「朝鮮核問題」の本質とウィン・ウィンの出口戦略

2016.09.29.

*韓国で行われるシンポジウムで発表する予定の発言内容及びその要約です。

(要約)
 「朝鮮核問題」と理解しているのは米韓日だけで、米韓日も同意した2006年の9.19合意のテーマは、①朝鮮の核計画放棄と米国の韓国に対する核拡大デタランス放棄及び②これを通じた朝鮮半島の平和と安定の実現である。この出発点を踏まえるとき、朝鮮の主張・要求は基本的に合理的で無理はなく、逆に米韓の主張・要求に重大な問題があることが分かる。この点を明確にすることが発言の論点の一つだ。
 もう一つの発言の論点は、本件問題の解決を図るためには、絶対的圧倒的強者である猛獣(米韓)が絶対的弱者であるハリネズミ(朝鮮)に対して他者感覚(sense of otherness)を働かせ、また、現代国際関係の原則(対等平等、共存共栄、協力共嬴)を踏まえたアプローチを取ることが不可欠ということだ。
(はじめに)
 一般に「朝鮮核問題」として韓日米三国で理解されている問題は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」。大韓民国については以下「韓国」)の核武装計画のことであり、同計画を如何にして放棄させるかという問題として捉えられている。しかし、韓朝日中米露による6者協議で扱われるテーマは「朝鮮半島非核化問題」である。つまり、朝鮮のみならず韓国をも含めた朝鮮半島全体の非核化を如何にして実現するかという問題だ。そこでは、韓日米に対して「脅威」を構成するとされる朝鮮の核武装計画の放棄だけではなく、朝鮮に対する現実の脅威を構成する米国の韓国に対する核拡大デタランス(「核の傘」)の放棄も対象とされる。そして、そういう意味での朝鮮半島非核化を通じた半島の平和と安定の実現が6者協議の目的であることは韓日米を含めた6ヵ国の共通理解(9.19合意)であり、本稿が扱うのは正に朝鮮半島非核化問題(以下「本件問題」)である。
<本件問題の本質>
 本件問題の本質を理解するためには、まず、日本敗戦と第二次大戦終結直後に半島が南北に分断されてから、朝鮮と韓国が直面してきた歴史的経緯を踏まえることが不可欠である。
(朝鮮)
 朝鮮に関しては、建国以来一貫して米国の軍事圧力(1950年代後半以後は核拡大デタランスを含む)による脅威から如何に身を守り、国家の存立を確保するかが最大かつ死活の最重要課題である。朝鮮が早くから核エネルギーに関心を持ち、核開発計画に着手したのは、朝鮮からすれば自己防衛のための必然的要請だった。自力での核武装への誘因は、ソ連崩壊及び中国の改革開放政策に伴う国際的「後ろ盾」の消失、さらに1990年代前半に起こったいわゆる「第一次核危機」と、その危機を乗り越えて作られた米朝核枠組み合意の米国による不履行によって本格化した。
 その際に朝鮮は米国が付け入る口実を与えないための国際法上の布石を打ってきた。この事実は国際的に無視されているが、本件問題解決の出口戦略を考えるに当たって重要なポイントであるだけに、冒頭に確認し、改めて強調しておく必要がある。
すなわち朝鮮は、核兵器開発に関しては、いったん加入した核不拡散条約(NPT)からの脱退を行った上で核実験に踏み切った。国際条約(もちろんNPTを含む)は加盟国のみを拘束するというのは大原則だ。朝鮮は、NPTを脱退することにより、非核国に課せられるNPT上の義務から解除されたという立場だ。そして、この立場は合法かつ正当である。また、ミサイル開発に関しては、宇宙条約は宇宙の平和利用はすべての国々に認められる権利としている(第1条)。朝鮮は同条約に加入し、同条約上の権利の行使として、第2回目以後の人工衛星打ち上げを行ってきた。朝鮮からすれば、このような法的に瑕疵のない行動を、安保理決議が非難し、禁止し、あまつさえ制裁を課すことこそが不法不当の極みである。さらに、ミサイル発射実験を規制する国際法的枠組みはない。朝鮮からすれば、日本や韓国のミサイル発射実験については何もいわないで、朝鮮だけを非難、制裁の対象とするのは不当であると言うことになる。そして、以上の朝鮮の主張も無理はない。したがって、朝鮮の不満は、当然のこととして、米国主導の安保理における大国協調体制(安保理決議に同調してきた中露両国を含む)そのものにも向けられる。
 朝鮮の危機感を理解する上では、南北の経済力が1970年代を境に逆転し、その後一方的に差が広がって今日に至っていることをも考慮するべきだ。この要素が朝鮮指導部の危機感及び対米韓日警戒感を増幅してきたことは否定すべくもない。
 そして、ここが一番重要なことだが、韓米日三国は、以上の諸事実及び朝鮮指導部の危機感・警戒感を正確に認識し、対朝政策に反映させる他者感覚(注)が、金大中及び盧武鉉政権時代の韓国を別とすれば、ほぼ完全に欠落している。イソップの寓話を借りるならば、北風(米韓日)が旅人(朝鮮)のコート(核・ミサイル)を剥がせようとすればするほど、旅人はますます必死になってコートを抱え込むだけである。
