南シナ海仲裁裁定・THHAD韓国配備と米日・中関係

2016.07.24.

*誘いを受けて書いた小文です。

1.南シナ海仲裁裁定とTHHAD韓国配備

 中国の朝鮮半島問題有数の専門家である李敦球は、韓米によるTHHADの韓国配備決定の公表(7月8日)が、南シナ海仲裁裁定(7月3日)からわずか5日後であったこと、また、THHAD配備地の公表(7月13日)が仲裁裁定公表(12日)の翌日であったことに注目し、「中国が構っていられない、不利なタイミングを見計らったもの」、「中国にとって「腹背受敵」(「前門の虎、後門の狼」の意)でいずれにも対応できず、韓国に対する圧力が軽減されることを狙ったもの」とし、「背後から切りつけるような行為で、極めて陰険」と厳しく批判した(7月23日付中国青年報所掲文章)。
 重要な事実は、李敦球の韓国(朴槿恵政権)批判は孤立したものではなく、7月14日付及び22日付環球時報(人民日報系列)社説における韓国(朴政権)批判と軌を一にしているということだ。そして、その批判の根底に座るのは、朴槿恵政権が、これまで腐心してきた米中間でバランスを取ろうとする政策を放棄し、中国を狙い撃ちにする米国のリバランス戦略にコミットしたことに対する深い失望と怒りである。
 すなわち、中国から見れば、南シナ海に関する仲裁裁定も、THHADの韓国配備決定も、米国・オバマ政権が推進する、中国を最大の標的とするリバランス戦略の一環以外の何ものでもない。その狙いは、東アジアの同盟国・友好国を総動員して、中国を牽制し、封じ込めることにあると見なされている。
 中国・習近平政権は機会ある毎に、中米関係のあり方として、ゼロ・サムの冷戦型大国関係を清算し、ウィン・ウィンの新型大国関係を構築することを呼びかけてきた。その一環として中国は、米国のアジア太平洋(APR)におけるプレゼンスを承認し、これにチャレンジする意思はないことを明らかにしてきた。
ところが、オバマ政権は冷戦的発想から抜け出すことができず、急台頭する中国の行動をすべて米国の覇権に挑戦する意図に出るものと捉える。もちろんオバマ政権のリバランス戦略は、世界経済に占めるAPRの戦略的比重の増大を承認し、米国経済の発展をAPRにリンクさせることを意図することに本質がある。しかし、経済におけるTPP推進及び軍事力配備におけるAPRへのシフトのいずれもが、潜在的脅威としての中国を念頭においたものであることは公知の事実である。そういう米国は、南シナ海問題及びTHHAD問題も当然対中戦略上のコマとして位置付けるのだ。
すなわち米国は、南シナ海の戦略的重要性に着目し、中国と他の沿岸諸国との間に1970年代に生まれ、今日まで続いてきた伝統的な領土紛争を、中国の覇権主義・拡張主義の表れと描き出し、中国との対決姿勢を前面に押し出したフィリピンのラモス政権を強力に後押しし、紛争の国際化を演出した。またオバマ政権は、朝鮮の核ミサイル開発の進展に対抗するための措置という名目のもと、中国(及びロシア)の核ミサイルを監視下に収めるTHHADの韓国配備を強力に推進し、冒頭に述べたとおり、韓国の同意を取り付けることに成功した。中国では、こうした行動を、米国のリバランス戦略実行による「新冷戦」の具体化と見なす見方すらも現れている。

2.安倍政権の対米協調行動

 オバマ政権と安倍政権の対中認識が完全に一致しているわけではないことは予め確認しておくべきだろう。安倍政権の場合は対中敵愾心がむきだしで、軍事的衝突をも厭わない危なっかしさがあるが、オバマ政権の場合は、中国を押さえ込むことに主眼があり、米中軍事衝突はもちろん、摩擦の発生すら国際関係を危殆に瀕せしめる破壊力を持つことに対する熟知と慎重さとが備わっている。その前提の上でオバマ政権は、釈迦(米国)の掌の上で暴れる孫悟空(日本)として、安倍政権の中国に対する挑発的行動を容認し、利用している。
 南シナ海仲裁における日本の走狗的役割は露骨なものがあった。中国は、国連海洋法条約第298条に基づく、紛争解決手続を受け入れない宣言を行っており、フィリピンの提訴そのものを不法かつ無効としている。しかし、国際海洋法裁判所所長を務める柳井俊二はフィリピンの提訴を有効とし、今回の仲裁裁判の仲裁人5人を任命して、今回裁定成立に積極的役割を担った。中国メディアは、柳井が安倍政権のもとで安保懇談会の座長を務めたことも忘れていない。
 THHAD韓国配備決定に関する安倍政権の関与は直接的ではない。むしろ朴槿恵政権は当初、安倍政権による集団的自衛権行使踏み込みに対して、朝鮮半島に対する軍事的野心を伴うものとして警戒感を隠さなかった。しかし、オバマ政権の強力な働きかけでいわゆる従軍慰安婦問題に関する日韓合意が成立し、米日韓軍事協力体制が着々と前進する中で、朴槿恵政権が中国を標的とするTHHADの韓国配備に踏み切ったことは、米日韓軍事協力体制をさらに前進させる意味をも持つ。安倍政権として異論があろうはずはない。

(結びに代えて)

 最後に注意喚起しておきたいことがある。国内における集団的自衛権行使、安保法制に関する議論はもっぱら安倍政権の違憲性・立憲主義無視、危険性にかかわるものであり、安倍政権の行動が米国のリバランス戦略のお先棒を担いでいるという国際政治軍事上の危険極まる本質を意識的、無意識的に遠ざけている。しかし、日米軍事同盟を直視しないいかなる議論も日本政治の本質を問い糾すことにはつながらないのだ。
確かに、米国に対して国民の80%以上が好感情を抱き、日米安保条約が日本の安全に役立っているとするものも80%を超える(内閣府世論調査結果)背景のもとでは、米国を議論のまな板の上に乗せること自体が難しい現実があることは認める必要がある。しかし、米国の世界戦略に対しては実事求是の認識を深めること、日米関係ひいては日本の内外政策のあり方をも自覚的に議論することは、私たち主権者が日本の今後の進路を決定する上では絶対に避けて通れない最重要課題であることを強調しなければならない。