安倍首相の真珠湾訪問(中国側見方)

2016.12.31

安倍首相の真珠湾訪問の意味については、私としては5月16日付及び5月30日付のコラムで示した認識の範囲内のことで、特に取り立ててつけ加えることあるいは修正することはありません。ここでは、中国側の受けとめ方・見方を参考までに紹介しておきます。

<中国外交部>
 中国外交部の華春瑩報道官は、12月27日の定例記者会見の席上、記者の質問に対して以下のように発言しています。

 (質問)日本の首相が真珠湾を訪問している。あなたは、日本の首相が今南京に赴き、中国人民にお詫びを言うべき時だと思うか。
 (回答)この数日来、中国のメディアにせよ、西側のメディアにせよ、日本の安倍首相のハワイ真珠湾への訪問に極めて注目していることに留意している。報道によれば、安倍首相の今回の訪問は「慰霊であって謝罪ではない」し、極めて「ジェスチャー」的意味合いが大きく、それらは主に中国を意識したものだという報道があることにも留意している。また我々は、50名以上の日米の歴史学者が連名で安倍首相に質問状を出し、安倍首相が中国、韓国等の戦争の被害国に哀悼の意を表し、日本として中国に謝罪するべきだと認識しているとしたことにも留意している。…どのような姿勢、ジェスチャーであるにせよ、真誠な反省があってのみ和解を実現するカギだということをつけ加えたい。
 (質問)共同通信の報道によれば、「寛容の精神」と「歴史的和解」とが安倍首相の真珠湾訪問のキー・ワードということであり、彼としては今回の訪問を通じて「第二次大戦の歴史を完全に清算する」ことを望んでいるというが、コメント如何。
 (回答)真珠湾に行って「慰霊する」ことで第二次大戦の歴史を完全に清算しようというのか!? それは恐らく一方的願望だろう。世界の反ファシズム戦争の東方の主戦場は中国であり、中国人民は世界の反ファシズム戦争のために巨大な民族的犠牲を払ったということを忘れてはいけない。中国等のアジア被害国との和解なしには、日本の歴史は一ページもめくることはできない。日本の指導者は右顧左眄、言を左右し、重きを避けて軽きに就くことを続けてはならず、歴史に対して責任を持ち、未来に対して責任を負う態度に基づき、過去のあの時期の歴史に対して真誠かつ深い再認識と反省を行い、過去を徹底的に一刀両断するべきだ。

 稲田朋美防衛相が真珠湾訪問直後に靖国参拝を行ったことに関して、華春瑩報道官は12月29日の定例記者会見で、記者の質問に答え、次のように述べました。

 (質問)報道によれば、12月29日午前、稲田朋美防衛相は靖国神社を参拝した。しかも彼女は、昨日、安倍首相に随行して真珠湾を訪問している。真珠湾では、日本の指導者は「和解」と「寛容」を特別に強調した。中国側のこれに対するコメント如何。
 (回答)中国は稲田防衛相の靖国神社参拝に断固たる反対を表明し、日本に対して厳正な抗議を行う。
 稲田朋美は日本政府の重要閣僚として、昨日安倍首相に随行して真珠湾で「和解」と「寛容」を大いに語った。その言は今なお耳に新しいというのに、今日はまた第二次大戦のA級戦犯を祀り、日本の侵略の歴史を美化している靖国神社を参拝するというのは、日本の一部における頑迷な間違った歴史観を再び反映しただけでなく、真珠湾に対するいわゆる「和解の旅」に対してこれ以上ない皮肉であり、世人をして日本の行動と意図に対する警戒を高めさせるだけである。
 人は信なくしては立たず、国は信なくしては衰える。我々は再度日本の指導者に対し、日本国内及び国際社会の正義の声に真剣に耳を傾け、侵略の歴史を真剣に直視して深刻に反省し、関連する発言と約束を堅く守り、歴史と将来に対して責任を負う態度で関係する問題を適切に処理することを促す。

 華春瑩報道官の以上の発言、特に「日本の指導者は右顧左眄、言を左右し、重きを避けて軽きに就くことを続けてはならず、歴史に対して責任を持ち、未来に対して責任を負う態度に基づき、過去のあの時期の歴史に対して真誠かつ深い再認識と反省を行い、過去を徹底的に一刀両断するべきだ」というくだりは、中国側の正面からの対日批判・忠告という性格を持っています。しかし、12月28日付環球時報社説「ハワイは意味なし 安倍は南京に来るべし」の以下のくだりは、歴史問題で日本にもはやつける薬はなく、何も期待しないという、中国の突き放したホンネを表明しています。

