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トランプの対中アプローチ(中国側の分析と対応)

2017.2.06

トランプが大統領に当選して以来、中国の論壇では膨大な数の文章が現れています。数が多すぎて一つ一つ精読するいとまもありません。そういう中で、春節さなかの2月3日付の環球網(環球時報WS)に掲載された2つの文章はとても読み応えがある内容でした。一つはトランプ政権の対中アプローチの特徴を指摘した崔立如(中国現代国際関係研究院前院長)署名文章「中米関係が直面する新しいチャレンジに備えよう」です。2つめは、崔立如署名文章の分析と見事に平仄の合った(と私には思われる)、トランプ政権の対中アプローチに対する中国の腰の据わった対応のあり方を論じた環球時報社説「イヴァンカの対中善意表示が注目を集めるのは何故か」です。
 私は、大統領に就任してからも相変わらずツイッターで勝手気ままな発言を続けるトランプのスタイルに危なっかしさを感じてなりません。2月10日にトランプと会談する予定の安倍首相が、アメリカ国内に雇用機会を作り出す計画についてトランプと話し合う予定だそうですが、こういう媚びることに精一杯の対応しかできない安倍政権は勝手気ままなトランプに振り回されている証拠であり、本当に情けなく思うし、今後の日米関係にも危うさを感じてなりません。
あるいは、欧州の同盟国(特にドイツ及びフランス)から諫言されれば、少しは我と我が身をふり返ることもあるかとかすかに期待しましたが、メルケルやオランドの発言に対しても馬耳東風、逆ギレするトランプを見ると、もはやつける薬はない感じです。こうなると、「殿ご乱心」と言って、トランプというじゃじゃ馬の手綱を引き締めることのできる有力なブレーンが政権内部から出現する以外、手の打ちようがないのかもしれません。
 崔立如署名文章は、こうしたトランプのスタイルは、これまでの中米関係の歴史に例を見ないものであり、中米間で確立してきた外交スタイル・術策はもはや通用しないことを前提として、中国としての基本線(譲れないボトム・ライン)を明確に踏まえたトランプ仕様の対米外交を行う必要性を指摘したものです。また、環球時報社説は、在中国大使館が行った春節を祝う行事に、トランプの長女・イヴァンカが娘を伴って訪れたことを題材に取り上げ、トランプ政権のあり得る対中政策に対する腰の据わった対米アプローチのあり方を論じたものです。日本国内でも、トランプのツイッター発言に振り回されず、こうした地に足をつけた日米関係論、対米政策論が現れることを期待しつつ、両文章の要旨を紹介します。
 なお、2月5日付の環球時報は、トランプのイスラム教徒を狙い撃ちした大統領令が連邦裁判所によって差し止められた件を取り上げ、そのトランプに対する打撃はきわめて大きいこと、今後もこういった闘争がくり返されるならば、「アメリカは深刻な憲政上の危機に向かい、そうなると「何でもあり」の状況になる可能性がある」と指摘しました。その上で社説は、トランプには気分屋ということ以外に特別な政治的資質はないと指摘し、四面楚歌になるだろうトランプにとって、和戦両様の構えで臨む中国は「この上ない協力者」であることを徐々に認識する可能性もあると、皮肉交じりで指摘しています。

