朝鮮核問題と中朝関係(李敦球文章)

2016.06.14.

6月13日付の中国青年報は、李敦球署名文章「中朝関係 理性的に「落とし穴」を回避」を掲載しました。この文章は、朝鮮労働党第7回大会以後の中朝関係の変化を肯定的に分析したものです。これは、6月7日のコラムで紹介した環球時報社説及び王俊生署名文章と比較するときの最大の特徴です。もちろん、李敦球署名文章も中朝関係における消極面の指摘は怠っていません。しかし、肯定面を強調するところにこそ、李敦球署名文章の最大の特徴があります。これに対して上記2つの文章は、肯定面について指摘しつつも、重点は消極面の指摘にありました。
ただし、上記2つの文章が肯定的指摘を含んでいたことが今回の積極面を強調する李敦球署名文章への橋渡しの役割を果たしているという見方も可能です。すなわち、6月7日のコラムで紹介した環球時報社説は、「中朝関係は朝鮮核問題における重大な分岐の存在に適応しつつあるかのようであり、衝動的にならず、核における分岐が他の分野にまで広がらないようにするための模索が進んでいる」という意味深長な指摘を行っていましたし、王俊生署名文章も「中国も、朝鮮が核兵器を開発することが国家の安全を保障するという初志を体得しているし、米韓の朝鮮に対する圧力が今日の局面を生み出した重要な根源であると再三にわたって指摘してきた」という注目すべき指摘を含んでいました。
つまり、従来の朝鮮関連の文章がNPT体制堅持の立場から朝鮮の核開発を非難する色彩が強かった(NPTを脱退している朝鮮に対して、NPT体制堅持の立場から非難することには国際法的に大きな無理があることは、私がこれまでくり返し指摘してきたことです)のに対し、上記2文章はNPTへの言及がありません。むしろ、中国が朝鮮の核開発政策という「既成事実」を織り込んだ政策的対応を模索しはじめていること(環球時報社説)、また、朝鮮の核開発の安全保障上の必要性についても、自らの「体得」に基づく理解を示している内容が込められています。
もう一つ今回の李敦球署名文章で注目されるのは、THAADの韓国配備問題で対米協調姿勢を強めている朴槿恵政権に対する強い不満を明確にしていることです。そして、朴槿恵政権の対米傾斜の深まりが中朝関係好転の一要素であることを示唆する指摘も行っています。もし、私の読みが誤っていないとすれば、これは重要なシグナルであり、中国の今後の対朝鮮半島政策についてはこれまで以上に注目していく必要があると思います。
以下、李敦球署名文章を紹介します。

