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米中首脳会談を受けた朝鮮半島情勢(その二)

2017.4.12.

朝鮮における金日成生誕105周年(4月15日)、建軍節(同25日)を控え、カールビンソン空母打撃団の北上、さらにはトランプが11日に再び「朝鮮が面倒を起こしている。中国が手伝うことを決定するなら、それに越したことはない。もし手伝わないならば、我々が単独で問題を解決する」とツイートしたことなどもあり、韓国国内ではインターネット、SNS上で「4月危機説」が急激に広がっていることが伝えられています。
 4月11日付韓国・中央日報WS(日本語)は、同紙コラムニストのペ・ミョンボク署名コラム「対北朝鮮先制攻撃論の罠」を掲載して、次のように危機感を露わにした指摘を行いました。米韓合同軍事演習によって朝鮮に圧力をかけること(金正恩政権を追い込む)ことには賛成だが、韓国に甚大な被害を引き起こすことが不可避なアメリカによる対朝鮮単独軍事行動には絶対に反対という、韓国保守派の身勝手で、矛盾を極めるホンネが余すところなくさらけ出されています。

 注目されていたドナルド・トランプ氏と習近平氏との米中首脳会談が呆気なく終わり、危機説がより増幅されている雰囲気だ。…1994年、1次北核危機の際もクリントン米政府は寧辺核施設に対する先制攻撃を真剣に検討していた。だが、金泳三元政府が強力に反発して実行直前の段階で失敗に終わった。だが、今はその時と事情が違うというのが2017年4月韓半島危機説が広がっている背景だ。
まず、北朝鮮の核とミサイル能力がその時とは比べものにならないほど大きくなり高度化した。これ以上、手をこまぬいているわけにはいかない水準まで達している。米国と北朝鮮いずれも「リーダーシップリスク」を抱えている点もその時とは明確に異なっている。トランプ氏と金正恩委員長2人ともどこに跳ねるか分からないラクビーのボールのような性格の持ち主だ。金正恩委員長が核実験や長距離ミサイルの挑発を強行し、これに対抗してトランプ氏がシリアを爆撃したように対北朝鮮先制攻撃を命令するといった状況を排除することはできない。…
だが、先制攻撃は非現実的な選択肢というのが北朝鮮の事情に明るい軍関係者らの見解だ。何より標的があまりにも多くなったという点だ。核とミサイル関連施設が北朝鮮の全域に散在しているうえに、隠された施設が多くて一時に攻撃し難い。…標的の相当数が中朝国境地帯に集まっている点も問題だ。
さらに大きな問題は、戦争拡大の可能性だ。先制攻撃に対する報復として北朝鮮が駐韓米軍基地を攻撃すれば韓国に対する付随的被害は避けられない。十中八九全面戦争に拡大すると見なければならない。この場合、休戦線一帯に集中配備されている北朝鮮の長射程砲の恐るべき火力のために開戦当日だけで首都圏で数十万人の人命被害を覚悟しなければならない。
要するに、対北朝鮮先制攻撃は全面戦争を覚悟する前には踏み切ることのできない途方もない冒険だ。充分で緻密な準備と計画なしには不可能だ。当然、韓国が同意して韓米連合軍が緊密に協力するという前提の下で実行可能だ。北朝鮮のミサイル攻撃圏にある日本の同意と協力も欠かせない。中国の暗黙的同意も必要だ。韓国内の外国人をあらかじめ疎開することも大きな問題だ。…先制攻撃は事実上、宣戦布告になるほかない。
数年以内に北朝鮮が米国の本土を攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成する可能性があるだけに、あらかじめ手を打たなければならないというのが先制攻撃論の主な論拠だ。米国に対する潜在的脅威要因を取り除くために第2の韓国戦争(朝鮮戦争)を辞さないというのは無責任でかつ無謀極まりない論理だ。
最大の被害者は韓国になることが明らかな状況で、韓国政府の意見を無視して米国が一方的に強硬することはできない。どの韓国政府も簡単に同意することは難しい。…
戦争を覚悟してこそ平和を守ることができるという言葉は正しい。だが、戦わずに勝てれば、それが最善だ。北朝鮮の挑発には断固として対抗する必要があるが、明らかなリスクを承知で火に飛び込むのは愚かな蛮勇だ。対北朝鮮先制攻撃はすべてを不幸にさせる悪手だ。その罠に陥ってはならない。