<崔立如署名文章>

 崔立如の文章は中米関係に関するトランプの認識とアプローチを扱ったものですが、私は、その指摘の多くは日米関係を考える上でも極めて重要な示唆を与えていると考えます。韓国と日本を訪問したマティス国防長官は、強硬派ではありますがやはりエスタブリッシュメントの一員であり、日米同盟、米韓同盟に関してはアメリカの伝統的戦略を踏襲していることは言うまでもありません。しかし、トランプは根っからの商人感覚であり、得か損かで物事を判断する人間です。したがって、日米同盟も米韓同盟もそうした価値判断の対象であって、結論としてマティスの判断を受け入れるかもしれませんが、それはあくまでも結果としてであって、「同盟」というもののアメリカにとっての伝統的価値観をトランプが受け入れたということを意味しないのです。
「良い中国と悪い中国」というモノサシは同じく日本にも適用されるのであり、「良い日本と悪い日本」というのがトランプの対日アプローチの基本に座ることは見やすい道理です。10日にトランプと会談する安倍首相が目一杯のお土産を持参するのは、商人感覚だけで動くトランプに最大限こびを売る下策の下と言わなければなりません。こういうアプローチしか考えられない安倍首相という政治屋の本性がむきだしになった茶番劇です。日本のマス・メディアは安倍政権の描くシナリオどおりに動き、そういう情報しか与えられない国内世論も「肯定的」に安部訪米を受けとめることになると思います。しかし、世界的には「物笑いの種」扱いされることは間違いありません。トランプ外交の本質を見極めた上で矜恃を備えた対米政策で臨むことが基本に座らなければなりません。崔立如の文章はそういう基本的なことを学ぶ上でも有益だと確信します。

