21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

北東アジアの政治軍事情勢

2017.3.11.

1.日本の「右傾化」(安倍政治)の韓国にとっての意味合いを問い直す韓国研究者

 3月5日付の朝鮮日報に掲載された寄稿文「安倍政権は米国に朝貢ばかりしているわけではない」は、私の脳細胞を刺激する内容のものでした。著者は韓国海洋研究所上級研究委員のイ・チュングンという人物と紹介がありました。まずその要旨を紹介します。

 トランプ時代を迎え、最も奔走している国の一つが日本だ。安倍晋三首相は大統領就任前のトランプ氏と会った唯一の外国元首で、トランプ大統領の就任後にはメイ英首相に次ぎ、2番目に会談した。トランプ大統領に会いに行った安倍首相はまるで朝貢でもするかのように、米国に4500億ドルを投資し、70万人分の雇用を創出することを約束した。…
 米国に先立ち、フィリピンとオーストラリアを訪問した安倍首相は米国の対アジア戦略を積極的に補完する措置も講じた。…
 安倍首相の奔走は「ついに巡ってきた機会」を逃さないだけでなく、積極的に活用しようという意思の表れだ。安倍首相は長年、日本を「普通の国」すなわち、戦争できる国をつくることを考えてきた。…これまで日本は平和憲法を改正しないまま、解釈に柔軟性を持たせることで軍事的な行動の幅を広げてきた。そんな日本は今、敵国のミサイル基地を先制攻撃できる能力、すなわち戦争抑止力まで保有したいと考えるようになった。…  日本が果敢な軍事的動きを見せているのは、国際政治の力学構造が変わったからであり、米国がそれに政局的(ママ)に対処する姿勢を示したからだ。…
 韓国はこれまで安倍首相の右傾化を非難してばかりだった。日本の右傾化が米国の同意なしで可能かどうかについて考えることはなかった。日本は今後、米国が行うこと、すなわち対中けん制をより積極的に支援するという名分で軍事大国の道を歩み、究極的には米国なしでも中国に対抗し得る国に成長しようとしている。それは韓国にとって好ましいことか。今韓国は険悪になりつつある北東アジアの力学構造の変化にいかに対応すべきかを考えていると言えるだろうか。

 この文章は、安倍首相が追求しようとしていることの中身・本質を正確に捉えていると思います。確かに安倍首相は、見境もなくトランプ大統領に媚びへつらおうとしているのではなく、「「ついに巡ってきた機会」を逃さないだけでなく、積極的に活用しよう」としているのです。「日本は今後、米国が行うこと、すなわち対中けん制をより積極的に支援するという名分で軍事大国の道を歩み、究極的には米国なしでも中国に対抗し得る国に成長しようとしている」という指摘はそのものズバリですし、そういう「日本の右傾化が米国の同意なしで可能」であるはずがないという指摘も核心を突いています。ただし、アメリカが、日本が「米国なしでも中国に対抗し得る国に成長」することを許容するのは、重要な一線を越えない限りであることは、イ・チュングン氏に代わって指摘しておく必要があるでしょう。つまり、日本がアメリカにとって脅威と認識・警戒されるまでにはならない限りにおいて、という一線です。
 私の脳細胞が刺激されたのは、「韓国はこれまで安倍首相の右傾化を非難してばかりだった」が、「米国の同意」のもとで安倍首相が追求する上記の意味での「日本の右傾化」が「韓国にとって好ましいことか」と自問するイ・チュングン氏の問題意識でした。

