戴秉国:南シナ海問題に関するアメリカでの講演

2016.07.12.

7月5日にワシントンで、中国人民大学重陽金融研究院とカーネギー国際平和基金共催の「中米ブレーン・トラスト南海問題ダイアログ」が開催されました。この会合では、元国務委員(副首相クラス。現在の肩書は北京大学国際戦略研究院名誉院長)の戴秉国が基調講演を行い、同日付の中国外交部WSは、その全文を掲載しています。この中で戴秉国は、第二次大戦後に中国が南沙、西沙を接収した際には、マッカーサー将軍の支持を得て、アメリカが提供した軍艦で赴いたことをアメリカ側に強調するとともに、南シナ海について、「そのすべてが我々のものだと言ったことはない」という興味深い発言も行っています。アメリカの有識者を前に、中国の南シナ海に関する立場を全面的に説明したものであり、傾聴に値する内容だと思います。本日(7月12日)には、南シナ海に関する仲裁裁判の結果が明らかになりますが、中国が何故仲裁裁判を認めないかについても言及しています。戴秉国の発言の要旨を紹介します。

<南沙諸島は中国の固有の領土>
 中国及び西側諸国の多くの歴史資料は、中国が南海諸島をもっとも早く発見し、命名し、開発経営を行ったことを証明しており、中国政府はもっとも早くかつ持続的平和的に南海諸島に対して主権的管轄を行使してきた。第二次大戦中、日本は南海諸島を不法に侵略占領し、戦後、中国はそれを回復した。第二次大戦後期のカイロ宣言、ポツダム宣言等の戦後国際秩序を確立した諸文件は、日本が盗み取った中国領土を中国に返還することを要求している。戦後、中国は日本が侵略占領した台湾及び澎湖列島、西沙諸島、南沙諸島を接収回復した。中国の一連の行動は、当時のマッカーサー将軍の支持を得たことを皆さんは御存知だろうか。中国の軍政関係者は、アメリカが提供した軍艦に乗って西沙及び南沙に赴き、接収のセレモニーを行った。その後もアメリカは、南沙の一部島礁で測量を行うに際して、台湾当局に申請を提出していた。
 事実が証明するとおり、南沙諸島の中国への帰属回復は、戦後国際秩序及び関連する領土処分の一環である。戦後のかなり長い期間にわたり、アメリカは一貫して中国の南沙諸島に対する主権を承認し、かつ実際上も尊重していた。戦後国際秩序の一部としての中国の南海諸島に対する主権は、国連憲章等の国際法的保護をも受けている。率直に言わせてもらえば、アメリカが現在領土問題について立場を取らないというのは実質上一種の後退であり、かつて自ら参与し、構築した戦後国際秩序に対する否定である。
 南海問題においては、中国は完全な被害者であるというのは十分な理由があるのだ。長期にわたり、南海には何事もなく、波風は静かだった。1970年代以後、フィリピン、ヴェトナムなどの国々が陸続と中国・南沙諸島の42の島礁を不法武力占拠し、これによって南沙諸島の一部島礁について領土紛争問題が発生したのだ。フィリピン、ヴェトナムなどは、数十年にわたり、中国・南沙諸島の一部の島礁で大いに土木工事を行い、兵力を配備し、海上において不断に挑発的行動を取ってきた。フィリピン、ヴェトナムの不法侵入・占領及びその行動は、国際法及び国連憲章の禁じるところであり、あまねく批判を受けるべきものだ。全世界が見て分かるとおり、南海問題において、中国は決して加害者、仕掛け人ではなく、完全なる被害者なのだ。国際法に基づき、中国は自己保全権及び自衛権を完全に有しており、以上の島礁を回収する能力を持っている。しかし中国は、地域の平和と安定を維持する立場に立って、長期にわたって高度の自制を保ち、交渉を通じた平和的解決を探究してきた。近年になって中国が取った一定の行動は、これ以上は忍耐できない状況下における、個別の国家による権利侵害行動のエスカレーションに対する最低限度の対応である。他者感覚(換位思考)を働かせてみれば、仮にアメリカがこのような挑発を受けたとするならば、恐らく大々的に軍事力を動員し、軍事力で侵略占領した島礁を回復することだろう。
<中国は一貫して二国間の交渉協議を通じて南海問題の平和解決を堅持している>
 誰もが知ってのとおり、中国政府は、「紛争を棚上げし、共同開発する」を真っ先に提起し、一貫して堅持しており、交渉協議を通じて紛争を平和的に解決し、ルール及びメカニズムを通じて紛争をコントロールし、開発及び協力を通じて互利共贏を実現することを堅持しており、南海における航行及び飛行の自由並びに南海の平和及び安定を維持することを堅持している。以上は南海問題解決に関する中国の基本政策であり、厳粛なコミットメントでもある。過去数十年間、南海地域の情勢は総じて安定しており、関係する紛争は適切にコントロールされており、東南アジア地域は高度成長を実現しており、この地域は世界における平和、安定及び繁栄のシンボルとなっており、世界の他の国々がますますルック・イースト、東に舵取り、東に向かって事をなすという対象、競って実務的協力を行おうとする対象となっているが、これこそは中国と関係諸国が国際社会に対して行ってきた巨大な貢献である。
