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中国の対朝鮮政策の「変化」とは?

2017.5.7.

4月に行われた米中首脳会談を受けた朝鮮半島情勢特に中国の対朝鮮政策の「変化」について観察を続けてきました。私が一番気になっているのは、習近平がトランプの何を評価し、何に納得して、国際的には批判が圧倒的に多いトランプとの「個人的友誼を深め」(4月28日の中国外交部定例記者会見における耿爽報道官発言)、そして対朝鮮政策において重要な「変化」を行うことを決定したのかです。これまでコラムで紹介してきた事実関係を読み返しつつ、以上の問題点について考えてみたいと思います。

1.米中会談を受けた中国の対朝鮮政策見直し

 私が最初に「異変」を感じとったのは、4月10日付のコラム冒頭で書いたように、同日付環球時報社説の「中国はいかなる時でも自らの核心的利益をキッパリとひるむことなく擁護するべきだ。この点を除けば、我々はより慎重かつ謙虚になって、アメリカその他の国々の気持ちを考慮する必要がある。…中国は、21世紀において、世界が刮目するウルトラ・レベルの知能を発揮すべきだ」という指摘と、同日付のもう一つの社説における「もしも朝鮮が新たな核実験を行うときには、北京からワシントンに至るまでの反応は空前のものとなり、恐らく「ターニング・ポイント」とすらなるだろう」という指摘でした。私のイニシアルな反応は、そこでも書きましたように、「率直に言って、私自身は、習近平政権が先も読めないトランプ政権との関係構築に「のめり込んでいる」感じすらあることに強い違和感を覚えます。この「のめり込み」がこれまで総じて言えばバランスがとれた中国の対朝鮮半島政策…を誤らせるとすれば、朝鮮半島情勢は唯一のバランサーすら失う深刻を極める事態となるでしょう。今は、この不吉な予感が外れることを願うほかありません」ということでした。

2.中国が打ち出した対朝鮮政策見直し内容

 中国は、核心的利益については譲らないが、核心的利益にかかわらない部分については「より慎重かつ謙虚になって、アメリカその他の国々の気持ちを考慮する」(10日付環球時報社説)という新たな政策基準を導入して、既存の政策に対する見直しへと舵を切りました。これまでのところ、環球時報社説で示されたのは以下の3点です。このような中国の「舵切り」は、米韓で流布されていた、朝鮮の一連の記念日に際しての「朝鮮による第6回核実験は間近である」「ICBM発射実験も行うかもしれない」という言説を受け入れてのものでした。
ただし、朝鮮自身は、4月中に第6回核実験及び(または)ICBM発射実験をすると公言していたわけではありません。私は4月10日付のコラムで「朝鮮のトランプ政権に対する姿勢は次第に批判的になっていますが、まだ最終的に対決姿勢を打ち出すには至っていないことは確かである…。したがって、この姿勢が維持される間は、朝鮮が第6回核実験やICBM発射実験を控えるのではないかという希望的判断もあり得る…」と指摘し、4月12日付のコラムでは、「米韓は騒いでいるけれども、朝鮮がその挑発に乗らないで「静かにやり過ごす」可能性はあると思います。仮にそうなる場合は、トランプ政権は「軍事的威嚇が成功した」と威張ることができ、中国も胸をなで下ろすことができ、日韓も内心ホッとすることができ、朝鮮は勝手に騒いでいる米韓を冷ややかに眺めるという、当面は誰にとってもめでたし、めでたしの結末になる可能性もあるのではないでしょうか。そういう「とりあえずの結末」を心から願う次第です」と書きました。結果論としては、私の書いたようになりました。
ちなみに、5月6日付の朝鮮中央通信によりますと、同日付労働新聞署名入り論評は、「今は、5月である。4月は過ぎ去った。だから、4月戦争説を流していた米国の空威張りは敗北に終わった。トランプ行政府は、自分らの対朝鮮政策がいかに実益がなく、荒唐無稽なのかを全世界にさらけ出した。トランプ行政府が羞恥を免れようとまたもや5月戦争説を熱心に吹くとしても、それを真に受け入れる人は今やいないであろう」と指摘しました。朝鮮は、4月もそうであったように、5月も自らはことを起こす意思がない(米韓の極端な挑発があれば話は別になるでしょうが)ことを予告しているのだと、私は受けとめます。なお、この労働新聞論評ははじめて、トランプ(政権)について「愚かで、粗暴な自分らの性格」とする侮蔑的形容詞を使用しました。

