米中新時代に向けた中国の対南シナ海政策(中国専門家政策提言)

2016.11.29.

11月23日付の環球時報は、中国南海(南シナ海)研究院院長で外交部政策諮問委員会委員の呉士存の署名文章「南海問題を速やかに元来の位置に戻そう」を発表しました。呉士存の肩書から判断して、この文章の内容は、中国政府の南シナ海問題に関する認識と政策の方向性を強く反映していると判断できます。トランプ政権の登場を見据えつつ、南シナ海における米中の軍事的対峙はトランプ政権のもとでも基調として続くという厳しい情勢判断の下、中国が南シナ海問題で主導権を確保するためにも、同問題の外交的解決のために積極的政策を打ち出す意欲を持っていることが浮かび上がっています。
 中国はすでに7月12日に、国際仲裁裁定を拒否すると同時に、「南海の領土主権及び海洋権益に関する声明」を発表して、南シナ海における中国の領土主権及び海洋権益に関して、以下のことを明らかにしました。

「中国人民及び中国政府の長期の歴史的実践並びに中国政府の一貫した立場に基づき、中国国内法及び国連海洋法条約を含む国際法に基づいて、中国の南海における領土主権及び海洋権益には以下のものを含む。
(1)中国は、東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島及び南沙諸島を含む南海諸島に対して主権を有する。
(2)中国の南海諸島は内水、領海及び接続水域を有する。
(3)中国の南海諸島は排他的経済水域及び大陸棚を有する。
(4)中国は、南海において歴史的権利を有する。」

 呉士存署名文章に関してまず注目するべきポイントは、米艦船による「中国の支配する島礁の12カイリに進入すること」を問題視することを2度にわたって指摘していることです。裏を返せば、九段線の内側にある海域すべてを中国の「領海」とは見なしているわけではないというメッセージでもあります。このことは、上記声明の第2点「中国の南海諸島は内水、領海及び接続水域を有する」に立ちつつ、中国が「航行の自由」に対して極めてオープンな姿勢で臨もうとしていることを示しています。米中間の軍事衝突の可能性を極力減らしたいという認識の表れです。
 呉士存署名文章の第二のポイントは、中国政府が取るべき政策として、ASEAN及び中国との間で係争をもつフィリピン、ヴェトナム、マレイシア及びブルネイとの間で、関係する諸問題を外交的に解決する具体的な提案を行っていることです。特に漁業問題に関してはかなり具体的な内容の提案を行っていることが注目されます(石油天然ガス資源の問題については言及していませんが、これをもって中国がこの問題では強硬な立場であると判断するのは性急でしょう)。これらの政策内容は至極穏当なものであり、中国と関係諸国及びASEANとの協議・交渉が具体化していけば、アメリカ(及び日豪)が南シナ海問題を材料にして、中国に対して軍事的強硬アプローチを採ることは難しくなることでしょう。
 以下に呉士存署名文章の大要を紹介します。