 南海最大の沿岸国である中国は、自国の平和的発展に一貫して力を尽くしてきたし、南海の平和及び安定は中国の重大な利益の所在でもある。したがって、軍事力による挑発を受けない限り、中国が軍事力を動かすことはあり得ない。現在、南海の平和と安定はいくつかの内外の消極的要素の影響を受けているが、中国は依然として、二国間の交渉及び協議を通じて南海問題を解決するという政策を堅持することは変えていない。それは何故か。
 まず、交渉と協議を通じて平和的に紛争を解決することは、国際法及び国際関係の基本原則に対する最大の遵守だからだ。国連憲章、国際法原則宣言などの国際文件は等しく、交渉を国際紛争の平和的解決の主要方式としている。国連海洋法条約は、当事国がまずは交渉を通じて海洋境界を区画することを要求している。中国とASEAN諸国は、南海行動宣言でもこのことについて厳粛にコミットしている。事実においても、中国は現行国際秩序の受益者であり、同時にまた模範的遵守国であり、確固たる擁護国でもあって、中国は引き続き条約上の義務を掛け値なしに履行し、国際及び地域の責任を厳粛に受けとめ、国連海洋法条約の全体性及び権威性を擁護し、国際法及び国際的法治を擁護していく。
 第二に、交渉を通じて紛争を平和的に解決することは、中国が国際的法治を実行してきた実践的成功であることだ。早くも1950年代に、中国は平和共存5原則に基づいて、歴史的に残された国境問題を協議で解決することを提起した。それ以来、中国は14の陸続きの隣国中の12ヵ国との間で、交渉を通じて国境問題を解決し、20000キロの国境線を画定し、その長さは中国の陸地国境の90%を占める。中国はまた、ヴェトナムとの間で両国の北部湾海洋国境を交渉で解決した。これらのうち、中露(ソ)国境については40年以上、中越陸地国境については30年以上、北部湾境界については20年以上交渉を行った。私自身、そのうちのいくつかの交渉にかかわったことがある。歴史的経験が証明するように、交渉を通じて平和的に紛争を解決することは、各国の自主的願望及び主権の平等性をもっともよく体現し、複雑な領土及び海洋紛争を解決する上で独特のメリットを持ち、生命力をもっとも備えている。我々としては、平和的な交渉を通じて南海の紛争を解決しないという理由はないのだ。
 第三、交渉及び協議を通じて平和的に紛争を解決することは、南海問題をコントロールし、取り除くための避けて通れない道筋であるということだ。事実上、南海の紛争当事国は一貫して交渉及び協議を通じて紛争の平和的解決を探究してきたのであるし、それは南海行動宣言でも明確に規定していることであり、成熟した有効なメカニズムもあり、南海行動原則の協議も不断に実務的進展を見ているところだ。以上の背景のもと、フィリピンは突如として南海仲裁裁判案を持ち出してきた。これは完全にフィリピンが中国に無理やり押しつけてきたものであり、フィリピンの一連の不法行為及び不法な訴求という基礎の上に立っている。事実として、その背後にはよからぬ政治的動機が働いており、意図的に問題を引き起こし、ことさらに矛盾を激化させ、対決をそそのかし、南海が乱れることのみを願っているのだ。仲裁裁判所には管轄権はないのに、勝手に権限を拡大し、権限を逸脱して審理して判決を出そうとしており、これは海洋法条約に違反するもので、不法かつ無効である。中国はこのような仲裁に参加せず、受け入れないし、いわゆる裁決を承認しないが、これは、国際法に基づいて自国の権利を擁護することであるとともに、海洋法条約の全体性及び権威性を擁護することでもあるのだ。我々は、アメリカが以上のことに対して客観的で公平かつ妥当な態度を堅持することを希望している。海洋法条約の外側から同条約を擁護する中国を非難しないことだ。仲裁の結果は間もなく出るということだが、出るなら出れば良いのであり、それは大したことではなく、一枚の紙切れに過ぎない。近代以後、中国は一貫して覇権主義及び強権主義の政治の被害者であり、西側列強の侮辱を受け続けてきた。例えば、第一大戦後のヴェルサイユ講和会議では山東省を売り渡され、日本が東北3省を侵略したときに国際連盟が派遣したリットン調査団は侵略者に裏書きを与え、第二次大戦後のアメリカ主導のサンフランシスコ平和条約交渉でも中国を排除した。中国人はこれらのことについて記憶が新鮮である。であるからこそ、中国は領土主権問題においてはその命運を確固として自らの掌中に握り、いかなる第三者の解決方式をも絶対に受け入れないのだ。
<南海の温度は徐々に冷却させなければならない>