 トランプがホワイトハウスに入ってから半月近くになるが、新政策を打ち出す速度には驚く。ワシントンの外交政策にはいかなる変化が生まれるのか。トランプ政権が近日行った日独中3国の為替操作に関する非難は、全世界が新しい貿易戦争に突入するのではないかという心配を引き起こしている。
 中国においては、米新政府がいかなる対中政策を採用するかがもっとも関心を集める外交テーマとなっている。これまでは、大統領選挙によって政権党の交替が起こると、新政権のはじめには中米関係に波風が立ち(オバマ政権は除く)、その後次第に正常の軌道に戻っていくものだった。しかし、トランプ政権に関しては恐らく事情が異なることになるだろう。
(米新政権の対中「両面政策」は以前と異なる)
 トランプは当選後、ルールを破り、台湾の蔡英文と電話で話を行い、その後ツイッターで「一つの中国政策」に対して驚くべき発言を行った。その瞬間、トランプの「不確実性」はアメリカの対中政策に巨大な面倒を伏在する深刻な問題と見なされることとなった。しかし、その後時を経ずして、メディアは競ってトランプが馬雲(アリババ集団トップ)と会見した後の共同記者会見の模様を伝え、大きな歓声を引き起こすことになった。以上から分かるとおり、トランプの不確実性は複雑な多面性を持っている。
 トランプの対中政策について初歩的な判断をしようとするとき、根拠とするものがまったくないわけではない。筆者が注目したのは、トランプにおける中国に関する概括的な表現として、今日の世界は「2つの中国」と付き合わざるを得ないというものがあるということだ。一つは「良い中国」であり、もう一つは「悪い中国」である。この表現は、トランプが2015年11月に出版した著書("Crippled America: How to Make America Great Again")におけるものだ。この本は、彼がもっぱら選挙のために発行した政治宣言及び政策表明であるので、重要問題に対する彼の基本的見方をある程度反映していると言えるだろう。
 中国に対するトランプの見方は今後のやりとりによって変わる可能性はあるが、「2つの中国」という観点はやはり彼の対中政策の基本に座るとみることができる。いわゆる「2つの中国」とは、トランプのモノサシにしたがって中国の経済的発展及び政治的統治を「良いもの」と「悪いもの」との2つに分けるということだ。総合的に分析すると、トランプが次のような見方をしていることが分かる。「良い中国」に対しては、トランプは協力を発展させ、取引を行うことができる。「悪い中国」に対しては、アメリカは強硬で、圧力をかけ、罰し、言うとおりになるよう迫らなければならない。蔡英文との通話及び馬雲との会見は、トランプの「2つの中国」に対する典型的なやり方を反映している。
 数十年にわたるアメリカの対中政策を考察するとき、こういう二股をかけるやり方あるいは二面的政策というのは何も目新しいものではない。しかし、トランプ政権に関しては、我々として格別に注目するべき尋常ならざる一面がある。それは何かと言えば、第一に、現下のアメリカの政治及び外交が保守的かつ内向きに変化しつつあるという大きな流れにあり、過激なナショナリズムはその突出した表れであるということ。第二に、トランプの個性・特質がアメリカの外交政策のスタイルを「トランプ化」しているということだ。
 トランプ政権の外交政策の第一原則であるアメリカ優先は前者に基づくものである。アメリカ優先原則の主要な実現方法である、アメリカにとって有利な取引を行うというのは後者に由来する。簡単に要約すれば、アメリカの外交及び対外関係について、アメリカの利害がどの程度かかわっているかという程度に基づいて、個々に審査し、アメリカにとってもっとも有利な方式で関係する相手方と取引を行うということだ。
(中米間の伝統的やりとりのモデルはひっくり返される可能性がある)
 トランプのロジックに従えば、アメリカはいかなる相手に対しても、いかなる方面においても優勢を占めており、アメリカにとって有利な取引を達成できない理由は存在しない。ところが、これまでの政権、とりわけオバマ政権は、アメリカの優勢を利用することを放棄し、強硬な方法で相手側に要求を押しつけることができず、その結果、多くの問題で「自分が大きく割を食う」ことになってしまっていた。トランプ外交の核心的思想であり、第一原則である「アメリカ優先」政策を実践するということは、直接的かつ強硬なアプローチで前政権の誤りを正すということだ。以上を踏まえれば、移民問題、米ロ関係、TPP及び気候変動問題等一連の政策主張が理解できることとなる。
 このようにして、アメリカの総体としての対外戦略及び長期的視野に基づく大政方針が据えられるとき、外交政策の連続性などということはトランプにとってなおさら意に介するところではなくなるのだ。そして、正にそのことこそが、長期にわたって政治を主導してきたワシントンのエスタブリッシュメント国際派がきわめて憂慮する問題なのだ。
 トランプ外交の単純かつ乱暴なスタイルは諸刃の剣であり、アメリカの対外関係に一連のマイナスの影響をもたらすにせよ、関係する国家にとっては厄介な一面があると言わざるを得ない。トランプの対中政策に関していえば、これまでのところまだ全面的な政策を見届けるまでにはなっていない。しかし、以上に見たその実用主義的政策ロジックを解読するならば、トランプがとるのは「事実に即して得失を論じる」というスタイルだ。このスタイルは、トランプの「良い中国と悪い中国」という基本的見方と符合する。留意するべきは、トランプ外交の独特のロジック及び事を行うスタイルは、ニクソン政権以来中米双方が発展させて来た両国関係、すなわち、総体的に物事を捉えかつ長期的な方針に基づき、違いは違いとして尊重しつつ共通点を探るという原則の下で、大局的安定を維持する交際の枠組みに対して厳しいチャレンジを突きつけているということだ。
 トランプ外交の特徴は2点ある。一つは、アメリカにおけるエスタブリッシュメント、エリートの主導する政治に反対する揺り戻しであり、もう一つは「ストロングマン」であるトランプの事を行うスタイルである。この特徴が中米関係にもたらすチャレンジは、我々が通常考えるような明確な戦略的転換ということではなく、中米が長期間をかけて形成してきた、したがって十分慣れ親しんできた外交政治戦略上の認識と互いにやりとりするモデルをある意味ひっくり返すものである可能性があるということだ。これはかつて出会ったことがない新しい状況である。
 目下のところ、トランプ政権の外交政策はまだ完全に定まってはいないとみることができるが、アメリカの政治が速やかに以前の状態に戻るだろうと期待することは明らかに無理であるし、ましてや、70才になろうとするトランプの性格が忽然として改まるということを期待することはできない。この時に当たって我々に必要なことはまず定力を備えることだ。定力はどこから来るか。それはやはり毛沢東が述べた3つの言葉だ。すなわち、状況に明るく、決心を大にし、方法を誤らない、である。問題及び相手にする対象を徹底的に研究し尽くし、己を知り相手を知ることが第一である。そして、「強硬+狡猾+身勝手」な外交スタイルに対処するに当たっては、確固とした意思とフレクシブルな対応が必要とされる。概括的にいえば、「ボトムライン」を明確にし、必要なときには敢えて真っ向からぶつかるということだ。また、手綱さばきをうまくとり、相手側の土俵に乗せられず、自分の土俵で相撲を取ることだ。