2.朝鮮に対する「先制攻撃」「予防攻撃」を選択肢に含めるアメリカ

 3月4日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)WSは、「トランプは北朝鮮に対する秘密サイバー戦争を継承」と題する、D.サンガー及びW.ブロードマーチ署名の長文の文章を掲載しました。この文章は、オバマ政権及びトランプ政権における対朝鮮政策立案・参画者の証言等に基づいて、着実かつ急速に核・ミサイル開発を進める朝鮮に対する警戒感を高めたオバマ政権が、①朝鮮の核・ミサイル開発を妨害するためのサイバー戦争を立案・実施したこと、②当初は成功(ミサイル発射実験の失敗)したが、朝鮮はサイバー攻撃を克服して開発を加速したこと、その結果③「先制攻撃」「予防攻撃」という選択肢を取り上げるに至ったこと、しかし、④様々な難題(核ミサイルの隠蔽に有利な朝鮮の複雑な地形、核ミサイルの小型化、運搬手段の移動化等々)克服の至難性に直面したこと、を指摘した上で、トランプ政権はオバマ政権の宿題を引き継ぎ、オバマ政権以上に攻撃的に対朝鮮政策に臨もうとしていると紹介しています。
 本題とはずれますが、NYT等の主流メディアを目の敵にしているトランプが、この記事については何も発言していないのは実に皮肉かつ象徴的です。自分にとって不都合な指摘や腹が立つ内容については噛みつくけれども、役に立つ「リーク」であれば歓迎して沈黙するという、トランプ流現実主義的二重基準と言うべきでしょう。
 さて、この文章の中には、重要な事実関係の指摘が含まれていますので、確認しておきたいと思います。
〇 アメリカは今のところ、朝鮮の核ミサイル計画に有効に対抗する能力を持っていないこと
〇 攻撃的に取り組もうとするトランプの前にあるのは、以下のような「きわめて不完全な選択肢」(highly imperfect options)であること
-何の成功の保証もないサイバー及びエレクトロニクス戦争をエスカレートさせること
-脅威を除去する保証のない核ミサイル計画凍結に関する朝鮮との交渉
-すべての目標に命中する確率がほとんどない発射サイトに対するミサイル攻撃
-朝鮮の政権崩壊に加勢するはずがない中国に対する制裁強化圧力
〇 アラスカ及びカリフォルニアを基地とする迎撃ミサイルは、「ほぼ完璧な条件」(near perfect conditions)のもとにおいても56%の失敗率であり、実戦においてはさらに成功率は下がるというのが専門家の判断であること
〇 成功率の低い迎撃ミサイルに代わるオプションとしてオバマ政権が取り上げたのが、ペンタゴンが長年にわたって提案してきた、発射前または発射直後段階(ペンタゴンが"left of launch"と類分けするもの)の攻撃であること
〇 任期残り数カ月のオバマ政権は朝鮮指導部及びミサイル基地を標的とするアプローチを模索したが、指導部及び発射台の、いかなる時点における所在に関する情報をも把握することは事実上不可能であり、失敗によるリスクが大きすぎること(第二の朝鮮戦争を含む)
〇 朝鮮に対するサイバー戦争で参考にされたのは、アメリカとイスラエルがイランに対して行った、ワーム("Stuxnet")というサイバー兵器による攻撃だったこと(イランに対して数年間効果があったけれども、イランはその後対策を講じることに成功した)。しかし、イランの攻撃対象は地下ウラン濃縮工場という攻撃しやすい対象だったのに対し、朝鮮の攻撃対象は、複数の発射地点、移動型発射台、偽装装置等の難度の高いミサイルであり、それを攻撃するにはタイミングがカギとなること。
〇 したがって、アメリカにとっての現在の唯一の望みは、大陸間弾道ミサイルの開発実験を阻止することにあること(浅井注:3月7日にトランプが日韓首脳との電話会談で対日韓防衛コミットメントを再確認したと報道されましたが、アメリカが米本土に対する核攻撃を食い止めることに執心しているということは、対日韓防衛コミットメントの本気度を疑わせます。)
〇 朝鮮のミサイル開発は、ソ連崩壊後に失業したロシアのロケット関連科学者が朝鮮に職を求めてから急速に進展したこと(浅井注:ソ連崩壊後の核関連の国外流出については多くの報道がありましたが、朝鮮のミサイル開発計画にロシアの科学者が関与してきたという指摘には、私は始めて接しました。しかし、90年代以後今日に至る朝鮮のミサイル開発の急速な進展を見る時、この指摘には頷けるものがあります。)
〇 トランプ政権においてはあらゆる選択肢が検討対象に乗せられており、以下のものを含むこと
-中国の銀行が管理していると考えられている金ファミリーの資産凍結
-中国が反対しているTHAADシステムの更なる配備
-先制・予防攻撃
-韓国への戦術核兵器配備
〇 トランプの「(北のICBMによる脅威は)起こらない("It won't happen")」というツイッターでの書き込みは、トランプの本意如何にかかわらず、彼自身のクレディビリティを試すことになる可能性があること

