21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

シリア情勢(露土伊協力)

2017.1.1

ロシア、トルコ及びイランの努力のもとで、12月30日付でシリア全土における停戦が発表されたことは、私のようなシロウトにとって、極めて衝撃的な事態の展開です。一体、何が起こったのかと素直に思いました。しかし、私がフォローしているロシア大統領府WSは、「何が起こったか」についてある程度の事実関係を明らかにしています。
 以下ではまず、ロシア大統領府WSが明らかにした事実関係を確認します。その上で、現時点で推定できる事柄、特にトルコの去就が決定的要素なのではないか、、今後のシリア和平にとっての問題は何か、ということについて考えてみたいと思います。

1.ロシア・トルコ・イラン協力と3協定の成立

 12月23日に定例の年次記者会見を行ったプーチン大統領は、スプートニク通信社トルコ支局の記者の質問に答え、シリアにおけるロシア・トルコ・イランの新しい協力関係の意義について次のように発言しました(同日付ロシア大統領府WS)。その発言内容は分かりにくいものですが、主な内容は次のとおりです(強調は浅井)。

 率直に言うが、ロシアの戦闘機が撃墜されたのはトルコの最高指導部の命令によるものではなく、露土関係を損なおうとした連中によるものだという見方には懐疑的だった。しかし、駐トルコ・ロシア大使が警察官に狙撃された事件以後、考え方が変わり始めた。今は何でもありかなと思える。法執行機関及び軍隊を含めたトルコ政府機関に破壊分子が深く入り込んでいることは確かなことだ。今は、誰かを特定して非難することはできず、それ(破壊分子の政府機関に対する浸透)は事実であり、起こっているということだ。
 以上のことが露土関係の発展の障害になるかといえば、それはない。なぜならば、我々は露土関係の重要性と役割を認識しており、トルコの利益及び、それに劣らず重要なことだが、ロシアの利益を考慮して、同関係を発展させるためになし得る限りのことをするからだ。
 昨年、いやもっと正確に言えば(露土関係の)正常化以来、我々は妥協を見出した。私は、今後も妥協を見出すことができることを望んでいる。
 アレッポについて言えば、トルコ大統領及びイラン大統領をはじめとするイランのすべての指導者がアレッポをめぐる情勢を解決することに大きな役割を果たした。それには、シーア派多数派との間で行われたいくつかの地域の交換及び障害除去(浅井注:イラン側の断片的報道から判断しますと、過激派勢力の包囲の中にあったいくつかのシーア住民居住地域をアレッポに蟠踞していた過激派組織及びその家族の移動先として明け渡し、シーア派住民はアレッポに移るという合意のことを指すと判断されます。以下のプーチンの発言もこのことを裏付けていると読めます。)が含まれる。こう言うとうぬぼれているように響くかもしれないが、以上のことは我々ロシアの参加なくしてはまったく不可能だっただろう。
 したがって、この三者の枠組みにおける協力がアレッポをめぐる問題の解決に極めて重要な役割を果たしたことは断言できる。示唆的なことは、そしてこれが極めて重要なことなのだが、最終段階での工作についてショイグ国防相が私に報告したとおり、最終段階では軍事行動を伴わないで以上のことが達成されたということだ。すなわち、我々は数万人の人々、つまり、過激な武装グループと彼らの代表だけではなく、婦女子を含む人々の撤収避難を組織し、遂行するだけだった。私が言うのは、アレッポから撤収避難した10万人以上の人々のことだ。アレッポからの撤去の交換に、数千人が他の居住地域から転出した。
 これは、私は声を大にして言いたいのだが、現代世界における最大の国際的人道活動である。このことは、トルコ指導部、トルコ大統領、イラン大統領及びイランのすべての指導者、そして我々の積極的な参加ということなしには遂行され得なかっただろう。言うまでもないことだが、シリア大統領であるアサド氏及び彼のスタッフの善意と努力なくしても、このことは達成され得なかった。したがって、経験に基づいてこの三者の枠組みが必要なことが示されたのであり、我々はもちろんこの枠組みを発展させていく。
 私は、ヨルダン、サウジアラビア及びむろんエジプトなどの地域の他の国々の利益と関与を無視するものではない。疑問の余地のないところだが、この種の問題に関するアプローチにおいて、アメリカという世界的役者を抜きにすることは間違っている。だから、我々は誰とでも協力する用意がある。
 我々が直面している次のステップは、シリア全土の停戦に関する合意であり、それに続く政治的和解に関する現実的話し合いである。我々は政治的に中立なカザフスタンのアスタナを提案し、トルコ大統領は合意した。イラン大統領も、アサド大統領も合意した。ナザルバエフ大統領は場所を提供することを親切に同意してくれた。私は、我々が以上のことを現実的に進めることを大いに望んでいる。

