シリア内戦に関する興味深い指摘

2016.06.30.

中東情勢は私にとってもっとも捉える手がかりもモノサシもない難しい国際問題の領域です。しかし、中東情勢の成り行き如何は国際関係全体に影響を与えることは確かなので、なるべくフォローすることを心掛けています。昨年11月、トルコがシリア空爆作戦に従事していたロシア軍機を撃墜して以来、ロシアとトルコの関係は決定的に悪化しましたが、6月27日にトルコのエルドアン大統領がプーチン大統領に書簡を送ったことをきっかけとして、両国関係の改善に向けた動きが始まりました。両国関係の今後の展開についてはさらにフォローしていくとして、ロシアとトルコとの対立の一因がシリア問題に関する立場・政策の違いにあることは公知の事実です。シリア内戦自体もまた極めて錯綜しているのですが、イラン放送によるPars Today WSは6月28日付で最高指導者ハメネイ師の国際問題アドバイザーのヴェラヤティの極めて興味深い発言を報じました。また、6月29日付の中国・文匯報及び同日付の人民日報海外版WSも、シリア情勢に関する中国の専門家の分析を掲載しています。素人の私には評価を下しようがないのですが、非常に興味深い指摘が行われていますので、参考に供します。

<指導者の最高補佐官「シリア崩壊はイランのタイムリーな援助で防止された」>

 私は、Pars Today WSを最近数ヶ月間毎日フォローしていますが、最高指導者ハメネイ師の最高補佐官の一人であるヴェラヤティがシリア情勢に対するイランのかかわりの深さをこれほど率直に述べた記事は初めてです。

 国際問題に関する指導者の最高補佐官であるアリ・アクバル・ヴェラヤティは、テロ・グループに対するシリアの戦いをイランが支持する行動を取らなかったならば、同国は崩壊していただろうと強調した。
 火曜日(6月28日)、ヴェラヤティは、「アメリカに率いられた西側諸国は、イランの戦略的パートナーであるシリア政府を転覆させるため、最初からシリア国内に混乱を作りだし、いくつかの域内諸国から資金を受け取り、アメリカの指示する政策を実行し、イスラエルとは如何なる問題をも持たないような政府が扶植されるように狙った」と述べた。
 ヴェラヤティはさらに、「この政策は我々の戦略的利益に反するものであり、したがって我々はそれに対して立ち上がった。イランがダマスカス政府を支持しなかったならば、数週間で同政府は崩壊していただろうし、シリア自体が崩壊した可能性はもっと高かった」とつけ加えた。
 ヴェラヤティは、「したがって、こういう状況のもとで、イランは全力でシリア政府を支持する。もし我々がシリアと関係を持っていないならば、ヘズボラ(浅井注:アメリカがテロ組織と断定しているレバノンの政治勢力で、シリア内戦においてシリア政府軍と共に戦っている)との結びつきもそのままではないだろう」と述べた。

<唐見端(上海外国語大学中東研究所)「今一つの悪しき戦いがシリアで醸成されようとしている」(文匯報)>

 シリア内戦は、本年2月末以来、米露が協調したことで停戦が維持されてきましたが、4月末にシリア最大の都市・アレッポの複数の病院に対する攻撃が起こってから、雲行きが怪しくなっています。この事件から明らかになったのは、アレッポではロシアが支援する政府軍、アメリカ等が支援する反政府軍(複数)及び安保理決議によってテロ組織と指定された勢力(したがって、安保理決議による停戦の対象ではなく、引き続き掃討対象とされている「ヌスラ戦線」等)という3つの勢力が支配権をめぐって争っているということです。したがって、シリア政府軍及びロシアはテロ組織に対する軍事作戦を継続しており、ロシアは一貫してアメリカに対し、反政府軍がロシアの空爆を受けることを回避したいのであれば、反政府軍はテロ組織と一線を画すべきであると主張してきました。アメリカとしても、ヌスラ戦線等については、アメリカも採決に加わった安保理決議でテロ組織と指定している以上、ロシアの主張をむげに拒否することはできないのですが、かといって自らが支持する反政府軍に対するロシアの攻撃を見過ごすわけにもいかず、大きなジレンマに直面しています。唐見端文章は、この問題について分析を加えたものであり、アメリカの態度如何では、今後再び「悪しき戦い」が起こる可能性があることを指摘するものです。

