中比関係の質的転換の本質的意義は何か

2016.10.23.

<ドウテルテ訪中から学ぶべきことは何か>
 フィリピンのドウテルテ大統領の訪中結果に関して、日本政府の反応は想定の範囲内ですが、国内メディアの報道を見ていると失笑を禁じえません。「日本と一緒になって中国と対決してきたフィリピン」という先入主が日本のメディアには「動かすべからざる当然の前提」としてあったために、「オレは抜けるよ」という態度を明確にしたドウテルテの敢然とした行動は衝撃であり、対応が追いつかないのです。
 22日付の朝日新聞社説は、「中比首脳会談 「法の支配」を忘れるな」と題して、国際仲裁裁定を「封印」したドウテルテに対して、「裁判所の判決は効力を失っていない。中国が一方的に権利を唱える南シナ海は重要航路であり、どの国にも航行の自由が認められるべきことに変わりはない」とし、「日本が基軸とすべきは、あくまで「法の支配」など自由主義の価値観である」と主張しています。この指摘・主張は、安倍政権の取っている立場を無条件に受け入れたものですが、ここには次の重要な事実認識上の誤りがあり、噴飯物としか言えません。  一つは、仲裁裁定の中身をまったく弁えていないということです。仲裁裁定は、南シナ海の島礁はすべて、国連海洋法条約(以下「条約」)に基づいて排他的経済水域、大陸棚の権利を主張できる「島」ではない「岩」以下であると断定しました。この独断は、米英日などの海洋国家が依拠する現行海洋秩序を根底から損なうものです。この裁定の「効力」を承認するとすれば、例えば、沖ノ鳥島は排他的経済水域を主張できるはずがありません。そのことを朝日の論説委員氏は認識しているのでしょうか。
 また、仲裁裁定は中国が主張する歴史的権利について、条約では認められていないと断定して退けました。しかし、条約は、「歴史的湾若しくは歴史的権原に関する紛争」について調停手続の適用から選択的に除外できる(第298条1)と明確に定めています。中国は、英仏露等30ヵ国と同じく、この規定に基づく排除宣言を行っているのです。仲裁裁定が歴史的権利の存在を否定し、中国がこの規定に基づく排除宣言を行ったことをも無視しているのは、暴論以外の何ものでもありません。朝日新聞論説委員氏は仲裁裁定の内容を本当に読んでいるのでしょうか。本当に歴史的権利の存在を否定するならば、例えば日本が竹島及び北方4島に対して主張している権利も自ら取り下げなければなりません。
 もう一つの決定的誤りは、社説は中国が航行の自由を認めていないという断定に立っていることです。これまた極めて初歩的な事実誤認です。中国はくり返し、南シナ海(中国は「南海」といいます)における航行の自由があることを明らかにしています。確かにいわゆる「九段線」に関する「歴史的権利」は主張していますが、「九段線」内部における航行の自由を認めるということは、「九段線」そのものが国境をなすものではないことを間接的に認めているのです。
 このように、日本のメディアの南シナ海問題に関する事実認識は日本政府の垂れ流す「事実」をそのまま鵜呑みにしたものであって、根底から間違っています。ましてや、仲裁裁定に法的効力があるとする安倍政権の強弁を鵜呑みにするというのは、「良識あるメディア」の風上にもおけないことです。
 私は、ドウテルテの乱暴な発言は確かに誤解を招くと思うし、麻薬関係の取り締まりにおける「辣腕」には到底ついていけません。しかし、ドウテルテが今回の訪中を決断する際の国際情勢認識(「戦争したらおしまい」)は、正に国際相互依存が不可逆的に進行する21世紀世界のもっとも基本的性格・特徴を彼がしっかり踏まえていることを示していると高く評価します。つまり、パワー・ポリティックスにしがみつくアメリカに盲従するのではもはやダメだ、という情勢認識なのです。
 この国際情勢認識こそ、日本の政府、メディアを含めた、そして安倍政権を批判する私たちをも含めた日本社会がもっとも欠落しているものです。それほど、私たちはアメリカ発の「歪められた事実」によって誘導され、判断・認識を誤らせてしまっているのです。私たちがドウテルテ訪中から学びとるべきもっとも重要なポイントは正にここにあります。このポイントを踏まえさえするならば、私たちはドウテルテ訪中から実に多くのことを学ぶことが可能になるのです。対米自主独立を宣明したドウテルテに対してアメリカが不満を述べることがせいぜいで、なすすべがないという事実は、対米追随に徹して安穏としている日本に対する最大のアラーミング・ベルです。

