(パク・クンヘ)前大統領の弾劾と罷免により韓国憲政史上初めて前倒しで行われた第19代大統領選挙において、進歩(革新)系・共に民主党から出馬した文在寅(ムン・ジェイン)候補が当選した。9日に行われた投開票の結果、午前0時30分の時点で文氏の得票率は39.5%に達し、当選を確実なものとした。その支持率の高さは明らかに弾劾に伴うものだが、一方で政権交代を叫ぶことで国民の支持を集めることに成功したのも事実だ。ただ弾劾という圧倒的な好材料があったにもかかわらず、支持率が39.5%にとどまったという事実は厳粛に受け止めねばならない。1987年に大統領直接選挙制が導入されて以来、当選者の中で今回の支持率は最低だ。その厳然たる事実を文氏本人がどう受け入れるかによって、文在寅・新大統領が政権運営を成功させられるかどうかが決まってくるだろう。
 今回、文氏に投票しなかった多くの有権者は新政権が「第2次・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権」になるのではないかと懸念している。盧武鉉政権当時、国内では毎日のように新たな対立と分裂が繰り返されていたが、新政権の発足でその当時に戻るとなれば、これは明らかに歴史の逆行だ。もし文大統領が当時を超え、統合と協治という新たな大統領像を国民に示すことができれば、文大統領に投票しなかった国民もその成功を後押しすることだろう。
 今回、文大統領には政権引き継ぎのための準備期間も与えられておらず、首相候補の指名と大統領府スタッフ人事、組閣などを円滑に滞りなく行い、7カ月以上にわたり空白状態だった政権運営を短期間で正常化しなければならない。もちろんこれは決して簡単なことではない。新政権発足がまた新たな混乱の始まりとならないようにするには、首相候補については野党も同意できる人物を抜てきする必要があるだろう。与小野大となっている国会の構図と国会先進化法の影響で、今や協治は選択の問題ではない。文大統領は「当選すれば直ちに野党本部を訪れたい」とも発言したが、野党も今後は「反対のための反対」から脱却しなければならない。
 大統領は何よりも国を守るという重大な責任を持つ立場だ。文大統領は対北朝鮮政策と安全保障政策の両面において変化を予告してきたが、これは選挙期間中も大きなテーマの一つとなっていた。そのため国民も関係国も文大統領の外交・安全保障政策を懸念の目で見つめている。文大統領は「政権を握れば金剛山観光と開城工業団地を直ちに再開する」と何度も語った。しかし国連による対北朝鮮制裁に反するとの指摘、あるいは北朝鮮・朝鮮労働党の金正恩(キム・ジョンウン)委員長に対する国民感情の悪化などが影響したのか、文大統領は後に「核実験をやらなければ」という条件を付けた。ただそれでも文大統領の姿勢はこれらの「再開」に重きを置いているため、もし国民の同意なしに独断で決めてしまえば、また新たな大問題に発展しかねないだろう。
 文大統領はすでに韓国国内での配備が完了した米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」について、配備を続けるかどうかを国会での採決によって決める意向を示してきた。しかし軍の装備を国会の批准によって判断した前例などこれまで一度もない。北朝鮮の核兵器やミサイルによる攻撃を阻止するTHAADがここまで問題となっている理由はただ一つ、中国が反対しているからだ。今後も中国が反対を続ければ、文大統領の言葉通り軍事面での対応を国会の批准に任せるのだろうか。THAADに関係する問題はどれも国内で大きな対立や問題を引き起こしかねないため、文大統領は野党と率直かつ粘り強い意見交換と対話を続けていかねばならない。
 盧武鉉政権当時の2006年に北朝鮮は初めて核実験を強行し、これまでその回数は5回に達した。腹違いの兄を殺害した金正恩氏と北朝鮮政権の野蛮さは通常の理解を超えるものだ。ところがそれでも文大統領は「アメとムチ」のアメ、あるいは相互の交流によって北朝鮮を変えられるとする太陽政策(宥和〈ゆうわ〉政策)を進める考えだ。このことを知る金正恩氏は文大統領からの対話の提案を首を長くして待っていることだろう。それによって金正恩氏は韓国からの支援を手にし、核武装を完成させる時間を稼ぐことで、韓国と米国との関係に亀裂をもたらそうとするはずだ。そうなればこれを容認しない国内の反発世論が再び沸き立つだろう。