(注) 「他者感覚」とは、日本の政治学者である丸山眞男によれば、「他者を他者として、その内側から見る目」ということ。他者の立場に立つだけでは十分ではなく、他者になりきって物事を見るように努力することを指す。
 もう一点、米韓(及び日本)に強い朝鮮「崩壊」論について指摘したいことがある。朝鮮「崩壊」論の前提は、強権支配の政権は「裸の王様」であり、国民の支持はあるはずがないという確信だ。しかし、軍国主義時代の日本の例に鑑みれば、この確信は根拠がない希望的観測に過ぎないことが分かる。旧東独の崩壊現象も、内部的不満の蓄積はあったにせよ、直接的にはソ連の急速な弱体化という外部要因によって引き起こされたものである。軍事的圧力をかけ続ければ、いずれ金正恩政権は内部的に崩壊するだろうとする米韓の認識はまったく根拠がない。
(韓国)
 韓国に関しては、釈迦に説法であることを承知の上で、他者感覚を働かせた私の理解を披露する。まず、韓国では朝鮮戦争に起因・由来する対朝不信感・警戒感が今日まで一貫していると、私は理解する。しかもそうした不信感・警戒感を拡大再生産させる行動を朝鮮は今日まで取り続けている、というのが韓国における支配的認識ではないか。したがって、韓国にとって韓米同盟は自国の安全保障確保のための唯一無比の選択であったし、今日もなおそのように位置づけられている、と私は理解する。
 しかし、韓国が「漢江の奇蹟」を成し遂げ、対朝圧倒的優位を実現した後、対朝政策・アプローチのあり方をめぐって韓国の対朝世論・アプローチは二つに分裂した。再びイソップの寓話を借りれば、「北風」(軍事・対決)か「太陽」(外交・対話)かである。金大中政権(1998年-2003年)及び盧武鉉政権(03年-08年)は積極的な「太陽」政策を進め、朝鮮(金正日政権)の積極的反応を引き出した。しかし、2001年に登場した米国・ブッシュ政権はいわゆる9.11事件を契機に全面的な対テロ戦争に乗りだし、朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と名指しした。内政でも躓いた盧武鉉政権に代わって登場した李明博政権(08年-13年)は、米国の対朝政策と協調して強硬な対朝「北風」政策を行った。
 朴槿恵政権は、当初対中重視を通じて柔軟な対朝アプローチを模索した。しかし、チョナン沈没事件及びヨンピョンド砲撃事件(10年)は同政権の対朝不信感・警戒感を増幅させ、昨年のいわゆる8月危機並びに本年に入ってからの朝鮮の2回にわたる核実験及び立て続けのミサイル発射に直面して、同政権は完全に「北風」政策へと舵を切った。その背景には、同盟国である米国のオバマ政権が「戦略的忍耐」と称し、朝鮮との対話を拒否し、その崩壊を速める政策を一貫して取ってきたことも大きく働いている、と私は理解する。
 以上に概観したとおり、韓国及び朝鮮の彼我に対する不信感及び警戒感は歴史的経緯によって裏付けられた極めて強固なものがあり、これに米国という外部要因が加わっているというのが本件問題の本質であり、それゆえに、本件問題の解決には巨大な障害が立ちはだかっている、と言わなければならない。
<本件問題の底流を構成する執拗低音>
 本件問題の本質を理解する上では、さらに「執拗低音」(basso ostinato。注)に属する問題を考えなければならない。
(注)「執拗低音」とは、「低音部に現れて執拗に繰り返される音型」のこと。丸山眞男は、日本における外来思想の受容に当たってくり返し現れる、外来思想を修正させる日本独特の考え方のパターンがあることを解明、その考え方のパターンを指して「執拗低音」と名付けた。本稿では、韓朝の国際情勢認識及び日中米(露)の対朝鮮政策・アプローチの根底を規定する要素を「執拗低音」と名付ける。
(韓国と朝鮮)
 同じ民族共同体に属する韓国と朝鮮には共通の民族的な執拗低音が働いている、と私は理解する(以下の指摘については韓国側出席者の忌憚のない批判を仰ぎたい)。
-国際観-
朝鮮民族は、長く中華秩序の朝貢システムのもとにあり、その後日本に植民地支配され、解放後は周辺大国間のパワー・ポリティックスに翻弄されて、今日においてもなお、主権国家の対等平等・内政不干渉という、現代国際関係の基本原則を我がものにするに至っていない。当然のことながら、南北関係を二つの独立主権国家の間の関係として位置づける視点は韓朝ともに欠落している。
-ナショナリズム-
朝鮮民族は、19世紀以後の世界的な思想的潮流である民族解放・民族自決原則に積極的に反応し、特に日本の植民地支配に対する抵抗を通して強烈なナショナリズムひいては民族的独立心・意識を育んだ。今日においても、朝鮮半島は周辺大国によって取り囲まれている状況には変わりはなく、それゆえに朝鮮民族のナショナリズムは極めて強烈なものがあるし、大国の支配・干渉に対しては極めて敏感に反応する。
