トランプ当選と米国政治(環球時報社説)

2016.11.13.

トランプが米大統領に当選したことを受けて、環球時報は11月9日、10日及び11日に連続して社説で取り上げています。9日社説のタイトルは「トランプ大勝利、米国伝統政治に対する猛烈な衝撃」、10日付社説のタイトルは「トランプは強い大統領か、弱い大統領か」、そして11日付のタイトルは「日韓がトランプからとてつもない不合理な要求をかまされる可能性」です。9日付が総論、10日付が米中関係、11日付は日米関係にそれぞれ力点を置いたものと位置づけることができます。
しかし、前2者の中心的な論点は、アウトサイダーであるトランプの当選は米国政治を長年にわたって支配してきた既成権力(エスタブリッシュメント)に対する痛撃であること(9日付社説)、しかし、今後の米国政治は両者の力関係の推移如何によって大きく支配され、トランプが強い大統領になるか、それとも弱い大統領に成り下がるかはこの力関係によって決まるだろうこと(10日付社説)において一貫しています。  私は、10日付のコラムで、トランプ政権の立場・方向性に関して3つの可能性(伝統的孤立主義への回帰、既成権力との妥協による微調整、21世紀の歴史的流れに即した内外政策の根本的転換)があることを指摘し、そのいずれになるかは既成権力との力関係如何によって影響されるのではないかという判断を書きました。アウトサイダーであるトランプと既成権力との力関係如何がトランプ政権の方向性を規定していくだろうという判断において、9日付及び10日付の環球時報社説の判断と私の認識は基本的に一致しています。
ただし環球時報社説は、既成権力の抵抗を押し退けてトランプ色あふれる内外政策を行う場合については立ち入った具体的議論はしていません。私は、その場合に、孤立主義と21世紀の人類史の流れに即した内外政策の根本的転換という二つの選択肢があり、そのいずれを採るかによって、今後の国際関係のあり方は大きく影響されることになると指摘しました。習近平(及びプーチン)のトランプに対するメッセージは正に、後者にトランプを誘おうとするものでした。
 11日付社説は、トランプに「朝見」外交しようとする安倍政権を対米自主独立のドウテルテ政権と比較し、トランプの懐に飛び込もうとする安倍首相がトランプのゆすり外交の言いなりになることがトランプ外交のはくづけにつながる可能性を、皮肉を込めて指摘することに主眼が置かれています。
 もうひとつ、トランプ当選に浮き足立ち、右往左往している国内の議論のありようと比較するとき、中国国内の議論は地に足がついた、そしてアメリカに対する他者感覚を存分に発揮した、読み応えがあるものが多いことに改めて感心させられます。9日、10日そして11日だけでも、次のような文章に接しています。

〇労木「「トランプ主義」は今後もアメリカをかき乱し続けるだろう」(10日付環球WS)
〇陳暁晨(中国人民大学研究員)「トランプ当選 アメリカの方向大転換・グローバルな秩序大失調・中国にとっての大チャンス」(9日付中国WS)
〇劉志勤(中国人民大学シニア研究員)「アメリカは正に「改革開放」のキー・ポイントに立っている」(9日付環球WS)
〇「「トランプ大統領」が中米関係に及ぼす影響 9人の専門家の解説」(9日付環球時報)
〇孫成昊(中国現代国際関係研究院研究員)「トランプ施政下のアメリカの行く末」(9日付中国日報WS)
〇張志新(中国現代国際関係研究院副研究員)「トランプ勝利の原因」(10日付中国WS)
〇趙霊敏「トランプ当選 アメリカは衰退に向かうのか」(10日付新京報)
〇楊凡欣(中国人民大学研究員)「中米関係におけるキー・ワード」(10日付環球WS)
〇張騰軍(中国国際問題研究院助理研究員)「トランプ登場 世界にとっての大きなクエスチョン・マーク」(10日付環球WS)
〇斉皓(中国社会科学院研究員)「米大統領は決まったが、世界は逆に不確定になった」(10日付人民日報海外版WS)
〇王毅(山西大学副教授)「アメリカは混乱の中でトランプ大統領を迎えた」(10日付環球WS)
〇呉心伯(復旦大学アメリカ研究センター主任)「世界は「トランプによる情勢変動」に直面」(11日付環球時報)
〇喩国明(北京師範大学教授)「アメリカの伝統的メディアの壊滅的敗北 「天道」の変化」(11日付環球時報)
〇張志新「トランプ政権のアジア太平洋戦略の方向性」(11日付環球WS)
〇達巍(中国現代国際関係研究院アメリカ研究所所長)「エリートの民意は草の根の民意を代表せず」(11日付環球WS)
〇張志新「トランプが朝鮮との直接対話の道を切りひらくか」(11日付環球WS)
〇沈雅梅(中国国際問題研究院副研究員)「外交政策:戦略は収縮か進取か」(11日付環球WS)
〇杜蘭(中国国際問題研究院助理研究員)「対中政策:不確実性が大?」(11日付環球WS)
〇張騰軍「国内政策:アメリカ政治変革の新周期を開くか?」(11日付環球WS)
〇呉非(チャハル学会シニア研究員)「アメリカの内政外交は巨大な変化に直面するだろう」(11日付環球WS)
〇黄平(チャハル学会研究員)「アメリカはコスト無視の持ち出しは二度と望まないだろう」(11日付環球WS)
〇王毅「トランプ当選はアメリカの慌てふためきようの突出的表れ」(11日付環球WS)
〇楊凡欣(中国人民大学研究員)「中米関係の進み方において踏まえるべきいくつかの原則」(11日付環球WS)
〇王棟(盤古シンクタンク学術委員会秘書長)「トランプは地域情勢に深刻なショックをもたらすかもしれない」(11日付環球WS)
〇趙可金(清華大学国際関係研究院副院長)「トランプによる局面変化とエリートの茫然自失」(11日付中国WS)

