日露領土問題:プーチン発言

2016.09.05.

日露首脳会談を前に9月2日、ロシアのプーチン大統領は、ブルームバーグ通信社との単独インタビューに応じ、日露領土問題に関する質問に答えました。日本のメディアでも紹介されましたが、プーチン発言の特に重要な(と私には思われる)部分については何故か報道されていませんので、以下では、ロシア大統領府WS(英文版)に基づいて、その発言の詳細を紹介します。
 私が特に重要だと思うのは2点あります。第一点は、中露間の領土交渉と日露領土交渉の基本的な違いについて、プーチンが非常に明確な指摘を行っていることです。まずプーチンは、日ロ間に中露間並みの信頼関係が実現することを上げています。そのようなことは、日本が日米同盟を基軸とする政策を変えない限り、まず実現不可能でしょう。仮に万一、その条件がクリアされたとしても、プーチンはさらに加えて、日露に関しては、「日本の問題は第二次大戦から帰結するものであり、その結果に関する国際諸文書に定められている」として、「国際諸文書」(ヤルタ協定、カイロ宣言、ポツダム宣言)の対日拘束力に言及していることです。いかに高いハードルを日本に対して突きつけているかが分かると思います。
 第二点は、カリーニングラードに関してではありますが、第二次大戦の結果について再検討しようとする動きに対して、(質問者は「冗談だ」と言って火消ししようとしたにもかかわらず)プーチンは「ケンカ腰」で挑発に乗った発言をしていることです。安倍首相をはじめとする日本側の「北方領土返還要求」も第二次大戦の結果をなかったものにしようという動きにほかならず、ここにプーチンの基本的認識・立場が浮き彫りにされていると思いました。
 もちろん、極東開発をロシア経済再興の柱の一つに据えているプーチンとしては、日本の経済協力を渇望していることは間違いありません。だからこそ、安倍首相の強引なまでの対プーチン・アプローチにいやな顔を見せずに付き合っているのでしょう。しかし、日本のマス・メディアが政府・外務省の垂れ流す情報を鵜呑みにして、「ロシアが返還に応じる可能性がある」かの如き報道一色に染まっている現状は本当に危ういと思います。もちろん、日本のマス・メディアの「怪しさ」は今に始まったものではないし、この問題だけに限ったことではないのですが。

(質問)(安倍首相のウラジオストック訪問に関して)実質的な経済協力、その拡大との見返りで千島諸島について取引を行う用意があるのか。
(回答)日本との平和条約締結はカギとなる問題であり、日本の友人とともに解決を見つけたいと思うが、領土について取引はしない(We do not trade territories)。1956年に条約に署名し、驚くことに両国で批准された。しかし、その後日本はその履行を拒否し、それを受けてソ連も、条約の枠組みの範囲で到達されたすべての合意を無効とした(nullified all the agreements reached within the framework of the treaty)。
 数年前、日本側は問題の議論を再開することを我々に打診してきたので、我々は中途半端な形で(halfway)会合を行った。過去数年間、我々ではなく、日本側の意向で接触は事実上凍結されてきた。現在、相手側はこの問題についての協議を再開する熱意を表明している。それは、いかなる形の交換または売り渡しとも関係がない(It has nothing to do with any kind of exchange or sale)。それは、いずれの側にも不利益にならず、いずれの側も征服されたとかやられたとか考えることのない解決の探究である(It is about the search for a solution when neither party would be at a disadvantage, when neither party would perceive itself as conquered or defeated)。
(質問)その取引には今どれほど近づいているか。1956年当時よりも近づいているか。
(回答)1956年よりも近づいているとは思わないが、我々は対話を再開したし、両国の外相及び次官級の専門家がこの仕事を強化することにも合意した。当然のことだが、この問題はロシア大統領と日本の首相の間で常に議論の対象だった。今回の安倍首相との会合でもこの問題が議論されることは確かだが、解決を見出すためにはよく考えて準備することが必要であり(finding a solution requires it to be well thought out and prepared)、その解決は、ダメージを生むという原則に基づくものではなく、両国間の長期にわたる結びつきを発展させる条件を創造するという原則に基づくもの(a solution that is not based on the principles of causing damage, but, on the contrary, on the principles of creating conditions for developing long-term ties between the two countries)である必要がある。
(質問)東方サイドの領土については関心がないようだが。例えば2004年、貴下はタラバロフ島を中国に引き渡したが、同じことを例えばカリーニングラードについてもするだろうか。
(回答)我々は何も手放したことはない。これらの地域は係争があったのであり、中国との間で交渉してきた。強調するが40年にわたってだ。そして、最終的に合意にたどり着いた。(合意では)領土の一部がロシアに割り当てられ、他の部分が中国に割り当てられたのだ。
 この点が非常に重要なのだが、この合意は、ロシアと中国がその時までに非常に高度な信頼関係を実現していたことで可能になったということだ。もし我々が日本との間でも同じレベルの信頼を達成するならば、なんらかの妥協を達成することは可能かもしれない(If we reach the same level of trust with Japan, we might be able to reach certain compromises)。
 しかし、日本の歴史に関連する問題と我々の中国との交渉との間には基本的な違いがある(there is a fundamental difference between the issue related to Japan's history and our negotiations with China)。それは何か。日本の問題は第二次大戦から帰結するものであり、その結果に関する国際諸文書に定められているということだ(The Japanese issue resulted from World War II and is stipulated in the international instruments on the outcomes of World War II)。それに対して、中国との国境諸問題に関する議論は第二次大戦その他のいかなる軍事紛争とも関係がない(our discussions on border issues with our Chinese counterparts have nothing to do with World War II or any other military conflicts)。(中略)
 (質問がカリーニングラードを取り上げたことに関して)第二次大戦の結果を再検討したいものがいるならば、それを議論しよう(If someone is willing to reconsider the results of World War II, let us discuss this)。しかし、その場合にはカリーニングラードだけではなく、ドイツの東部地域、ルヴォフ市、ポーランドのかつての一部等々も議論しなければならなくなる。議論するリストにはハンガリー、ルーマニアも載るだろう。もし、このパンドラの箱を開けたいものがいるのならば、それで結構、そうしようではないか。