 この点に関して付言しておく必要があるのは、米韓日に根強い、「中国の朝鮮に対する影響力」という問題である。確かに中国は他の国々と比べれば、朝鮮に対する影響力は強いだろう。しかし、朝鮮の強烈なナショナリズムは中国の干渉を受けつけない。中国もその点を知悉している。中国の朝鮮に対する影響力を過大に評価することは、事実として間違いであり、また、本件問題の解決を考える際に、この点を過大に強調することは失当である。
-普遍的モノサシと「個」-
朝鮮民族は、中国の思想(主に儒教)に脈々と流れる普遍的要素(「天」「理」)を我がものとし、これをモノサシとして物事を客観的に判断する認識姿勢を涵養するとともに、人間存在を客体視する「個」の意識及び他者感覚を育んだ。ただし、国際関係においては、パワー・ポリティックス的アプローチが圧倒的に支配的であるために、他者感覚を国際関係にまで及ぼして他国を内側から理解する目は育っていないのではないか。
-歴史感覚・意識-
歴史を重視する中国思想に接してきたこともあり、また、自らの長い歴史を有する民族として、歴史を重視する歴史感覚・意識は豊富である。ただし、南北関係に関しては、歴史的経緯に基づく彼我に対する感情の働きが圧倒的であり、冷静な歴史感覚を働かせることができないのではないか。
-本件問題と執拗低音-
以上の執拗低音は、今日における韓国及び朝鮮の対外的行動(南北関係を含む)に次のような特徴を持たせることに貢献している。
①韓国及び朝鮮の互いに対するライバル心を助長し、主導権争いを引き起こす。本件問題に即して言えば、南北の対等平等、共存共栄、協力共嬴を図るという意識は希薄であり、統一のあり方をめぐる主導権争い、相手を実力で押さえ込むという発想が支配しやすい。
②朝鮮及び韓国の対大国関係においては、自らの利益に利するか否かを判断基準とする(自らの利益に即する限りにおいて大国の支配を受け入れるし、そうでない場合は強く反発する)。本件問題に即して言えば、韓国の対米関係は利害打算の産物であるし、朝鮮の対中露関係も同じく利害打算の考慮によって営まれている。この点では、米国に対しては理屈抜きで一方的にのめり込み、中国に対しては感情的に反発する日本とは対照的である。
③現代の国際関係諸原則が前提とし、要請する対等平等、共存共栄、協力共嬴という原則に対しては違和感があり、むしろ伝統的なゼロ・サム的なパワー・ポリティックスの考え方に共鳴しやすい。本件問題がゼロ・サム的発想に支配されているのは、6ヵ国の中で、米韓日のみならず朝鮮も同じ発想で行動するからである。後述するように、中国(及びロシア)は、米国との対抗上の必要もあって、21世紀にふさわしい、対等平等、共存共栄、協力共嬴の新型国際関係を標榜し、本件問題の解決にもその立場で臨んでいるが、多数派になり得ていない。
(日本)
 日本については、丸山眞男による先行研究が以下の諸点を明らかにしている。
-国際観-
古代日本は中華秩序の朝貢システムに属したこともあるが、それは短期的であり、日本の支配者は早くから、日本を頂点とする「小中華世界」を構想し、中国は別格として、朝鮮半島の国々を含む周辺諸国を「目下」の存在と位置づける発想が強い。明治維新後の「国際化」においても、早くから「脱亜入欧」、帝国主義の覇権システムへの積極的参加を追求し、朝鮮次いで弱体化した中国さらには東南アジアを支配下に置く政策を追求するようになった。第二次大戦敗北後は、米国の対日政策の転換に乗じて、米国の覇権システムに寄り添い、付き従うことにより、朝鮮半島をはじめとする近隣アジア諸国を「見下す」伝統的姿勢を改めようとしなかった。こうして、日本は今日に至るまで、上下関係として国際関係を把握する天動説的な国際観を脱しておらず、主権国家の対等平等、共存共栄、協力共嬴という国際関係の基本原則を我がものにしていない。ゼロ・サムのパワー・ポリティックスの発想が顕著であり、ますます米国に寄り添うことになる。
-ナショナリズム-
明治維新自体は、帝国列強による中国侵略に戦慄した、下級武士を主体とする日本的ナショナリズムの激発で可能となった。しかし、維新後に下級武士が支配階級となって在野の自由民権運動を押さえ込んだ結果、朝鮮を含む他のアジア諸国で主流となった、人民大衆を基盤とする民族解放・自決思想を根幹とする健全なナショナリズムは日本では夭折し、天皇制を中心とする反動的ナショナリズムが支配した。第二次大戦敗戦後も、米国の対日政策の転換によって復活を果たした反動勢力は、自らが奉じる復古的ナショナリズムの影響力を時とともに強めてきた(その現時点の頂点が安倍首相以下の「終戦詔書史観」)。
-普遍的モノサシと「個」-