 ここでは、冒頭に紹介した3つの環球時報社説の要旨を紹介しておきます。

<9日付社説>

 前回のクリントンは彼女が個人的に敗北したものだったが、今回の彼女はアメリカの伝統的なエスタブリッシュメントの政治理念及び権威を代表して敗北した。トランプが勝利したのはクリントンに対してだけではなく、共和党内部から全米に至る彼を阻止しようとした膨大なエスタブリッシュメント全体を打ち負かしたのだ。
 人によってはこれを「政治的造反」あるいは、アメリカにおける「文化大革命」だと言うが、これらの言い方には誇張があるにせよ、アメリカにおける現在の思想政治状況の一面を描いてはいる。
 トランプという名前はつとに全世界にとどろいているが、アメリカも世界も彼がアメリカの大統領になることに対する精神的準備を整えるにはほど遠い状態だ。彼の勝利は精神的な強烈パンチを与え、彼の当選は従来の枠組みを突き破り、根底を揺るがすというショックをもたらしたのであって、アメリカ政治の核心的要素がぐらぐらと揺るがされているのだ。
 トランプは最初からアメリカの主流メディア及びエスタブリッシュメントに軽蔑され、ほら吹き、異端の邪説の鼓吹者、何をしでかすか分からない人物と決めつけられてきた。このような人物が最終的に大統領になったということは、アメリカのもともとの政治秩序そのものに問題があるということの証明だ。
 アメリカにおける民主共和両党の主流の価値観は時代からずれている。アメリカのエスタブリッシュメント・メディアは報道における中立及び客観性という原則から深刻に乖離し、有権者を恣意的にミスリードし、その世論調査の大部分はウソが混じり込んでいる。この国家の政治上の全体としての判断力も重大な偏りがあり、アメリカのエスタブリッシュメント全体が中流下流の人々と対立する側に立つに至っている。
 トランプがアメリカの内外政策にどれほどの変化をもたらすかに関しては、彼の当選がもたらした受けとめ方、すなわち天地がひっくり返るような変化というよりは小さいだろう。なぜならば、トランプには大なたを振るってアメリカをひっくり返すだけの実力はないからだ。
 アメリカはしょせんエスタブリッシュメントが牛耳る国家であり、全国の実権を握っている中高レベルの人々のほとんどはトランプに反対であり、したがってトランプにとって絶望的な牽制力を形成している。世界各地のアメリカの同盟友好国もアメリカの言いなりではなく、むしろワシントンに圧力をかけ、「孤立主義」に返ろうとするトランプの考えの実現を阻もうとするだろう。
 今回の選挙はアメリカ社会にかつてない分裂を作りだした。トランプに投票しなかった多くの人々はトランプを真底から「憎んで」いるが、このような「憎しみ」はアメリカ選挙史上においてまれに見ることだ。今回の選挙は憎しみが大いに愛を上回った選挙であり、多くのアメリカ人は長期にわたり、感情的にトランプが彼らの大統領であることを受け入れられないだろうから、選挙後のアメリカが再度団結することは極めて困難だろう。
 トランプの対外政策は、不確実性がもっとも大きい領域であり、中米関係及び米露関係がどう進むかは国際関係全体のあり方に影響するだろう。選挙期間中に浮かび上がったトランプの外交理念から見ると、トランプはアメリカの経済的利益を突出させる可能性があり、したがって中米関係の焦点は地縁政治上の駆け引きから経済的利益の衝突に傾いていくかもしれない。
 トランプは外交経験が少なく、商人出身であるから、商業ルール及び事案に関して彼が積み重ねた経験がアメリカの対外政策に浸透してくる可能性がある。中米関係は駆け引きの場面が増え、カギとなるような利益をめぐる紛争は極めて厳しくなる可能性があるが、中米新型大国関係に対するトランプの関心は、ヒラリー・クリントンの外交思想の影響を深く受けたオバマより大きいはずであり、「ウィン・ウィン」に対する抵抗感はアメリカの伝統的エリートよりも小さいかもしれない。
 しかし、トランプに対して嫌悪に満ちたアメリカの政治的エスタブリッシュメントに対して迎合するためであるにせよ、彼が中国に対して「強硬さが足りない」という印象をつくり出すことはあり得ない。今後の中米関係をトランプの個性に押しつけることはできず、中国の利益を守る最後のよすがは中国自身の実力である。もしもトランプが中米経済関係をやり玉に挙げ、理屈に合わない利益を絞りだそうとするのであれば、彼は中国がどのように反撃するか、アメリカが逆に何を失うことになるかを考慮する必要があるだろう。

