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朝鮮半島情勢
-トランプ政権の対朝鮮政策と朝鮮の動き-

2017.1.15

1月8日付のコラムで「トランプ政権下の米朝関係(朝鮮の対米メッセージ)」と題する文章を紹介しました。結論として、「トランプ政権が‥強硬な対朝鮮政策を打ち出すならば、朝鮮としては従来どおりの強硬な対決政策を行う決意であることもまた見やすい道理です。朝鮮としてはいつでも核ミサイル開発の次なるステップ(核実験・ICBM発射実験)をとる準備を整えつつ、トランプ政権の出方如何によって硬軟両様の対応で応じる用意があることを伝えようとしているのだと判断されます」と書きましたが、トランプが国務長官に指名したティラーソン及び国防長官に指名したマティスの米上院聴聞会での発言(現地時間の11日及び12日)などに鑑みると、朝鮮指導部がトランプ政権に対して見切りをつけ、強硬対応を打ち出す(浅井注:米日韓メディアは一斉に「朝鮮の挑発」として描き出すでしょうが、それは違うということを強調しておきます)のはそんなに先ではないという、残念な判断に傾かざるを得ない状況になっています。
すなわち、1月14日付の朝鮮中央通信社論評「対朝鮮認識を正しくすべきだ」及び同日付の「民主朝鮮」紙署名入り論評「米国は新しい考え方を持つべきだ」は、時間的に見て、間違いなくティラーソン及びマティスの米議会での発言を踏まえた上で出されたものですが、強硬姿勢に傾きつつある朝鮮指導部のギリギリの対米警告メッセージと見るべき内容です。

<韓国側報道>

 1月12日付の韓国・中央日報WS(日本語)は、前日(米現地時間)の米上院外交委員会におけるティラーソンの朝鮮半島関連の発言を、次のように紹介しました。

 「ティラーソン氏は北朝鮮が非核化に関する国際合意を違反しているという点を指摘し、「イランと北朝鮮のような敵が国際規範を拒否していて、世界に重大な脅威となっている」と述べた。公式席上で初めて北朝鮮を「敵」と規定した発言だ。」

 また、同日付のハンギョレ新聞WS(日本語)は、中央日報とは若干異なるニュアンスを込めて、次のように報道しました。ただし、adversaryを中立的な表現としたのはハンギョレの主観が入った「好意的」解釈であり、上記中央日報がいうように、「敵」を意味する、ただし若干軟らかい表現であるに過ぎません。

 「北朝鮮核・北朝鮮問題と関連しては、米国が直面した脅威として中国、ロシア、急進的イスラムに続き、「イランや北朝鮮のような『対抗勢力』(adversary)が国際規範に順応することを拒否しているために、世界にとって重大な脅威となっている」と明らかにした。北朝鮮核問題をおよそ5番目の政策優先順位に位置づけたことを推測することができる。北朝鮮に対して強硬な立場を取ったが、北朝鮮を「敵」(enemy、foe)とは表現せず、中立的な表現である「対抗勢力」と称した点は注目される。」

 1月14日付の朝鮮日報WS(日本語)は、12日(米現地時間)にマティゥスが米上院軍事委員会で次のように発言したと紹介しました(強調は浅井。以下同じ)。

 「米国の次期国防長官に内定しているジェームス・マティス元海兵隊大将は12日(現地時間)、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発と関連して「深刻な脅威で、軍事的対応も選択肢の一つ」と語った。
 マティス元大将は12日、米国連邦議会上院軍事委員会の認証聴聞会で「韓半島(朝鮮半島)は依然として一触即発(volatile)の状況」だとしてこのように発言した。北朝鮮のICBM開発について、マティス元大将は「何かやらなければならない。北朝鮮の核ミサイルを阻止することは米国の国家利益に符合する」と語った。「軍事対応も選択肢の一つにすべきか」という質問に対しては「いかなる選択肢もテーブルの上から取り除いてはならない」と答えた。
 「北朝鮮のICBMが米国に到達することはないだろう」というドナルド・トランプ次期大統領のツイッター発言はどういう意味なのか尋ねられると「特定するつもりはない。ただ私が言えるのは、彼は(北朝鮮の核問題について)真剣だということ」と答えた。なお、「ICBM開発阻止がトランプ政権のレッドライン(超えてはならない一線)なのか」という質問に対しては、即答を避けた。
 「認証されれば、北朝鮮のICBM開発を防ぐため、大統領にどのような助言をするか」という質問に対し、マティス元大将は「少なくとも(中国など)1、2カ国の挑戦があり得るだろうが、米国と域内諸国が協力すべき」と答えた。まずは外交的解決策を模索したいということだ。それと共に「米国が交渉する際の立場も検討するだろう」と語った。」

