アメリカの対朝鮮政策における新たな動き

2016.10.10.

10月4日付のコラムでペリー元国防長官の対朝鮮政策に関する発言を紹介しました。ペリーの発言は9月26日に、韓国のハンギョレ新聞との電話インタビューで行われたものです。その直後の9月30日のワシントン・ポストWSは、アメリカの有力なシンク・タンクであるウィルソン・センターのハンマー所長及びパーソン所員連名の「アメリカは北朝鮮と交渉する必要がある」と題する文章を発表しました。さらに10月4日には、ワシントンでジョンズ・ホプキンス大学国際関係大学院(SAIS)と大統領直属の統一準備委員会が共同で開催した東北アジア地域問題討論会において、ガルーチ元米国務省北朝鮮核問題担当大使が、「本来通り機能できるなら交渉は戦争よりいい」とし、交渉が膠着状態である朝鮮問題を解決する最初の手段になるべきだと強調しました。また、朝鮮専門メディア「38ノース」も10月6日、「冥王星から平壌まで、そして再び」という題名の、中央情報局(CIA)や国務省などで長い間朝鮮や北東アジア問題を分析・研究してきた情報専門家として知られるジェームズ・チャーチ氏(仮名)を掲載し、「北朝鮮の4回目の核実験以降、国連安保理は非常に強力な制裁決議を通過させたが、制裁の効果がどこにあるのか」と指摘し、「冥王星を退出させたように、北朝鮮が消えてしまうまで息を殺して見守りたいだろうが、北朝鮮は冥王星ではない」と論じました。
 正直に種明かししますが、ウィルソン・センターのハンマー所長等の文章は10月4日付の韓国・中央日報WS(日本語版)、ガルーチ発言は同6日付のハンギョレWS(日本語版)、「38ノース」文章は同7日付のハンギョレWS(日本語版)が紹介しています。
 ペリー発言を見たときは、孤立した個人的な見解かと思ったのですが、以上に紹介したような流れを見ますと、もはやその意味合いははっきりしていると思います。すなわち、大統領選を睨みつつ、次期政権(恐らくクリントンの当選を見こんでいるのでしょう)の対朝鮮政策に対する提言だということです。オバマ政権の朝鮮政権の「崩壊」を促し、加速させることを目的とした「戦略的忍耐」戦略は失敗であるという基本認識に立ち、朝鮮の核開発を逆戻りさせようのない既成事実として事実上認め、金正恩政権との交渉により、同政権の要求を受け入れることとの交換として、その核放棄を実現する以外にない、というのが共通した提言・発言内容となっていると判断できます。以下にそれおいては、ハーマン所長等の文章については、ウィルソン・センターWSに掲載された原文を、ガルーチ発言及び「38ノース」文章についてはハンギョレWSの報道をそのまま紹介します。