6月1日、中共中央総書記、国家主席である習近平は、北京で、朝鮮労働党中央政治局委員、中央副委員長、国際部部長である李洙墉が率いる朝鮮労働党代表団と会見した。このニュースは国内外から広く注目され、中朝関係回復の重要なバロメータと見なされた。
朝鮮の核実験により、中国は国連の対朝鮮制裁に参加し、中朝関係はいちどき冷たくなった。しかし、5月以来、中朝関係には一連の積極的な変化が現れた。5月6日、中国共産党中央委員会は朝鮮労働党第7回大会に電報を送り、大会開催を祝福した(浅井注:私がチェックした範囲内では、中朝のメディアは報道しませんでした)。5月9日、中共中央総書記の習近平は金正恩に電報を送り、朝鮮労働党第7回大会で彼が朝鮮労働党委員長に推挙されたことを祝福した。習近平は、中朝の伝統的友誼は双方の先輩指導者が自ら確立し、心を込めて育てたものであり、双方共同の貴重な財産であるとし、中国の党及び政府は中朝関係を高度に重視していると述べた。
上記の2つの電文には少なくとも3分野の内容が含まれている。一つは、中朝の伝統的友誼は双方共同の貴重な財産であると肯定したことだ。第二は、中朝の友好協力の不断な発展を推進するということだ。第三は、中朝友好は両国及び両国人民に幸福をもたらすだけではなく、地域ひいては世界の平和と安定を擁護することにも有利であるということだ。中朝友好の重要性が両国の範疇を超えていることは明らかだ。
これについて、朝鮮メディアは積極的な評価を行った。(習近平が李洙墉に対して行った発言及び李洙墉が伝達した金正恩の口頭メッセージ内容を紹介し、環球時報社説の「中国が厳しい制裁に参加している状況のもと、国際的には中朝対立を煽ろうとし、中朝間の違いが東北アジアの主要矛盾にエスカレートすることを図る多くの力が働いているが、これは中朝両国にとって不利である。李洙墉の今回の訪中は、中朝がともに理性的にこの落とし穴を避けようとしていることをハッキリと示している」というくだりを紹介した後、)正しく、中朝双方は、理性的にこの「落とし穴」または陰謀を回避するべきだ。長期にわたり、国際的に多くの力が働いて中朝対立を煽ろうとし、同時に朝鮮を悪魔に仕立て上げようとしてきた。我々が注意すべきは、中国が朝鮮半島非核化の原則を堅持することは間違いなく正しいが、この原則が不断に下心ある勢力によって利用されており、彼らは様々な方法及び手段によって中朝間の矛盾を誇張し、中朝対立を煽っているということだ。この点について、冷静な認識を維持するべきである。
第一に、中朝間では、核問題以外の分野では重大な分岐及び矛盾はなく、戦略上及び経済上根本的な利害の衝突は存在しないということだ。
第二に、朝鮮の核保有の根本原因は韓米の巨大な軍事圧力に対抗するということであり、在韓米軍の存在及び毎年行われる米韓大規模軍事演習など、通常兵器によっては南北間の巨大な軍事力ギャップをバランスさせることが困難であるため、朝鮮からすれば核武装を進めることは国家の安全保障を確保するための必要な手段であるということだ。したがって、朝鮮の核保有の目的は、一部の人がいうような中国に対するものではない。なぜならば、中国に対する必要も理由もないからだ。
第三、朝鮮の核実験という行為は、客観的に言って、米日が対中戦略を実行するために口実を提供しているのだが、その副次的役割を誇張することも適当ではないということだ。なぜならば、アメリカがアジア太平洋リバランス戦略を進めるにしても、あるいは日本が軍事大国化し、いわゆる「普通の国家」に進むにしても、それはそれぞれの政治的、経済的、軍事的及び歴史文化的な総合的要素によって決定されているのであり、朝鮮は米日の戦略の方向性を左右するだけの力は備えていない。一歩下がっていえば、朝鮮が核実験という行動をとらないとしても、米日が既定の戦略目標を実行することをやめることはあり得ず、簡単に他の口実を見付け出すだろう。
第四、朝鮮はアメリカにとってのグローバルな戦略的相手ではないが、朝鮮の存在は客観的にアメリカのアジア太平洋地域における戦略力を一部なりとも牽制しており、それこそが正に彼らが中朝対立を挑発する重要な原因の一つであるということだ。
第五、朝鮮核問題の由来及びポイントは中国ではなく、朝鮮核問題解決のカギはアメリカにあるのであって、中国にはないということだ。ところがアメリカは、朝鮮に対する「戦略的忍耐政策」を実行する上で、朝鮮核問題の責任を中国に押し付けており、それゆえに本年はじめに「ビンタ」に関する争いが発生したのだが、中国としては相応の国際的責任を担うしかない(浅井注:「ビンタ」争いが具体的に何を指すかはハッキリ特定できません)。
最近、南海(南シナ海)情勢及び台湾海峡情勢がますます複雑になり、緊張が持続しており、かつ、当面緩和する兆しは見受けられない。ところが韓国は、中国の安全保障を損なうTHHADシステムの配備を考慮し、米日韓軍事協力を強化し、3国合同軍事演習にも参加している。それだけではなく、中国が国連の制裁決議を断固として履行した後になって、在瀋陽韓国総領事館は、朝鮮及び韓国との観光旅行を扱っている東北地方の中国旅行会社数十社に対して、韓国観光旅行を扱う資格を強制的に取り消す公告を発出した(浅井注:私の目にとまった限りでは、この事実関係は初出)。このことについて中国業界では、「韓国が一方的に中国に対して経済制裁を行った」と受けとめられている。したがって、中朝関係がこの時に改善するのは偶然ではないかもしれない。おそらく、中国を利用して朝鮮を制裁するとともに、最終的には中国を押さえ込むという目的を実現し、中朝対立をそそのかそうとする事件は今後も起こるだろう。こういった背景のもと、中国が如何に対応するべきかということは、全局にかかわる問題である。