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安倍訪米と日米関係

2017.2.13

2月11日(アメリカ現地時間10日)、安倍首相とトランプ大統領が首脳会談を行い、日米共同声明が発表され、共同記者会見が行われました。その直前の10日(現地時間9日)には、習近平主席とトランプ大統領が電話会談を行い、その内容が両政府それぞれによって発表されました。この2つの大きな出来事は当然のことながら、事前の周到な接触・交渉・根回しを経て実現したものですが、その内容・タイミングはともに、トランプ政権のもとでの日米関係及び米中関係、そして今後の日中関係を考える上で、重要な意味を持っていると思います。
 今や周知のとおり、トランプ大統領の施政に当たっての基本的出発点はビジネス感覚(損得勘定)を最大限発揮することにあり、その点で歴代大統領とは明確な一線を画しています。それが何を意味するかといえば、アメリカが世界をあまねく照らす「丘の上の町」であるという価値観及び使命感からはまったく無縁であるということです。そこから出てくる内外政策の基本線は、政治的・外交的・軍事的・法的・経済的・文化的等々各分野におけるアメリカの伝統的かつ既存の政策に対して、損得勘定というふるいにかけ直し、大なたを振るうことを厭わないという、単純明快そして乱暴を極めるアプローチです。特定イスラム国家を狙い撃ちにした入国管理における大統領令は正にその代表的ケースであり、それが連邦裁判所によってストップをかけられて直ちに行き詰まったことは、トランプ政権の内外政策に関する粗野を極めるアプローチが今後辿るであろう波乱に満ちた道筋を刺激的に象徴するものでした。
 日米関係及び米中関係もトランプの損得勘定というふるいにかけ直されます。安倍首相訪米による日米首脳会談も、また、米中首脳電話会談も、トランプ政権によるふるいのかけ直しの第一ステップであり、まだまだほんの序の口でしょう。とは言え、損得勘定というふるいに引っかかった日米関係及び米中関係の輪郭が示されたことは確認しておく必要があると思います。日米関係及び米中関係のそれぞれについて確認される輪郭を整理しておきたいと考えます。今回はまず日米関係について考えます。米中関係については、次回取り上げます。