<10日付社説>

 トランプが大統領に当選したことで、国際関係には空前の不確実性がもたらされた。中国は早くからワシントンの戦略上の主要な対象であり、アメリカの2国関係の中で変化による影響がもっとも多い国の一つだ。トランプがアメリカの外交戦略を調整する場合には、その影響をもっとも大きく受けるのは中国だろう。
 しかし、これらの影響が何を意味するかを分析する前に、ハッキリさせておく必要がある問題がある。すなわち、トランプは「強い」大統領になるか、それとも「弱い」大統領になるのかという問題だ。
 トランプは性格が豪放で、枝葉末節にこだわらない、決断力に富むように見える。しかし、大統領の指導力を決定するのは個性という要素だけには留まらない。現在の上下両院は共和党の支配下にあり、このことはトランプにとって有利ではあるが、それだけがすべてというわけでもない。トランプはアメリカ政界における地盤がなく、エスタブリッシュメントとの関係は緊張しており、彼に反感を持つものはきわめて多く、彼の国家統治理念がアメリカのシステムの中で広められ、受け入れられるには困難が累々としている。共和党の中でもトランプをよしとしないものの勢力は大きい。クリントンとオバマはトランプの当選を祝福したが、アメリカのエスタブリッシュメントが態度を改めることはクリントン及びオバマが声明を出すことよりもはるかに難しいことだ。
 エスタブリッシュメントがトランプに対して違和感を以て接する限り、彼の決断力は大きな影響を受けるだろう。彼としては、大量のエネルギーを「実際にアメリカを操っている」人々との関係を改善することに費やさざるを得ないだろう。こういったことはトランプの弱さをもたらし、彼の性格上の強さとぶつかり、両者があいまって彼の執政スタイルをつくり出すだろう。
 では、アメリカは戦略的収縮を行い、「新孤立主義」の路線を作り出すだろうか。トランプは明らかにそう考えており、国際問題に対する係わりを減らし、国家資源の多くをアメリカ経済の振興と就業問題解決に充てたいと考えている。しかし、上述の牽制要因により、トランプとしては自分の考えを実現する道を突っ走ることができるとは限らない。
 ただし、トランプが大統領である期間中は、アメリカが更なる戦略的拡張を追求することはないだろう。それはトランプ個人の影響だけではなく、アメリカの実力がグローバル覇権を支えるにはとっくに疲弊してしまっているという際だった原因によるものだ。
 中米摩擦の規模が総体として拡大しないという確率は高い。「経済建設を中心とする」トランプとしては、より多くのエネルギーを中国との戦略的駆け引きのエスカレーションに振り向ける余裕はない。とは言え、このことは中米摩擦の新たな矛盾が爆発しないということを意味するものではない。そういう可能性は存在する。特にトランプ政権の最初の時期にはリスクが高い。彼としては自らの執政上の「威力を示す」こと、発言には実があることを証明したいと考え、中国の「泣き所」に手を出そうとするかもしれない。北京としては、こういった可能性を真剣に考え、事前に準備しておく必要がある。
 しかし我々は、トランプの「強硬さ」は中身を伴わないことを見通しておく必要がある。トランプには強大な大統領が必要とするだけの豊かな財政的裏付もなければ、彼とともに危機に赴くだけの忠誠心と団結力を持ったエスタブリッシュメントもない。政権に就いた当初は、トランプが考慮すべき要素が多すぎるし、重大な国際危機を担うだけの資本もない。特に、対中関係を深刻に悪化させるリスクを担うことは不可能だ。大国の内部が団結していないということは、対外的に衝突を引き起こす真の決心を形成するのには不利である。したがって、トランプが「力試し」をしようとするのであれば、中国としてはひるむ必要はなく、打つ手は穏健で断固としたものであるべきであり、ワシントンと共同で今後4年間の中米間の交際におけるルールを定める必要がある。
 トランプ時代のアメリカと中国は「戦わず交わらず」という可能性がある。しかし、両国が戦略的に衝突するという動機及び動力は、全体として、オバマ政権の時代よりは弱くなるだろう。中国としてはアメリカの新大統領を「慣らす」経験を大量に積んでおり、トランプも例外ではないだろう。