 ロシアとアメリカはシリア問題で再び深刻な対立に陥っている。今月中旬、ケリー国務長官は、アメリカがアサド政権に対する忍耐をもはや失っているとし、ロシア軍がいわゆる穏健な反対派に対する攻撃を行うことに対して懸念を表明した。同時にアメリカのメディアは、数十名の米外交官が連名で、アメリカによるシリア政府軍に対する攻撃を要求したことを明らかにした。
 アメリカの強硬な態度表明に対し、ロシア軍総参謀長のラシモフは先週、「シリア情勢に対して忍耐を失っているのはアメリカではなく、ロシアだ」と強硬に反応した。ラシモフは次のように述べた。ロシアは過去3ヶ月間一貫してアメリカに対して「イスラム国」及び「ヌスラ戦線」のシリア各地における拠点を示す資料を提供し、アメリカがその支持する穏健な反対派をしてそれらの地域から撤去させることを要求してきたのに、アメリカは一貫して誰がテロ組織であるかをハッキリさせられないとし、しかも、穏健派に累が及ばないよう、ロシア軍が「ヌスラ戦線」を攻撃しないことを要求してきた。
 アメリカが以上のように言うのにはそれなりの理由がある。なぜならば、「ヌスラ戦線」と穏健な反対派とはすでに混ざり合っていてハッキリ区別することは難しいからだ。「イスラム軍」、「自由イスラム運動」等の穏健な反対派と「ヌスラ戦線」とを区別するものは、テロ組織というレッテルが貼られているかいないかだけにある。5月に、エジプトがどうしてアメリカ主導のシリア反テロ同盟に加わらないかと尋ねられたとき、前カイロ大学政治学教授のバハ・マグマリ(音訳)は、「シリアでイスラム国及びヌスラ戦線に攻撃を加え、反テロ行動を実施するとすれば、穏健な反対派武装勢力に危害を及ぼすことは避けられないだろう」と述べた。
 以上の発言は2つの事実を述べている。第一、いわゆる穏健な反対派とはレッテルが貼られていないテロ組織であり、テロ組織とはすでにレッテルが貼られている穏健な反対派であるということだ。この現象はリビア戦争で余すところなく明らかとなった。すなわち、同じ過激な勢力が、「革命」の対象がカダフィであったために昨日は革命戦士であり、その虐殺の対象がアメリカ大使となったために今やテロ勢力とされたのだ。
 第二、アメリカは、シリアにおいては今もなお真底から反テロではなく、テロ勢力の力を借りて政権交代を実行しようとしている。すなわち一方で、アメリカは早くも2012年に「ヌスラ戦線」をテロ組織と指定したが、同組織がアメリカに対して敵対しなかったので、アメリカは一貫して彼らに逃げ口を開けてきた。他方、「イスラム軍」及び「自由イスラム運動」などの悪行についてアメリカは知らなかったわけではなく、「自由イスラム運動」をもテロ組織と指定することを考えたことすらあった。しかし、アメリカのシリアにおける既定の目標は政権交代にあったため、彼らが反米傾向を明確にしなかったこともあり、アメリカは利害得失を考慮して、彼らをシリア政府打倒の主要な頼り先と見なしたのだ。そして今日のシリアでは、武装反対勢力の中でもっとも戦闘力が高いのは「ヌスラ戦線」であり、しかも彼らは「イスラム軍」や「自由イスラム運動」を含む他の武装組織の中にも浸透しており、いわゆる世俗派の「シリア自由軍」は2014年には名ばかりの存在となってしまい、上記3つの組織の中に組み込まれてしまった。承認するかどうかはともかく、以上の3組織はすでに現時点でアメリカの事実上の同盟軍になっているのだ。
 現在、アメリカが採用できる行動としては、「ヌスラ戦線」を保護し、「イスラム軍」及び「自由イスラム運動」などのレッテルを貼られていないテロ組織に対する支持の力の入れ方を強め、必要なときには、米特殊部隊がロシアのシリアにおける軍事行動を邪魔する(ただしロシア軍との直接衝突は避ける)ことである。ロシアについていえば、「ヌスラ戦線」に対する空爆の度合いを強めるとともに、ヌスラ戦線の手助けをする穏健な反対勢力に対しても手抜きをせず、必要であれば地上特殊部隊を派遣して戦闘に参加させるということだろう。  今一つの悪しき戦いがシリアで醸成されようとしている。

<李偉建(上海国際問題研究院)「トルコの「詫び状」は中東政策変化の始まり」(人民日報海外版WS>

 トルコのエルドアン大統領は、同国が陥っている内外の苦境から抜け出すために、ロシア軍機撃墜についてプーチン大統領に詫び状を送ったわけですが、李偉建文章はシリア問題との関係性について分析を加えたものです。