1.安倍訪米によって定められた日米関係の輪郭

今回の安倍首相訪米の本質・特徴をズバリと指摘するとすれば、他の国々(特にイギリスを除く欧州諸国や新興諸国)がトランプ政権に距離を置き、様子見している中で、パニック状態の安倍首相は脇目もふらずトランプ大統領の胸元に飛び込んだ、ということでしょう。安倍首相はトランプ大統領という泥船(?)に乗っかったわけであり、安倍政権の命運はトランプ・アメリカによって今後大きく左右されることになると思われます。
「アメリカ第一主義」を全面に掲げるトランプ政権の登場によって先行きが読めなくなった日米関係における主要な問題は、経済貿易関係及び軍事安全保障関係という、日米関係の基本、車の両輪というべき2つの分野にかかわっています。戦後長い間、当然の前提と見なされてきた「常識」が、トランプ政権においては通用しなくなる可能性をはらむものであり、安倍政権が浮き足立っているのは無理もありません。今回の日米共同声明がこの2つのテーマを集中的に取り上げたのはあまりにも当然なことでした。
オバマ政権のもとでは、自由・民主主義・市場経済という共通な価値観のもとで、TPP及び日米同盟を両翼として、中国を押さえ込むことを主眼とする、米日主導によるアジア太平洋国際関係を構築していく戦略が追求されてきました。しかし、今回の日米共同声明及び共同記者会見において見事なまでにスッポリ抜け落ちているのは「共通の価値観」に対する言及です(ただし、出典は2月12日付朝日新聞)。
これは見事なまでに「トランプ哲学」を反映しています。有り体にいえば、安倍首相がこれまで「共通の価値観に基づく日米同盟」と高唱してきたのがもともとうさん臭いのであって、中国に対抗する上での「錦の御旗」であった「共通の価値観」を下ろすことには若干抵抗があったかもしれませんが、パワー・ポリティックス追求の安倍政権の体質からすれば、本来違和感があろうはずはありません。トランプ政権下での日本及びアメリカの対中アプローチは今後、反中(日本)及び損得勘定(アメリカ)を露骨に根底に据えて営まれることとなると思われます。
(日米同盟)
 日米共同声明はまず日米同盟を取り上げ、次に日米経済関係を扱っています。これは恐らく、日米同盟の対中国対決的性格を強調したい安倍首相の強い思いをトランプが受け入れたことによるものでしょう。そして声明では、名指しこそしないけれども中国を意識し、牽制する内容が数多く盛り込まれています。しかし、アメリカが対中国対決姿勢を全面的に押し出すことに乗り気でなかったであろうことは、トランプが共同記者会見の冒頭発言で中国批判を念頭においた発言としては「航行の自由」に言及しただけであったことから容易に窺うことができます。
また、安倍首相が強く求めたに違いない、アメリカによる対日防衛コミットメントの文言も盛り込まれました。しかし、重要なポイントを見落とすことは許されません。すなわち、尖閣諸島の領有権に関しては、共同声明は「同諸島に対する日本の施政」(強調は浅井。以下同じ)を損なう行動への反対を表明しているのであって、「日本の領有権」を損なう行動に対する反対とはしていません。これは、トランプ政権が「領有権の問題には立場をとらない」とする対日平和条約以来のアメリカの立場を踏襲することを意味しています。トランプは、共同記者会見での冒頭発言でも「日本とその施政下にあるすべての領土」と発言しています。トランプは恐らく事務方の準備した原稿を読み上げたのであって、実は「施政」という表現に込められている、トランプにとっては「細かすぎる」意味合いまでは理解していないしょうが、法的には国務省の堅持してきた基本的立場が貫かれているのです。結論的にいえば、トランプ政権は従来どおりの立場を確認しただけのことです。
 日本による防衛分担に関しては、トランプが選挙戦中に公言していた「日本による駐留費分担増大」要求は明示的には言及されませんでした。しかし安倍首相は、「日本は同盟におけるより大きな役割および責任を果たす」という重大な約束をトランプ大統領に対して行いました。
2月11日付の韓国・ハンギョレWSによれば、「ティラーソン(国務)長官は、米上院での承認案処理に先立ち外交委員会民主党幹事のベン・カーディン上院議員に提出した書面答弁資料で「韓国・日本との防衛費分担金交渉が失敗したら米軍を撤収するのか」という質問に「今後、(防衛費)関連対話が"生産的"に進行され、"公平な分担金合意"がなされるものと楽観している」と明らかにした」とあります。ハンギョレWSの記事が指摘しているように、「ティラーソン長官の発言は、今後の韓国・日本との防衛費分担交渉の時に追加的な引き上げ要求をすることを明確にしたものと分析される。"生産的"という言葉は両者の意見が一致しない時に使う外交用語で、"公平な合意"を成し遂げるという言葉は、現在の防衛費分担構造が米国にとって公平でないとの認識を表わしたものだ」と理解するのが正しいでしょう。要するに、在日米軍駐留費の日本による分担引き上げ問題は解消したのではなく、アメリカとしては、今後の日米交渉のテーマにする腹づもりであることは間違いないのです。
それにもまして重大なのは、安倍首相が、「日本は同盟におけるより大きな役割および責任を果たす」と約束したことです。それはとりもなおさず、日本が今後、日米同盟に基づく集団的自衛権行使に従来以上に積極的に踏み込むことを約束したことにほかなりません。南スーダンでの「駆けつけ警護」に関して、稲田防衛相が国会でオタオタ発言をくり返している一方で、安倍首相は後戻りの効かない約束に踏み込んだのです。
(日米経済関係)
 経済関係に関しては、安倍首相が早々とTPPに見切りをつけ、トランプ大統領の主張する二国間交渉で物事を決めるという考え方を受け入れたということが最大のポイントでしょう。確かに共同声明では、多国間アプローチを重視する文言がちりばめられてはいます。しかし要は、「米国が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した点に留意」し、「日米間で二国間の枠組みに関して議論を行うこと」とし、「日本および米国の相互の経済的利益を促進するさまざまな分野にわたる協力を探求」していくことにポイントがあります。
共同記者会見で安倍首相は、「TPPについては、もうすでに我々は大統領の判断を、よく承知しております」とあっさりと白旗を掲げました。そして、「日米の今後の貿易や投資、そして経済関係をどのように発展させていくかということにつきましては、麻生副総理とペンス副大統領との間で枠組みを作って、しっかりと議論させ、そしてよい結果が出てくると私は楽観をしております」とまで述べました。
 「トランプ政権に翻意させるためにも日本がTPPに強くこだわる」として国会承認を強行したことは何だったのかと呆れるほかありません。国会軽視も甚だしいという批判は免れません(TPPが流産すること自体は、私としてはとても良いことだとは思いますが)。また、ニュージーランドその他の国々がアメリカ抜きのTPP発効に熱意を示していることに対しても冷や水を浴びせるに等しい行動です。もともと安倍首相は国際約束を無視することについては前科の持ち主です(拉致被害者5人の扱いに関する対朝鮮約束を破り捨てたこと、尖閣「棚上げ」の日中了解に関する田中・自民党政権のコミットを平然となかったものとしていること等々)。TPPから日米二国間枠組みに乗り換えることも、国会軽視であろうと、また、国際的真偽にかかわることであるにせよ、安倍首相にとっては何ら痛痒を感じないことなのでしょう。