 ただし、3月7日付のNYT・WSは、上記2名とチェ・サンフン及びC.バックレーの4人による「北朝鮮の緊張 トランプに対する早々かつ危険なテスト」と題する文章を掲載して、5.で紹介する中国の新たな動きをも踏まえた分析記事を掲載していますが、その中で、次のように述べて、トランプ政権の対朝鮮政策から、先制攻撃または予防攻撃という選択肢が除かれたと指摘しています。

 ホワイトハウスにおける3回の会合で、国家安全保障会議のメンバーは一連の選択肢を検討したが、北の核ミサイル・サイトに対する攻撃の如き激しい武力行使は恐らく戦争を引き起こすという予想できる結論にすでに達した。…北の(4発のミサイルの)テストは、ミサイル防衛を圧倒することができるというメッセージを送ることを意図したものであるようだ。しかも彼らは切り札を持っている。非武装地帯の北側の山岳地帯の塹壕に隠された、ソウルを破壊する能力を持つ火砲だ。

3.当事者能力を喪失している韓国

 朝鮮半島の一方の当事国である韓国は、韓国問題に素人の私から見ても、内政(朴槿恵大統領弾劾問題。10日に憲法裁判所が罷免決定)、外交(対米対中対日)、経済(貿易雇用産業)、安全保障(南北関係)等いずれの角度から見ても難問山積、袋小路に入り込んでいる状態です。ところが、北東アジアの政治軍事情勢に深刻な影響を及ぼすTHAAD配備問題に関しては、黃教安大統領代行のもとで急ピッチで進められており、既成事実化が着々と進行中です。この動きは、今後60日以内に行われる大統領選挙で、THAAD配備に慎重な立場を取る、共に民主党の文在寅が優勢と伝えられており、米韓が既成事実を作ることを急いでいるため、とも伝えられています。とても異様な事態ですが、韓国国内の受け止めは概して、主要メディアを含めてきわめて自己中的かつ短視眼的です。
 韓国の自己中及び短視眼を見るためにはまず、THAADを含むアメリカのミサイル防衛戦略の本質を確認しておく必要があります。つまり、アメリカのミサイル防衛(MD)計画は、ロシア及び中国に対してアメリカが核戦力における絶対的優位を確立するために推進されていることに本質があります。
アメリカは、欧州正面においては「イランの脅威」を口実にしてMDを早くから推進してきました。しかし、イランの脅威なるものが口実に過ぎなかったことは、イランの核計画に関する国際合意(JCPOA)が成立した以後も、アメリカは中東欧への配備を着々と進めていることから明らかです。アメリカは、アジア太平洋正面では「北朝鮮の脅威」を掲げてTHAAD配備を推進する構えです。中露両国は特に、THAADにおける中露両国の核戦力に対するモニタリング能力を警戒しています。
 私は、韓国最大の発行部数を誇る朝鮮日報(きわめて保守的)、中道保守とされる中央日報及びリベラルなハンギョレの3紙のWS(日本語版)を毎日チェックするようにしていますが、アメリカのTHAAD韓国配備の戦略的意図を正確に指摘しているものはハンギョレしかありません。例えば、3月5日付同紙社説(日本語は6日付WSに掲載)「中国「報復」の責任を朴大統領はとれるのか」は次のように指摘しています。

