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2016年の韓国政治(李敦球文章)

2017.1.9

私が前々から、中国の朝鮮半島問題専門家である李敦球の文章に注目してきたことは、このコラムをよく訪れて下さる方は御存知だと思います。中国の数ある朝鮮半島問題専門家の中で、私は李敦球の分析力には特に説得力を感じ、しばしばこのコラムで紹介してきました。
彼は長らく浙江大学韓国研究所客員研究員という肩書きで中国青年報を主に、そして時折環球時報に文章を発表してきました。また2015年5月28日付中国青年報は、同紙が李敦球の専門コラム「寰球東隅」を開設したことを明らかにしました。そして2016年5月20日付環球網は、「中国社会科学院教授」として李敦球を紹介しました。その後も中国青年報(及び環球網)では浙江大学客員研究員として彼を紹介し続けてきましたが、11月14日付の中国青年報は「中国社会科学院朝鮮半島問題専門家」として李敦球を紹介するに至りました。そして、12月27日付環球網は、「中国社会科学院朝鮮半島問題専門家、環球戦略シンクタンク学術委員会副主任」という肩書きで李敦球を紹介しました(本年1月4日付中国青年報も)。
 以上の経緯から分かるとおり、朝鮮半島問題専門家としての李敦球の力量は中国国内でも衆目の認めるところなのだと思います。しかも重要なことは、今や彼は、環球時報の戦略シンクタンクにおける「学術委員会副主任」という要職を占めるに至ったということです。すなわち、李敦球の認識は今や、単に彼個人の見解であるだけにとどまらず、環球時報の中でも重要な比重を占めるに至っているということです。今後の環球時報における朝鮮半島関連の言説に、李敦球の分析・認識が反映される度合いが強まることが考えられます。ということは、朝鮮の内外政に理解ある姿勢を示してきた李敦球の認識が、これまで往々にして朝鮮に対して厳しかった環球時報社説等にも反映される可能性があることを予想させます。そういう意味で、今後の環球時報の朝鮮半島関連の言説がどのように変化するかは見物です。
 直接関係ないのですが、朝鮮の方でも注目すべき事実が現れています。それは、1月5日付の朝鮮中央通信が崔龍海の動向として、「崔龍海副委員長が黄海製鉄連合企業所を現地了解」という見出しのもと、「朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員、共和国国務委員会副委員長である党中央委員会の崔龍海副委員長が新年初の戦闘に進入して革新の炎を激しく燃え上がらせている黄海製鉄連合企業所を現地で了解した」という記事(視察日時は触れていない)を報道したことです。私が承知する限りでは、経済関連施設に対する視察としては、金正恩が現地指導する記事及び朴奉珠首相が「現地了解」する記事以外では、崔龍海によるものは初めてです(黄炳瑞については、軍関係施設を訪れた記事は見た記憶がありますが、経済関連施設を視察した記事は記憶がありません)。
その崔龍海は、1月6日、金正恩特使としてニカラグア大統領就任式参加のため、平壌を出発したことも報道されました(同日付朝鮮中央通信)。崔龍海は、昨年にも、リオ五輪に出席した帰途にキューバを訪問して、カストロ前議長の誕生日プレゼントを行い(8月)、カストロの死去に際しては弔問で再度キューバを訪れました(11月)。彼は、2013年5月には金正恩の特使として中国を訪問、2014年11月には同じく金正恩の特使としてロシアを訪問しています。以上のことから、崔龍海が朝鮮の内外政に重要な役割を担っていることも明らかで、トランプ政権下の米朝関係を観察する中でも、今後の彼の動向は要注目です。
前置きが長くなりました。1月4日付の中国青年報は、李敦球署名文章「朝鮮半島2016年10大ニュース」を掲載しています。李敦球が上げたのは、①「朝鮮、成功裏に第4回及び第5回核実験」、②「韓国政府、開城工業団地閉鎖」、③「安保理、決議2270及び決議2321採択」、④「韓米 半島で大軍事力ショー」、⑤「朝鮮労働党第7回大会」、⑥「韓米 THAAD配備強行推進」、⑦「朝鮮 70年来の深刻な災害」、⑧「韓日 軍事情報保護協定締結」、⑨「韓国 大規模な反朴槿恵集会勃発」、⑩「韓国国会 朴槿恵弾劾案通過」でした。
その前の1月1日付の環球網は、李敦球署名文章「2016年 朴槿恵は徹底的に韓国をダメにした」を掲載しました。私は李敦球が示した分析におおむね同感です。ということで、その要旨を紹介します。