<中国はドウテルテ訪中の歴史的意味をしっかり認識している>
 中国の論調を見ていますと、決して今回のドウテルテ訪中の成果に浮かれているわけではないことが分かります。この点については、また改めて紹介するつもりです。ここでは、私が以上に述べたこととの関連で一つの文章を紹介しておきたいと思います。10月21日付の環球時報所掲の呉祖栄(中国国際問題研究基金会研究員)署名文章「アメリカのアジア覇権外交衰退の象徴」です。この文章は、アメリカのパワー・ポリティックスに対して、中国が共存共栄・協力共嬴の新型国際関係のあり方を提唱していることを対置し、ドウテルテは前者がもはや採るべき考え方ではないことを認識して後者の道を選択し、訪中を決断したのだという点を高く評価するものです。以下にその要旨を紹介しておきます。

 フィリピンのドウテルテ大統領は、10月18日から21日まで国賓として中国を訪問し、中比関係は健康的な発展軌道に戻った。成果は豊富であり、国際社会が非常に重視した南海領土紛争問題に関しては、双方はバイの対話及び協議を通じて解決することに同意した。中比関係の全面的発展は、アジア情勢が平和と安定を維持することに対してプラスの影響を生むだろう。アメリカがここ数年極力推進してきたアジア太平洋リバランス戦略と、フィリピンを利用して南海問題で事を起こし、アジアを攪乱し、中国を押さえ込もうとする狙いに対しては小さくない打撃だ。このような展開は、表面的にはフィリピン大統領の個人的行動がなせる技のように見え、極めて偶然のようだが、本質的には必然であった。すなわち、これは、中米両国の異なる世界観、異なる安全保障観、そして異なる国際関係観の争いの結果であり、同時にアメリカのアジア覇権外交衰退の一つの象徴でもあるのだ。
 第一に、アジアで軍事覇権を維持し、それによってアジアを支配しようとするアメリカの夢はすでに破れた。中国がアジア諸国とともに進める共同安全保障、共同発展、協力共嬴の努力という勢いは阻止することができない。アメリカの弱小な同盟国であるフィリピンの非凡な智恵は、歴史の一大潮流を見極めたことにある。すなわち、アジアが直面している安全保障上のチャレンジ及び経済開発問題を解決するためには、アメリカの軍事力及び軍事行動に頼っているのでは出口はなく、アジア各国が平等に対話、協議及び協力共嬴の道を進むことこそが最良であるということだ。中米が軍事的に衝突するならば、真っ先に被害を蒙るのは最前線にあるフィリピンであり、アメリカがフィリピンのために犠牲になることはあり得ない。現在一心不乱にアメリカに追随している日本、また、安全保障でアメリカに頼ろうとしている韓国、オーストラリア及びシンガポールは、何時になったら平和的発展を主題とする新しい時代の世界的潮流を認識するのだろうか。情勢は人より強し。これらの国々が世界の大勢を認識するのは時間的問題でしかない。
 第二に、他国の内政に干渉し、国連憲章の精神と原則に違反することは人心を得ることができず、最終的に自ら苦い目を味わうことは必然である。最近数年間、アメリカは自らの海洋覇権を維持するために、南海で面倒を引き起こし、中国に対して事を起こし、地域の平和と安定を破壊し、フィリピンと中国との間の友好関係を離間させることを最優先してきた。アメリカが乱暴に内政に干渉することに対する不満を表明するため、フィリピンはタイミングよく外交政策を調整し、適度にアメリカと距離を取り、他国の内政に干渉しない中国に歩み寄り、中米間でバランスを取ることを求めたのは当然である。
 第三に、強に頼って弱を陵辱し、大をもって小を欺瞞する覇権的行動は一時的にはまかり通るかもしれないが、長期的にはうまく行かないのであって、反抗に遭遇するのは必然である。フィリピンが国際社会の中で平等の地位を求め、独立自主外交政策を行おうとする願望は強烈である。中国は一貫して、国際関係において、国家の大小強弱にかかわらず一律に平等であるという原則を主張してきた。ドウテルテがフィリピンの平等な国際的地位を獲得するために中国に接近し、中比協力を切りひらいたことは、実に見識に優れた行動であった。
 道に合致すれば多くの助けを得、道を失えば助けは少ない。ドウテルテの中国訪問の成功は、中比関係の改善及び発展に新たなエネルギーを注入するとともに、アメリカが自らのアジア覇権外交政策を反省することにも新たな材料を提供した。