(①対朝制裁厳格化:朝鮮の核ミサイル開発進行計画阻止)
4月12日のコラムで紹介しましたように、同日付の環球時報社説は、「朝鮮が仮にボトム・ラインを再び踏み越えるならば(社説は、ボトム・ラインとして、核実験に加えICBM発射実験をも指摘)、中国社会は、安保理が対朝鮮石油輸出の厳格な制限を含む空前の厳しい反応を行うことを望むだろうし、政府がそのような決議に賛成票を投じることを支持するだろう」と指摘し、アメリカがこれまで中国に対して強く要求してきた、中国による対朝鮮石油輸出の厳格な制限にまで踏み込む可能性を指摘しました。これは、中国がアメリカの要求に応え、朝鮮の核ミサイル開発、具体的には第6回核実験とICBM発射実験に明確に「待った」をかける方針を打ち出したということです。

(②中国支援による対朝鮮並進路線転換呼びかけ)
 中国の対朝鮮政策の見直しが本格的なものであることは、13日付環球時報社説「朝鮮の核放棄と開放 中国の協力があれば危険なし」から明らかです(4月15日付コラム参照)。社説は、「中朝が新しく確固とした戦略的共通認識を確立できる状況のもとで、中国は朝鮮に安全保障を提供する能力があり、朝鮮が経済を振興することに対しても支持と援助を提供する能力も持っている」と指摘して、中国が朝鮮の安全保障と経済開発を強力に保障するとして、朝鮮が並進路線から転換することを呼びかけました。金正恩が打ち出した並進路線からの転換を呼びかけるということは、これまで朝鮮の内政に対する最大限の不干渉・尊重を旨としてきた中国の対朝鮮政策からすると、コペルニクス的転換と言えるほどの変化です。また、中国が朝鮮の安全保障を提供するという提起は、中国が2021年以後も中朝友好相互援助条約を延長する用意があるという間接的意思表明でしょう。

(③米韓の武力行使に対する中国の対応方針の明確化)
 さらに環球時報は、米韓が朝鮮に対して軍事行動を取る場合における原則的対応方針を提起しました。4月22日付環球時報社説「朝鮮核 北京に高い希望を寄せるワシントン」がそれです。この社説について、私は何故か見過ごしていてコラムで紹介していませんでした。ここで重要な部分を以下のとおり紹介します。