<ハーマン所長等文章>

 数年にわたり、我々は単独及びマルチの制裁によって北朝鮮の非核化を迫ってきた。我々はまた、中国が独自のテコを使って金正恩の挑発をやめさせるように中国に要求してきた。しかし、そのいずれもが思いどおりにならなかった。安保理決議2270による新たな強硬な制裁を実施してから6ヶ月のいま、北朝鮮は相変わらず挑発的だ。制裁は北朝鮮に対してことのほか効果がない。北朝鮮は、こういう状況のもとで生き抜くことに極めて熟練している。
 制裁の硬化は中国の庇護によっても限られたものとなってきた。中国の指導者は、北朝鮮に対する中国の経済的テコが両刃の剣であることを認識している。なぜならば、制裁を継続すれば(北朝鮮の)国家及び社会の崩壊につながり、難民の洪水が中国の東北地方に押し寄せるからだ。北朝鮮の崩壊は、中国の国境沿いに、統一した、アメリカと同盟した朝鮮の出現をも導くが、それは中国にとって、緩衝国の役割を営む核武装した北朝鮮の存在よりも好ましくない結果となるだろう。
 さらにまた、北朝鮮に関するアメリカの分析においては、北京に対する平壌の従属性を長らく誇張してきた。ウィルソン・センターが入手した共産圏の文献によれば、北朝鮮は数十年にわたり、中国が朝鮮の主権を侵害し、尊重しないと考えてきたことを示している。中国が北朝鮮の政策に対して影響力を行使しろと期待することは正に、北朝鮮がもっとも憤慨することなのだ。中国の当局者は、西側の要求に従うことは北朝鮮をますます敵対的にさせるだけであるということを知っているのだ。
 そうこうしている間に、毎回の実験によって平壌の兵器計画は開発の進展を示し、北朝鮮は、アメリカの同盟国、地域にある米軍基地、さらには米本土そのものを攻撃できる壁を手に入れることにますます近づいている。
 しかるにアメリカは、自らの手にあるエースを過小評価してきた。そのエースとは、北朝鮮が1974年以来アメリカと交渉しようとしてきたことだ。アメリカだけが平壌の安全保障上の関心に全面的に向きあうことができるのだ。
 そのためには、アメリカは一定の弾力性を証明しなければならない。イラク戦争及びNATOのリビアへの干渉から北朝鮮の指導者が学んだのは、核デタランスを備えない国は安全ではないということだ。B1戦略爆撃機を38度線沿いに飛ばし、、北朝鮮の海域沿いに艦船を遊弋させるなどの軍事力の誇示は、平壌をしてますます反抗的にするだけだ。北朝鮮の関心を少しなりとも認識しないということは、たとえ我々はその関心が根拠のないものだと考えるとしても、事態の進展をより難しくする。
 朝鮮半島の非核化は長期的目標として、我々は、北朝鮮の核及びミサイルの実験凍結並びにIAEAによる査察再開という目的を明らかにして、アメリカが北朝鮮と交渉に入るというテコを使うことを提案する。現実問題として、この取引は、6者協議への復帰によってではなく、北朝鮮との直接交渉によってのみ実現できるだろう。
 凍結は始まりに過ぎない。凍結後には、次期政権は、完全で、検証可能な、そして不可逆的な解体に向けた話し合いのために大量の外交資本を投入しなければならない。そのためには、アメリカは、アメとムチの使用を含め、さらに柔軟に対応することが必要となるだろう。重要な進展が期待できるならば、合同軍事演習の中止を考慮し、北朝鮮が長らく望んできた不可侵条約を提案するべきだろう。短期的な凍結は、半島における緊張緩和の時間稼ぎにもなるだろう。正しく行えば、狂気から抜け出すことになる。

<ガルーチ発言>

「北朝鮮は高級ワインではない」…米国内で高まる「北朝鮮交渉論」
登録 : 2016.10.06 00:20 修正 : 2016.10.06 07:52 ハンギョレ
 米国内部で制裁一辺倒の現在の対北朝鮮政策から離れ、北朝鮮と交渉をすべきだという声が徐々に強くなっている。北朝鮮の5回目の核実験以降、このような流れがはっきりするなか、次期米政権の対北朝鮮政策に転換が起きるのかに関心が集まっている。
 ロバート・ガルーチ元米国務省北朝鮮核問題担当大使は4日(現地時間)、ワシントンで米ジョンズ・ホプキンス大学国際関係大学院(SAIS)と大統領直属の統一準備委員会が共同で開いた東北アジア地域問題討論会を通じて、「本来通り機能できるなら交渉は戦争よりいい」とし、交渉が膠着状態である北朝鮮問題を解決する最初の手段になるべきだと強調した。ガルーチ元大使は1994年の北朝鮮と米国間の「ジュネーブ合意」の米国側首席代表だった。
 ガルーチ元大使は「今現在の状態を維持することもできる。制裁一辺倒の、一種の封鎖を持続することもできる」とし、「しかし、北朝鮮を封鎖すればするほど状況がさらに悪化するのを見守ることになる」と警告した。彼は「北朝鮮の事例は高級ワインではない。時間がたつほどさらに良くなるものではない」とし、「月日がたつにつれ、我々は北朝鮮の核能力が質的にも量的に増加するのを目撃している」と強調した。
 ガルーチ元大使は「北朝鮮は核兵器を通じて米国の政権交代の試みに対する抑止力を保有できると考えている」とし、「政権の生存に対する確実な保障」をすれば、北朝鮮が核の野望を捨てる交渉に喜んで応じるだろうとの展望を示した。彼は「北朝鮮との交渉は難しいが、他に良い選択はない」とし、先制攻撃などは状況を悪化させるだろうと強調した。
 ただしガルーチ元大使は、交渉過程で北朝鮮に与える「にんじん」(相応の対価)に関し、韓米連合訓練のように韓米同盟の核心の部分については、韓国政府と必ず協議をしなければならないと明らかにした。
 訪米中である大統領直属の統一準備委員会のチョン・ジョンウク民間副委員長と、同行したキム・ジェチョン民間委員(西江大学国際大学院教授)も、この日ワシントン特派員らとの懇談会で「変わった」米国の雰囲気を伝えた。キム教授は「米専門家たちと会談し、北朝鮮と一定部分の条件が合えば対話をすべきだと考える人が韓国より多いという印象を受けた」とし、「北朝鮮がモラトリアム(核実験やミサイル発射の猶予)を宣言するなら、対話に立つべきだという専門家もいた」と紹介した。彼はさらに、「(このような見解の相違が維持されると)韓国は鶏を追う犬(一緒に力を使った相手に追いていかれる意味の比喩)になるという気がした。さまざまなシナリオを内部的に話し合ってみてはどうだろうかと思う」と助言した。
 これに先立ち、ウィリアム・ペリー元米国防長官、ウッドロー・ウィルソンセンターのジェーン・ハーマン所長やジェームス・パーソンコーディネーター、ジークフリート・ヘッカー米国核専門家、米軍備管理協会のダリル・キムボール所長などがインタビューや寄稿などを通じて、北朝鮮との交渉を促したという経緯がある。