 中国は今後、日本にあまり構う必要はない。我々は自らの発展に力を入れ、国防力を含む総合力を不断に強化するだけであり、中米の戦略バランスを処理することが最重要のことだ。日本の過激さと好戦性とは中国の台頭における面倒事ではあるが、この面倒はもはや中国の国家安全保障における最重要の悩み事ではなくなっている。
 中日は短時間内では良い友だちにはなり得ない。それもいいだろう。日本が歴史問題でどう振る舞うかは我々がこの国を認識する助けにはなるが、日本の振る舞いによって中国社会の感情が動かされることは今やますます小さくなっている。
 中国は日本に対して人口上の圧倒的な優勢にあり、我々の総合力が日本に対して絶対的優勢を獲得するのも大勢の赴くところだ。中日間のルール・オブ・ゲームズもだんだんと変化し、日本の首相が進んで南京に赴き、「歴史に対して申し開きを行う」ことを通じて中国に善意を伝えるという日も早晩来るかもしれない。しかも我々は、そのことがあっても、日本人が歴史観を本当に改めるということではないことを知っている。人の価値についての認識を改めることは極めて難しい。日本人が(歴史認識を)改めたと装うことを願うかどうかは、数多くの状況のもとで、日本人が相手側の力に対して畏敬するかどうかにかかっている。

 また、安倍首相の真珠湾訪問に対するアメリカ側のホンネに対する中国側の見方も極めて醒めたものがあります。ここでは、12月28日付の新華社国際時評「真珠湾の「猿芝居」劇」と12月29日付人民日報海外網所掲の王少喆文章「日本人はアメリカ人に刺さっているトゲを抜けただろうか」の一説を紹介します。稲田防衛相の靖国参拝以前の段階で書かれたものですが、内容的にはそういうことも織り込み済みと見ることができます。

<新華社国際時評>
 アメリカは、安倍の「和解」の旅の虚偽性について明確に理解しているが、安倍に対するそろばん勘定から「それでよし」としている。日本は問題なくアメリカに寄りかかる必要があるが、アメリカとしても、日本というアジア太平洋におけるもっとも重要な同盟国が引き続き政治、軍事及び外交において、アメリカのリバランス戦略に付き従い、アメリカの覇権的地位を擁護することを必要としている。
 したがって、真珠湾で演じられたのは「歴史的和解」でも何でもなく、日米双方がお互いの必要に基づいて演じた「猿芝居」なのだ。
 真珠湾は本来戦争を改めて考え、平和を祈念する場所だが、今では腹に一物持つものが私的利益を追求する舞台になってしまっているということはまことに遺憾なことだ。
<人民日報海外網所掲文章>
 日本の右翼からすれば、中国を押さえ込むというのは軍拡の口実に過ぎず、本当の「宿敵」はかつて敗れたアメリカだ。この点については、アメリカも知り尽くしている。しかしアメリカは、日本における駐軍等を通じて、日本というトラをコントロールでき、「逆にかまれる」というようなことにはならないと考えている。アメリカは日本に対して3本のレッド・ラインを引いている。すなわち、日本が侵略の歴史に対して「定説を覆す」ことを許さない、日本が平和憲法を改正して交戦権を持つことに同意しない、日本が核兵器を持つことを許さない、ということだ。日本に対するこうした「用心」及び日本を利用するということとがあいまってアメリカの対日政策を構成している。(中略)
 安倍に代表される日本のナショナリズム台頭の動きに対して、アメリカ政府がまったく警戒していないということではなく、時には叩くこともある(浅井:例として「慰安婦問題」を上げる)。しかし、近年はアメリカの実力が相対的に衰えてきて、日本をしてアジア太平洋及びグローバルな戦略における「手先」にする必要があるため、日本の「右バネ」的動きに対して「見て見ぬフリをする」ほかなく、さらには「集団的自衛権」などの問題では積極的に日本に対する「縛り」を解いている。こうして、新しい時期におけるアメリカの日本に対する「利用もすれば、警戒もする」関係が構築されている。
 しかし、米日双方が追求する利益は違っており、利益が一時的に合致しているだけなので、この種の「同盟」関係は障害を潜在的に内蔵しており、双方の指導者が表明的に言うほどの「親密」ということではない。