朝鮮の半島非核化に関する提案と米韓のアプローチ

2016.07.10.

1.朝鮮政府の5項目の提案

7月6日、朝鮮政府スポークスマンは、朝鮮労働党第7回大会が明らかにした「アメリカによって強要されている核戦争の危険を強大な核抑止力に依拠して根源的に終息させ、地域と世界の平和を守り、敵対勢力が核でわれわれの自主権を侵害しない限り、先に核兵器を使用しないであろうし、国際社会に対して担った核拡散防止 の義務を誠実に履行し、世界の非核化を実現するために努力するという政策的立場」に対する米韓の否定的反応を批判し、「われわれが主張する非核化は朝鮮半島全域の非核化であり、これには南の核廃棄と南朝鮮周辺の非核化が含まれている」と指摘するとともに、「米国と南朝鮮当局が朝鮮半島の非核化に一抹の関心でもあるなら、次のようなわれわれの原則的要求から受け入れるべきだ」として、以下の5項目を提起しました。

第一に、南朝鮮に引き入れて是認も否認もしない米国の核兵器をすべて公開すべきである。
第二に、南朝鮮からすべての核兵器とその基地を撤廃し、世界の前で検証を受けなければならない。
第三に、米国が朝鮮半島とその周辺に随時展開する核打撃手段を二度と引き込まないという保証をしなければならない。
第四に、いかなる場合にも核で、核が動員される戦争行為でわれわれを威嚇、恐喝したり、わが共和国に対して核を使用したりしないということを確約しなければならない。
第五に、南朝鮮で核の使用権を握っている米軍の撤退を宣布しなければならない。