<「38ノース」文章>

38ノース「北朝鮮は冥王星ではない」
登録 : 2016.10.07 02:23 修正 : 2016.10.07 07:1ハンギョレ
 米国の北朝鮮専門メディア「38ノース」が6日、「冥王星から平壌(ピョンヤン)まで、そして再び」という興味深い題名の寄稿文を掲載した。米国の中央情報局(CIA)や国務省などで長い間北朝鮮や北東アジア問題を分析・研究してきた情報専門家として知られるジェームズ・チャーチ氏(仮名)が書いた寄稿文である。チャーチ氏は「最近北朝鮮を冥王星のようにしたいと思う人たちがいるようだ」と書いた。どんな意味なのだろうか。
 2006年8月14日~25日、チェコのプラハで開かれた第26回国際天文連盟(IAU)総会で、太陽系の末っ子と呼ばれていた冥王星は「矮小惑星」に格下げされ、惑星としての地位を失った。同年10月6日、国連安全保障理事会は「北朝鮮の核実験の放棄を促す議長声明」を採択した。3日前に北朝鮮外務省が「科学研究部門が安全性が担保された核実験をする予定だ」と発表したことに対する警告だった。国際社会の警告にもかかわらず、北朝鮮は3日後の9日、朝鮮中央通信を通じて「地下核実験が成功的に行われた」と明らかにした。1回目の核実験だった。それから10年間、北朝鮮は4回の追加核実験を行った。1回目の核実験当時、0.7~2キキロトンにとどまった爆発力は、先月9日の5回目の核実験では20~30キロトンまで高まったというのが専門家たちの評価だ。
 チャーチ氏は「北朝鮮の力は核や化学兵器、長射程砲や移動式ミサイルなどから出るものではない」としたうえで、「怒らせたら人々が興味を持つという単純な事実が北朝鮮の最大の強み」だと指摘した。彼は「国際社会は長期間にわたり北朝鮮の『良い行動』についてはほとんど報賞してこなかった」とし、「一方、時期を見極めて『悪い行動』を取ると、大国が歯を食いしばって関心を持つという点を、北朝鮮は経験から学んだ」と付け加えた。
 彼は「北朝鮮が地球上で最も孤立した国なら、国際社会も北朝鮮から徹底的に孤立している」とし、「孤立は相互的なものであり、北朝鮮が国際社会を知っていることに比べて、国際社会は北朝鮮をよく知らない」と指摘した。彼は「北朝鮮の4回目の核実験以降、国連安保理は非常に強力な制裁決議を通過させたが、制裁の効果がどこにあるのか」と反問したうえで、「冥王星を退出させたように、北朝鮮が消えてしまうまで息を殺して見守りたいだろうが、北朝鮮は冥王星ではない」と皮肉った。