 朴槿恵政権は最後まで無能で無責任だった。拙速にサード(THAAD=高高度防衛ミサイル)体系の配備を決めれば済むことだと思っていたのだろう。中国の反発にいかに対処しうるかについてはまったく想定していなかった。…
 THAAD配備が自国の安保に重大な害を及ぼすとしっかり認識している中国としては簡単には引かないことは明らかである。実際THAADは米国と中国の戦略的利害関係の中で韓国の位置づけを強化し、北朝鮮の核問題解決の糸口を作りうる好機だった。しかし朴政権は無能、無知なためにかえって禍を招いた。そして中国と取引きしている大企業や多くの零細業者を極限状況に追いやっている。朴大統領が弾劾にあって退任させられるとしても、その償いは国民が全て負わなければならない。間違って選んだ一人の大統領が及ぼした害は本当に大きく、深い。

 改めて言うまでもなく、最大のポイントは、「THAAD配備が自国の安保に重大な害を及ぼすとしっかり認識している中国」という点をしっかり認識することです。そうすれば、韓国として如何に対応するべきかについての判断を誤ることはないはずなのです。ところが朝鮮日報はもちろん中央日報も、THAADは朝鮮の脅威に対抗するためのものだとする認識にしがみついている(装っているのか本気なのかはよく分かりません)ために、支離滅裂な主張を展開することになってしまっています。
例えば、3月5日付の朝鮮日報WSに掲載された社説「「三流国家」中国からの嫌がらせは韓国の宿命だ」は、次のような議論を展開しています。

 現在、おそらく中国は政治目的の経済的報復を露骨に行う地球上で唯一の国だろう。…今回、大韓民国がTHAAD配備を決めたことに対する中国の報復は、これまで以上に執拗かつ長期にわたる可能性が高い。習主席が直接反対を表明したにもかかわらず配備が行われるため、中国が特段に重視する「メンツ」がつぶされた格好になった上に、この機会に韓国をてなずける意図があるようにも感じられるからだ。…中国が大国であることは間違いないが、今回の行動で彼らが考えることややることは三流国家のそれにすぎないことがあからさまになった。このような国がすぐ隣にあることも、われわれにとっていわば「宿命」として受け入れるしかない。
 中国から脅迫を受けている今、われわれに最も重要なことは最後まで原則を貫くことだ。THAAD配備は北朝鮮の核兵器やミサイル攻撃からこの国を守るためのやむを得ない措置であり、これは他国が干渉できない国家主権に属するものだ。国として原則を貫けば時に他国の不満を買うことはもちろんあるが、最終的には正しい側の正しさが誰の目にも明らかになるだろう。また中国が今回のような行動に乗り出すもう一つの理由は、韓国を「原則がなくいつもふらついている国」と見なしているからだ。そのため韓国はそのような不安定な国でないことを今こそしっかりと示さなければならない。今回それができなければ、今後も中国にとって気に入らないことがあれば必ず同じような目に遭うだろう。だからこそ今回はTHAAD配備を迅速に完了させ、直ちに稼働しなければならない。

 同日付の中央日報社説「中国のTHAAD横暴、論理と戦略で堂々と対応しなくては」に至っては、次のような、信じがたい、支離滅裂な主張を行っています。

 THAAD配備は日増しに高度化している北朝鮮の核とミサイルの脅威から安保を守るための自衛権的措置だ。中国が北朝鮮に関して使えるレバレッジを総動員して北朝鮮の核とミサイル開発を防いだなら議論を押し切ってまで韓国があえてTHAADを持ってくる理由はないだろう。だが中国は口癖のように韓半島非核化を叫びながらも必要な努力は尽くさなかった。その結果韓国の安保が危機にさらされることになった。…
中国は北朝鮮の核は米国と北朝鮮の問題で、THAADは中国を牽制しようとする米国の戦略的布石だと主張する。それなら米国を説得するべきであり、なぜ韓国を圧迫するのか。ワシントンに対しては一言も言えないのにソウルだけ圧迫するのは論理的矛盾だ。ひいては強者には弱く弱者には強い、大国らしくない卑劣な行動だ。

