トランプ当選とアメリカ政治の方向性

2016.11.10.

米大統領選の結果は、大方と同じく、私にとっても「予想外」でした。ただし、「予想外」ということの意味について説明が必要です。
私は、米ソ冷戦終結を受けた1990年代以後、世界唯一の超大国として君臨した(はずの)民主・共和両党政権による米国内外政策の全面的行きづまりが、民主党ではサンダースのクリントン(既成権力の代表)に対する善戦、共和党ではトランプが既成権力を代表する諸候補を打ち破っての指名獲得をもたらした最大の原因だったと見てきました。つまり、ますます多くのアメリカ国民が既成権力による内外政治に対して批判・不満を強めている結果が、サンダースの善戦及びトランプの指名獲得を可能にした最大の要因だと判断しています。したがって、クリントンとトランプの対決となった今回の大統領選挙では、既成権力に対する批判票がトランプを後押しするだろうとは考えていました。 しかし、その批判票がトランプを勝利に押し上げるまでに強烈なものにまでなっているとは考えが及びませんでした。いずれは既成権力に対する批判の強まりが、米国内外政治の基調を変化させる(そういう変化を訴える大統領候補を当選させる)時が来るだろうとは考えましたが、破天荒な言動をくり返してきており、内外政策に関して明確な経綸を示したわけでもないトランプにその舵取りを委ねるとまでは考えが及ばなかったのです。そういう意味での「予想外」でした。
 私は、選挙期間中にトランプが行った破天荒な言動に目を奪われて右往左往する愚は避けなければならないと思います。真の問題は、1990年代以後のアメリカ(民主共和両党政権)による内外政治は明らかに八方ふさがりになっており、まったく新しい方向性を模索し、見出すことがトランプ政権に課せられた客観的かつ歴史的な課題ですが、同政権が果たしてそういう課題を認識し、それを担う決意と能力を示すことができるかどうかにあります。
 選挙期間中のトランプの言動から見る限り、彼は歴代政権の対外政策が国内に多くの犠牲と困難を産みだしてきたとし、国内の利益を守ることを最重視し、対外コミットメントについては大幅な見直し(同盟国の負担増大によるアメリカの負担軽減)が必要だとする点では一貫していました。しかし、以上の主張は、①アメリカ政治に一貫して存在するいわゆる「孤立主義」の系譜に連なるものか、それとも、②既成権力による内外政治に対する微調整を求めるに過ぎないのか、はたまた、③21世紀の歴史的潮流(国際的相互依存の不可逆的進行、地球規模の諸問題の山積、人間の尊厳という価値の世界的確立)を踏まえたアメリカ内外政治の根本的転換を指向するものなのか、に関してはまったく不分明です。また、既成権力による内外政治に対する批判を強めてきた米国民の不満自体、極めて感情的・感性的次元に留まり、以上の3つの主張のいずれかにコミットしたものであるとは到底思えません。
明らかなことは、トランプ政権の内外政策が①または②の主張の次元に留まる限り、八方ふさがりのアメリカ内外政治の打開は困難であり、その結果、トランプ政権に対する米国民の支持は早晩失われることになるだろうということです。トランプ政権が21世紀という時代の歴史的潮流を認識し、それを踏まえた③の内外政策を展開するときにのみ、米国民の支持を盤石にすると同時に、国際関係にも新たな展望を提供することが可能になるはずです。
 中国の習近平及びロシアのプーチンはいち早くトランプに祝電を送り、米中関係及び米露関係について、上記③を踏まえた関係の構築を、次のように呼びかけました。

<習近平>
 最大の発展途上国及び最大の先進国、世界の2大経済国家として、中米両国は、世界の平和と安定を擁護し、グローバルな発展と繁栄を促進するために特別かつ重要な責任を担っており、広範囲にわたる共通の利益を有している。長期にわたる健康かつ安定した中米関係を発展させることは、両国人民の根本的利益に合致するとともに、国際社会の普遍的期待でもある。私は、中米関係を高度に重視しており、貴方と一緒に努力し、衝突せず対抗せず、相互に尊重し、協力共栄するという原則を堅持し、両国間、地域、グローバルの各レベル・領域での協力を発展させ、建設的方式で違いをコントロールし、中米関係を新しい起点においてさらに進展させ、両国人民及び各国人民に利益をもたらすことを推進することを期待している。
<プーチン>
 露米関係を現在の危機から抜け出させ、国際的分野の諸問題を解決し、グローバルな安全保障上の挑戦に対する有効な対策を求めるために一緒に働きたい。
 モスクワとワシントンは、平等、相互尊重及び互いの立場に対する真底からの考慮という原則に基づいた建設的な対話を樹立することができると確信している。以上のことは、両国人民及び全国祭共同体にとっての利益となるだろう。

習近平とプーチンがトランプに対して異口同音に呼びかけているのは、アメリカがゼロ・サムのパワー・ポリティックスをやめ、ウィン・ウィンの民主的な国際関係の構築に向かって中露と共同歩調を取ることです。それは正に21世紀の人類史的潮流を踏まえた国際関係のあり方をアメリカが正確に認識することを促しているのです。
 私は、トランプ政権が習近平及びプーチンのメッセージを正確に認識し、アメリカの内外政策の抜本的転換を行うかどうかについての最初の試金石は、彼がどのような人的構成の政権を作るかどうかにあると思います。選挙期間中のトランプは民主党のみならず共和党の既成権力をも「敵に回した」観がありますので、むしろ既成権力の外にいる斬新な思考を備えた人材を登用する可能性がないわけではありません。思いきったことを言えば、サンダースを国務長官または国防長官に招請するという人事を行うぐらいの器量があれば、その柔軟性に一定の期待が持てるでしょう。しかし、既成権力が黙ってトランプの動きを看過するとは到底考えられず(そのことはクリントンの敗北宣言にも示されています)、トランプの組閣工作に対して最大限の影響力と圧力を加えると思います。したがって、トランプ政権の発足プロセスを見ることによって、同政権の可能性を判断することができるということが、私の現時点でのポイントです。