南シナ海の緊張増大とアメリカのリバランス戦略(中国側分析)

2016.06.19.

国内では、南シナ海における紛争は中国の拡張主義を示す証左とし、「中国脅威論」を根拠付けるものとする受けとめ方が定着してしまっています。しかし、南シナ海の諸島礁に関する中国の主権については、第二次大戦後1970年代に至るまで、アメリカ及び他の沿岸国を含めて誰も異議を唱えていなかったことは中国の指摘どおりの歴史的法的事実です。また、私たち日本人としては、第二次大戦中に日本軍が占領した西沙及び南沙諸島に対する「すべての権利、権原及び請求権を放棄する」(サンフランシスコ対日平和条約第2条(f))、「すべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される」(日華平和条約第2条)ことを国際的に約束したことをハッキリ記憶しておかなければなりません。
 特に日華平和条約で以上のように定めたのには理由があります。一つは、サンフランシスコ対日平和条約で放棄したことを受けてそのことが「承認される」という規定ぶりになっていることです。もう一つは、これこそが重要な点ですが、「サ」条約では誰に対して放棄したかを明らかにしていない(これはアメリカの「深謀遠慮」に基づくものでした)のですが、日華平和条約でわざわざ規定したということです。日華平和条約が締結されるまでには、中国(中華民国)政府が西沙及び南沙諸島に対する支配を回復していたことを前提に、この規定を置くことにより、日本としては間接的に西沙及び南沙諸島が中国のものであることを改めて「承認」したということなのです。
 敗戦して独立を回復するときに、日本が以上の国際的約束を行ったことを、私たちは決して身勝手に忘れてはならないのです。そのことは特に、最近、安倍政権がフィリピンやヴェトナムに対して軍事的にテコ入れを行うようになっていますが、それは以上の国際約束に鑑みても絶対に許されない行動であることを確認するためにも必要不可欠なことです。安倍政権がこういう冒険主義の行動に出ているのは、南シナ海問題に対する関与を強めているアメリカとの、安保法制に基づく軍事協力の一環であることは明らかです。
 何故アメリカが南シナ海に対する軍事的干与を強めているのか。この点に関して、6月18日付の中国網は、中国人民大学重陽金融研究院の陸暁晨研究員及び常玉迪実習研究員連名の「アメリカの戦略的大転換が南海問題の白熱化を招致」と題する文章を掲載しました。興味深い見方であり、傾聴に値すると思いますので、私たちの他者感覚を鍛える意味でも紹介します。

