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トルコ政情(中国専門家分析)

2017.1.12

新年最初のコラムの文章がシリア問題でしたが、そこでも書いたように、今後のシリア情勢に大きな影響を与える要素はクルド問題とトルコの動きだと思います。悲しいかな、中東問題には全く土地勘もない私には、トルコ情勢については判断するすべもありません。そういう私にとっては、中国の中東問題専門家の文章はとても参考になる教材です。1月10日付の人民日報海外網(人民日報海外版WS)は、上海国際問題研究院外交政策研究所研究員で中国中東学会副会長の李偉建署名文章「「黒い2016年」を経たトルコ まだ良くなることはあるか」を掲載しました。トルコ政情の暗転はエルドアン政権の度重なる政策の間違いが招いた、いわば自業自得であることを指摘する内容です。私にとってはきわめて説得力がある内容ですので、参考までに要旨を紹介します。

 トルコは一体どうなってしまったのか。このような質問が最近よく出される。トルコのメディアは一連の事件の背後にいるのはアメリカだと指摘する。しかし、国際世論及び外の分析では、ここ数年のエルドアン政権の誤った対外政策が招いたものであるというものが多い。
 近年のトルコの対外政策の基本は、2つの状況のもとで生まれた変化と調整の結果である。一つは地域情勢の変化の傾向に対する判断に基づいた主体的選択、もう一つは思わぬ情勢の動きによって強いられた調整だ。これらのことは元来あれこれ言うことではないのだが、問題は、トルコが地域情勢に対して間違った判断を行い、その結果として一連の政策的失敗を犯したこと、しかも、エルドアン政権が行った調整は変化が早すぎて関係方面が適応しきれないという結果を招いたということだ。多くの分析が指摘するように、トルコは中東における自己の影響力を過大に評価し、その制定する外交政策目標はトルコの能力を超えているのであって、特にシリア問題では過激に走りすぎてきた。アメリカ及び西側諸国が重点をイスラム国をはじめとする過激派組織に対する攻撃に移した後も、トルコは相変わらず我が道を行くで、自らの反シリア政策に役立てるために過激派組織を大目に見て、利用し続けた。
 トルコは中東の国家でありながら、その対外政策の重心は常に西側にある。中東情勢が動き、地域諸国に問題が生まれ、危機が至るところに生まれたとき、トルコは自らの状況が良いことを恃んで、EU加盟がうまくいかない状況のもとにあっても、アラブ世界の変化の中でリーダー的役割を発揮し、地域大国としての影響力を証明しようとした。アラブの春の初期には、西側諸国の一部が「トルコ・モデル」を他のアラブ諸国が模範にすることを提起したことは、トルコ政府をしてますます増長させたし、多くのトルコ人の深奥に潜む「新オスマン主義」思想を支配者の中に発酵させることとなり、トルコの外交政策の中で地域の中心国家であるという思想が次第に表面化することとなった。悲しいかな、アラブ諸国はそれに乗らなかった。
 地縁政治的に見ると、エジプトのような地域大国はトルコの地域的野心には警戒感がある。宗教的に見ると、サウジアラビアやエジプトにはトルコの公正発展党のムスリム同胞団的背景にわだかまりがある。ところが頭が熱くなってしまったエルドアンはこれらのことに意を払わず、多くの問題で出しゃばってしまった。特にシリア問題では、トルコはまっしぐらに先陣を切ろうとし、最後には孤立無援に陥り、一貫して同じ陣営にあると思っていたアメリカ以下の西側諸国も距離を置く始末となった。しかも、アメリカ以下の西側諸国は、トルコによるロシア機撃墜事件に対しても痛くもかゆくもないという反応であったから、最終的にトルコがロシアの胸元に飛び込む促進剤となった。
 ところが、トルコとロシアの関係の進み方は早すぎて、シリア問題においては両国の隔たりは相変わらず多く、シリアにおける利益及び目標という点でも両国は同じではない。エルドアンのこうした政策の急転直下は多くの関係者の不満を生じさせ、シリア・アレッポ戦役の後、トルコが支持してきた反対派も含めて深刻な打撃を蒙り、トルコ経由でシリアでの聖戦に参加した過激分子もトルコに対する恨み辛みを募らせることになった。ロシアは反対派を打ちのめす上で決定的な役割を発揮したが、過激分子はロシアに対する復讐心をトルコに置き換え、その結果、トルコが最近しきりに報復を受けているのは想定範囲内のことだ。
 指摘しておく必要があるのは、トルコが現在直面している問題は、政策調整が報復に見舞われる結果になっているというほど簡単なことではないということだ。問題のカギは、トルコのこれまでの外交政策における調整が相変わらず急所を押さえておらず、今後の方向性も依然として明確ではないということにある。シリア問題では、エルドアンはシリア政府に対するもともとの立場を改めるとは明確にしておらず、シリア反対派問題なかんずくクルド武装組織をいかに案配するかについて、トルコとシリア政府及びロシアとの隔たりを一気に調整することは難しい。また、トルコは依然としてNATOのメンバーであるから、トルコとしては現実問題としてアメリカを捨ててロシアと仲良くするということは不可能であり、エルドアンが露土関係上どこまで進む用意があるのかはまったく見通せない。
 これに加え、トルコ国内においては、エルドアンは国内のクルド人に対して一貫して強硬な政策を堅持している。また、エルドアン及び公正発展党が発揮してきたイスラム的カラー及びエルドアンが強硬に推進してきた改憲による大統領の権限強化などのやり方は最終的に昨年7月のクーデターを招来したし、エルドアン政権がとった大規模な粛清はさらにますます社会の分裂を拡大し、国内政治の混迷を引き起こしている。以上のこともまた、トルコ情勢が不安定に陥った重要な原因である。しかも、トルコ国内には一貫して「汎チュルク主義」ムードがあり、トルコ政府は「東トルキスタン」分子のトルコ国内での活動を黙認、さらには支持し、なかんずく中国ウィグル人の不法移民の行動をも援助しており、これまたトルコの深層不安定要因ともなっている。