 北京は非常に困難な局面に直面している。我々は平壌を諫めるが、平壌は聞かない。「双方暫定停止」を提案したが、ワシントンもソウルも聞こうとしない。朝鮮核問題に関する北京の認識と主張には積極的反応はなく、朝鮮及び米韓は中国に対して真っ向から対立する期待があり、我々は全局を主導できず、トランプのいう「中国が朝鮮問題を解決する」と(いう発言)と我々の希望する解決方式との間には大きな距離がある。
 どうするか。北京としては手探りで進むほかはなく、やるべきこと、やれることはやる、やる気持ちのないこと、やれないことは絶対にやらない。朝鮮あるいは米韓が喜ぶか喜ばないかは第二義的なことだ。…
 朝鮮が新たな核実験を行う限り、それは中国東北地方に対する潜在的脅威を構成する。そのときは、安保理の枠組みを通じて中国が朝鮮に対する制裁を強化することは必至だ。朝鮮に対する石油供給を大幅に減少することは取る措置の一つとなるだろう。同時に、その措置は完全な「供給停止」であってはならない。朝鮮に人道的災難を発生させないことは中国が堅守すべきボトム・ラインだ。石油供給をどのレベルまで引き下げるかは安保理決議で決定するべきだ。朝鮮が大部分の石油供給を失い、工業システム全体が軒並み打撃を蒙るとしても、それは平壌が核兵器開発を堅持することによって支払うべき代価である。
 かくも厳しい制裁によっても朝鮮の核保有を抑えることができない場合、米韓は、平壌が一切を顧みずに核ミサイル技術を開発することの根本原因がどれほど米韓によるものであるかということを深刻に考えるべきだ。ワシントンがその反省を拒否し、朝鮮に対して武力行使しようとするならば、半島情勢は戦争という新段階に進むことになるだろう。
 中国は戦争には断固反対だが、反対するだけではダメであり、戦争に備える準備をしなければならず、そうしてのみ、米朝は戦争を始めることで我々を脅迫することはできず、北京の主張をより尊重するということになる。
 戦争に反対するだけではなく、戦争がいったん起こってしまった時における我々の立場がどうなるかについても米朝に予め通報しておかなければならない。我々の主張は次のとおりだ。朝鮮が引き続き深刻な核ミサイル活動を行い、アメリカが関連施設に対して外科手術的打撃を加える場合、北京は外交的には抵抗するが、軍事介入する必要はない。しかし、ワシントンとしては、朝鮮によるソウル地域に対する報復的攻撃のリスクを十分に考慮する必要があり、そのリスクは米韓が耐えられない深刻なものとなると確信する。
 米韓の軍隊が38度線を超え、朝鮮に対して陸上攻撃を開始し、朝鮮政権の直接的転覆を図る場合、中国は即刻必要な軍事介入を行うべきだ。我々は、軍事的手段を通じて朝鮮政権を転覆させ、半島を統一する事態を許すことは絶対にできず、北京はこの点についてワシントンとソウルにハッキリ分からせるべきだ。
 中国は朝鮮の核保有に反対すると同時に、朝鮮半島の現状を軍事力で改変することにも反対する。中国はアメリカその他と協力して平壌の核放棄を促すべきだが、以上の政策的ボトム・ラインは、一定の代価を支払うとしても、最後まで堅持しなければならない。

 長くなりましたが、社説は、朝鮮半島有事における中国の軍事的対応に関する原則的方針をはじめて明らかにしました。それは、①核ミサイル施設に対する米韓の「限定的」武力行使に対しては軍事介入しない、しかし、②朝鮮政権の崩壊を目指す米韓の本格的武力行使に対しては、中国の国家的安全そのものに対する脅威となり、中国の核心的利益に直結するから、軍事介入してそれを阻止する、という2点です。
 ただし、韓国メディアは①だけに注目して大騒ぎしましたが、それは正しくはありません。社説が指摘しているとおり、米韓の「限定的」武力行使に対して朝鮮のソウルに対する報復(さらには在日在韓米軍基地に対する核ミサイル報復攻撃)は必至ですから、米韓は攻撃を思い止まらざるを得ないだろうというのがポイントです。米韓がそれでもなお血迷って朝鮮に対する本格侵攻するならば、中国は朝鮮政権の側に立って本格参戦するから、米韓はその覚悟をしておけ、というのが②の意味することです。社説は、アメリカが朝鮮に対して軍事行動を取る場合における原則的対応方針にはじめて踏み込んだことはそのとおりなのですが、その心は、米韓にとって軍事的オプションはあり得ないことを知らしめることにあることは明らかです。

