中国の東北アジア外交(中国側論調)

2016.08.14.

私がこのコラムで中国側論調を努めて紹介するのは、私の過去の経歴とも関係があるのはもちろんですが、私の主体的意図としては、アメリカのプリズムを通して国際情勢を眺めることに慣らされている日本人の国際観が実は「完全無欠」からほど遠いこと、国際情勢を正確に認識するためには、他者感覚を大いに働かせて、様々な角度から物事を見る目を養う必要があること、そのためにはアメリカと対極的な国際情勢認識に立脚する中国人の国際観を理解する必要があること、そして、好むと好まざるとにかかわらず、日本にとっての国際関係において末長く、中国はアメリカと同じ比重を占める国家であり続けること、したがって中国の国際情勢認識及び国際観の所在を正確に認識することは私たち日本人の国際情勢認識及び国際観を正確なものにするためには不可欠の要請であること等の問題意識によるものです。
 中国人の国際情勢認識・国際観といっても決して一括りにできるものではありません。「中国は共産党独裁だから、その支配下にあるメディアの言論も官製で、画一的に決まっている」と思っている日本人は多いのですが、そういう見方は実態から大きく隔たっています。特に、中国外交の方向性を規定する前提となる国際情勢認識に関しては極めて活発な言論状況があります。
今回紹介する8月13日付の北京青年報所掲の馬暁林(新華社出身で、ブロガーの連合サイトである博聯社総裁)署名文章「東北アジアにおける駆け引き 新冷戦警戒」は、韓国におけるTHAAD配備をめぐる中韓関係と尖閣紛争をめぐる日中関係という、中国の東北アジア外交におけるもっとも機微な問題を正面から取り上げて論じたものです。その内容は、私が度々取り上げる環球時報社説などとは一線を画したものであることは、一読していただければ直ちに明らかでしょう。ちなみに、こういう言論状況が中国に存在することは、「お上」の顔色を窺う「自主規制」が横行する日本国内の言論状況より健康的であることを物語っていると思います。

