21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

日本人の悲しい国際・歴史感覚
-安倍首相の高い支持率を支えるもの-

2017.1.19

<朝鮮日報の報道>
 1月17日付の朝鮮日報WS(日本語)は、金秀恵在京特派員の「日本人の75%「少女像への報復措置は妥当」」と題する下記記事を掲載しました(強調は浅井)。

 日本の朝日新聞が今月14-15日に日本全国の2000人を対象に実施した世論調査で、安倍内閣の支持率は前月より4ポイント高い54%となった。これは最近1年間で最も高い数値で、執権当初の人気に迫る勢いだ。
 朝日新聞の1年前の世論調査では、安倍内閣の支持率は42%だった。安保法制の強行採決によって支持率が最低を記録した1年半前よりはやや回復していたが、議院内閣制の日本で首相自身の思い通りに政局を動かすには心もとない数字だった。こうした流れが昨年5月を機に徐々に変わり始めた。専門家たちは「広島、真珠湾、釜山の少女像が安倍首相の支持率を3回にわたって押し上げた」と指摘する。
 昨年5月にバラク・オバマ米大統領が、米国の現職大統領として初めて広島を訪問し、黙とうしたのが「第1段階」だった。その後、先月27日に安倍首相が戦後の日本の首相で初めて真珠湾を訪問(原文ママ)。さらに、今月10日には、釜山の日本総領事館前に旧日本軍慰安婦を象徴する少女像が設置された問題で「駐韓日本大使の一時帰国」という超強硬手段に打って出た。
 日本経済新聞など日本メディアは安倍首相の強硬な姿勢について、自身を支持してきた日本の強硬保守勢力を懐柔すると同時に外交問題に伴う批判を避けるという意図がある、と分析した。ロシアのプーチン大統領の訪日直後には、朝日新聞の調査で「領土返還交渉には進展がなかった」(70%)と冷静な評価を下した日本国民だが、安倍首相の真珠湾訪問については83%が「評価する」と回答し、釜山の少女像に対する報復措置に対しては75%が「妥当だ」と答えた。

 以上の記事は朝日新聞の世論調査に基づいていますが、JNNが行った世論調査結果は金秀恵特派員の判断を裏づけるものでした。すなわち、1月14日及び15日にJNNが調査を行った結果によれば、安倍内閣の支持率に関して「非常に支持できる」16.7%及び「ある程度支持できる」50.3%合わせて67%という高い数字が示されています。そして、「少女像設置をめぐる政府の対応は?」という質問に対して、「評価する」が76%と、「評価しない」の14%を大きく上回っていました。
 また、オバマの広島訪問及び安倍首相の真珠湾訪問が日本のマス・メディアによって手放しで好意的に報道されたことは、安倍政権に対する世論の支持率を押し上げることに貢献したことも、金特派員の報道どおりでしょう。

