トランプ政権の内外政策と韓国の対応(韓国専門家分析)

2016.11.19.

朴槿恵大統領の問題で国内が沸騰している韓国では、トランプが大統領選に勝利したことの意味を冷静に考える文章にはなかなかお目にかかれなかったのですが、11月18日付の韓国・中央日報(日本語)WSは、韓国外交通商部で朝鮮半島平和交渉本部長(6者協議の韓国首席代表を務めた経歴のある、魏聖洛(ウィ・ソンナク)ソウル大学政治外交学部客員教授による、「【時論】トランプ氏登場、展望と対処」と題する文章を掲載しました。
トランプに対する「障害要素」として、クリントン支持勢力、共和党内のトランプ批判勢力及び「米国を動かす経済・社会・言論界のエリート」の存在を指摘するとともに、その圧力を受けて「公約で後退すれば支持基盤で問題になるだろう」という認識を示しています。彼のいう3つの障害要素は、私が11月10日付のコラム「トランプ当選とアメリカ政治の方向性」で指摘した「既成権力」を構成するものであり、私の認識と魏聖洛のそれは基本的に一致しています。
 また、「対外政策イシューに対する予測」及び「韓国の対処方向と注意点」として、彼が指摘している内容も冷静で的確だと思います。特に米中関係に関する指摘は、環球時報社説で示されている中国側の認識とも基本的に一致しています。また、「前例のない変化の時期には綿密な状況認識と冷徹な分析が必須だ。この過程で最適な対応を見出さなければならない」、「可変的状況には柔軟な対応が必要だ」という指摘は、大慌てで「トランプ詣で」を行い、必死に対中対決を本旨とする日米同盟堅持(プラスTPP)の必要を訴えたに違いない、安倍首相の硬直しきった言動(及びそれを肯定的かつ垂れ流し的に報道する日本のマス・メディア)に対する痛烈かつ客観的批判にもなっています。
 もう読んだ方もおられるかとは思いますが、韓国国内にもこうした冷静な分析を行う論者がいることは嬉しいことであり、以下に紹介しておきます。

トランプ氏の当選はそれでなくても混沌の中にあった韓国に新たな難題として降りかかった。類例がない論議の終わりに当選したトランプ氏のスタイルと政策は、過去のジョージ・W・ブッシュ元大統領の時よりはるかに大きな変化を呼び起こすものと見られる。韓国の非常な対処が要求される。ところが今出ているのは見慣れた世論用の対応だ。高位代表団を設けて出張に送っている。接触は必要だが、引き継ぎの段階でこのように接近すればまともな議論ができないこともある。米国の業務引継ぎ委員会は韓国の業務引継ぎ委員会とは違い、執権準備に集中する。懸案に対応したり外国の代表団に会ったりすることに慎重だ。
トランプ氏の陣営のように人物に馴染みが薄くて構成が未定で歩みが予測不可能な相手に対しては、いっそ静かに組織的に接近するほうが良いようだ。静かな接触を通じて立場を把握し、これをもとに概略的な展望を描いた後で対応方案を確立するやり方だ。この過程をサイクルのように回しながら補完すれば正しい対応を導き出すことができる。
優先しなければならないことはトランプ氏の境遇を推し量ることだ。トランプ氏はアウトサイダーとして常軌を逸する言動と公約で深刻な分裂を引き起こし、自党の指導部からも排斥されたが勝利した。得票数でも遅れをとった。このような経緯だから、前途には障害要素が厳存する。 
 1つはトランプ氏の偏った政策にずっと反対しているクリントン氏支持勢力だ。2つ目は共和党内主流の否定的認識だ。党指導部からの牽制が予想される。最後に米国を動かす経済・社会・言論界のエリートの反感だ。
このような政治地形の中でトランプ氏は偏向した公約を推進しなければならない。公約はほとんどの国内問題で揮発性が大きい医療保険、移民、減税、環境、人種問題を網羅している。混乱は避けられないだろう。公約で後退すれば支持基盤で問題になるだろう。したがって初期には国内問題がその他の問題を圧倒するだろう。
このような事情は対外問題に影響を与えるだろう。国内の混乱のために対外政策のうち論議の余地が大きい事案を推し進める余力がない可能性がある。また、これまで出した乱暴な対外政策は共和党主流の牽制を受けるだろうし、そこに官僚の助言が加わるだろうから、ある程度精製されるだろう。
対外政策イシューに対する予測をしてみよう。まず、これまで引き起こされた同盟公約に対する疑問を払拭させる努力が予想される。この部分では共和党主流の助言が反映されるだろう。しかし、米国の国益を優先し、そのために軍事力を強化しつつも介入は縮小するというトランプ氏の哲学は政策全般に投影されるだろう。同じ脈絡で民主・人権など米国的価値を積極的に提起しない場合、権威主義国家との摩擦は減らすことが出来る。経済分野では保護主義を指向して論議が大きくなるだろう。
大きな枠組みがこのようになれば米中関係の環境は良くなるだろう。しかし中国とは貿易・為替レート・知識財産権・サイバーなど経済イシューで摩擦が大きくなる可能性がある。最悪の米露関係も改善の余地がある。
韓半島(朝鮮半島)に及ぼす影響を見れば米国と中露間の関係が改善され、北朝鮮の核問題に対する共助条件は良くなるかもしれない。しかし、中国の責任はずっと強調されていることで、強い対北朝鮮の圧迫と共に対話も考慮されるだろう。韓米関係では、防衛責任を韓国がもっと担うように言いながら、戦時作戦統制権の委譲と防衛費の分担増大を提起する素地がある。駐韓米軍や高高度ミサイル防御(THAAD)体系に対する追加的議論も排除することはできない。韓米自由貿易協定(FTA)は再論されるだろう。
このような展望を念頭に置き、韓国の対処方向と注意点を提起したい。
まず、米国内の政策動向を継続的に把握しなければならない。前例のない変化の時期には綿密な状況認識と冷徹な分析が必須だ。この過程で最適な対応を見出さなければならない。警戒しなければならないのは我田引水式の報告と分析だ。メディア用の対応が政策に代わることも警戒しなければならない。官僚的慣性を容認するには状況が深刻だ。
2つ目に、トランプ氏の政策と中・露・北朝鮮の反応を見て、現実的で柔軟に対応策を用意しなければならない。ところが、これまでの動向を見れば既存路線を守ろうとする気流が感じられる。対北朝鮮制裁と圧迫を大きく強調しているのが一例だ。これは国内の政派的攻防の結果で継続的に硬化していることだが、可変的状況には柔軟な対応が必要だ。
3つ目に、保護主義が触発されれば米中の貿易摩擦が激しくなることで貿易依存度が大きい韓国に大きく波及する。通商と外交を統合して扱う体制を整えなければならない。「外交と通商は別」は難しい。
4つ目に、トランプ氏が処した米国内の障害要素を念頭に置いて共和党・民主党・財界など多様な勢力を対象に全方向外交を強化する必要がある。この接近はFTAや貿易、安保懸案を扱う時に役立つだろう。
トランプ氏の登場は、東北アジア安保・経済構図に影響を与える挑戦に他ならない。ところが国政は漂流している。この渦中でも時流に巻きこまれずに中心を捉えて国益を守ろうとする努力が政府内にあることを期待する。