以上の発言を受けて1月14日付の中央日報WS(日本語)は、「トランプ新政権の韓米同盟強化政策に注目する」と題する社説を掲げ、次のように述べました。「来週発足する米トランプ政権の韓半島(朝鮮半島)政策が輪郭を表している。韓米同盟の重要性を再認識し、北朝鮮の核・ミサイル脅威には強硬対応するものと要約される」とする社説の認識は、ほぼ間違いなく朝鮮指導部の認識とも重なっているはずです。

来週発足する米トランプ政権の韓半島(朝鮮半島)政策が輪郭を表している。韓米同盟の重要性を再認識し、北朝鮮の核・ミサイル脅威には強硬対応するものと要約される。トランプ氏は大統領選挙で「在韓米軍撤収」の可能性に言及し、「北朝鮮の金正恩労働党委員長と核交渉をする」と述べたが、当時の雰囲気とは明確に違う。
国防長官候補のマティス氏、国務長官候補のティラーソン氏、中央情報局長候補のマイク・ポンペオ氏が一斉に韓米同盟を強調したからだ。マティス氏は先日の上院承認公聴会で「在韓米軍撤収計画はないと把握している」とし「米軍が抜ければ、米国の(同盟守護)義務を守り米国を防御するのに困難がある」と在韓米軍駐留の理由を説明した。マティス氏は北朝鮮の核・ミサイルを「深刻な脅威」と見なした。マティス氏は北朝鮮が挑発する場合は「いかなることもテーブルから排除してはいけない」と述べ、先制攻撃の可能性も示唆した。国務長官候補のティラーソン氏は北朝鮮を「敵」と規定した。北朝鮮が核とミサイルの開発を続ける限り、対北朝鮮制裁を強化すると述べた。ティラーソン氏は中国に対し「国連の対北朝鮮制裁に従わなければ米国は中国が強制的に従うしかない措置を検討するのが適切だ」と明らかにした。ポンペオ氏も北朝鮮を重大な脅威と述べた。
最近、韓国は在韓米軍のTHAAD配備と慰安婦少女像設置で中国と日本の挟み撃ちを受けている。こうした状況でトランプ外交安保ラインの韓米同盟強化方針は恵みの雨のようだ。金寛鎮・青瓦台安保室長が米国を訪問して韓米同盟を改めて確認したのはタイミングが良かった。もちろん金室長がTHAAD配備について「中国が反対しても関係ない」と表現したのは度が過ぎる側面があった。しかしTHAADは韓国国民の安全に欠かせない。韓米同盟は北朝鮮の核・ミサイル脅威を抑止して防御する核心装置であるだけに、政府は今後も韓米同盟を基盤に確固たる安保態勢を維持する必要がある。」

<朝鮮側論評>

 実は、ティラーソン及びマティゥスの議会発言が行われる前の段階ですが、1月11日付の朝鮮中央通信は、「11日付の「労働新聞」は署名入りの論説で、米国の対朝鮮敵視政策が変わらない限り、今後核戦力を中枢とする自衛的国防力と先制攻撃能力を引き続き強化するというのが朝鮮の立場であると明らかにした」と紹介した上で、労働新聞論説の一部として、次の文章を掲載しました。

 「世界は今後、アジアの核強国、軍事強国としてのわが共和国の威容がより高く宣揚され、朝米対決における勝利は永遠なる朝鮮の伝統であるということをいっそう確信することになるであろう。」