日本も中国の思想(主に儒教)を受け入れたが、その受容は執拗低音の働きによって優れて日本的であった。すなわち、中国の思想(主に儒教)に脈々と流れる普遍的要素(「天」「理」)は、普遍を欠く日本の思想的土壌には根を下ろさなかった。そのため、普遍的要素(「天」「理」)をモノサシとして人間存在を客体視する「個」の意識を育むことが阻まれ、上下意識が貫流し、「ウチ」「ソト」意識に基づき集団的に「群れる」国民性が今日に至るまで顕著である。「個」の感覚が欠落しているため、他者の「個」を尊重する他者感覚は今日もなお欠落しており、国際関係に臨む姿勢もあくまで自己中心である。
-歴史感覚・意識-
日本人の歴史(時間)意識は独特であって、「いま」がすべてであり、「過去」を重視し、「未来」によって審判されるという歴史感覚・意識は欠落している。この特異性こそが日韓及び日中間の様々な歴史問題を引き起こす根本的な原因である。
-本件問題と執拗低音-
 以上の執拗低音は、日本の歴代保守政府の本件問題に対する対応姿勢に次のような特徴を持たせている。すなわち、朝鮮が抱いている危機感・警戒感を正しく認識する他者感覚はゼロだ。自らの植民地支配を深刻に反省する歴史感覚もまたゼロだ。さらにまた、「個」がないから自らの判断で動くことはなく、兄貴分である米国というプリズムを通して本件問題を見ることに慣れきっている。
しかも、パワー・ポリティックスのドライな考慮に基づいて本件問題を処理する米国(後述)と比べて、朝鮮蔑視という感情的要素が加わるから、いわゆる「拉致問題」への執着、9.19合意で課された対朝石油提供義務の不履行に見られるように、陰湿性が顕著である。したがって、本件問題をウィン・ウィンの方向で積極的に解決するために尽力するという発想は片鱗もない。さすがに公言はできないが、ホンネは、朝鮮を崩壊させようとする米韓のアプローチに賛成であるし、むしろ分断された朝鮮半島の現状が未来永劫に続くことが望ましいと考えている。結論としては、日本が保守勢力によって支配される限り、日本という存在は本件問題の解決に対してマイナス要素であり続けることは間違いない。
(中国)
 私は中国問題の専門家の端くれとして、日本はもちろん、韓国及び米国で圧倒的に支配的な中国観は本質的に間違っていると考えている。本件問題にかかわる中国の執拗低音の特徴は以下のとおりである。
-国際観-
 「中国は中華思想に染まっているから、経済的台頭を背景にして、中国はますます大国主義的、覇権主義的になっている」というのが米日韓三国に支配的な、中国観の最大公約数的な見方だ。しかし、中国は、19世紀の欧米列強による半植民地支配により、国際関係の最底辺に突き落とされた民族的な経験を持っている。そのことは、国際関係を最底辺から見つめる民族的視点を中国人の中に育み、国家関係は、大小、強弱にかかわらず、対等平等であるべきだとする現代国際関係の大原則を受け入れる国際観が根付いた。大国外交を積極的に展開する習近平政権が、共存共栄、協力共嬴の新型国際関係を唱道するのは、その端的な表れであり、それは決して宣伝目的ではない。この点が、韓朝、日本、米国(後述)の国際観と中国のそれとの決定的な違いである。そして、世界全体の中では、中国の国際観こそが王道であり、米韓日のそれはいまや時代錯誤の、淘汰されるべき運命にある。
-ナショナリズム-
 19世紀以後の世界的な思想的潮流である民族解放・民族自決原則には積極的に反応し、日本の植民地支配に対する抵抗を通して強烈なナショナリズム、ひいては民族的独立心・意識を育んだ、という点で、中国のナショナリズムと韓朝のナショナリズムは本質的に共通している。 両者の最大の違いは、朝鮮半島では南北の対立に韓朝双方のナショナリズムのエネルギーがほとんど消費されているのに対して、中国の場合は、台湾問題は残っているものの、民族統一を早々と完成することにより、そのナショナリズムのエネルギーの多くを対外関係に向けることが可能となっていることだ。しかし、重要な事実は、中国は主権擁護という原則では絶対に譲らないが、具体的な問題の解決には常に柔軟さを失わないということだ(例:東シナ海及び南シナ海の領土問題)。
-普遍的モノサシと「個」-
 中国民族は、中国の思想(主に儒教)に脈々と流れる普遍的要素(「天」「理」)を我がものとし、これをモノサシとして問題を認識し、また、人間存在を客体視する「個」の意識を育んだ。ただし、欧米における「個」の強烈な自我意識(後述)と比較するならば、中国における「個」は全体(集合概念としての人民)の利益との調和を図ることを重視するという点に大きな特徴がある。
 したがって、中国民族は、欧米とは異なるプロセスの中で他者感覚を我がものにした。つまり、欧米では「個」対「個」の対峙が他者感覚を導くのに対して、中国では「個」が全体を意識する中で他者感覚を我がものにした。ちなみに中国では、他者感覚を「換位思考」という。国際関係においても、先述したように、国際社会で最底辺に突き落とされた体験を持つ中国の他者感覚は非常に豊かである。
-歴史感覚・意識-