 現在、南海の温度はすでに非常に高く、「今晩にも開戦だ」と叫ぶ者がおり、温度が上がるのに任せたら、思わぬ事が起こり、ひいては南海全体が乱れ、アジアを混乱に陥れる可能性もある。そうなれば、周辺諸国は災難に遭い、アジア諸国も災難に遭い、アメリカも災難に遭う。絶対にそのようなことを起こさせてはならないし、この地域を西アジア・北アフリカのようにさせてはならない。事態の拡大を放任し、大きな災いを醸成する者は、歴史的責任を担わなければならない。
 南海の温度を下げるためには、関係諸国は真剣な努力を行う必要がある。  まず、当面の急務は、仲裁裁判所がフィリピンの訴訟に対する審理を中止することだ。仮に無理やり仲裁の結果を出すとした場合、いかなる国といえども、不法な仲裁の結果をいかなる方式によっても執行することはできず、中国に裁決を執行するように押しつけることはなおさらできない。特に、フィリピンが挑発的な行動を取らないように厳しく縛るべきであり、さもなくば、中国が黙って座視することはあり得ない。
 第二、中米は南海においていささかの領土紛争もなく、南海における根本的な戦略的利益の衝突もないのであって、南海問題で中米関係を定義することはできない。我々は、南海問題を両国関係においてふさわしい地位に置き、それが中米関係の全体に対してあってはならない妨害あるいは破壊を行うことを防止しなければならない。
 私はさらに以下のいくつかの点を強調したい。
 まず、アメリカが中国の南沙諸島に対する主権を承認していた当初の立場に戻れないとしても、領土主権問題にかかわる紛争には立場を取らないという誓約を厳格に遵守するべきである。アメリカが本気で南海及びアジア太平洋の平和と安定を願っており、ルールに基づいた秩序を作ることを支持するのであれば、是非を明らかにし、事実を尊重し、関係国が中国に対して挑発的行動を取ることに反対し、地域の国々が二国間交渉で平和的に紛争を解決することを促すべきである。
 第二、南海問題を大げさに戦略問題と位置づけ、西側の国際関係にかかわる理論や歴史的事例を機械的に適用して中国のことを解釈したり、予測したりし、具体的には、中国は南海を「アジア版カリブ海」と見なし、「アジア版モンロー主義」をやろうとし、アメリカをアジアから追い出そうとしているなどと考えるべきではない。以上はまったく根も葉もない憶測である。
 中国は伝統的な西側大国とは異なり、5000年の東方文明を有し、まったく異なる文化的伝統、政治的思考及び国際観を持っている。中国にとり、南海問題は、自らの領土主権、安全保障、発展上の利益そして海洋権益にかかわる問題であり、固有の領土を喪失する悲劇の繰り返しを防止するという問題であり、簡単にして素朴であり、他の考慮はないのだ。我々には「戦略的対抗」とやらを誰かと行う気持ちも力もない。我々はアジアを支配する野心はないし、ましてや世界を支配する野心もない。南海に関しても、そのすべてが我々のものだと言ったことはない。我々が持っている「野心」はただ一つ、中国のことをうまくやり、14億人に近い中国人が体面ある、尊厳のある日々を過ごすことができるようにすることだ。
 第三、アメリカは、南海問題に力に任せて介入することをやめるべきである。アメリカの友人たちが中国の一般の人たちの立場にあったとしたら、今あなたたちがやっていることに対してどんな印象を持つだろうか。あなたたちの国家のイメージがあまりに傷つけられていると感じるのではないだろうか。中米間のインタラクションはこういうものであるべきではないだろう。もちろん、アメリカが航空母艦10艘を中心とするすべての戦力を南海に持ち込んだとしても、中国人は腰を抜かすことはあり得ない。中には、アメリカの力、大国間の駆け引きを利用してうまくやろうとする国もいるが、最終的にはそういう状況はアメリカの利益にはならない。うまく行かない場合には、意図に反して引きずり込まれ、考えもしなかった深刻な代価を支払わされることにもなる。
 第四、米中は、建設的なやり方で違いをコントロールするべきである。南海問題は、本質的に中国といくつかの南海沿岸国との間の紛争であり、かなり長期間にわたって解決できないことが予想される。カギになるのは、最終的解決に至るまでの間、いかなる態度で紛争に対処するかということだ。問題及び紛争を挑発し、矛盾を激化させ、対決を慫慂するのか、それとも、紛争を弱め、違いを棚上げし、協力を拡大するのか。答は言わずもがなだろう。
 第五、中米は海洋に関するプラスとなるアジェンダの開拓に努力するべきである。中米は共に「航行及び飛行の自由」の原則に賛成している。アメリカがこのことに関して中国の主権及び安全保障上の利益に挑戦しない限り、中米は、グローバルな規模で、航行及び飛行の自由を守ることについて協力できる。