 「南海仲裁」でいろいろあったのを受けて、南海情勢は次第に沈静化し、南海問題も二国間協議・交渉による解決という正道に回帰しようとしており、域内外の国々の南海問題に対する関心も紛争から協力へと移行しつつある。ヴェトナム、フィリピン、マレイシア等諸国の指導者が相次いで北京を訪問し、南海問題に関して、交渉と協議を通じて違いを解決し、危機を管理して協力を推進し、「南海行動準則」協議を加速させるなどの一連の共通認識を達成した。現在の情勢のもとでは、南海で再び波風を起こそうとする国々があるとしても、時宜に適していないだけでなく、域内諸国の共感と支持に欠けるためになすすべがない状態だ。
<アメリカの対中牽制政策は変わらない>
 現在の南海情勢を如何に見るべきか。現在の好ましい方向への流れを如何にしたら保持することができるか。これらの問題に答えるためには、まず南海問題の本質及び南海問題をめぐる中米の衝突・駆け引きの方向性を理解する必要がある。
 1970年代以前、南海地域の情勢は静かだった。南海地域に石油天然ガス資源が発見され、国連海洋法条約が生まれた後、南沙紛争が生まれ、発展して来た。21世紀に入ってからは、域外諸国の介入なかんずくアメリカのアジア太平洋リバランス戦略の推進により、紛争諸国が自国の南海における利益を最大にしようと図り、不法な占領を固定化し、南海問題をして地縁政治、シー・レイン支配、及び自然資源開発の激烈な駆け引きへと変質させた。
 南海紛争の本質の変化、南海における駆け引きにおけるルール・オブ・ゲームズの変化、紛争当事国及び利益関係国の戦略目標及び利益追求における調整により、地縁政治上の争いが南海情勢を動かす主要な要素となった。第一、アメリカのリバランス戦略に占める南海ファクターの重みが上昇するに従い、南海地縁政治及び海洋権利に関する中米の争いはますますはっきりして来た。第二、軍事的駆け引きは今後の南海地縁政治における争いにおいて顕著な特徴となり、中米の軍事力の駆け引きを主軸として、アメリカまたはアメリカとその同盟国が中国の支配する島礁の12カイリに進入することが「常態化」する可能性がある。今後アメリカは、南海周辺地域にさらに多くの軍事基地を建設し、あるいは南海周辺諸国とさらに多くの軍事協力を行うことで、中国に対する軍事的優勢を維持しようとする可能性がある。それだけではなく、今後アメリカは、地域の安全メカニズムの構築及びルール制定において影響力を発揮しようと試みるだろう。そういう影響力発揮が行われるのは、「南海行動準則」協議に対して背後で影響力を行使するとか、東アジア・サミットのリーダーシップを握るとか、海上偶然遭遇に際してのルールを南海では中国海警(注:日本の海上保安庁)にも適用することを固持するとかがある。それらにより、アメリカはこの地域における覇権的地位及び地縁政治上の利益を守ろうとするだろう。
 しかし、我々はまた、アメリカの次期政権がリバランス戦略に対して調整及び縮小を行う可能性があり、我が国が、南海海上協力及び共同開発の推進を通じて、南海を「平和友好協力の海」にするチャンスが相対的に大きくなり、南海経営の戦略環境が改善する可能性があることも見て取らなければならない。アメリカにおける政権交代は、アジア太平洋の安全保障環境の調整と再構成を引き起こさないとも限らず、南海情勢において「間歇的な平静及び暫時的な相対的安定」が現れる可能性を排除しない。
今後の中米関係における南海ファクターを如何に見るべきか。南海における中米の駆け引きは南海情勢全体に対してどのような影響を及ぼすか。アメリカの観点からするとき、南海問題は「航行の自由、国際法及び国際ルールそしてアメリカの同盟国の利益」に関するものであるから、トランプ政権がリバランス戦略を引き続き推進するか否かに関係なく、南海における中米の駆け引きは継続するだけではなく、中国の台頭及びアメリカのこの地域における利益の増大に伴ってますます緊張し、激烈になるだろう。同時に、南海における中米の衝突と駆け引きは構造的、戦略的、さらには調和不可能であるため、中米の南海における矛盾は地縁政治上の争い、海洋権利上の争い、東アジア秩序をめぐる主導権の争いにもかかわってくる。以上から言って、アメリカが軍事的及び外交的に南海で中国を包囲し、牽制する政策が根本的に変化することはないだろう。
<チャンスをつかみ、南海情勢を好転させる>
 しかし、フィリピン、ヴェトナム、マレイシアなどの係争国の南海政策及び対中姿勢の調整に鑑み、また、仲裁裁定によって引き起こされた南海紛争の勢いが緩和し、沈静化したことで、南海紛争の解決が正常軌道に戻り、中国の島礁建設を中心とした、地域諸国及び国際社会に対する公共サービスも次第に具体化し、「南海行動準則」協議も確実に前進しつつある。中国は、南海の平和と安定の建設者及び擁護者として、南海情勢好転という有利なチャンスをしっかり捉え、中米関係、他の当事国との関係及び中国・ASEAN関係という3つの側面で着手し、南海情勢を安定化させ、南海情勢が現在の良好な状況を保つように引っ張っていくべきである。
 第一、中米は、南海において、誤断を回避し、対決を減らし、危機を管理する軍事関係を構築する。アメリカは、接近偵察及び中国が支配する島礁12カイリへの進入を自制し、仲裁裁定を利用して中国に圧力をかけることを避け、日本等の同盟国を中国に対する南海連合巡航行動に引き入れることを避け、南海周辺での対中国軍事基地建設及び対中国軍事合同演習を行わないようにするべきだ。それに対する対応措置として、中国は、各国が国際法に基づいて享有する「航行の自由」の権利を尊重し、島礁建設における過度の軍事化を避け、南海地域における防空識別圏を設けないことをコミットするべきである。
 第二、中国とASEAN諸国は「南海行動準則」の協議を加速し、「タイム・テーブル」と「路線図」とを制定するべきだ。「準則」制定の緊要性及び重要性に対しては、南海地域の安全メカニズムの建設及び南海地域における危機管理メカニズムの欠落解決という見地から認識する必要がある。「南海行動準則」協議を確実に推進することは、域外諸国の南海問題に対する干渉及び介入を抑える意味も期待できる。
 第三、国連海洋法条約第123条の「閉鎖海又は半閉鎖海に面した国の間の協力」義務に関する規定に基づき、海洋環境及び海洋生物資源の保護等にかかわる「南海沿岸国協力メカニズム」設立の可能性を検討する。例えば、漁業協力から始めて、南沙地域で多国間の漁業協定の作成を探り、紛争地域における漁業資源の捕獲量、禁漁期及び入漁制度を確定する。緊急性の高い議題及び敏感度が低い領域から着手して、「易きを先にし、難しきを後にする」「簡単を先にし、複雑を後にする」という原則に基づいて海上協力を推進し、南海協力の主旋律を唱道する。
 第四、中国と南海沿岸諸国との海岸警備隊の「海上偶然遭遇規則」協議を起動し、海上での法執行におけるルールの欠如によって引き起こされる不測事態を回避することを考慮する。同時に、中国の島礁の民用施設を利用して、周辺諸国との人道救援協力メカニズムを作る。
 第五、「ダブル・トラック思考」メカニズムの設計に基づき、中国と紛争故国との間で、危機管理及び紛争解決に着眼した二国間協議メカニズム(中越、中比、中マ、中・ブルネイ)を段階的に建設し、「ダブル・トラック思考」構想を現実に変えていく。中比関係の不断の改善に伴い、まずは中比両国政府間のハイ・レベルの協議メカニズム確立から着手し、中比南海紛争、黃岩島入漁制度、危機管理及び共同開発等の問題を検討することを考慮することもできる。
 南海の平和と安定は、この地域の国々及び人民の利益と福祉に係わるだけではなく、国際社会全体の重大な関心でもある。したがって、南海が平静に回帰し、南海紛争を本来の性質に回帰させ、南海地域の恒久的平和と安定を擁護するためには、当事国、沿岸国及び利益関係国さらには国際社会全体のたゆまぬ努力を必要としている。