 昨日(27日)、トルコ大統領が7ヶ月前のロシア軍機撃墜についてプーチン大統領に正式な謝罪状を送ったことについて、巷間では大きな議論が起こっており、多くの者はエルドアンのこの態度変更は突然であり、今日のこと(詫びを入れること)を知っているならば、当時のこと(撃墜)をどうしてしたのか、と批判するものもいる。しかし筆者の見るところ、エルドアンの変化があまりにも突然だったというよりは、情勢の展開があまりに早すぎるということであり、トルコの当初の軽率な行動も今日の頭を下げるということもともに情勢の変化のなせる技だということである。
 周知のとおり、トルコは過去数年間、シリア問題ではかなりの資産を投じてシリア反対派がアサド政権を打倒することを支援してきたが、近年になって、シリア情勢の展開はトルコの願いとは逆方向に向かって動いている。すなわち過去においては、シリア反対派は米欧及びサウジアラビア、トルコなどの地域大国の支持を得て政府軍との力比べで優位にあったが、イスラム国の出現は情勢を複雑化させた。特に、イスラム国の出現はロシアのシリアに対する軍事介入を可能にさせた。ロシアの介入以後、シリア情勢には顕著な変化が起こり、戦場におけるシリア政府軍の劣勢な立場は逆転し、次第に足場を固めてきた。米欧は当初こそロシアのシリアに対する軍事介入に対して懐疑的ないし反対だったが、その後イスラム国を攻撃することで協力するようになった。このような状況にある中でトルコは軽率にもロシア軍機を撃墜することにより、トルコとロシアとの矛盾を激発させ、アメリカ及びNATO諸国に対してトルコの側に立つことを迫り、そうすることで不利な局面をひっくり返そうとした。しかしその後の事態の展開は、トルコの願いどおりにならなかっただけではなく、トルコの政策にとって不利な方向に展開し続けた。
 すなわち、アメリカのシリア問題における重点はトルコによるロシア軍機撃墜当時においてすでにイスラム国打倒に移っており、ロシアは正にこのチャンスを見て取った上で敢然とシリアに介入したのであって、しかもイスラム国に対する攻撃で大きな成果を達成し、アメリカとしてはシリアにおけるロシアのプレゼンスを受け入れざるを得なくなっていた。むしろ、イスラム国を攻撃するという問題におけるトルコの姿勢はアメリカの不満を引き起こした。すなわち、トルコはアメリカのイスラム国攻撃に積極的に協力しなかったばかりか、イスラム国に抵抗するクルド人武装勢力ともしばしば衝突をくり返し、そのことはアメリカの怒りを買った。最近では、エルドアンの国内における権力拡張に向けた動きもアメリカは警戒するようになっている。情報によれば、アメリカは近い将来、シリア北部のクルド人支配地域に空軍基地を建設することを準備しているという。ある見方によれば、これは一方でロシアのシリアにおける影響力上昇傾向に対抗してアメリカがシリアにおけるプレゼンスを強める狙いによるものである。しかし同時にまた、アメリカとしては、クルド人に対する支持強化を通じてエルドアン政権に対する牽制を狙っている可能性がある。
 以上を綜合すれば、シリア問題に関するトルコの当初の政策及び立場は今や深刻な挑戦に遭遇しており、ロシア軍機撃墜によってロシアが取った経済制裁もトルコに対してますます大きな効果を発揮するようになっている。エルドアンとしては、更なる挫折を避けるため、また、すでに始まったシリア問題の政治解決プロセスの中でさらに脇役に追いやられるのを回避するためにも、そして今後の中東における新たな地縁政治の枠組みの中で有利な地位を勝ち取るためには、現実を直視し、一定の政策調整を行わざるを得ないのだ。今日(28日)、トルコがイスラエルとの関係を回復させたこととも関連づけるならば、エルドアンのプーチンに対する詫び状はトルコの中東政策調整の開始と見ることが可能である。
 注目に値するのは、エルドアンのプーチン宛書簡においては、謝罪のほかに、いかなる提案をも受け入れる用意があると述べていることであり、そのことの方がロシアにとってより興味があることかもしれない。ということは、今後、トルコがシリア問題においてロシアといかなる協調を行うかについて想像をかき立てられるということだ。確かなことは、ロシアは必ずこの点について動きを見せるだろうということであり、仮にトルコがシリア問題でいかなる妥協もしないとすれば、ロシアの許しを獲得することは恐らく無理だろうということである。