<11日付社説>

 多くの国々及び地域がトランプの対外政策調整の可能性に対して不安を感じているが、日本及び韓国の焦りはことのほか突出している。安倍晋三と朴槿恵は急いでトランプに電話した。日韓当局が発表した通話内容は極めて似通っていた。すなわち、トランプは両国に対して同盟関係の強化を約束し、両国が米軍駐留費用を増やすことは提起しなかったというものだ。
 台湾もトランプに見放されることを極めて心配しているが、蔡英文にはトランプと電話する資格はなく、台湾当局としては世論を安心させるために、米台関係が「変わらない」というシグナルを島内に伝えた。
 安倍は電話する以外に、ペルーでのAPEC首脳会議に参加する途次にニューヨークに立ち寄り、トランプと会見しようとしている。安倍は恐らく、トランプに「朝見する」アジアで一番目の指導者となるだろう。
 本来であれば、日本はアメリカの次期大統領に対してかくも戦々恐々となる必要はない。しかし、中国と深刻に対立しているために、日本はわずかな外交上の独立性もそぎ落としており、アメリカの忠実な鞄持ちになる以外の選択はないかのようだ。現在の東京の外交的自主能力はマニラにも及ばない。韓国の対米従属的性格もさらに強まっている。経済繁栄及び文化輸出を通じて民族的プライドを打ち立てた国家が今やアメリカの太ももにしがみついている。  トランプがアメリカのグローバルな同盟システムを放棄することはあり得ない。なぜならば、それはアメリカが世界を指導する基盤だからだ。しかし、東京とソウルの戦々恐々の様子を見るとき、ワシントンが両国に大変な要求をかませる可能性はある。トランプが強硬に出るならば、日韓の足元はぐらつき、「投降」を選択し、さらに多くの保護費をホワイトハウスの新主人に支払う可能性がある。
 そのような場合、トランプの「新政」は「でたらめ」ではなくなり、彼の指導者としてのプレスティージには支えが得られることになる。商業的手腕に長け、他人の懐から如何にカネを引き出すかをもっとも心得ている不動産業の大統領が日韓に対してこのように荒療治を行い、彼の大統領としての手柄にしないとも限らない。
 欧州の主要な同盟国はテコでも動かないから、トランプが集金しようとするときは、NATOに新加入した東欧の小国しかないが、これらの国々の財布は日韓とは比べものにならない。日韓こそがトランプとしてもっとも食い物にする価値があり、また、もっとも食い物にしがいのある太った羊なのだ。
 本来であれば、トランプはフィリピンをも脅すことができたのだが、ドウテルテは先手を取って独立した外交権を取り返した。トランプが当選した後、ドウテルテはプーチンと同じくオリーブの枝をトランプに差しのばし、外交的主動性を誇示した。
 アメリカ大統領選挙結果が出る前後の期間中、台湾はワシントンと北京によって忘れ去られていた。トランプ一派は台湾を提起することはほとんどなく、大陸世論はアメリカ大統領選挙と台湾問題を関連づけるいとまもなかった。中米関係がますます大きくなるに従い、台湾問題は相対的に「ますます小さくなる」のであり、これは正に台湾が中米間及びアジア太平洋における戦略的将棋盤における真の立ち位置なのだ。
 アメリカの対中関係において、台湾はますます現実的に使うことが難しい、したがって次第にさびが目立つテコになりつつある。このテコを使おうにもリスクが高すぎ、扱いを誤ればアメリカを傷つける。台湾は長期にわたってアメリカの同盟補助要員であり続けるが、「アジア太平洋リバランス」に対するトランプの関心が薄れるに伴い、ワシントンにとっての台湾の戦略的重要性は低下し続けるだろう。
 アジアの地縁政治上のリスクは表面的にはともかくそれほど深刻ではない。いくつかの国々は過大に評価し、アメリカの太ももに避難するというもっとも簡単な方法を採用し、自分自身を戦略的に矮小化している。ドウテルテはアメリカの大統領を口汚く罵ったが、ワシントンは相変わらずマニラに対して「君子の交わり」を求めている。フィリピンより何十倍も強大な日本は、アメリカの新大統領に直訴し、厚かましくも懐に飛び込もうとしている。この違いはまことにドラマチックである。