3.習近平政権のトランプ政権に対する評価

 米中首脳会談を受けて、習近平がトランプを肯定的に評価するに至った事情については、様々な断片的情報から推測するほかありません。
 まずトランプの気まぐれな「放言」は、米中首脳会談を経た彼と習近平との「関係の進展」を示す材料の一つです。4月15日付のコラムで紹介したとおり、ウォールストリート・ジャーナルとのインタビューに応じたトランプは、「われわれの関係は非常に良い」「われわれの相性はすごくいい。互いに好意を持っている。私は彼のことがとても好きだ」と述べました。会談に先立っては、習近平を「尊敬している」とも述べています(4月3日のフィナンシャル・タイムズとのインタビュー)。
長時間にわたって、通訳を介した2人だけの時間を過ごした両首脳の間の相互理解が深まり、トランプが習近平に一目置くほどの感情を持つに至ったことは否めないところでしょう(トランプは安倍首相とも会っていますが、トランプの口から安倍首相を賞讃する言辞を聞いたことはありません)。また、冒頭に紹介したとおり、中国外交部報道官が両首脳間の「個人的友誼」に言及するほどですから、習近平もトランプに対して肯定的印象を持ったであろうことも間違いないと思います。
 習近平が欧米エスタブリッシュメントからは批判が多いトランプとの「個人的友誼」を深め、対朝鮮政策において重要な「変化」を行うことを決定した原因を判断する手がかりを提供したのは、4月16日付の北京日報WSに掲載された胡若愚署名記事「アメリカ、対朝政策確定 まず「最大限の圧力行使」のち「接触」」(ちなみに朝鮮は「最大の圧迫と関与」と訳しています)であり、この記事が紹介した、14日付ワシントン・ポストWSに掲載されたJosh Rogin, "Trump's North Korea policy is 'maximum pressure' but not 'regime change'"だと思います。
すなわち、トランプ政権は習近平訪米に先だって「2ヶ月の研究を経て対朝鮮政策を確定」しており、米中首脳会談に際してその内容が紹介されたのです。その中心内容は「トランプ政権の当面の目標が朝鮮の非核化にあり、金正恩政権を転覆することには置かれていない」ということにありました。その点を習近平は「理性的な発言が再び行われるようになっている」(王毅外交部長)と高く評価し、中国としてもアメリカ側の強い要求を受けて、「ウルトラ・レベルの知能を発揮」(10日付環球時報社説)して朝鮮半島非核化に向けて鋭意動く決意を固めた、ということではないでしょうか。
 以上を受けて、4月20日付のコラムで、私は次のようにまとめました。

 米中首脳会談を受けた朝鮮核問題に関する中米間の共通認識は次のようにまとめることができると思います。①トランプ政権は、最終的に朝鮮政権の更迭を目指したオバマ政権の「戦略的忍耐」戦略を失敗と断定し、朝鮮政権の更迭ではなく朝鮮政権の核ミサイル計画中止(最終的には放棄)を目標とする「まずは最大限の圧力、その後に対話」の新戦略を採用。②習近平政権は、トランプの新戦略(朝鮮政権の更迭を追求しないことを明確にしたことが中国にとっての最重要ポイント)を積極的に評価し、朝鮮政権の政策路線変更に向けた働きかけ強化を約束(朝鮮に対する石油輸出の厳しい制限に踏み込む安保理決議採択への同調を含む)。③トランプ政権は習近平政権の約束を評価し、中国が朝鮮に対する外交的努力を見守ること。④中国の努力が奏功するときは、トランプ政権は「成功報酬」としてTHAAD韓国配備を事実上撤回すること(外交的には、韓国次期政権との間の米韓交渉に委ね、韓国新政権の「外交的成果」達成という形を取る可能性を含む)。④は私の大胆な推測でしかありませんが、①~③はまず間違いないと思います。

 ちなみに、トランプ政権の「まずは最大限の圧力」として追求される政策の中身に関しては、4月22日付のコラムで紹介した朱鋒署名文章の以下の5点であることが確認されています。

 トランプ政権は、少なくとも5つの分野において全力で取り組みを強めるだろう。第一、引き続きアジア太平洋同盟諸国を動員して、朝鮮情勢に対応するための準備を強化する。第二、中国等諸国との協力を推進し、朝鮮核問題に関する「大国協調」プロセスを再起動させる。第三、国連組織における朝鮮関連の攻勢を強め、平壌政権の徹底した「非合法化」を推進する。第四、ASEAN、欧州、中東、アフリカなどの国々を説得し、朝鮮の外交スタッフ、商務活動、人的往来などの分野での制限及び打撃を全面的に強化し、朝鮮が営んでいる「地下ネットワーク」をさらに遮断する。第五、国際社会を全力で説得し、朝鮮に対する「制裁並み」行動を可能な限り採用させ、安保理制裁決議の厳格な執行に加え、朝鮮の人的、経済貿易的交流を全面的に圧縮、断絶させることによって、朝鮮の金融的及び経済的なソースを最大限に扼殺する。