 朝鮮日報及び中央日報の社説に共通しているのは、朝鮮が核ミサイルの開発にしゃかりきになっているのは、米韓の一貫した、エスカレートする軍事的脅威に対する必死な自己保存・生き残り策であるという厳然とした事実を無視していることです。確かに、朝鮮戦争以来一貫して軍事的に朝鮮と対峙してきた韓国における朝鮮に対する警戒感は理解できます(その点は、日本における、仕立て上げられた、虚構の「北朝鮮脅威論」とは一線を画します)。しかし、1970年代までとは異なり、今や南北間には圧倒的な国力の相違が生まれており、米韓の軍事力の朝鮮(1990年代以後は国際的に孤立無援)のそれに対する優位性は圧倒的です。韓国が歴史的に過去となった、「朝鮮は脅威」とするイメージに今日なお縛られているとすれば、それはもはや滑稽の域に属します。アメリカは、韓国のそうした旧態依然たる対朝鮮警戒感を利用して、THAAD韓国配備を含む自らの世界戦略を遂行しているのです。
 ところが、上記中央日報社説に典型的に現れている韓国保守派的論理においては、朝鮮の核ミサイル開発の原因が自ら(米韓の対朝軍事圧力)にあることを棚に上げ、もっぱら中国の朝鮮に対する「不作為」責任をあげつらっているのです。
 さらに中央日報社説の身勝手さは、THAAD配備は「自衛権的措置」だと自ら言っておきながら、中国が「THAADは中国を牽制しようとする米国の戦略的布石だと主張する」のであれば、アメリカに文句を言うべきであり、韓国をやり玉に挙げるのは筋違いで、「大国らしくない卑劣な行動だ」だと逆ギレしていることです。この理屈は、THAAD導入が「自衛権的措置」としての韓国の主体的判断に基づくのであれば、その結果責任も韓国が引き受けなければならないという、「政治はすべて結果責任」(丸山眞男)という政治のイロハを弁えないお粗末なものです。
 もう一つ韓国保守層の思考における「身勝手さ」を付け加えておきます。それは、トランプ政権がすべての選択肢がテーブルの上にあるとして、先制・予防攻撃の可能性を含めている点に関してです。そうした攻撃が100%韓国の安全を損なわないのであれば韓国は同意しますが、2.で紹介したように、そんなことはまずあり得ません。したがって、韓国はアメリカが「勝手に」攻撃に踏み切ることには反対だし、トランプ政権が「暴走」することは極端に警戒しているのです。
 中国もそういう韓国の身勝手さを見透しています。例えば、3月9日付の環球時報社説は次のように述べています。

 朝鮮の核保有は間違いなく間違った選択だが、平壌をその間違った道へと押しやった主要な力は米韓だ。米韓は、朝鮮の核保有という結果についてはやめさせようとしているが、朝鮮をその方向に押しやった推進力については削減することには応じず、要するに平壌が米韓同盟の圧力に屈服することだけを要求しているのだ。しかも、それができないとなると、中国の力の合わせ方が足りないと恨み言を言っている。
 アメリカの場合は唯一の超大国として身勝手さが習慣となってしまっている。しかし、滑稽なのはソウルであり、アメリカと一緒になってわめき散らしている。しかもソウルは、半島で戦争が起こることをもっとも恐れている当事者であり、そういう肝っ玉の小ささはとっくの昔に平壌に見破られている。それは、平壌は「先制打撃」を声高に言うけれども、アメリカにおいそれと手出しできないことをアメリカに見透かされているのと同じことだ。