 中国人は「歴史の民」と言われているとおり、その歴史感覚・意識の豊富さについては贅言を要しないだろう。国際問題に対するときにも、問題の現象を見るだけではなく、その歴史的背景をも踏まえようとする姿勢は徹底している。
-本件問題と執拗低音-
 以上の執拗低温は、中国の本件問題に対する取り組む姿勢を極めて明快かつ生産的なものにしている。すなわち、健全な国際観及び他者感覚を我がものにしているため、また、本件問題の本質に対する認識を含めた歴史認識・意識も正確であるため、本件問題の解決に対する中国の取り組みには裏表がない。すなわち、世界No.2の経済大国となったとはいえ、中国は今なお途上国であり、経済発展を長期的最重要課題と設定する中国の戦略的方針は揺るぎないものであり、この課題を実現するためには長期にわたる安定した国際環境が不可欠とする中国の原則的立場もまた掛け値なしものだ。本件問題に即して言えば、朝鮮半島の平和的統一を支持し、それに至るまでの過程では南北が平和的に共存することを真底から望み、また、その実現に最大限の貢献と協力を惜しまないとする基本的立場はホンモノである。
(米国)
 私は米国問題に関する専門家ではないが、本件問題にかかわる米国の執拗低音を次のように把握している(米国からの参加者の忌憚のない批判を得られれば幸いだ)。
-国際観-
 米国は、欧州のアンシャン・レジームと決別した新生国家、すなわち「丘の上の町(a Citty upon a Hill)」(John Winthrop)としての自負心と、「自らの経験が米国だけではなく人類全体のモデルであるという根深い信条」が強烈であり、したがって、「デモクラシーの時代が到来するまえに形成された、諸国家から成る国際社会(International Society)という観念は、本質的に米国の体験になじまない」(James Mayall)。小国だった建国初期はともかくとして、世界No.1の経済力と軍事力を背景として、米国は自らを中心とする、価値観を共有する国々から成る国際共同体(international Community)の形成に邁進しようとする。そのため、米国に従わないものは従わせようとし、それに応じないものは敵(adversary)と見なし、さらには脅威(threat)として排除・攻撃の対象とする。
-ナショナリズム-
 米国は、19世紀に形成され、主要な潮流となった民族解放・自決の思想とは無縁であるが、「自らの経験が米国だけではなく人類全体のモデルであるという根深い信条」を核とするナショナリズムは広く国民的に共有されている。朝鮮、中国のナショナリズムが民族解放という政治目標の実現に基礎を置くナショナリズムであるのに対して、米国のそれはイデオロギーの共有に基礎を置くナショナリズムと言えるだろう。
-普遍的モノサシと「個」-
 「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、及び幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」、「いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立する権利を有する」と独立宣言が明定したとおり、米国人にとって「生命、自由及び幸福追求の権利」は創造主(神)によって付与された普遍的価値であり、人間関係及び国際関係を含むすべてを判断するモノサシである。
 また、創造主(神)という絶対的存在の前に立たされる孤立した存在として自らを認識する「個」の強烈な自我意識は、ルネッサンス、宗教改革、啓蒙思想の中で確立した。しかし、アメリカの場合、国内では人権・デモクラシーが高唱され、したがって他者感覚は働くが、国際関係においては上記のパワー・ポリティックスの国際観が圧倒的に支配するため、他者感覚がほとんど機能しないという重大な問題が存在する。
-歴史感覚・意識-
 米国は、建国してからわずか240年の歴史しか持たず、したがって、特に国際関係に関する歴史感覚・意識は極めて未成熟だ。この事実は、非常に長い歴史を有する東アジアに対する米国の政策に対して、時として極めてマイナス要因として働く。
-本件問題と執拗低音-
 アメリカにとって朝鮮は常に、自らの価値観を共有しない敵と見なされてきた。米ソ対立時代にはソ連の衛星国(その見方は朝鮮民族のナショナリズムを過小評価していた)として、米ソ冷戦終了後は、あくまで米国の支配を受け入れようとしない頑迷な独裁国家として。特に2001年に登場したブッシュ政権は、対テロ戦争を強行する中で、朝鮮に対して、イラク、イランとともに、「ならず者国家」というレッテルを貼り、軍事的に排除するべき対象とする政策を公然と明らかにした。ブッシュ政権を批判して登場したオバマ政権も、朝鮮に対しては「戦略的忍耐」と称する、朝鮮の崩壊を導く政策を取った。
