ドウテルテ訪中と中比関係:中国の冷静な受け止め

2016.10.24.

フィリピンのドウテルテ大統領の訪中に対する中国側の関心の高さは、環球時報社説が10月18日(「中国はドウテルテが差し伸べたオリーブの枝をしっかりつかみ取るべし」)、19日(「ドウテルテ訪中がアメリカ・メディアの「恨み」を招く理由」)、20日(「中比の握手 南海の平和を説くアメリカは悲しむ理由があろうか」)、21日(「中比再び抱擁 外部世界は南海にお構いなく」)、24日(「ドウテルテは帰国後に「態度が変わった」か」)と立て続けに発表されたことから、その一端を窺うことができます。しかし、そこに一貫しているのは、日本の一部メディアがいうように、「中国外交の勝利」という上滑りのものではなく、ドウテルテの真意について他者感覚を駆使して冷静に認識し、中比関係を着実に回復軌道に乗せ、さらに発展させていこうという姿勢です。
 そういう中国側の冷静な受けとめ方をもっともよく表している文章が、上記24日付の環球時報社説と、その前日(23日)付の解放日報WSが紹介した呉正龍(元大使)署名文章「ドウテルテがアメリカにしきりに「放った」シグナル」です。両文章の要旨を紹介しておきます。

<呉正龍署名文章>

(前任者の一辺倒外交の修正)
 表面的に見ると、米比関係の緊張をもたらした原因は、アメリカ以下の西側諸国がフィリピンの麻薬除去に関する辣腕にあれこれ口出しし、それがドウテルテの不満と怒りを招いたことであった。しかし、深層原因は、ドウテルテが前任者のアキノの一辺倒外交政策をただそうとしたことにある。アキノはアメリカのアジア太平洋リバランス戦略の手先になることを甘んじて引き受けたが、そのことはフィリピンに対していかなる実利をももたらさなかった。ところがアメリカは、長期にわたってフィリピンに対して「アメとムチ」の政策を取り、フィリピンに対してアメリカの必要と利益に屈従することを強制してきた。米比同盟が両国にもたらした実益に関しては、両国間に大きな「温度差」があった。ドウテルテ政権が意図しているのは、アメリカに対する過度の依存から脱却し、適当に距離を保ち、独立外交政策を行うためのより大きなスペースを獲得することにある。
 しかし、ドウテルテがアメリカに対して「ノー」と言うことについて深読みしすぎることはよろしくない。これまでのところ、ドウテルテの対米「批判」はすさまじいとは言えるが、言葉は多いけれども具体的行動は少ないのであり、そのほとんどは中国向けに言っているのだ。例えば、先日発表した米比共同巡航、軍事演習の中止に関しては、実際上の意味よりも象徴的意味のほうが大きい。
 米比同盟はすでに数十年の歴史があり、両国は共通の歴史、価値観及び文化を分かち合っている。フィリピンの過去の宗主国及び最大の貿易パートナーとして、アメリカの影響はフィリピンの各領域及び社会の各方面に浸透しており、米比同盟を中止することは明らかにフィリピンの利益に合致しない。中国との間で新たな連盟を結成するというのは口にしているだけのことであり、中比関係調整のための世論上の雰囲気作りである。
 確かにドウテルテは、政権に就いてから中国に対して多くの善意を示している。例えば、南海問題について「軟着陸」を希望し、南海問題は両国関係の一部に過ぎないと述べ、両国関係改善を希望し、ASEAN以外の最初の訪問国として中国を選んだ、等々。中国もドウテルテの善意に対して積極的な反応で報いた。中比両国が共同声明の原則を堅持する限り、南海問題解決の見通しは明るく、期すべきものがある。
(自国の利益の最大実現)
 ドウテルテが中比関係を改善するのは、中国資本を招き入れてフィリピン経済を発展させるという考慮もあれば、地縁政治上の不利な状況を改善し、大国関係でバランスを図り、自国の利益を最大化するという意図もある。この点でも、ドウテルテはアキノの一辺倒を是正し、独立外交政策を実行しようとしていると言える。
 以上を要するに、ドウテルテの「放言」は、アメリカの当局者に対する発言が自制を欠くなど、時として方向が定まっていないミサイルであるが、その大部分は彼が追求する外交に関する「率直」な表明であり、虚と実があり、虚実が結合しており、その発するシグナルは、独立外交政策と大国間バランス外交の構築であり、「棄米親中」という意図があるわけではない。

<環球時報社説>

 ドウテルテの態度が帰国後変わったのではないかという心配は、一部の中国人が確かに抱いていることだ。しかし、彼が行ったクラリフィケーションは正に中国人が抱いている心配を打ち消すものであり、彼が「支離滅裂の人物」ではないことを証明している。
 ドウテルテが中国でどのような表現で過去の米比関係を批判したとしても、中国の外交のプロたちが、フィリピンとアメリカが「交流を断絶する」というような激しい転換をするとか、米比同盟関係を終了させるとか、在比米軍基地を閉鎖するとかの期待をするはずがない。
 ドウテルテが帰国後に述べた「今後はアメリカの対外政策に迎合しない」という発言は、フィリピンの新外交路線に関する再確認である。フィリピン外相も、「アメリカは相変わらず我々の「もっとも親しい友人」であるが、今後のフィリピンは、アメリカに依存し、従う心情を改め、他の国々とより親密な関係を構築していく」と述べた。これらの態度表明は、ドウテルテが南海の地縁政治にもたらした重要な変化をうち固めるものであり、マニラがアキノ外交を突然改めた後再び元に戻ったという兆候を示すものではない。アメリカ以下の西側メディアにおいても、ドウテルテが帰国後「急に対中態度を変化させた」というような分析やコメントはほとんどなく、米日は相変わらず中比関係改善に疑心暗鬼だ。
 畢竟するに、ドウテルテという人物は、物事を行うスタイルが通常の人とは違っており、彼は好んで鋭い、時として「誇張」的な言葉を用いることにより、より広汎な注目を集め、自らの路線調整を強化しようとする。しかし、これまでのスタイルが明確に示しているのは、彼は巧言令色、朝令暮改の政治屋ではなく、彼の政策・ロジックは一貫して明確であり、確固たるものがあるということだ。
 彼は麻薬取り締まりを公言しており、背水の陣を敷いているに等しく、完全に退路を断っている。フィリピンのインフラ建設を進め、民生を改善するという彼の政策の重点も、言えば直ちに変えられるというものではない。中国は、この2分野で彼を支持する。彼が北京との関係を改善するというのは一時的気分によるものではなく、彼は大国間におけるバランス外交を行おうとしており、北京をして南海における対立者から、フィリピンの貧困落伍状況を改造する上での強力な支援者・パートナーにしようとしているのであり、これは彼及びそのグループの政治的利益に合致するだけでなく、フィリピンの長期的国家的利益にも合致するものだ。
 アメリカの南海戦略はマニラの路線変更によって打撃を受け、中国はドウテルテの新対外政策の受益者となり、南海地域の趨勢としての変化が起こったというのは確かだ。しかし、中国としては、ドウテルテの個性的な執政に単純に頼るべきではなく、中比の共通の利益を不断に拡大し、南海情勢の全面的かつ徹底した変化を促進すべきであり、まだやるべき事はきわめて多いのだ。