 また韓国の保守層は、中国が朝鮮を締め上げることを要求しますが、それは朝鮮が「白旗を揚げる」結果を生むことが大前提です。中国が朝鮮を「暴発」(それは韓国を巻き込まずにはすまない)させないことをちゃっかり前提にしているのです。すべては韓国の都合のいいように思考が組み立てられているということです。私たち日本人もかなりの天動説ですが、韓国人保守層の発想も、その点では私たちに引けを取りません。
 このように、朝鮮半島の平和と安定の実現に対して主体的にかかわっていく意思と能力を失ってしまっている韓国には多くを望むことはできません。1.で紹介したイ・チュングン氏の問題提起、すなわち、アメリカの了承のもとにおける、右傾化を強める日本の軍事大国化は「韓国にとって好ましいことか」、「韓国は険悪になりつつある北東アジアの力学構造の変化にいかに対応すべきかを考えていると言えるだろうか」という、私の脳細胞を刺激した問いかけも、韓国政治の絶望的状況を主体的に打開していこうという意思表明ではなく、「寄らば大樹の陰」的な詠嘆に過ぎないのかもしれません。

4.背水の陣を敷く朝鮮

 すでに1月8日、1月15日、2月19日のコラムで、朝鮮のトランプ政権に対する、いわば「様子見」の政策については紹介してきました。2月21日の「補筆」で紹介したように、「トランプ行政府」「米現行政府」さらには「米帝」と名指し批判も現れており、「朝鮮の辛抱/待ち姿勢もそろそろ限界?」という状況になっていると思います。
 しかし朝鮮は、2.で紹介したトランプ政権の朝鮮に対する強硬アプローチの含意(危険性)を知らないはずはありません。3月6日に朝鮮が行った4発の弾道ミサイルの同時発射という「荒技」に込められた対米韓日メッセージを正確に読み取る必要があると思います。それは要するに、朝鮮の核ミサイル能力がアメリカの先制・予防攻撃をしのぐ能力を備えるに至っていること、つまり、生き残った核ミサイル能力で、日本及び韓国にとって到底耐えきれない損害を加えることができるということです(2.で紹介した3月7日付NYTの文章は、朝鮮のメッセージをアメリカが正確に理解していることを示しています)。
そのことを端的に伝えたのが、金正恩が「指揮」したこの弾道ミサイル発射訓練について報道した3月7日付朝鮮中央通信でした。「訓練には、有事の際、在日米帝侵略軍基地を打撃する任務を受け持っている朝鮮人民軍戦略軍の各火星砲兵部隊が参加した」とわざわざ指摘したのです。つまり、アメリカ本土を標的に収める長距離弾道ミサイルは保有していないけれども、アメリカの同盟国である日本(及び韓国)を正確に攻撃する核ミサイルを朝鮮は保有しているし、その核ミサイル戦力の生き残り能力も見てのとおりというわけです。
 なお、今後の米朝の駆け引きにおける不確定要因は、朝鮮による長距離ミサイル発射実験ということになると思われます。トランプが"It won't happen"とツイートした手前、朝鮮がその発射実験を行うことは、トランプを刺激する可能性が高いからです。朝鮮としては、現有核ミサイル戦力だけでも十分に対米デタランスを構築していることでもあり、長距離弾道ミサイル発射実験を対米交渉材料カードとして温存する可能性も考えられます。しかし、アメリカの出方如何によっては、カードを切る可能性も排除できません。中国がもっとも憂慮しているのは、「米韓及び朝鮮が戦争を望んでいないにもかかわらず、対決が次々とエスカレートしていくと、戦争が勃発してしまう確率は高くなる」(3月9日付環球時報社説)ということです。