 したがって、本件問題に対する米国のアプローチは極めて対決的、非生産的であることを免れない。要するに、朝鮮が非核化に応じることを先決・前提条件として要求し、朝鮮がその条件を充たす場合にはじめて、6者協議再開を含む朝鮮との話し合い・交渉に応じるというものだ。
<本件問題の出口戦略>
 本件問題の本質と韓朝、日本、中国及び米国(ロシアについては、紙幅の関係で省略する)の本件問題とかかわる執拗低音を整理した上で、本件問題の出口戦略を考える。
(朝鮮の主張・要求の「合理性」)
 最初にはっきりさせておきたいことがある。すなわち、朝鮮の本件問題に関する基本的立場は考慮するに値しない、全面否定するしかない非生産的、非合理的なものであるかどうかという問題である。もしそうであるならば、私としても米韓日のアプローチを肯定するほかない。しかし、1990年代のいわゆる第一次朝鮮核危機以来の朝鮮外交をつぶさに観察してきたものとして、私はこのような見方には根本的な疑義がある。
私の20数年間の朝鮮観察の経験を踏まえて言うならば、朝鮮外交は有言実行という言葉に要約できる。つまり、約束したことは実行する、しかし実行できない・実行する意思がないことは約束しない、ということだ。そして、相手が約束を破った場合には精一杯の報復措置を取る。有言実行及び(相手が約束に違えた場合の)報復措置は、他に有効な外交カードをもたない朝鮮としての唯一のカードでもある。詳述する余裕はないが、本件問題の進展・解決を妨げてきたのは朝鮮ではない。米朝枠組み合意の破棄、9.19合意の破綻、そして国際法の無視のいずれにおいても米国に主要な責任があり、朝鮮は両合意に基づく義務の履行を常にいち早く履行し、また、国際法規範に忠実であることにより、ボールを相手側コートに打ち返してきた。本件問題が今日の危機的状況にまで至った主要な責任は米韓にあり、朝鮮にはないとする朝鮮の主張には無理やこじつけはない。
 朝鮮が本件問題の解決のために主張し、要求しているポイントは次のように要約できる。
 第一、本件問題の解決の根本は、朝鮮の非核化と米国の対朝鮮敵視政策の放棄(その具体的内容として米国の核拡大デタランスの放棄及び休戦協定を平和協定に置き換えることが提起される)の同時的実現であることを確認し、それに違える主張・要求を持ち出さないこと。これは、9,19合意の原則・精神そのものであり、朝鮮の要求は何ら過大ではない。
 第二、本件問題の解決のための第一ステップ・緊急実現課題は、いつ何時偶発的な原因によって核戦争が起こっても不思議ではない現状を制御するため、朝鮮にとって脅威以外の何ものでもない米韓が合同軍事演習を中止すること。それに対する見合いとして朝鮮は、核ミサイル開発計画を「一時的に」中断する用意があるとする。米韓は朝鮮の核ミサイル開発計画の中断が先決としているが、中国及びロシアも朝鮮の主張を理解(及び支持)している。私も、朝鮮の主張・要求は過大ではないと考える。
 第三、以上の2点が満たされた上で、本件問題の解決を導く休戦協定の米朝平和協定への転換と朝鮮の核ミサイル計画の「最終的解決」に関する交渉を行うこと。朝鮮にとって最善なのは米朝直接交渉だが、以上の2点が確保されれば、6者協議を再起動させ、9.19合意の枠組みの中で休戦協定の米朝平和協定への転換と朝鮮の核ミサイル計画の「最終的解決」に関する交渉を行う含みを持たせている(ただし朝鮮は公には、6者協議は成果を挙げなかったという認識を明らかにしている)。この主張にも無理がない。
 第四、朝鮮の核ミサイル開発に対する国連安保理決議に基づく非難、禁止及び制裁は、国際法上の根拠、正当性はなく、無効かつ不当であり、米韓日が安保理を利用した行動を取らないこと。冒頭に述べたとおり、朝鮮のこの主張は国際法上至極まっとうである。
そもそも、朝鮮に対する最初の安保理決議(2006年)は、米国の対テロ戦争に全面的に協力していた中露両国が対米協力の一環として採択に同調したことによって可能となった。中国及びロシアは、国連決議は国際法を構成するという立場だが、これは根本的に間違っている。決議の拘束力は、国連憲章第25条に基づく加盟国の「受諾し且つ履行することに同意する」ことに根拠を置くものであり、決議が直ちに国際法を構成することはあり得ない。また、「条約は当事国のみを拘束する」という国際法上の大原則及び宇宙条約というもっとも基本的な条約上の権利を安保理決議が奪いあげることが許されるならば、安保理(及び5大国)はいかなることもできることになってしまう。そのようなことが許されて良いはずはない。中露両国は、自らのこれまでの行動を猛省し、米国主導の安保理決議の採択にこれ以上加担してはならない。そのことが朝鮮の安保理ひいては大国協調体制に対する根本的不信感を除去することにつながり、ひいては本件問題の解決の条件作りに資することになるだろう。
(出口戦略の主要ポイント)
 以下においては、取るべき優先順位にしたがって、出口戦略の主要ポイントを指摘する。