 過去1年を回顧するとき、韓国民衆の平和デモ集会は春夏秋冬を通じてほとんど止むことがなかった。年初には、2015年12月28日に韓日両外相が突然発表した「最終的かつ恒久的な」「慰安婦問題」解決の共通認識に対して駐韓日本大使館前で千人以上の集会が抗議した。この協定が公布されるや、韓国社会各界の強烈な抗議に遭遇し、多くの被害者は「見舞金」の受領を拒んだ(浅井注:昨年末現在で、生存者46人中34人が受領したという韓国側報道があります)。多くの国民は、政府がこの交渉で「売国」したと批判した。今日に至るまで、韓国の関係団体は再度の交渉及び権益の保護を求めている。
 夏になると、多くの失業労働者が首都ソウルで抗議デモを行い、韓国政府が提起した造船業のリストラ及び労働者の削減と給与カットに抗議した。2016年に入ってから、韓国経済は問題が絶えない状況である。韓国の3大造船会社は巨大な赤字を抱え、ロッテ・グループは検察の調査を受け、韓進海運は破産を申告し、サムソンのギャラクシー携帯は電池事件を引き起こし、韓国の代表的な重要支柱産業が軒並み重大な危機に見舞われた。転換期にある韓国経済は、様々な矛盾が集中的に爆発し、経済社会に対して巨大なショックを生み出した。
 秋には、THAAD事件の引き起こした抗議デモの規模は春及び夏の両季節のデモを大幅に上回った。7月8日、韓米は駐韓米軍にTHAADミサイル防衛システムを配備することを決定したと発表した。韓国政府は7月13日、星州をTHAAD配備地と決定したことを明らかにしたが、それまで名前もろくに知られていなかったこの地は一躍THAADの嵐における「台風の目」になった。星州郡の民衆は「死を以て抵抗する」とし、星州郡の2千人以上の人々が7月21日にソウル駅広場で大規模なTHAAD反対集会を行った。9月30日、韓国国防部は星州郡星州ゴルフ場をTHAAD最終配備場と確定した。ゴルフ場の北方10キロに満たないところには人口1万3千人の金泉市があり、その人口密集地とゴルフ場とは15キロしかない。金泉市民は緊急にTHAAD反対対策委員会を組織し、毎日ろうそく集会を行って政府に抗議した。また、反THAAD集会はソウルその他の全国都市でも陸続として行われた。
 冬に入って、韓国民衆の抗議デモ活動はピークに達した。朴槿恵「女友達」政治介入事件が10月24日に爆発し、10月29日には韓国の人々は街頭に繰り出して朴槿恵の辞任を要求し、毎週土曜日に集会を行い、今に至るも途切れることはない。毎回の参加者は数十万から百万など様々だ。12月3日の集会は232万人規模に達し、韓国憲政史上の新記録を残した。ソウル以外の全国主要都市でも規模が様々なろうそく集会が行われてきた。集会組織者は、この活動を朴槿恵が辞任するまで断固として続けるとしている。
 主催者側統計によれば、この1年間における全国のろうそく集会参加者は1千万人を大きく超えており、韓国民衆は激しく揺れ動いた不安な2016年を過ごした。毎回の集会及び抗議は、この1年間における韓国の情勢を活写したものであり、韓国社会に横たわる深層矛盾を映し出している。
 韓国の集会において、人々は一貫して平和的理性的な民主的スタイルを貫き、現場では熱烈に交流しながらも整然と秩序を保ち、警察との間の大きな衝突はほとんどなく、ましてや流血事件は皆無であり、喜怒哀楽の中に互いに意見を述べ合い、文化的娯楽的なデモ文化は国際メディアの広汎な賞讃を獲得した。特に、1年来の公衆による自発的な自治による広場デモクラシーは、当初形勢観望だった政界をして直接参与する方向へ導き、国会が弾劾案を通過することを促し、民意を伸長し、韓国メディア及び世論はろうそく集会を「市民革命」と呼ぶまでになって、将来の韓国政治に対して深刻な影響を生み出す可能性を生んでいる。
 韓国社会がこのレベルにまで到達したのはなぜかと言えば、根本原因はやはり朴槿恵政権自身が問題だったということだ。2015年末に韓国政府は慰安婦問題で民意を無視して日本と妥協し、2016年には国内の反対を顧みずにTHAADシステム配備決定を強行し、反対及び疑問を顧みず日本との軍事情報保護協定をそそくさと締結し、朴槿恵の法を無視した独断専行を際立たせた。また、大財閥と政治との癒着も2016年には再びあからさまになり、大財閥及び大企業を代弁する韓国保守政治は社会基盤及び民衆の支持を失いつつある。そしてチェスンシル政治関与の醜聞は朴槿恵が引き続き政権を担うことに対する合法性を徹底的に打ちのめした。この事件が白日に曝した韓国政府の政紀の乱れは韓国社会の政治に対する信任危機を引き起こしている。「女友達」という醜聞が韓国社会各方面にもたらした津波の如き衝撃は、多くの人々をして、現行政治システムに対する信頼を大きく動揺させ、「これでも国家なのか」と空を仰いで悲痛な叫びを上げるまでになっている。
 世界的に見ても、ポピュリズムの台頭はいくつかの国々における政治構造を変えるまでになっており、新しい政治の時代が生まれようとしているかのごとくだ。あるいは韓国も、今回の政治危機を契機として新たな政治転換が行われるかもしれない。2017年の韓国政治はどこへ向かうか。我々は刮目して注目しよう。