<環球時報社説>

 (イヴァンカが娘を連れて中国大使館主催の春節の行事に参加したこと、娘が中国語で歌を歌ったことなどを紹介し、彼女の影響力に鑑みた政治的外交的意義に触れた後)トランプがホワイトハウスに入った以後、彼は正に四方に向かって出撃し、ドイツ、日本、メキシコなどを批判の対象とし、一挙に7つのイスラム国家を狙い撃ちにしたが、中国に対しては、仏頂面しながらも、遅々として行動には出ず、北京と心理戦を戦っているかのようだ。
 注意すれば分かるとおり、トランプには歩留まり感覚がないわけではない。例えば、入国制限の大統領令においては、テロリストの最大のソースであるサウジアラビアとエジプトは含まれていないが、それは両国がアメリカにとって相変わらず役に立つ存在だからだ。また、影響力を減じつつあるアメリカの伝統的メディアに対する彼の攻撃は猛烈だが、「彼を云々する点で伝統的メディアと引けをとらない」新興メディアに対しては顔色を窺っている、等々。
 トランプが最初から「中国を相手にする」ことをしないのはおそらく、彼は中国がすぐさま報復することが分かっており、中国のしっぺ返しの難度及び代価を忖度しているからだろう。
 この十数日間、トランプは選挙公約を実行するために医療改革を廃止し、TPPから撤退し、メキシコとの国境に壁を作るとし、イスラム教徒に対する門を閉ざすことにより、さらにアメリカ社会を分裂させるとともに、世界をも攪乱した。彼に対する支持と反対はともに強まり、トランプの政権運営環境の危ういバランスを形成している。
 トランプが中国に手出しをするならば、それは新たな「大きな動き」であり、冒険ともなるだろう。中国が必ず報復することに鑑み、トランプとしては、第一、大義名分があること、第二、損より得が多いこと、さらには損せず得だけすること、の二つを達成する必要がある。
 中国を批判対象とすることとトランプの全体としての強腰イメージとは吻合しているが、中米関係を悪化させる点でトランプがこれまでに持ち出してきた理由はありきたりのもので、アメリカ社会においてはくり返し考慮されたものであって、アメリカ社会の(対中)闘争心を凝縮結合することはできっこない。また、トランプは中国が「殴っても殴り返さず、ののしってもののしり返さない」相手ではないこと、中国は必ず同様に強硬な返し手で彼の「威厳神話」をぶち壊し、彼に戦略的痛手を受けさせることが分かっている。
 過去における中米衝突の際には、西側世論のほとんどが圧倒的にアメリカを支持してきた。しかし、今、トランプが北京と衝突した場合、西側主流メディアがどちらを支持するかは本当に難しい判断が求められる。
 したがって、トランプがいかなる動きをとるにせよ、我々としては平常心を保てば良い。アメリカとはやはり「和を以て貴し」を極力追求するべきだが、「闘いを以て和を促す」準備も十分に行っておく必要がある。我々は花を手にするべきだが、背中には相手が見える棍棒を備えておくべきだ。
中国はメキシコではなく、ましてや日本、ドイツではないのであって、トランプが気ままに勢いをぶつけられる相手ではない。トランプ政権には、中国にはこれだけの自信があることをはっきり認識させておくべきである。
 最後に言っておきたいことがある。イヴァンカが中国大使館にゲストとして訪れたニュースは中国人として喜びとするものだ。イヴァンカという美しく上品な大統領令嬢がいることは、アメリカの「ファースト・ファミリー」にとっての幸福であるにとどまらず、アメリカという国家にとっても喜ばしいことかもしれない。