 プーチンがいう「次のステップ」については、12月29日のロシア大統領府WSが紹介したプーチン大統領とショイグ国防相及びラブロフ外相との会合で明らかにされました。詳細かつ長文のものですので、以下ではそのさわりを紹介します。

大統領たった数時間前、我々が待ち望み、そして実現するように努めてきた出来事が起こった。3つの文書が署名された。最初は、シリア政府軍と武装反対派との間におけるシリアアラブ共和国領土での停戦に関する合意だ。二つ目の文書は、停戦に関する一連の監視措置について合意している。3つめの文書は、シリアの紛争を終わらせる平和交渉を開始する容易に関する声明だ。
 ロシアの国防省と外務省は、ダマスカスその他の首都のパートナーと常時接触を保ち、トルコのパートナーと緊密に協力した。
 最近、ロシア、トルコ及びイランの外相がモスクワで三者会合を行い、3ヵ国すべてがシリアにおける平和プロセスを監視するだけではなく、それを保証することを約束した。…我々は、達成された協定が極めて脆弱であり、問題に対する特別の注意、辛抱及び専門的アプローチを必要としており、また、地域のパートナーと常時コンタクトを保つ必要があることを理解している。
 国防相:大統領の指示に基づき、国防省は、トルコを仲介役として、穏健なシリア反対派を構成するグループの指導者たちと2ヶ月間交渉してきた。これらのグループは中央政府の支配下にないシリアの中央及び北部地帯のかなり広い地域を支配している。これらの部隊は60,000人以上の戦闘員を有している。7つの反対派グループのもっとも影響力がある現場の指揮官が交渉に参加した。
 同時に、我々はシリア政府とも同じ仕事を行った。それらの交渉の結果、当事者は共通の立場に達し、これら3つの基本協定にサインすることが可能になった。すなわち、停戦を導き、監視レジームを設立し、シリア紛争の平和的解決に関する交渉を組織する手続を定める3つの協定である。
 国防省は、トルコとの協力を維持するための意思疎通ホットラインを作った。そこでトルコは、ロシアとともに、停戦及び達成された諸協定の尊重に関する保証人として行動することになっている。
 シリアの領土で停戦を発効させ、シリアの領土保全及び主権を守るためのシリア政府と反対派グループとの間の直接対話を実現する条件が整ったと考える。これにより、シリア領におけるロシアの軍事的プレゼンスを縮小するための条件も作られる。
 交渉を行ったグループはこのとおりである(プレゼン)。彼らすべてが今朝これらの協定にサインした。彼らの支配する地域に関しては見てのとおりである。
 大統領:これらの7つの武装反対派グループだが、彼らは何ものであり、誰を代表しているのか。
 国防相:例えば、アフラル・アル・シャムはシリア領内に80の部隊を有しており、T-55及びT-72型戦車並びに火砲を備えている。
 大統領:武装戦闘員の数は?
 国防相:62,000人である。過去2ヶ月間、ほとんどの時間を使って、一時期アメリカ側に求めていた地図を作った。
 大統領:ということは、これらのグループが基本的に核ということか。彼らが主な武装反対派勢力ということか。
 国防相:そうである。彼らが主要な反対派勢力だ。これらの地域が現在彼らの支配下にある。ここがアレッポで、ここがダマスカス、そしてこの地域は現実に彼らの完全な支配下にある。中央地帯及びダマスカスの周囲の地域も同じである。…
 監視工作の主な目的は、敵対行動をやめない組織をテロ組織としてリストアップすることであり、彼らに対してはISIS及びヌスラ戦線に対すると同じ行動が取られるようにすることを保証することである。