 以上をまとめれば、安倍首相としては、日米安保条約に基づくアメリカの対日防衛コミットメントに関する従来からの立場に関する再確認を得たという、トランプ政権にとっては痛くもかゆくもない約束と引き替えに、日米同盟下の役割・分担の増大に応じ、日米経済関係ではトランプ大統領の対日要求を基本的に丸呑みした、という結論は不可避です。

2.韓国及び中国メディアの評価

 韓国及び中国のメディアは、安倍訪米について辛辣な評価を下しています。私の目にとまったいくつかを紹介しておきます。

<2月10日付ハンギョレWS(日本語)掲載コラム「同盟の代価」(抜粋。キル・ユンヒョン東京特派員)>

  日本という生真面目で自尊心の強い国が、なぜこれほどまでに低い姿勢を見せるのだろうか。日本にとって「日米同盟こそが外交・安保政策の機軸」(1月20日安倍首相の施政方針演説)という判断を下したためだ。日本は「中国の浮上と米国の相対的衰退」に象徴される東アジア情勢の変化の中で、「日米同盟を強化して中国に対抗しなければならない」という方向で結論を下し、(前任の)オバマ行政府との同盟強化作業を終えた。一つのかごに"全てを託して"しまった卵を守るために、米国に対して途方もない同盟の代価を払っているわけだ。
 同盟の代価は、私たちが支払い可能な範囲内になければならない。それほど大切なものなのに、一つのかごに"全てを託す"ことは、あまりにも危険なことだ。

<2月11日付朝鮮日報WS(日本語)掲載社説「米国のアジア政策を示唆するトランプ-安倍会談」(抜粋)>

  両国はこの会談に向けて少なからず準備した。「朝貢外交」という言葉を生んだ安倍首相の大きな贈り物とトランプ大統領の武器である「取引の技術」が遺憾なく発揮される米国の「厚遇」がそれだ。
しかし世の中にただはない。安倍首相はトランプ大統領の歓心を買ってアベノミクスの基礎である「円安」に対する了解を求め、トランプ大統領が1兆ドルを投資するインフラ事業でも機会をつかむという計算だ。さらに中国との間で領有権紛争がある尖閣諸島(中国名・釣魚島)で米国の支持を確保するという思惑だ。一方、トランプ大統領は米国で雇用を創出する日本のより多くの投資、米国の貿易収支改善のための日本のより大きな譲歩を引き出す考えだ。