 4月10日付のコラムで指摘しましたように、米中首脳会談を受けた中国論調にも変化が現れています。4月10日付人民日報海外版WSは、中国社会科学院副研究員の王俊生署名文章「首脳会談後の半島情勢はいかにして過去20年の苦境から脱け出せるか」及び上海外国語大学特約研究員の馬暁署名文章「空母が行く アメリカは第2次朝鮮戦争をやる気か」を掲載しました。また、12日付の環球時報は、「朝鮮核問題、対決に直面 平壌はブレーキを踏んで安全を図れ」と題する社説を掲げました。トランプとの首脳会談を受けた中国の朝鮮に対する姿勢の変化はさらに明確です。
 王俊生署名文章は、「4月7日、ティラーソンは(今回の首脳会談における)半島問題に関して達成された共通認識として3点を指摘した。すなわち、問題解決はきわめて切迫している、半島を非核化する、そして平和的解決を勝ち取る」としたことを紹介した上で、「現在、中米は今後の目標については共通認識を達成した。当面の急務は、目標実現の方途について共通認識を達成することだ」と指摘しました。その上で同文章は、「4月10日、ティラーソンは、「朝鮮が核実験を停止すれば、アメリカは朝鮮との対話を考慮する」と述べた。この発言は、(中国提案の)「双方の暫定停止」とはまだ距離があるが、問題解決にとって一定の積極的意義があることは間違いない」と評価しました。
 私が特に注目したのはやはり環球時報社説です。そこではついに、「朝鮮が仮にボトム・ラインを再び踏み越えるならば(社説は、ボトム・ラインとして、核実験に加えICBM発射実験をも指摘)、中国社会は、安保理が対朝鮮石油輸出の厳格な制限を含む空前の厳しい反応を行うことを望むだろうし、政府がそのような決議に賛成票を投じることを支持するだろう」と指摘し、アメリカがこれまで中国に対して強く要求してきた、中国による対朝鮮石油輸出の厳格な制限にまで踏み込む可能性を指摘しました。そのトーンのかつてない厳しさは、読んでいただくことで直ちに明らかになると思います。以下に要旨を紹介します。

 アメリカはシリア空軍基地を攻撃したばかりであり、ワシントンが朝鮮に対して行った最新の威嚇は「信憑性」が高まり、朝鮮半島は、2006年に平壌が最初の核実験を行ってから、軍事衝突が勃発する可能性が最も近い時期を迎えている。もしも朝鮮が近く第6回核実験を行うならば、アメリカが朝鮮に対して軍事行動を取る可能性は過去におけるよりもはるかに大きいだろう。
第一、ワシントンは、シリアに対して軍事行動を取ったばかりで、自らの「威厳」と「やる気」に酔いしれている。第二、トランプは、世論が「トランプは自らが言ったことを実現できる」人物だと賞讃することを聞きたがる人物だ。第三、トランプ政権は「朝鮮問題を解決する」決心をすでに下しており、この問題について語れば語るほど、「何の結果もない」という事態にはますます耐えられなくなっている。
 仮にこの時に、平壌が新たな核実験を行うとか、ICBMの実験を行うとなれば、それはとりもなおさず米新政権のほっぺたをひっぱたくに等しく、朝米の対決は過去とは異なる激しいものとなるだろう。
 平壌が核・ミサイルで「大きな行動」を取る場合、北京の反応はかつてない激しいものとなるに違いない。…平壌がますます露骨に安保理決議に違反することに対して、中国が無関心でいるはずはない。
 今やますます多くの中国人が朝鮮の核活動に対して中国政府が制裁を強化することを支持している。朝鮮が仮にボトム・ラインを再び踏み越えるならば、中国社会は、安保理が対朝鮮石油輸出の厳格な制限を含む空前の厳しい反応を行うことを望むだろうし、政府がそのような決議に賛成票を投じることを支持するだろう。…
 平壌が強硬な態度を維持するのは良いが、刺激的な核ミサイル活動だけはしばらく停止する必要がある。これは朝鮮の安全のためでもあり、朝鮮が交渉で主導権を握るのにも有利である。トランプ新政権が上記3つの状況にあるとき、平壌としては最低限その矛先をかわすべきであって、正面衝突しないことだ。そうでないと、平壌は大きな誤りを犯すことになり、戦略を修正するチャンスを失うことになるだろう。

 社説が石油輸出問題(全面禁輸とは言っていないことには要留意)にまで立ち入って明言したことは、二つの重要な意味があると思います。一つは、朝鮮が核実験した場合、緊急に開かれるであろう安保理で、中国がアメリカの提案に同調することを予告することで、トランプの「中国が協力すれば良し」に応えて、アメリカが対朝軍事行動を取らなくてもメンツが立つようにすることを示したことです。もう一つは、中国の「本気度」を朝鮮に明確に示すことで、朝鮮がアメリカの軍事的挑発に乗らないことを求めていることです。
 私は、4月10日のコラムで、「朝鮮のトランプ政権に対する姿勢は次第に批判的になっていますが、まだ最終的に対決姿勢を打ち出すには至っていないことは確かである…。したがって、この姿勢が維持される間は、朝鮮が第6回核実験やICBM発射実験を控えるのではないかという希望的判断もあり得る…」と書きました。したがって、米韓は騒いでいるけれども、朝鮮がその挑発に乗らないで「静かにやり過ごす」可能性はあると思います。仮にそうなる場合は、トランプ政権は「軍事的威嚇が成功した」と威張ることができ、中国も胸をなで下ろすことができ、日韓も内心ホッとすることができ、朝鮮は勝手に騒いでいる米韓を冷ややかに眺めるという、当面は誰にとってもめでたし、めでたしの結末になる可能性もあるのではないでしょうか。そういう「とりあえずの結末」を心から願う次第です。