 これら数々の困難な問題は韓米首脳会談を通じて解決を目指さねばならない。米国の新政権と対北朝鮮政策を調整し、両国の方針を一致させることが何よりも急がれるからだ。またそのプロセスを通じて開城工団問題や金剛山観光問題、THAAD問題、中国との関係悪化などを解決するきっかけも同時につかまねばならない。しかしトランプ大統領についても不確実性という大きな不安要素が指摘されている。米国はこれまで韓米同盟について「単なる損得を超えた価値同盟」との立場だったが、トランプ大統領はこの考え方を根本から見直そうとしている。先日トランプ大統領は韓国に対してTHAAD配備に必要な費用の負担を要求したが、この問題も完全に決着したわけではない。韓米自由貿易協定(FTA)についてもトランプ大統領は新たな枠組みを求めてくる可能性が高い。ただでさえ文大統領を支持する勢力の一部は反米的な考え方が根強く、文大統領自身も選挙戦序盤「(米国よりも)北朝鮮へ先に行く」と発言した。これら数々の不安要素が横たわる中、もし韓米首脳会談が成功しなければ、韓国はどのような事態に直面するか現状では予想もつかない。
 韓国社会は人口減少と少子高齢化という大問題に直面している。働く世代が減る一方で支援を必要とする働かない人たちが増え、それによって現役世代の負担が一層重くなる時代もすでに始まった。文大統領は児童手当、若者の求職を促す手当、65歳以上を対象とする失業手当、基礎年金、高齢者雇用手当など、新たな給付の新設や支給額の引き上げなど、各世代を対象に現金支給を増やす公約を次々と出した。しかし一度現金を与える制度を導入すると、それを見直すのはほぼ不可能だ。「公務員の81万人増員」の公約も注目を集めているが、これも結局は税金で雇用を増やすことに他ならず、一度職員を雇ってしまえば数十年は雇用を保障しなければならない。新政権によるこれら一連の福祉、あるいは雇用関連の公約が本当に実現した場合、韓国経済は果たして今後長期にわたり持ちこたえることができるだろうか。文大統領は自らの公約実現には年平均35兆6000億円(約3兆6000億円)、5年で178兆ウォン(約18兆円)の費用がかかると試算しているようだが、専門家はこれでは不十分と反論する。そのためこれらの政策も社会的な合意の上で実行に移さなければならず、もしそれがなければ国と社会全体に深刻な後遺症を残してしまうだろう。
 福祉と分配という一方の政策だけでは韓国経済は前に進めない。経済分野で文大統領が最初に取り組むべき課題は国の経済成長に向けた行動計画を示すことだ。韓国経済は現在、成長率が2%台にとどまっているが、この状況が続くようでは雇用を増やすことも、あるいは福祉に必要な財源を確保することもできない。選挙運動の際、文大統領は第4次産業革命と景気の活性化に何度も言及したが、いずれも抽象的な感は否めなかった。持続的な成長を実現するための大きな課題はやはり構造改革と規制の撤廃しかない。つまり共に民主党が今掲げる政策とは異なった方向に進まねばならないのだ。
 最後に残った大きな課題は政治の大転換だ。過去の「君臨する大統領」「帝王的大統領」では未来に向けて一歩も進めないだろう。分権の実現は大統領の善意に期待するのではなく、制度として実現していかねばならないが、その唯一の道は憲法改正だ。文大統領が約束した政府内の改憲特別委員会の立ち上げ、国民が参加する形で改憲を議論する仕組みやそのための政府機関の設立も実現に向け直ちに行動を起こさねばならない。憲法改正は文大統領の行く手を阻むものではなく後押しするものであり、文大統領自身もそのような発想を持つべきだ。
 文大統領には自らを支持する国民よりも反対する国民の方が多いが、この現実を突破する方法はただ一つ。それは過去とは違った新しい大統領像を自ら築き上げることだ。誰からも認められないような権威主義、あるいは自分一人で何でもできるという錯覚をまずは捨て去らねばならない。それができなければ、また新たな形だけの大統領へとたちまち転落してしまうだろう。逆に文大統領から先に手を差し出せば、その権威も力も弱まることなくむしろ一層強くなるはずだ。