 現在、「南海仲裁裁判」の結果が出される時期が迫って、南海情勢は刻々と白熱化しつつある。筆者としては、複雑に見える法律条項は横に置いて、南海問題白熱化の重要原因を認識するべきだと考える。その原因は、2009年以降にアメリカの戦略が大転換したこと、特に「アジア・リバランス」戦略である。  アメリカの戦略の大転換とは、オバマが就任して以来、アメリカが軍事、外交、エネルギー及びマクロ経済等分野で相互に関連性のある戦略の転換を行ってきたことを指す。「大転換」のアジア太平洋地域における直接的表れが「アジア回帰」及びその後の「アジア太平洋リバランス」だ。これは、オバマの第1期の始めに発端があり、簡潔に言えば、アメリカは中東に対する軍事面での戦略的介入を段階的に縮小し、政治、経済及び戦略等分野においてアジア太平洋におけるプレゼンスを大幅に拡大するというものだ。南海問題も2009年以後に次第に白熱化し、波風が絶えることがない。この時間的な高度の一致は偶然ではない。
 「アジア太平洋リバランス」戦略は、中米関係に対する影響、アメリカのアジア太平洋同盟関係、アメリカ国内の軍政関係及び東アジアの一体化という4つの分野において、南海問題の白熱化を導いてきた。
 「アジア太平洋リバランス」はまず中米関係そのものに対してマイナスの影響を及ぼした。第一、この戦略はオバマ政権が一方的に提起したものであって、中国側との戦略的意思疎通を経たものではなかった。しかも、最初に提起したときには「アジア回帰」という触れ込みだった。軍事戦略の制定と執行には当然ながら密接な関係があるが、「アジア回帰」が「中国に向けられたもの」かどうかについて、アメリカは一貫して中国側が納得する説明を与えなかった。したがって、オバマは多国間主義を主張したが、それはアメリカと同盟国との間の多国間主義を指すものであり、中国から見ると、それはむしろ同盟国を引っ張って「中国を囲い込む」ものに映った。第二、中国の主権及び領土保全は明確なボトム・ラインだが、アメリカは様々な場面で明確に南海周辺諸国に加担し、声高に南海における中国の脅威を喧伝し、中米関係に大きな衝撃を与えた。第三、アメリカは、アメリカは中国より強力な発言権を利用して「軍事化」などと騒ぎ立てることにより、南海情勢の波風を大きくさせようとしてきた。
 次に、「アジア太平洋リバランス」はアメリカの同盟友好国が南海問題で中国に挑戦するよう「刺激」し、南海情勢を過熱させた。アメリカは安全保障のカードを打ち出し、アジア太平洋における軍事的優位を強固にし、伝統的同盟国である日本、オーストラリア及びフィリピンとの関係を強化し、ヴェトナムなどの新たな盟友を引っ張り込み、南海問題において「一方の側に立つ」傾向を明確にした。そのことは、主観的及び客観的に、アメリカのアジア太平洋における同盟友好国の安全保障政策を調整するように「刺激」した。そのもっともハッキリしたケースがフィリピンだ。早くも2011年、フィリピンはアメリカから退役した巡視艦を購入し、「アジア太平洋リバランス」戦略の支点の役割を積極的に担った。また、アメリカの南海に対する軍事介入は日増しに右傾化を強める日本にとって東南アジアの防衛問題に参与するチャンスを提供し、そのことは情勢をさらに複雑化させている。
 三つ目に、「アジア太平洋リバランス」はアメリカ国内の力関係、特に軍政関係にも調整をもたらしてきた。アメリカ軍特に海軍は、対南海政策に関してより大きな自主性を持っており、このこともまた南海情勢が白熱化している原因の一つである。
 2015年8月、米海軍は「21世紀の海洋国の協力戦略」(a Cooperative Strategy for 21st Century Seapower)に続けて「アジア太平洋海上安全保障戦略」(Asia-Pacific Maritime Strategy)を打ち出した。それを打ち出す前に、米軍高官は中国の南海における島礁建設について密度の濃い世論工作を行った。2015年7月に出された「国家軍事戦略」(National Military Strategy)においては、軍最高レベルの戦略計画としてはじめて中国の脅威を提起した。このように頻繁な軍部の独自の態度表明は、米海軍がアジア太平洋において増大する軍事プレゼンスを備えているだけではなく、アメリカの政策及び世論においても独立した影響力を有していることを示している。しかも、オバマが「レーム・ダック」になってからは、アメリカの南海政策に対する米海軍の役割はさらに顕著になっている。
 米海軍の独立した動きの背後には一連の複雑な要因がある。軍隊の規模削減と軍事費縮小は、アメリカの戦略転換における重要な要素であり、米海軍といえども最新鋭の「ズムウォルト」級ミサイル駆逐艦建造計画の縮減を阻止することができない。しかも同時に、中国の海軍建設は急速な勢いで伸びている。したがって、海軍及び軍官僚にとっての利益という点からしても、米海軍は南海の緊張のエスカレーションによって利益を得るというわけだ。
 最後に、地域の一体化という観点からも南海問題を認識するべきである。2002年から2009年にかけて、南海には底流はあったものの、全体としては平静であった。その背後には、東アジア(東南アジアを含む)の一体化が穏やかに進みつつあり、地域の協力が当時の主流だったことがある。ところがアメリカは2009年に「アジア回帰」を声高に唱えるとともに、TPPをも打ち出した。すなわち、東アジアの一体化の順調な進展プロセスを打ち壊し、アメリカ・モデルによる一体化プロセスとしてのTPPを提起したのだ。筆者の理解では、TPPはアメリカの「アジア太平洋リバランス」の重要な一環である。これこそは南海問題を認識する上での重要な視点である。
 問題の解決はその原因を作りだした当事者によるべきだ。アメリカの戦略的大転換特に「アジア太平洋リバランス」こそが今日の南海情勢白熱化の原因である。したがって、中国としては、南海の平和と安定を引き続き維持するためには、アメリカとの戦略的経済的対話を周到かつ慎重に進め、アメリカによる圧力を取り除き、根本的に南海の緊張した情勢を改善しなければならない。