 南海(南シナ海)情勢が一段落するに従い、アジア太平洋の地縁的駆け引きの焦点は速やかに東北アジアへと移っている。THAADシステムの韓国導入をめぐって引き起こされようとしている軍備競争の先行き及び中日間の釣魚島(尖閣)紛争における新たな力比べにより、アジア太平洋に冷戦構造が再現する陰鬱な暗雲が明確に垂れ込めようとしている。このような趨勢に対しては各国が十分に警戒し、歴史の逆行を避けるべきであり、そうしてこそはじめて数十年にわたって共同で作りだしてきた平和の配当を確保することができるだろう。
 韓国がこれまでの政策を放棄してTHAADシステムを積極的に導入することを決定したことは、中国政府、エリート層及び民間に巨大なショックを引き起こしたし、それに伴う波動が次々と広がっている。中国政府は、抑制しながらも強烈に、自国の戦略的安全保障を深刻に損なう韓国の行動を受け入れないと表明する一方、引き続き韓国との意思疎通に努力している。中国の主流メディアは連続して評論、文章を発表して、理を尽くし、情に訴えている。民間世論はうねりを作るにはほど遠いけれども、「韓流」の退潮は、人文及び経済貿易面の交流が程度の差こそあれ行き詰まることを予想させるものだ。以上を総じて見れば、中国は韓国の誤った決定に対して満を持して臨んでおり、それらは両国関係を重視する苦心を表すとともに、韓国が前言を撤回するための可能性を与えようとしている。
 しかし、韓国は恩に着ないようであり、THAAD導入の決定の立場を堅持している。それだけではなく、韓国政府及びメディアの中国に対する反応及び態度は強硬かつ消極的で、メディアの中には、中国は「朝貢システム」マインドで半島問題を扱っていると非難するものすらおり、半島情勢における緊張の責任の一部を中国に帰する有様で、中国の対半島南北政策における巨大な変化を完全に無視している。さらにひどいことに、韓国当局者はTHAADシステムによるモニタリング情報を日本と共有するという情報を流し、中国の利益と感情を傷つけるという迷路をますますひた走っている。このようなやり方は、アメリカのいうがままになることに甘んじ、日本の軍事拡張のコマに進んでなるということにほかならず、これは、中韓友好に対する裏切りであり、同時に朝鮮民族の対日感情に対しても顔向けならないものでもある。
 THAADの波風は、やっとのことで手にした中韓戦略パートナーシップを危険にするだけでなく、安保理においてもまずい後遺症を生み出す可能性がある。9日に安保理は朝鮮の再度のミサイル発射について緊急協議を行ったが、決議草案において、THAADシステムの韓国への配備に反対するという中国の主張が盛り込まれなかったために、朝鮮非難決議を達成することができなかった。これは、過去2ヶ月間、安保理が朝鮮核問題を巡ってコンセンサスを実現出来なかったということでもあり、安保理の分裂がますます拡大していることを表し、かつて4度にわたって朝鮮制裁決議を達成した協力的雰囲気は今や跡形もなく消えうせた。
 中韓がTHAADをめぐって争っているのと時を同じくして、中日間の紛争も並行してエスカレートしつつある。11日付の日本メディアの報道によると、中国は外交部の孔鉉佑部長助理の8月中旬の訪日計画を取り消し、日本が釣魚島問題で累次にわたって中国に抗議したことに対する不満を表明した。今月初め、中国が多数の公船を釣魚島水域に派遣したことに対して、日本は5度にわたって中国大使を召致して抗議し、岸田外相がその場にいる中国大使を無視するという失礼な場面まで出現した。11日、フィリピンを訪問した岸田外相は、中国が東海で「恫喝と挑発を行っている」と公に非難した。
 THAADシステムの波風と釣魚島をめぐる力比べは関係がない2つの問題であるかのように見えるが、東北アジアにおいて中国に対して圧力を構成する、中国の戦略及び外交を妨害する2大ホット・イッシューである。この2つは表面上中韓関係及び中日関係にかかわるものとだけ見えるが、それらの背後にはアメリカという共通の推進役がおり、言い換えれば、中国は、有形無形の形で、アメリカが主導する「同盟の鉄三角形」に相対しているということなのだ。韓日米3国の間には、テーマによって立場の違いさらには利益をめぐる争いがあるが、朝鮮の核保有を阻止し、中国の急速な台頭を防止するという2大テーマにおいては、違いよりコンセンサスが大きく、中国にかかわる利益よりも同盟としての利益のほうが大きいようである。この構造的特徴は、アメリカの一極支配及びAPRに対する絶対的リーダーシップという構造の時代においては、長期にわたって存在し、変更させることは難しく、中韓及び中日間の経済貿易及び人文関係がどれほど緊密になるとしても、韓日が安全保障においてアメリカに依存し、ここぞという時にアメリカの胸元に飛び込むという戦略的選択に取って代わる術はない。
 以上のようなかなり不利な情勢の変化により、中国は両難の境地に陥っている。すなわち、一つは、単独でこの安全保障上の困難な状況に相対し、非常に複雑な状況のもとで中韓、中日及び中米という3つの関係に対処し、「1対3」という受け身の局面を解きほぐすのかという困難、さもなければ、新冷戦によって旧冷戦に対応し、ロシア及び朝鮮との戦略的関係を調整することを改めて考え、「3対3」の戦略バランスを実現するのかという困難だ。しかし明らかなことは、冷戦構造に立ち返るというのは一部の人々の片想いであるにすぎず、しかも、中国の進歩をねじ曲げ、正義に悖り時代に逆行する短視眼の行動であり、他の国々が設けた冷戦のワナに落ち込むに違いない。
 韓国が自らの行った決定を改めることは恐らく困難であり、THAADシステムが中韓のより大きく、より長期的な共同の利益を葬り去ることがないようにするためにはどうするか、これこそが中韓両国が考えるべき問題である。安倍政権は今月内閣改造を行い、右翼が8割近くを占め、また、安倍本人に対する支持率が58%に回復しているという事実は、日本が憲法改正、軍拡及び攻勢的外交の各方面でますます図々しくなることを示しており、中日関係もますますむずかしくなるだろう。冷戦に立ち返ることもできず、厄介な東北アジア地縁的駆け引きにも対応する必要があるということであり、これは中国の大国外交及び戦略的平常心にとって巨大な試練である。