さらに声明は、「このような安全の保証が実際に遂げられるなら、われわれもやはりそれ相応の措置を取ることになるであろうし、朝鮮半島非核化の実現において画期的な突破口が開かれるであろう」と述べ、「南の核廃棄と南朝鮮周辺の非核化」を含む朝鮮半島の非核化という枠組みの中で、間接的表現ながらも、朝鮮自身の非核化に応じる用意があることを明らかにしました。
また、7月9日付労働新聞は、朝鮮が「太平洋作戦地帯内の米軍基地に全面的で現実的な攻撃を加えられる能力を備えるようになった」ことを強調しつつ、朝鮮が核デタランスを備えるようになったのは「米国の誤った対朝鮮政策」が原因であるとし、「現実的で先見の明のある活路を模索したならば」「朝米関係もやはり、現在とは異なるように発展したかも知れない」として、アメリカに対して「変化した現実を大胆に認めて大勢に合致する政策的決断を下すべきである」と促しました。
以上の朝鮮の提案に対する韓国政府の反応は冷淡を極めるものでした(アメリカについては2.参照)。すなわち、翌日(7月7日)、韓国外務省スポークスマンは、朝鮮は在韓米軍の撤退を要求しており、これは米韓同盟を破壊しようとするもので、まったく身勝手なものと決めつけるとともに、対朝制裁を継続することによって朝鮮の非核化を実現していくというこれまでどおりの政策を続けていくとしました。
しかし、朝鮮の提案に対する中国の反応は肯定的です。すなわち、7月7日付の新華社WSは、「6者協議はすでに死んだ」としていた朝鮮が「非核化を議論できる」という対話への積極的シグナルを発出したとする評価を示すとともに、4人の専門家(中共中央党校国際戦略研究所の張鰱瑰教授、北京大学の金景一教授(朝鮮半島問題フォーラム主任)、外交学院の蘇浩教授、南開大学の李春福教授)の発言を紹介する形で、朝鮮の立場が変化した原因及びアメリカがどういう対応を示すかを中心とした今後の情勢変化の可能性について論じています(私が常に注目している李敦球文章もいずれ発表されると思いますので、改めて紹介するつもりです)。
まず、朝鮮が立場を変化した原因に関しては、張鰱瑰は、本年に入ってから、朝鮮は積極的な外交攻勢をかけていることを指摘しています(ただし、私が2,3年前のコラムで紹介したことがあるように、張鰱瑰自身は朝鮮に対して批判的な学者であり、朝鮮が積極外交を展開するのは、核保有国としての朝鮮を国際的に承認させるためだという認識(私には理解困難なもの)を示しています)。
確かに朝鮮は、李洙墉(前外相)及び李容浩(新外相)を党政治局入りさせて外交強化の布陣を固めるとともに、活発な外交活動を展開するようになっています。例えば、5月には党中央委員会政治局委員であり、党中央委員会副委員長である金英哲(キム・ヨンチョル)を団長とする党代表団がキューバを訪問、6月には崔泰福(チェ・テボク)党中央委員会副委員長を団長とする党代表団がヴェトナムとラオスを訪問しました。また、朝鮮中央通信は7月7日付で、「ラマダンが終わることに関連して7月6日、駐朝イスラム協力機構(OIC)加盟国が宴会を催した」と紹介するとともに、「李容浩外相と関係者が招待された」ことを報じました。さらに7月9日付の同通信は、「北・南・海外の諸政党・団体、個別人士の連席会議開催のための北側準備委員会がすでに組織されて活動を展開している」と紹介し、その委員長が金英哲党中央委員会 副委員長であることを明らかにしました。
朝鮮の上記提案に対するアメリカの対応の可能性に関しても、この記事は、アメリカに批判的で朝鮮には好意的な、興味深い発言を紹介しています。
まず金景一は、「アメリカがその東アジア戦略を実現する上では敵対する朝鮮がいることが有利だ。しかし、朝鮮が最終的に求めているのは安全保障であり、つまり、アメリカと平和協定を締結することであって、朝鮮としては、米韓が合同軍事演習を中止すれば、核実験を停止するだろう」と指摘します。しかし、米韓合同軍事演習中止を求める朝鮮の立場について米韓は頑なに拒んできているとした上で、「米韓が合同軍事演習を中止するためには、韓国がアメリカに働きかけることが極めて重要」であり、アメリカに対する働きかけという点については、「中国ではどうしようもないが、韓国ならばできることだ」と指摘しています。
また蘇浩も、「朝鮮半島に核が存在することは、実はアメリカにとって都合が良い」と指摘します。つまり、「アメリカの戦略的弱点は東北アジアにある。米韓同盟の元々の趣旨は朝鮮に対処することだったが、アメリカのアジア太平洋リバランス戦略遂行上は、同同盟が地域的軍事同盟システムとなることを必要としており、韓国にTHHADミサイル・システムを配備し、米韓同盟を西太平洋同盟に加わらせることによって、その弱点を克服できる。つまり、朝鮮の核保有は、アメリカがそのアジア太平洋戦略を実現することを客観的に手助けしている」と指摘しています。
米日韓は朝鮮の核放棄(非核化)を前提条件とした対話を主張し、朝鮮は、同国の非核化だけを先行すれば、その先に待ち受けているのはリビアと同じ運命だとして、核放棄を前提にすることには応じられないとしています。これが越えられないカベとなっているわけですが、このカベを乗り越えるために中国が提起しているのがいわゆるダブル・トラックで、すなわち、朝鮮半島非核化と停戦メカニズムの平和メカニズムへの転換を同時並行式に推進するという考え方です。
李春福は、「ダブル・トラックは両者を並行させるものであり、後先の順序をつけない有機的統一をめざすものだ」と指摘した上で、「朝鮮の内部情勢とアプローチの変化は注目に値するものだ」とし、「朝鮮がすでに誠意を示した以上、米韓はこれをチャンスと捉え、半島非核化を推進するべきだ」と主張しています。

2.アメリカ政府の金正恩に対する制裁措置適用

ところがアメリカ政府(財務省)は、朝鮮政府が以上の立場を打ち出した同じ日(7月6日)に声明を発表し、人権侵害にかかわっているものを新たに制裁対象とし、その中に金正恩自身を含めたのです。朝鮮が烈火のごとく反応したことはいうまでもありません。すなわち7月7日、朝鮮外務省は声明を発表して「われわれに対する公然たる宣戦布告」と断じ、「われわれとの全面対決で「赤い線」を越えた以上、われわれは必要なすべての対応措置をすべて取る権利を正々堂々と持つことになった」と指摘し、以下の3点を声明しました。