 ちなみに、ショイグ国防相が言及したアフラル・アル・シャムは、トルコやサウジアラビアなどが支援する反対派の最高交渉委員会(the High Negotiation Committee, HNC)と緊密な関係にある武装組織とされています。ただし、ロシア外務省のガティロフ次官はHNCがアスタナの会議に出席しないと述べました。ロシア国防省は、29日、アスタナにおける交渉に参加する7つの武装組織の名簿を発表しましたが、その中にはアラル・アル・シャム(1万6千人)、サウジアラビアが主に支援してきたイスラム軍(1万2千人)も含まれるそうです(12月30日付新華網)。また、12月29日付のイラン放送WS(英語版)によりますと、主要な穏健派反政府組織であるシリア国民連合(傘下に自由シリア軍を持つ)も、停戦に同意することを表明しました。
 なお、ショイグ国防相の後に発言したラブロフ外相は、3つの合意文書を安保理の公式文書として配布する手続を採ったこと、カザフスタン・アスタナでの交渉に向けて、トルコ、イランに加え、エジプトにも参加することを働きかけていること(プーチン大統領がシシ大統領に電話)、さらにはサウジアラビア、カタール、イラク、ヨルダンにも参加を呼びかけていく予定であることを報告しました。また、トランプ政権発足後には、アメリカにも参加して欲しいと述べました。

2.シリア政府と主要反対派の合意を可能にした要素

 今回の合意成立を可能にする上で決定的な要素となったのはトルコだと思われます。それを裏づけるのは、ショイグ国防相の「国防省は、トルコを仲介役として、穏健なシリア反対派を構成するグループの指導者たちと2ヶ月間交渉してきた」、「トルコは、ロシアとともに、停戦及び達成された諸協定の尊重に関する保証人として行動することになっている」、「過去2ヶ月間、ほとんどの時間を使って、一時期アメリカ側に求めていた地図を作った」という発言です。
 つまり、2015年末以来、ロシアはアメリカに対して、イスラム国、ヌスラ戦線などの安保理決議でテロ組織と指名されたグループと、アメリカが「穏健派」と見なすグループとの線引きを明らかにすることを一貫して要求してきました。ところがアメリカは言を左右にしてそれを実行してきませんでした。トルコもアメリカとの協力関係にありました。
 ところが、いわゆる「ギュレン事件」を契機として米土関係が急速に悪化(ほぼ同時期に、トルコ国内の人権状況に批判を強めたEUとトルコの関係も冷却)したのを背景に、ロシアとの関係改善に成功したエルドアン大統領は、シリア問題に関しても対露協調路線へと舵を切ったと思われます。プーチンの「(露土関係の)正常化以来、我々は妥協を見出した」という発言はそれを裏づけていると思います。
 トルコはこれまで一貫して、シリアのアサド政権の打倒を目指す反対派諸勢力を支援してきました。これら武装勢力が武器を含む物資を調達する上で、トルコ国境を自由に行き来できてきたことは公知の事実です。エルドアン・トルコがアサド政権に対する敵対姿勢まで変化させたかどうかは今の段階では不明ですが、反対派武装諸勢力を支援してきたトルコは、シリアにおける彼らの活動についても知悉していたに違いありません。したがって、トルコはシリア領内における反対派諸勢力の支配地域に関する地図づくりに関して、ロシアに対して最大限の協力ができたし、反対派諸勢力も、いわばトルコに「首根っこをつかまれている」状況だけに、トルコの対露協力への転換を受けて、シリア政府との停戦及び和平交渉に応じるほかなかったと考えられるのです。
 私の以上の観測に関しては、12月30日付の新華網がダマスカス電として報道した「シリアは今回恒久的停戦を実現できるか否か」という文章も、以下のように同様の見方を示しています。