第一、現在の朝鮮半島の危機的状況に関する認識を関係諸国すべてが共有すること。具体的には、2015年の8月危機の教訓を6ヵ国が共有することだ。その教訓とは、①偶発的事件(8月危機では38度線近くで地雷が爆発して2人の韓国兵士が負傷した事件)がたちまち全面戦争への引き金になること、②韓国の積極デタランス戦略(後述)では、前線部隊の判断で応戦して良いことにしており、しかも前線部隊に先制自衛を認めており、8月危機では正に前線部隊の判断と行動を自動承認した韓国政府の対朝鮮強硬姿勢が全面戦争勃発の瀬戸際まで事態を悪化させたこと。これは、盧溝橋事件を引き金として起こった日中戦争を想起させる事態だ。しかも、日中戦争の時は、前線部隊が暴走して引き起こされた(中央政府は後追いすることを強いられた)のに対して、韓国の積極デタランスは、前線部隊が「暴走する」ことをあらかじめ承認している点で、偶発的全面戦争を引き起こす危険性が極めて高い。
この点では、朝鮮半島の現実は猛獣(米韓日)に対して全身の針を逆立てて身構えているハリネズミ(朝鮮)という構図であることについて、圧倒的強者である米韓日が朝鮮に対する他者感覚を働かせることが不可欠である。ここでも「太陽と北風」のイソップ寓話が想起されなければならない。
 また米韓両国は、朝鮮を崩壊させることを目標とする戦略は無意味であるだけではなく、核戦争という途方もない代価(朝鮮は全滅するが、韓国及び日本、そして在韓在日米軍も壊滅的打撃を受ける)を強いられるだけであり、そのような事態は直ちに世界経済に対する甚大なショックを引き起こし、全世界の平和と安定の破滅に直結するということを深刻に理解、認識しなければならない。
 第二、朝鮮が「先制打撃」を持ち出しているのは、米国が先制核攻撃のオプションを含む「お仕着せデタランス」(tailored deterrence)戦略(2006年)を朝鮮に適用していること、また、韓国も朝鮮に対して先制自衛の「積極デタランス」戦略(2010年)を採用したこと、そしてその上で「韓米共同局地挑発作戦計画」(2013年)を発表したことに対する精一杯の対抗策であることを踏まえ、米韓は先制核攻撃及び先制自衛を含む以上の戦略及び作戦計画を撤回し、また、朝鮮は「先制打撃」を撤回すること。
もっとも危険なことは、相互不信、相互猜疑が渦まいている朝鮮半島では、8月危機が物語るように、ほんのちょっとした偶発事件を「相手側の軍事行動」と誤認することによって、双方が「先制自衛」としての先制攻撃を行う衝動に駆られる可能性が極めて高いことだ。この危険性を回避するためには、米韓及び朝鮮の双方が以上の行動を取ることが不可欠である。
 第三、以上の2点をクリアした基礎の上で、中国が提起(ロシアも賛成)している「半島の非核化と停戦メカニズムを平和メカニズムに転換することとのダブル・トラックで進めるという考え方」に基づいて、6者協議を再起動させること。
 この点では、イランの核問題を関係諸国の粘り強い交渉で話し合いによる解決に導いた国際的経験を、米韓は大いに学びとるべきである。また、朝鮮に関しては、6者協議は失敗したという立場を取っているが、上記2点が確保された上では、本件問題の解決の方式について、米朝直接交渉のみを主張することは取り下げなければならない。
 なお、交渉に対する米韓日と朝鮮との立場の最大の違いは、朝鮮の核ミサイル計画中止を交渉開始の先決条件とする米韓日と、一切の先決条件なしの交渉を要求する朝鮮との対立にある。しかし、これまでの経験を踏まえれば、双方が自分に都合の良いように解釈できる「玉虫色」的な工夫を編み出すことはそれほど難しい問題ではない。また、6者協議が起動した後の本件問題解決に至るプロセス、結果を予想し、推断することは本稿の目的ではないので、これ以上深入りしない。  第四、イランの核合意(JCPOA)の現実が示すように、本件問題解決においても、最大の問題は、米国が国際約束・合意に基づく義務を履行しないことにあること。米国は、自らに都合のいい国際合意(条約を含む)については、相手側に対して声高に履行を迫り、その違反を強く批判するが、自分に都合の悪い国際合意については平然と履行せず、破ることがしばしばである。これは、すでに指摘したように、米国には国際社会という概念には馴染みがなく、したがって国際社会を辛うじて社会であらしめている国際合意(国際法)に対しても、パワー・ポリティックスにおけるコマとしか見なさないという重大かつ本質的な問題に起因している。本件問題に関しても本質的に問われているのはこのことである。
 米国は、一極支配という20世紀までの「現実」を21世紀においても維持するという幻想にしがみつくことをやめなければならない。米国の実力及び多極化が進む国際社会の現実、さらに言えば相互依存が不可逆的に進行する国際社会においては、もはやパワー・ポリティックスは通用せず、対等平等、共存共栄、協力共嬴に基づく国際関係のみが世界の平和と安定を保障するという現実を受け入れなければならない。