<「日本人の悲しい国際・歴史感覚」>
 私が「日本人の悲しい国際感覚」というのも正にこの点にかかわるものです。
昨年の7月30日付のコラム(朝日新聞インタビュー(オバマ広島訪問))で明らかにしましたように、オバマの広島訪問の本質は核廃絶とは何の関係もなく、「日米同盟の変遷の中で位置づける」べきものです。つまり、「日本は集団的自衛権の行使を「合憲」とする閣議決定、続く安全保障関連法の制定により、米国に「おんぶに抱っこ」の関係から、積極的に米国の世界戦略に協力する「持ちつ持たれつ」に変わりました。この日米同盟の変質を名実ともに盤石に仕上げるには、のどに刺さった2本のトゲを抜く必要があった。日本の真珠湾攻撃と米国の原爆投下です。日米首脳による広島でのセレモニーによって、トゲが一つ取り除かれた」ということなのです。私はそこで、「従って、安倍晋三首相の真珠湾訪問が最後のステップ。日米開戦の日の年末にかけて大きな注目点になるでしょう」とも指摘しました。そして安倍首相は真珠湾を訪問したのです。
 ところが日本のマス・メディアは、オバマの広島訪問を「オバマの核廃絶に対する真摯な姿勢を表したもの」と描き出しました。そして、安倍首相の真珠湾訪問についてもきわめて肯定的、好意的に描いて見せました。その結果、多くの日本人はマス・メディアの描き出したイメージのままに反応し、安倍首相に対しての評価を高めたというわけです。
 「釜山の少女像」に関する安倍政権の強硬姿勢(駐韓国大使と釜山総領事の一時帰国)に関していえば、その直接の発端は2015年12月に結ばれた「慰安婦」に関する日韓両政府の合意をめぐる多くの不明朗性、疑惑性、そしてそのことに対する多くの韓国国民のごく自然な反感に起因しています。「不明朗性、疑惑性」とは、①もともとは「慰安婦問題の解決なくしては日韓関係を正常化しない」としていた朴槿恵大統領が態度を豹変して、「最終的かつ不可逆的解決」に応じたこと(保守的な朝鮮日報ですら、本年1月17日付社説で、「2015年12月に突然日本との慰安婦合意が発表され、国民の誰もが驚いた。本当に恥ずべき外交政策の転換だった」と言っているほどです)、②その豹変は米日韓同盟の強化を推進しようとするアメリカ・オバマ政権の強い働きかけによるものだったというきわめて不純な背景があったこと、③安倍政権は1965年の日韓国交正常化の時と同じアプローチをとったこと(1965年:5億ドル提供は植民地支配に対する謝罪及び賠償という韓国側要求を拒否し、あくまで経済協力であるという立場。2015年:10億円拠出は「慰安婦」に対する謝罪及び補償という韓国側要求を拒否し、あくまで外交的判断によるものという立場)、しかも④安倍政権はこの合意の中に日本大使館前の少女像の撤去を盛り込ませたこと(「日本大使館前の少女像に対して韓国政府が関連団体との協議を経て適切に解決されるように努力する」ことで合意)、⑤朴槿恵政権はそういう安倍政権の立場を認識しながら、うやむやな形で国内を懐柔しようとしたこと、などが挙げられます。
 そういう不明朗性、疑惑性に対して韓国国民の不満は当然に高まることになりました。しかも油を注ぐ安倍首相の最近の言動がありました。「安倍首相はハルモニに対する謝罪の話をしてほしいという要請も、手紙を送ってほしいという韓日市民社会の叫びも「毛頭」という表現を使いながら一言で切り捨てた。慰安婦問題に対して朴槿恵政権は被害者に「懇請」し、加害者が「拒否」するようにさせた」のです(1月9日付ハンギョレ新聞)。しかも、「日本はさらに一歩踏み出して、昨年8月に10億円を拠出した後には「日本は合意を履行した」として「道徳的優位」を云々し、韓国政府に「平和碑」(少女像)の撤去を執拗に要求している。濯ぐあたわざる過去の日本の国家犯罪である慰安婦問題が、現在は韓国の少女像撤去問題に逆転した。日本が当然受けなければならない圧迫を韓国が受ける局面にしてしまった」のです(同)。
 「釜山の少女像」とは、安倍政権(及び朴槿恵政権)に対する韓国国民の怒りを集中的に表現するものです。その本質は、「従軍慰安婦」問題に対する安倍政権の居直り、その反動を極める歴史観に対する韓国国民の厳しい正当な批判です。
 結論として、オバマ大統領の広島訪問、安倍首相の真珠湾訪問そして「釜山の少女像」をめぐる安倍政権の言動のいずれについても、私たち日本人が正確な国際・歴史感覚を備えているのであれば、安倍政権に対して厳しい批判を行うように誘うものであっても、安倍政権を「ヨイショ」する材料ではあり得ないのです。私たち日本人の悲しい国際・歴史感覚こそが安倍政権の暴走を許してしまっているのです。