21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

トランプ政権のシリア攻撃と自民党敵基地攻撃能力保有論

2017.4.9.

*ある新聞に寄稿を誘われて書いた短文です。

 自民党安全保障調査会は3月29日、「北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイルの発射を受け、ミサイル防衛(MD)の強化に向けた緊急提言をまとめた。政府に対し、他国のミサイル基地などを攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有や、米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」といった新装備の導入に向けた早期検討などを求めた。」(同日付産経新聞WS)。
 自民党・政府における「先制自衛」を口実とした敵基地攻撃能力保有論の歴史は古い。
伝統的国際法では自衛権行使に「先制自衛」が含まれるとされてきたが、国連憲章が戦争一般を違法化(第2条4)し、自衛権行使を「武力行使が発生した場合」に限定(第51条)して以来、「先制自衛」はもはや許されないとする解釈が国際的に多数説となった。
しかし、米英等諸国は、国連憲章の当該規定は伝統的自衛権を確認したに過ぎないという立場であり、政府・自民党もこれに与してきた。その立場を最初に明確にしたのは鳩山一郎内閣(「我が国に対して急迫不正の侵害が行われ、…誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して滅亡を待つべしというのが憲法の趣旨と…は…考えられない…。そういう攻撃を防ぐのに…誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべき」とする首相答弁)で、爾来、歴代政権がこの立場を踏襲してきた。
 21世紀に入って、「先制自衛」が国際的に大きく取り上げられる契機となったのは、9.11事件を受けてブッシュ大統領(当時)が対テロ「先制自衛」戦争を呼号してからだ。国内でも「北朝鮮脅威論」を利用した「先制自衛」の敵基地攻撃能力保有論が装いを新たにして台頭した。その帰結が、朝鮮のめざましい核ミサイル能力の向上を背景とした冒頭の緊急提言だ。
政府・自民党はいわば手ぐすね引いて攻撃的軍事力の保有を正当化するチャンスを窺ってきた。かかる歴史を踏まえれば、今回の緊急提言は驚くに当たらない。なし崩し的既成事実の積み重ねに弱い国民の「慣れ」につけ込む政府・自民党の常套手段の今一つの表れだ。
 トランプ政権によるシリア空軍基地に対する攻撃(4月6日)は、「シリア空軍が化学兵器による攻撃を行った」とする反政府武装組織(国連安保理決議で国際テロ組織と指定されたヌスラ戦線)の発表を根拠にして行われた。客観的証拠に基づかず、国際テロ組織の主張を鵜呑みにして、シリア政府が毒ガス(大量破壊兵器)を使用したと決めつけて攻撃を行ったことは、「先制自衛」にも当たらない国際法違反の行動、安保理決議を足蹴にする行為であり、断じて容認されない。
 その点を確認した上で、トランプ政権の今回の行動は「北朝鮮に対する牽制・警告」という含みがあったとされる点について。8日付の朝鮮外務省スポークスマン談話は、「一部では、シリアに対する米国の今回の軍事攻撃がわれわれを狙ったいわゆる「警告」の行動だとけん伝しているが、それに驚くわれわれではない」という表現で、この見方を肯定している。
 トランプ政権が朝鮮を牽制・警告する意味を込め、「先制自衛」という国際法上の要件すら委細構わず、また、米中首脳会談さなかに決定するという、習近平にとってはある意味メンツ丸つぶれを強いられる傍若無人ぶりを発揮したことは事実だ。しかし、①「シリア政府の化学兵器使用に対する制裁としての、シリア軍機発進基地に対する限定的行動」としたこと(泥沼に陥る可能性を周到に回避)、②ロシアに予告して同基地駐在のロシア関係者の退避を確保したこと(ロシアとの正面衝突回避)から見れば、トランプ政権が実は商売人的そろばん勘定をはじいた、小心翼々の行動だったことは明らかだ。上記朝鮮外務省談話が「今回のシリア事態は…自力があってこそ…自分を守れるという血の教訓を再び骨髄に深く刻み付けさせた」と余裕さえ漂わせて述べるのも頷ける。朝鮮に対する牽制・警告はまったく空振りだったということだ。
 また安倍首相は7日、この攻撃について、「化学兵器の拡散と使用は絶対に許さないとの米国政府の決意を支持する」とし、武力行使そのものへの評価は避けた(8日付朝日新聞参照)。安倍首相が歯切れの悪い発言に終始したのは当然だ。政府が内心もっとも恐れるのはトランプ政権の朝鮮に対する軍事的暴走だ。その可能性に対して朝鮮は、「米国とその追随勢力の軍事対象だけを狙った精密打撃戦」(6日付朝鮮外務省備忘録)を行うとして、在日米軍基地を標的に含めることを明らかにしている。つまり、日本は想像を絶する核被害を蒙る運命にあるのだ。安倍首相は最悪の事態を想像せざるを得ず、上記発言は、そうした地獄絵を前にした彼の真意をはしなくも露呈した。
 こうして、冒頭に紹介した自民党の敵基地攻撃能力保有提言の危険性と滑稽性は直ちに明らかとなる。危険性とは、右傾化の道をまっしぐらに突っ走る政府・自民党は、「北朝鮮脅威論」を含め、ありとあらゆる口実を探して軍事力を拡大しようと躍起になっており、「軍事大国」日本は東アジアの平和と安定に対する深刻な脅威となることだ。滑稽性とは、仮に敵基地攻撃能力を保有しても、今や朝鮮の核ミサイルの保有数増加、移動能力及び探知対抗能力の飛躍的向上の前ではもはや無力であることだ。
 日本に住むすべての者は、政府・自民党による歴史の逆流への勢いを押しとどめ、平和憲法の息を吹き返させ、日本をして東アジアの平和要因に転じさせるべく、今こそ不退転の決意をうち固めるときである。