 さらに付け加えれば、韓国大統領選の最有力候補である文在寅も、5月3日付のワシントン・ポストとのインタビュー(4月27日に行われたもの)で、「北朝鮮を交渉の場に引き出すために、制裁と圧力を加えるトランプ大統領の方式に同意する」とし、「ドナルド・トランプ米大統領は見た目よりもっと合理的だと思う」と話したそうです(5月5日付ハンギョレWS(日本語))。トランプに対する評価において、習近平と文在寅の間に接点があることは興味深い事実です。
 ここからは私の他者感覚をフルに稼働した上での推論になることをお断りします。
習近平は、主に2つの点でオバマよりもトランプを高く評価したのではないでしょうか。
第一に、基本的発想という点において、習近平は、アメリカ的価値観にこだわるオバマよりも、そういう価値観とは無縁で、損得勘定に立って物事にアプローチするトランプにより親近感を感じた可能性があります。つまり、「アメリカ第一主義」を前面に押し出すトランプのドライな商売人的発想は、中国にとっての「核心的利益」を重視する習近平自身の発想との接点が多いと考えられるのです。米中関係のあり方に関して言えば、習近平は一貫して「共存共贏の新型大国関係」を唱えてきました。その要諦はイデオロギー的な考慮によって邪魔されないウィン・ウィンの関係の構築です。習近平は、パートナーとして、オバマよりトランプの方をより好ましいと判断したとしても不自然ではありません。政治家として、トランプをニクソンと同列に置くことには抵抗がありますが、毛沢東・周恩来がニクソンを評価したように、習近平がトランプを評価したということなのかもしれません。
第二に、朝鮮半島問題に関して、'maximum pressure' but not 'regime change'を明確に打ち出して、習近平に最大限の協力を要求したトランプのアプローチを、習近平が評価した可能性です。
中国の1990年代以後の朝鮮半島政策の目標は「非核化」と「平和と安定」の両立的実現でした。しかし、1994年の米朝枠組み合意が頓挫したことを受けて金正日が核武装路線を本格的に追求し始めてからは、「非核化」と「平和と安定」とを両立させることは難しくなり、中国は難しい舵取りを強いられることになって現在に至っています。習近平は、「金正恩政権の打倒・崩壊は目標として追求しない」ことについてトランプから確認を取ったことにより、「非核化」推進を通じて「平和と安定」を実現することを決断し、以下の方針で臨む決断をしたと考えられます。
第一、朝鮮のこれ以上の核ミサイル開発計画にはストップをかける。そのため、安保理制裁決議に基づく「石油輸出」カードを発動することを朝鮮に通報し、対外的にも明らかにする(「石油輸出」カードは、朝鮮の出方次第で、「大幅制限」から「全面禁輸」まで幅を持たせる)。
第二、朝鮮の「自制」と「政策転換」を促す。そのため、中国の政策的「善意」を伝える(上記2.の第二及び第三。2021年に期限を迎える中朝友好相互援助条約の延長も含む)。
第三、「平和と安定」実現(=朝鮮半島非核化)のための外交を本格化させ、「双方暫定停止」及び「ダブルトラック同時並行」という中国の提案を受け入れさせるべく、対米韓外交努力を強化する。
なお、4月20日付のコラムで書いた、「④中国の努力が奏功するときは、トランプ政権は「成功報酬」としてTHAAD韓国配備を事実上撤回すること(外交的には、韓国次期政権との間の米韓交渉に委ね、韓国新政権の「外交的成果」達成という形を取る可能性を含む)」について一言。
アメリカはTHAAD配備を強行しており、私の以上の指摘は間違っていたとされるかもしれませんが、私はまだ勝負がついたわけではないと思います。文在寅が大統領になる場合には、かつ、トランプ政権の「善意」が朝鮮側に納得されるようなことになれば、配備されたTHAADの撤収が行われる可能性は十分にあると思います。THAAD配備さらにはミサイル防衛というブッシュ政権以来の、そしてオバマ政権も強力に推進した政策は、マティス国防長官、マクマスター安全保障担当補佐官のような軍事エスタブリッシュメント出身者はともかく、オバマを「毛嫌い」し、核ミサイル戦略のど素人であるトランプにとっては、何が何でも固執する類の「商品」ではないと思います。