 本年2月と9月に、アメリカとロシアは2度にわたってシリアにおける停戦について合意を達成した。しかし、それらは結局失敗に終わった。この2回の停戦と比較すると、今回の停戦の背景には変化が起きている。シリア軍がいうように、今回の停戦はシリア軍が多くの戦線で勝利を獲得した背景のもとで行われたものであり、その中でも最大のものはアレッポにおける全面的勝利だ。シリア軍がアレッポを回復したことは、シリア軍と反政府武装勢力の力関係を変化させ、シリア内戦に転機をもたらした。
 今回の停戦が前2回と違うもう一つの大きな要素は、トルコがアメリカと代わって、ロシアと共同して停戦の主役になったことだ。アレッポの戦いが最終段階に入って以来、トルコはロシア及びイランと協力して主動的な役割を果たしてきた。トルコの共同的役割のもとで、アレッポに包囲された反政府武装勢力はこの戦略的要衝から撤退したのだ。
 シリア情勢は複雑で、停戦を実施することは非常に難しいし、以前の停戦が成功しなかったのも正にそれが重要な原因だった。しかし、これまでの停戦と比較した場合、今回の停戦に対しては比較的楽観的な見方もある。それは主に、シリア領内における反政府武装勢力に対するトルコの影響力はもっとも直接的かつ十分に強力だからだ。シリアの主要な隣国として、トルコは反政府武装勢力に対して直接支援を提供するほかに、他の国々がこの種の支援を行う場合には主にトルコを経由する必要があった。

3.今後の不確定要因:トルコとクルド族

 しかし、今後のプロセスが円滑に進むかどうかに関する最大の不確定要因もまたトルコです。シリアのムアッレム外相は12月29日、「シリアはこの合意の提唱者であるイランとロシアとともに塹壕の中にいる」と語るとともに、「トルコはシリアの国民や政府にとって、シリアの領土を占領している侵略国だ」と述べて、トルコに対する警戒感をあらわにしたといいます(12月30日付イラン放送WS(日本語))。上記の新華網ダマスカス電も次のように述べています。

 シリア停戦が恒久的なものになるかどうかについては不確実性がある。シリア内戦が勃発して以来、トルコ政府とアサド政権は長期にわたって敵対状態にあり、双方には信頼という基礎条件が欠けている。停戦問題でも、シリア政府はロシアとイランは信頼しているが、トルコ政府は信頼していない。停戦の目的は政治対話を実現することだが、政治対話が推進できないとなれば、停戦自体も維持しにくくなる。また、ロシアとトルコのシリア政策も完全に一致しているわけではなく、アサドの去就問題では相変わらず意見の隔たりがある。

 シリア内戦の今後の展開を見る上で、もう一つ無視できない要素はクルド問題です。クルド族はトルコ、シリア、イラク、イラン等にまたがって存在し、総人口は2500~3000万ともいわれます。イラク領内におけるISISとの戦いにおいて、アメリカはクルド族の戦闘力を高く評価し、強力に支援してきました。またアメリカはシリア内戦においても、クルド族を有力な戦闘力として活用してきました。
 しかしトルコは、クルド族をテロ組織と断定し、その弾圧に努めてきました。トルコにとって、アメリカがクルド族を支援し、利用することは到底許せることではなく、米土関係の悪化にクルド問題がかかわっているのは間違いありません。
今回のロシア・トルコ・イラン協力関係においては、クルド問題に対する言及が、これまでのところ欠落しているのは極めて興味深い事実です。また、ロシア及びイラン両政府は、イラク及びシリア内戦におけるクルド族の活動に対しては、私がフォローしてきた範囲内では、判断の手がかりになるような言動がこれまでのところありません。しかし、シリアの和平プロセスを考える上で、クルド問題を抜きにすることは明らかに非現実的です。判断材料がない現在、クルド問題は今後の重要な注目点であるとだけ指摘しておきたいと思います。