 韓国及び日本も、パワー・ポリティックスにしがみつくことをやめ、米国と一緒になることによって、朝鮮の一方的譲歩を強いる形で本件問題を解決するという幻想を放棄しなければならない。韓国及び日本にもっとも求められるのは、国家関係は対等平等、共存共栄、協力共嬴の原則の上でのみ成り立つという国際的規範を受け入れることである。
 米国及び韓日が以上の原則に基づく対朝アプローチに徹することを朝鮮が得心した場合においてのみ、朝鮮もまた国際関係の諸原則に基づいて行動することを学ぶことが可能となるだろう。
 最後に、本稿を作成中に9月24日付のハンギョレWSで見た、ソン・ミンスン元外交通商部長官の「制裁は怠け者の外交手段である」とする発言を紹介しておきたい。韓国の中にも、私が強調する他者感覚を備えた良識論が存在することを確認し得たのは、私としてもっとも喜びとするところである。
韓国の元外交通商部長官「制裁は怠け者の外交手段」
登録 : 2016.09.24 00:04 修正 : 2016.09.24 07:10 ハンギョレ
 「制裁は怠け者の外交手段である」
 北東アジアの脱冷戦の青写真と呼ばれた、2005年の6カ国協議における9・19共同声明の立役者であるソン・ミンスン北韓大学院大学総長(元外交通商部長官)が、「北朝鮮の5回目の核実験と韓国の対応方向」(20日、慶南大極東問題研究所「懸案診断」)で、このように強調した。この文は、朴槿恵(パククネ)大統領が22日の首席秘書官会議で「対北朝鮮制裁・圧迫総力戦」を強調したことにより、改めて注目を集めている。ソン元長官はこの文で、朴槿恵政権と保守勢力が一斉に主張している強硬論を厳しく批判し、代案的経路を提示した。
 第一に、「対話のために支援した資金が北朝鮮の核開発資金になっているのであって、北朝鮮が5回に及ぶ核実験を行ったのは対話をしなかったからではない」という朴大統領の発言について、ソン元長官は以下のように分析する。「北朝鮮の核実験は交渉が座礁した際に起きたものだ。2006年10月の1回目の実験は、バンコ・デルタ・アジア(BDA)問題で6カ国協議が1年以上中断された状態で行われた。また、2009年5月の2回目の実験は、北朝鮮が申告した核施設と放射性物質に対する検証議定書問題で2008年末に6カ国協議が再び中断された後に起き、2013年2月の3回目の実験は、米朝2・29合意が軍事ミサイルと衛星打ち上げロケットの定義問題で破棄された状況で起きた。2016年に2回にわたり実験した期間には、交渉が断絶されていた」。元長官は23日「五輪のように、安保にも隠しきれない記録がある」として、「自らの責任には目をつぶり、金大中(キムデジュン)・盧武鉉(ノムヒョン)政権に責任を転嫁しようとする朴大統領の行動は見るに忍びない」と指摘した。
 第二に、「国連安全保障理事会がさらに強力な制裁を導きだせるように最善を尽くし、独自的処置を取ると共に、在韓米軍へのTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備も進める」という朴大統領の約束について、ソン元長官は「国連の対北朝鮮制裁は、米国と中国の妥協に基づいており、いつも(北朝鮮が)息をつける空間を残している」として、「制裁万能論」の限界を指摘した。彼は、朴大統領などの言う「北朝鮮体制の崩壊=核問題の解決」の仮説が、「挫折から出てきた希望的思考」だと一蹴した。THAAD問題も「首都圏を北朝鮮の攻撃にさらし、(戦争勃発から)数週間後にようやく釜山(プサン)に入ってくる米軍を保護するためにTHAADが必要だという論理は話にならない」としたうえで、「THAADが配備されれば、中国は国内世論と軍部の反発を抑えるためにも、韓国との友好関係を維持するのが難しくなるだろう」と指摘した。セヌリ党などの核武装論は「米国は、いかなる場合でも、韓国、日本、台湾へと続く核ドミノの可能性を容認できないだろう」として、米国に戦術核兵器の再配備を求めるのは、「『拡大抑止』を原則とする米国の世界核戦略の修正を意味することで、米国の選択肢にはなり得ない」と論駁した。在来型軍備の強化論については、「作戦統制権の移譲が優先されるべきだ」と指摘した。
 第三に、「北朝鮮はもはや核の放棄に向けた対話の場には出てこないだろう」という朴大統領の予言について、まずソン元長官は「韓国が朝鮮半島で主導的な役割を果たし、破滅的な事態を防ぐためには、(たとえ)悍ましいことでも(あえて)選択しなければならない」として、「誰よりも韓国が冷徹になる必要がある」と呼びかけた。さらに、「疾走する北朝鮮の核汽車を(元の位置に)戻すためには、まず停止させなければならない」と前提してから、「まず、北朝鮮の核とミサイル実験を中止させる課題を、中国に担ってもらうべきだ。そのためには、米国と韓国も中国に最小限の名分を与える必要がある。結局、韓国が北東アジアの交渉局面作りに向けて韓米同盟を稼働させなければならない」と勧告した。