第一に、米国はあえてわれわれの最高の尊厳を侵害した今回の制裁措置を即時、無条件的に撤回しなければならない。
第二に、米国がわれわれの要求を拒否する場合、朝米間のすべての外交的接触テコとルートは即時、遮断されるであろう。
米国がわれわれに宣戦布告をした以上、これから米国との関係において提起されるすべての問題はわが共和国の戦時法によって処理されるであろう。
第三に、米国の対朝鮮敵視策動がわれわれの最高の尊厳を侵害する最悪の境地に至っていることに関連して、われわれは米国の敵対行為を断固と粉砕するための超強硬の対応措置を取っていくであろう。

ただし、1.で紹介したように、7月9日付の労働新聞がアメリカに対して政策転換を行えば朝鮮としてもそれに対応する用意があることを示唆する文章を発表していることは忘れるべきではないでしょう。
中国の反応はアメリカに対して厳しく、アメリカの取った措置を歓迎した韓国にはさらに厳しく、朝鮮が示した反応は理解できるというものでした。
まず中国外交部の洪磊報道官は7月7日に記者会見での質問に答えて次のように述べました。

中国は、平等及び相互尊重の基礎の上で、建設的な対話と協力を通じて人権問題を処理することを一貫して主張しており、公に圧力をかけ、敵対するやり方には反対であり、国内法に基づいて一方的に制裁をかけるというやり方にも反対だ。このやり方は他国の正当かつ合法的な利益を損なう。現在の朝鮮半島情勢は複雑かつセンシティヴであり、関係諸国は互いを刺激し、緊張を激化する行動は回避し、半島の平和と安定に利することを行うようにするべきである。

7月8日付環球時報は、「金正恩を制裁するアメリカの行動はがさつな覇権主義」と題する社説を掲げ、アメリカの行動を「半島問題の解決に無益であり、緊張を増すだけのもの」と断じて厳しく批判するとともに、アメリカの動きを直ちに歓迎した韓国についても口を極めて非難しました。そして、米韓に対して次のように諭しているのです。

もとより朝鮮には人権問題が存在するが、朝米は政治的歴史的考え方がまったく異なる環境にあり、朝鮮の指導者に対して制裁し、打撃を加えるやり方は異なる体制間の矛盾を激化するだけである。
ワシントンが本気で平壌をして開明、開放に向かわせたいのならば、朝鮮が変わるための出口とチャンスとを残しておかなければならない。韓国についてはなおさらである。しかし今ワシントンが発しているシグナルは、朝鮮現政権をして「絶体絶命に追い詰める」ことであり、政権が自ら「崩壊」すること以外にはない。韓国がアメリカに付和雷同するのは、朝鮮が「近いうちに崩壊」するだけでなく、その結果は韓国が「丸儲け」すると考えているかのような極端なものだ。
考えてもみろ。このような政治的軍事的圧力のもとで、平壌がどうして核を放棄することに積極的になれるか。外から見れば、核放棄こそが朝鮮の政権が長期にわたる安全を獲得する最良の選択であるとしても、かくも劣悪な外部環境のもとにあった朝鮮の中からこのような判断がどうして成長することが可能だろうか。米韓は本気で最終的に「共倒れ」となる結果を考えているのか。
アメリカ本土は朝鮮半島から遠く離れており、アジア駐留米軍の最大の戦略任務はアジア太平洋リバランスを推進することだから、半島の膠着状態が熱さを保つことはアメリカの利益と矛盾しないだろう。しかし、韓国の考え方までが「アメリカ化」するというのは、およそ理解に苦しむことだ。韓国は、半島問題の合従連衡の構図の中からもっとも得たいのは何なのか、平和と安定なのか、半島統一なのか、平壌の政変なのか、それともほかのことなのかをハッキリさせなければならない。ソウルとしては、これらの目標のうち、どれが現実的でどれが非現実的か、どれが当てになりどれが致命的リスクなのかを区別するべきである。韓国人は、アメリカ人が彼らに代わって答を考えることを許してはならない。