5.中国の対応

 中国の全国人民代表大会(国会)開催中の3月8日、王毅外交部長は記者会見の場において、朝鮮半島情勢に関する認識を述べるとともに、緊張が高まる半島情勢に対する中国の政策を明らかにしました。中国外交部WSは、その内容を次の5つのポイントとして紹介しました。

(情勢認識-その1-)
朝鮮半島情勢は新たな緊張を呈している。朝鮮は、国際社会の反対を顧みず、国連安保理決議に違反して、核ミサイル開発推進に固執し、最近は4発の弾道ミサイルの発射実験をも行った。米韓はこの地域で超大規模の軍事演習を行い、引き続き朝鮮に対する軍事圧力を強化している。2組の加速しっぱなしの列車さながらに、互いに譲歩しようとしないが、双方は正面衝突の準備をしているとでも言うわけではあるまい。当面の急務は、赤信号を灯して、同時に急ブレーキをかけることだ。
(情勢認識-その2-)
(朝鮮の)核保有は安全ではあり得ず、(米韓の)武力行使は出口とはなり得ない。話し合い回復のチャンスはまだあり、平和はなお可能性がある。
(中国の基本アプローチ)
半島の危機に対応する上での中国の提案は、第一歩として、朝鮮は核ミサイル活動を暫定的に停止し、米韓も大規模軍事演習を暫定的に停止するということだ。「双方による暫定的停止」を通じて、目前の「安全上のジレンマ」を脱することにより、各国が交渉のテーブルに復帰するようにする。その後は、ダブル・トラックにより並行的に動くという考え方に基づき、半島の非核化と半島平和メカニズム樹立とを結びつけ、同歩対等で双方の関心を解決し、最終的に半島の恒久的安全の根本的解決策を見いだすのだ。
 中国が提起するこの考え方は、半島情勢の問題の根っこを捉えたものであり、国連安保理決議2270及び2321の要求にも完全に合致している。半島核問題の解決には一手だけではダメであって、両手があいまって進む必要がある。すなわち、制裁は決議を履行することであり、話し合いを促進することも決議を履行することである。
(中国の担いうる役割)
 半島核問題の主な当事者は朝米両国だ。半島と密接な相互依存関係にある隣国として、中国もまた半島核問題解決に欠かすことのできない重要な国家だ。これまで中国は、朝米接触の斡旋、6者協議推進のために全力を傾注してきたし、安保理決議の制定及び執行のためにも貢献を行ってきた。今後も引き続き、「転轍手」となって、半島核問題が交渉による解決の軌道に戻るようにしたい。
(THAAD問題)
中国は、米韓が問題点いっぱいのTHAADシステムを韓国に配備することに断固派対する。THAADシステムの監視警戒区域は半島をはるかに超えており、中国の戦略的安全に危害となる意図は誰もが知るところだ。THAAD導入は明らかに間違った選択であり、隣国としての道に違えるのみでなく、韓国をさらに安全ではない境地に陥れる可能性が非常に大きい。我々は、韓国国内の一定の勢力が独断専行しないようにご忠告する。さもないと、他者を損なうのみならず、自らをも害する結果になるだけである。中国は、韓国が崖っぷちで踏みとどまり、配備を中止し、間違った道をひた走りしないことを強く促す。

 また、3月9日付の環球時報は、「THAADの韓国入り推進 アメリカも代価を支払うべし」と題する社説を掲げ、アメリカがTHAADの韓国配備にこだわるのであれば、中国はこれまでの核限定デタランス戦略を見直して、大幅に核戦力を強化して対抗すること、また、核先制不使用の基本的国策をも改めて検討し直す可能性もあることを表明しました。さらに社説は、アメリカのグローバルなミサイル防衛システムが中露を狙ったものである以上、中露がこれに共同して対抗するという可能性にも言及し、それは「ワシントンに対する新たな深刻な打撃になるだろう」と指摘した上で、「アメリカの掌はそんなに大きくなく、世界全体を握ることはできないのであって、ワシントンはその現実に順応し、これを受け入れるべきだ」と勧告しています。
 また、3月8日付の中国青年報は、李敦球署名文章「中国の半島政策 朝鮮核問題を適度に超越すべし」を掲載し、次のように述べて、3月6日付のコラムで紹介した閻学通の主張を支持しています。