<2月11日付環球時報社説「日本の対米拝跪と対中狂暴の不真実性」(要旨)>

 トランプが大統領に当選して以来、日本全体が慌てふためき、今に至るも正気に戻っていないようである。安倍政権はトランプが安全保障に関するコミットメントを行うことに狙いを定め、トランプが核の傘と尖閣について再度述べたことで大喜びしている。この数年、日本の当局者はアヘン中毒患者のように、数日おきにアメリカが同じ話をすることを求めており、これこそ奇妙を極めることだ。
 日本は一体いかなる安全保障上の脅威に見舞われているというのだろうか。それは自分で勝手に想像したものではないか。中国が日本を攻めるだって? 日本に対して核攻撃をするだって? そんな仮説は如何にばかげていることか。釣魚島の主権に関する紛争にしても、今日一方が強奪したら、明日は他方が力尽くで奪い返すという愚かな戦争に発展するはずがない。21世紀の今日、島礁をめぐる争いがそのようになるという図式はとっくの昔に過去のものになっている。
 歴史的原因によって、アジアには中国との間で領土紛争がある国家は多くあるが、ひとり日本のみが軍事的に中国と対抗しようと画策している。日米はひっきりなしに「島奪回戦闘」演習を行っているが、中国人から見るとおかしくてたまらない。
 日本が中国に対して身構える姿勢はもはやヒステリーに近く、このような「対中恐怖症」は病的と呼ぶのがふさわしい。日本は何故に、世界の他のいかなる国家にもまして中国の台頭にぶるぶる震えているのか。
 我々としては、日本の対中恐怖の少なくとも一部分は「見せかけ」であるか、国際政治上の常識を逸脱しているのではないか、といぶからざるを得ない。日本が「悲壮感」を誇張するのは、ひょっとすると、安倍政権が平和憲法を突破しようとする最終目標と関係があるのではないか。しかし、くねくねと曲がり道している間に、日本人自身も頭がどうかしてしまったのかもしれない。例えば、日本は米軍駐留から脱して「普通の国」になりたいのだろうか、それとも、アメリカの軍事的保護に頼り切って、永遠に「普通でない」状態であろうとしているのだろうか。忖度するに、日本人自身がはっきりしていないのだろう。
 また、安倍政権はアメリカに「片思い」しているようであり、米日親密関係を排他的なものにしたがっているかのようだ。共同記者会見の席上、安倍首相に指名された産経新聞の記者が中国と朝鮮に難癖をつけたが、トランプは、習近平主席との間で行った「とてもとても心のこもった電話会談」を興奮混じりに回顧した。日本は次のことが分かっていないようだ。すなわち、中米戦略関係は日米関係のように単一の要素でバランスが維持されるようなものではなく、アメリカは日本という同盟国を捨てるはずがないが、日本の願望に基づいて中国との関係をまずくするかどうかを決めるはずはなおさらないということだ。
 安倍首相は度々訪米してきたが何も得ておらず、日米関係は惰性に流されており、安倍首相は安心できず、むやみやたらに何度もアメリカのドアをノックしている。そういう安倍首相は、日本の国際的役割をすこぶる矮小化させ、そういう安倍首相の路線は、ますますアメリカをして「日本を虜にする」ことを可能にし、日本がアメリカに対して持つカードはほとんどなくなっている。
 安倍政権における中国に対する狂暴さとアメリカに対して這いつくばる姿勢とはこれ以上にないコントラストをなしているが、この2つの極端な姿勢はどちらもホンモノではないに違いない。どうやら、かなり陰険な政治的打算が働いて、安倍政権はこの両極端な振る舞いを演じていると思われる。したがって、安倍政権と付き合う誰もが、同政権と深入りすることはできないだろう。