4.今後の展望

 今後の朝鮮半島情勢の展望としては、中国の以上の新たな政策に対して朝鮮とアメリカが如何に反応するかがカギとなると思います。それに加え、韓国大統領選の結果を受けた韓国新政権の政策及びロシア・プーチン政権の出方も考慮する必要があるでしょう。しかし、それらの点については機会を改めて考えたいと思います。ここでは、中国の対朝鮮半島政策のあり方をめぐる中国国内の議論についてしぼって考えておきたいと思います。
 5月4日付のコラムで紹介した千里岩署名文章と一連の環球時報社説との間では、力点の置き方において明らかに違いがあります。すでに述べましたように、中国の対朝鮮半島政策は、「朝鮮半島の非核化」と「朝鮮半島の平和と安定」を両立的に実現することです。千里岩署名文章(及び同文章が引用する全人代外事委員会主任の傅瑩論文)と環球時報社説との間の違いを端的に言えば、環球時報社説が「非核化」に力点を置くのに対して、千里岩署名文章は「平和と安定」に力点を置くことの違いだと思います。
 つまり、環球時報は、トランプ政権が金正恩政権の打倒を追求しないと約束したのだし、中国もその点は担保するべく動くのだから、半島の「平和と安定」は損なわれないのであり、したがって、「非核化」を推進する条件が生まれていると判断します。しかも、朝鮮の核武装政策を放置することは、日韓の核武装を誘発しかねない(=NPT体制崩壊につながる)、中国東北地方の核汚染の危険性等から、一刻も猶予できないものであると判断します。したがって、朝鮮のこれ以上の核ミサイル開発にはストップをかけ、それによって6者協議を再起動させ、朝鮮半島の非核化の実現につなげるべきだと主張しているわけです。
 これに対して千里岩署名文章(及び傅瑩論文)は、朝鮮が核武装に踏み切った背景には1990年代からの朝米交渉において蓄積されてきた強烈な対米不信感があり、それは一朝一夕で解消できるものでないことを理解するべきだ(トランプ政権の一言で対米不信感を解消しろと要求するのは無理がある)という認識に立って、すでに核武装した朝鮮に対して「非核化」をゴリ押しすることは半島の「平和と安定」を損ないかねず、地政学的考慮から慎重に事を進めるべきだという立場です。
 したがって、両者の違いは一見するほどの本質的なものではないことが理解されます。例えば、トランプ政権が中国の努力を評価せず、「当たり前のこと」と見なして、朝鮮を「締め上げる」ために暴走するならば、朝鮮の反発は不可避ですし、そういう展開になれば、環球時報社説に代表される対朝鮮「強硬論」が依って立つ前提が崩れるでしょう。逆に、トランプ政権が、朝鮮が一貫して要求してきた米朝直接対話に応じる姿勢を示すことになれば、朝鮮が対米姿勢を変化させる可能性もあります。
 結局、いずれの側の論者も一致して強調するとおり、問題解決のカギは中国にはなく、米朝両国の掌中にあるということです。したがって、傅瑩論文がいみじくも指摘しているように、トランプ政権が金正恩政権に対してイソップ寓話の「旅人のコートを脱がせる太陽と北風」のいずれを取るかによって朝鮮半島情勢の帰趨が決まる、という点に問題の本質があり、それは1990年代から一貫して変わりがないのです。