 朝鮮の核放棄は半島の平和と安定の前提だとする議論があるが、それは必ずしも正確ではない。…仮に朝鮮が核を放棄しても、朝鮮の合理的な安全保障上の関心が解決されず、韓米が朝鮮に対する強大な軍事圧力と敵視政策を維持するのであれば、朝鮮半島は安定しないのみならず、イラクやリビアのような状況が出現する可能性すらあり、明らかに中国の戦略的利益に合致しない。…
 中国は、朝鮮半島非核化の基本原則を堅持し、朝鮮半島非核化と停戦メカニズムを平和メカニズムに転換させる政策を推進する政策を堅持すると同時に、中朝関係正常化の実現を加速するべきである。…これは、現実の地縁政治と中国の長期的戦略上の利益の求めるところだ。

6.日本の対朝鮮半島政策

 安倍政権の対朝鮮半島政策は、1.で紹介したイ・チュングン文章が簡潔にまとめたとおりのものです。朝鮮をとことん締め上げることで同政権の崩壊を実現する。同時に「北朝鮮脅威論」をアメリカとシェアし、利用することで、対中軍事包囲網を実現する。しかし、安倍政権の政策を放置し、容認することは、以下のような重大な問題に直面することを意味します。
〇 第二の朝鮮戦争が勃発してしまった場合には、朝鮮による日本に対する核ミサイル反撃を覚悟しなければならないこと。すでに明らかなとおり、朝鮮の核ミサイル能力を完全破壊することは不可能であり、生き残った朝鮮の核ミサイル反撃によって、在日米軍基地が存在する東京、横須賀、岩国、沖縄、さらには費用対効果の観点からいえば、原発所在地はすべて壊滅的破壊を覚悟しなければなりません。広島と長崎の歴史が再び、そしてさらに大規模にくり返されるのです。韓国も同じ運命であることは言うまでもありません。
〇 第二の朝鮮戦争という最悪の結果に至らない場合でも、アメリカの中国(及びロシア)を標的にした戦略に日本が協力することは、中国の断固とした軍事的対抗政策を導くこと。3月9日付環球時報社説の主張が中国の政策となれば、アメリカのグローバルなミサイル防衛戦略が米中、米ロ間の核軍拡競争を引き起こすことになります。
〇 米日韓の軍事同盟路線は東北アジアの平和と安定を脅かし続けること。日本人の2/3が「憲法も安保も」を支持しています。「日米安保が日本を守っている」、「アメリカは善玉、中朝は悪玉」が日本人の大半の常識になっています。しかし、以上に述べたことは、このような常識が実はとんでもない非常識であることを証明しています。
 私たちの非常識を正す上で、アメリカにトランプという、とんでもなく「分かりやすい」大統領が現れたことは、反面教師として評価するべきことかもしれません。トランプの正体をしっかり認識すれば、トランプにすり寄る安倍首相の本性もあぶり出されることになります。
 最後に蛇足ですが、私は、今「大騒ぎ」になっている「森友学園」問題をめぐる安倍首相の気色ばんだ対応、3月10日に安倍政権が慌ただしく決定した南スーダンからの陸自撤収は、おごり高ぶってきた安倍政治のほころびに表れと思います。「安倍政治は大丈夫なのか」と疑問を抱く「民意」が生まれれば、安倍政権が推し進めてきた朝鮮半島政策の以上のとんでもない危険性に対する問題意識も自ずと共有される可能性が生まれてくるのではないかと思うのです。「奢れるもの久しからず」を目撃するのもそんなに遠くのことではないかもしれません。