 1月14日付の朝鮮中央通信社論評は、米英・香港などの複数のメディアが、中国の対米対決における道具としての「北朝鮮カード」という論調を掲載していることを取り上げ、「これは、国々の自主権に対する普遍的原理とわが共和国についてあまりにも知らないメディアの一方的な報道」と断じた上で、次のように主張しました。そこでは、私のこれまでのフォローに間違いがなければ、今までにはなかった新しい重要な主張があります。
すなわち、核保有国としての朝鮮は今や、大国の利害関係によって左右される受け身的な変数ではなく、諸大国の「死活の利害関係が絡んでいる戦略的要衝で地域の情勢を主導していくことのできる威力ある力量」であり、「朝鮮を絶対変数とする新しい力学構図」において「われわれが北東アジア地域の平和と安定問題を主導すべき時」であるとする主張です。つまり、朝鮮は中国の意向によって動かされることはあり得ない独立変数であるという主張です。もちろん、このような主張は、自主・主体(チュチェ)の思想から当然出てくるものではありますが、ここまで明確に主張したことは、私の記憶の中では初めてのことです。
これは同時に対米中メッセージも込められているとみることが可能です。すなわち、アメリカに対しては、中国の動き如何で朝鮮をいかようにもできるはずだというアメリカなどに根強い考え方は誤りであり、朝鮮と直接向きあえというメッセージです。また中国に対しては、朝鮮半島の非核化実現を原則的立場とする中国に対して迎合する気持ちはさらさらないという強い立場を明らかにしたものでもあります。

 「強調しておくが、政治・思想強国、核強国の威容を宣揚しているわが共和国が誰それの「カード」に利用されるということは理に合わず、われわれの核保有国地位は誰それが認めても、認めなくても確固不動である。
朝鮮を見ようとするならはっきり見るべきであり、知ろうとするならはっきり知らなければならない。…
国権が弱く、自主権を固守できなかったならば、地政学的な利害関係によってわが国はすでに「色つき革命」や中東事態程度にとどまらなかったであろうし、人民は21世紀の現代版奴隷の凄惨な運命を免れられなかったであろう。
こんにち、支配主義列強の強権政策と懐柔欺まんによって世界の至る所で国と民族の自主権が無残に蹂躙され、米国とその追随勢力の反共和国制裁・封鎖策動が極に達している中でも、わが国はいかなる強敵もあえて手出しをすることのできないアジアの核強国、軍事強国として浮上した。
正義の核の霊剣によって、わが共和国は周辺の諸大国のすき間に挟まれているのではなく、それらの国々の死活の利害関係が絡んでいる戦略的要衝で地域の情勢を主導していくことのできる威力ある力量になった。
朝鮮は世界の軍事大国、アジアの核強国として浮上し、朝鮮を絶対変数とする新しい力学構図が立てられた。
民族の自主権と生存権、発展権を固守し、地域の平和と安定を守るために正義の核の霊剣をしっかりとらえて核強国の前列に堂々と立ったわが共和国の地位は絶対に崩すことができず、決して誰それが認めないからといって弱くなるのではない。
わが共和国の戦略的地位が根本的に変わった今はむしろ、われわれが北東アジア地域の平和と安定問題を主導すべき時である。
これまでと同様、今後も、われわれは必ずわれわれの力でわが国家の平和と安全を守り抜き、世界の平和と安定を守ることにも積極的に寄与するであろう。」

また、同日付の「民主朝鮮」紙の「米国は新しい考え方を持つべきだ」と題する署名入り論評は、オバマ政権に対する批判を行った後で、次のように述べました。とりわけ最後のくだりは、トランプ政権に向けたギリギリの警告メッセージであると受けとめるべきだと思います。

「われわれの大陸間弾道ロケットの開発は徹頭徹尾、日ごとに悪らつになる米国の核戦争脅威に対処した自衛的国防力強化措置の一環である。
国の自主権と尊厳、人民の安全を守るために大陸間弾道ロケット開発の道に行くのは、国際法にも抵触せず、誰かの中傷の種になりえない。
大陸間弾道ロケットの開発は、わが共和国の正々堂々たる自主的権利の行使である。
われわれは、アメリカとその追随勢力の核の脅威と脅迫が続く限り、また、われわれの門前で「定例」のベールをかぶった戦争演習騒動をやめない限り、核武力を中枢とする自衛的国防力と先制攻撃能力を引き続き強化していくであろう。
今こそ、米国が新しい考え方を持ってわれわれに対する時である。
事態の悪化を望まなければ、米国は時代錯誤の対朝鮮敵視政策を放棄する勇断を下さなければならない。