THAAD問題:環球時報社説に対する人民日報の異論提起

2016.08.16.

8月12日付コラムで紹介した環球時報社説の「(THHAADに対抗するために)中露は手を組むべきであり、中国は攻撃的兵器の強化も行うべきだ」という主張に対して、15日付の人民日報海外版WSは、「アメリカが新たな「スター・ウォーズ」配備 中国はどうするべきか」と題する文章を掲載し、「中露連係で対抗という主張には賛成だが、攻撃的兵器強化の主張は議論に値する」として、問答形式で正面から異議を唱えています。8月14日付のコラムで中国国内の外交問題に関する活発な議論の所在の一端を紹介しましたが、今回のものは、人民日報系列の環球時報社説の主張(いわば身内の主張)を名指しで取り上げた上で、人民日報海外版としての見解を示すというもので、私の記憶の範囲の中でも非常に珍しいケースだと思います。執筆者は王少喆(海外版の問答式文章の執筆者)ですが、軍事専門家の劉暁博に専門的意見を提供してもらっていると断っています。興味深いので、要旨を紹介します。ただし、だからといって、中国指導部内での権力闘争説に結びつけるのは、「産経新聞」的には面白いかも知れませんが、そういう「敵か味方か」的割り切り方では物事の本質を見誤るだけだという注意喚起をしておきます。

(質問) 米日韓が中国の関心を無視してTHAADを配備しようとしているのに対して、中国は反対しなければならず、中国の「矛」を強化するべきだとする(環球時報社説の)提案のどこが間違っているのか。
(回答) 問題は対抗するべきか否かにあるのではない(対抗するべきことには疑問の余地はない)。問題はどのように対抗するべきかという点にある。THAAD問題に対抗する上で、経済制裁を採用することには反対であり、軍事的政治的手段を採用することに賛成だ。さらに言えば、ロシアのやり方に倣って、日韓の決定が中国の戦略的利益に対して脅威となるので、中国は核ミサイル配備を増大すると明らかにするのはどうかとも考えた。しかし、軍隊の専門家と話し合った結果、このような考え方は単純すぎるということが分かった。
 ロシアは近年、一貫して現在の中国と似たような状況にある。すなわち、2010年にアメリカをはじめとするNATOは欧州をカバーするミサイル防衛システムの建設を決定し、ポーランドなどのかつてはソ連の「勢力範囲」だった地域に配備し、ロシアを直接挑発した。これに対してロシアが行った対応は、NATOに対抗する陸上発射の中距離ミサイルの配備を増やし、攻撃的核兵器削減条約を脱退するという脅迫を行うことだった。
 しかし、中国とロシアの核戦略は同じではなく、中国は戦略核兵器の保有及び配備状況をかつて明らかにしたことはない。この曖昧政策は、米露の核戦力よりはるかに小さい(核戦力を持つことを基本としている)中国にとって有利である。中国としては、THAAD危機によって軽々にこの政策を改めることはできない。
(質問) たとえ具体的に公表しないとしても、核戦力を強化するという趣旨の声明を出して、日韓に打撃を加え、THAADに対抗することは可能ではないか。
(回答) その質問は別の問題にかかわってくる。つまり、中国の戦略目標は何かということを明確にしなければならない。  アメリカにとってのTHAADの意義は、中国の戦略核に対するデタランスという意味(そういう意味合いはもちろんあるが、アメリカのグローバルな強力な核戦力を考えれば、THAADは質的変化を意味するものではない)よりも、中韓を政治的に離間させるという政治的意味合いのほうが大きい。アメリカは、朝鮮のミサイル問題にかこつけてTHAADを配備するということだけで、9.3閲兵式に際してアメリカに対して「遠心力」を働かせた韓国を一気に中国と対立させ、中韓関係を急激に悪化させたのであり、この手口は巧妙ではないとは言えない。仮に中国がアメリカの目標実現に手を貸すならば、米日としては正に「濡れ手に粟」だろう。
 様々な情報に基づくと、韓国へのTHAAD配備はもはや既定事実に近く、中国としてはそれに備える必要がある。しかし、それは、韓国が完全にアメリカについて反中になるということと同義ではない。畢竟するに、韓国は日本とは必ずしも同じではなく、中国が働きかけることができる相手だ。韓国が完全に米日寄りになることを避けるという目標は、THAADに反対することよりも重要であり、情勢の変化に基づいて中国の闘争の目標を適時に調整することこそが正しい方策である。
(質問)  戦略的兵器を開発するという提案についてはどう見るべきか。
(回答) 冷戦後期にレーガン大統領が「スター・ウォーズ」計画を出したことがあるが、これは今日のTHAADを含むミサイル防衛システムの前身だ。その後明らかになったように、技術上のボトルネックが存在したために、この計画はまったく配備には至らなかった。アメリカははじめから配備しようと準備したのではなく、真の目的は、強大な経済的実力を通じてソ連を軍備競争の泥沼に引き込み、経済力の弱いソ連を崩壊させようとしたのかもしれない。そして、それ(ソ連崩壊)は現実となった。
 数十年をへだてた今日、アメリカは再び新たな「スター・ウォーズ」の旗を掲げているのだが、その背後には同じような考慮があるのかどうか、それは分からない。しかし、アメリカの指揮棒にしたがって踊ってしまい、大量の資源を戦略攻撃兵器の開発に投入することは、中国の平和的発展という国策と合致しないのみならず、ソ連の殷鑑も遠からずということになる。
 改革開放後の中国は、経済建設を中心とするという基本的国策を確立し、すべての政策はこの中心に服務するのであって、その中心を乱すものであってはならない。現在、我々は、中国が「戦略的平常心」を持つべきこと、外部の動きによって我が国の発展という決意を簡単にかき乱させてはならないと強調している。これは又最近、東海(東シナ海)、南海(南シナ海)などで挑発に遭遇している状況下でも、中国政府が相変わらず自制的態度を維持している原因でもある。この原則は簡単に改めることはないし、また、改めるべきでもない。
 外部の挑発に直面している状況のもとでは、軍事的配備を強化することがもっとも直接的な反応であるし、最大の共感と支持を得ることができるからメディアも好むところではあるが、中国の長期的な国家利益を考えるならば、人のいうがままになびくというのは冷静な思考に欠けることは明らかだ。