ラブロフ外相の対日関係発言

2016.06.04.

ロシアのラブロフ外相は、5月31日にコムソモルスカヤ・プラウダ紙とのインタビューの中で、対日関係に関する質問に答えました。その発言内容については国内でも簡単に報じられましたが、領土問題及び安倍・プーチン会談における安倍首相の「新アプローチ提案」(5月8日付コラム参照)に関するラブロフの発言は興味深いものですので、ロシア外務省WSに基づいてその詳細を紹介します。安倍首相の「新アプローチ」提案なるものをロシア側がまともに受けとめていないことは明らかです。
 ついでに言うと、安倍首相の発言のいい加減さは、G7サミット後の発言(現在の世界経済情勢は「リーマン・ショック時」並みという認識で各国首脳が認識を共有したというもの)が、実は間接消費税引き上げ実施延期を正当化するための作り事に等しいものだったことからも明らかになっています。こういう例から見ると、「新アプローチ」提案なるものも果たして本当にあったのかどうか、はなはだ疑わしいというのが私の率直な感想です。

(質問)何故に戦勝国が戦敗国に平和条約に署名するようにお願いするのか。ロシアとの平和条約に署名してもらうために日本にロシアの領土の半分(浅井注:北方4島の中の2島)を与えるのか。どうしてロシアは、千島列島を譲って日本に平和条約を署名するようお願いしなければならないのか。
(回答)我々はそうする必要はないし、そうするつもりもなく、将来にもそうしないだろう。我々は千島列島を譲り渡さないし、日本に平和条約の署名をお願いしてもいない。信頼に足る責任ある国家として、また、ソ連の継承国として、ロシアはソ連が負ったすべての義務を引き受けることを確認した。それらの義務には両国議会が批准した1956年の日ソ共同宣言が含まれる。共同宣言では両国が平和条約を締結することが述べられており、そしてその後においてのみ、ソ連が善意の表れとしてかつ日本人の期待に基づいて、色丹及び歯舞を日本に引き渡すとしている。何にも増して、以上のことは、日本が第二次大戦の結果を無条件に承認するという前提の上でのことだ。不幸なことだが、島とのかかわりにおいてだけではなく、いや恐らくそれとは無関係に、日本はそうするつもりがない。実際、日本は、戦勝国によって行われたすべてのことは変更できないとする国連憲章諸規定を確認していない唯一の国連加盟国だ。
 我々は日本と協力する方法を探す用意がある。日本は偉大な国家及び国民であるが、穏便に言っても、隣国との間で悪い関係の歴史を含めた複雑な歴史を持っている。しかし、我々は、日本人とロシア人が、他のすべての国々の人民と同じく、仲良く暮らし、協力から利益を得ることに関心を持っている。領土紛争について相互に受け入れ可能な解決を語る場合には、第二次大戦の結果を承認すること抜きでは不可能だ(Talking about a mutually acceptable solution to the territorial dispute without recognising the outcome of World War II is impossible)。このことは、我々が日本側と話し合うときに常に相手側に述べていることだ。我々はまた、この状況を改善するためのチャンスは多いともいっている。特に、直近の協議の際、我々はこの問題の歴史的側面を考慮し、第二次大戦によってこれら諸島の領有権問題が決着したことは明確だということを提起した(during the last round of consultations, we proposed considering the historical aspect of this issue, so that everyone is clear that World War II put an end to the story of these islands changing hands)。
 我々は、日本人の親族の墓がこれら諸島にあることを認識している。これら諸島で生活していた人々はまだ生存しているものもいる。南千島諸島に訪問する日本人には特別なビザ免除の旅行計画もある。ちなみに、樺太居住者はビザ免除で日本に行くこともできる。我々はすでに久しく、日本側が我々と一緒にこれら諸島で経済活動を行うことを招いてきた。彼らは投資をし、特別経済地域を創造することができる。彼らはすべてのことができるのだ。私は、日本の同僚がこれらの活動に焦点を当てることを期待している。少なくとも、我々はそういう招待を行ってきた。こうすることで、多くの問題を議題からクリアできると思う。重要なことはこれら諸島が日本の投資家及び企業家並びに日本が提案する人道的活動にオープンであるということであるとすれば、他のあらゆる事はそれほど重要ではないだろう(If what matters is that these islands are open to Japanese visitors and businessmen, Japan-sponsored humanitarian actions, then everything else is probably not as fundamental)。
(質問)最近ソチで安倍首相が提起した、いわゆる「北方領土」問題に対する新しいアプローチの内容とは?
(回答)そこには、これまで議論されてこなかった内容は何もない(There is nothing in it that has not been discussed before)。実際、我々の対話が2003年の露日サミットで敷かれ、2013年に安倍首相が公式訪問でロシア滞在中に再確認したレールに戻っているということだ(This, in fact, means that our dialogue is returning to the track outlined back in 2003 during a Russian-Japanese summit and reaffirmed in 2013 when Japanese Prime Minister Shinzo Abe was in Russia on an official visit)。ということは、新しい問題にせよ古い問題にせよ、それらを議論するためには、両国は協力関係を全方位に高め、全面的で戦略的にする必要があるということだ(The idea is that in order to address any problems that emerge or old problems, we need to step up our partnership in all directions and make it fully fledged and strategic)。このことは、貿易及び経済的結びつき、特に投資分野(相互の投資)並びに両国民が強く願っている人道的交流にかかわっている。そしてこのことは、かなりの程度、安全保障及び戦略的安定に関する問題に関する両国の協力にかかわっている。我々は、日本がその外交的政治的進路を自ら設定することを強く期待している(浅井注:日本に対して対米追随外交を見直すことを求めるという趣旨)。

ちなみに、6月2日付新華社WSは、上記ラブロフ発言を紹介し、北方4島をめぐる日ロ間の紛争に関する歴史と現状を解説する記事を掲載しています。現状に関する記述部分を以下のとおり紹介しておきましょう。

 ソ連解体後、ロシアの「西側傾斜」戦略が挫折し、財政が逼迫した際、露日関係を改善しようとして4島帰属に関するロシアの立場が動揺したことがある。1990年代、ロシアの4島問題に関する態度は、日本と平和条約締結後、歯舞と色丹を日本に引き渡すという、日ソ共同宣言の立場に近づいたことがあった。
 ところが日本はロシアと反対に、領土問題交渉を平和条約締結の前提とし、そのために双方は領土紛争及び平和条約双方について進展がなかった。それだけではなく、歯舞及び色丹の面積が4島総面積の1/10に達しないため、2島だけを受け取るということは日本にとってむずかしかった。
 よって、日本は1855年に締結した日露条約を根拠に4島すべてに対する主権を主張した。日本はまた2月7日を「北方領土の日」と定め、毎年記念行事を行ってきた。
 しかしロシアは、4島保有は第二次大戦の結果であるとし、この結果を変更することは第二次大戦を否定することを意味すると考えている。ロシアは一度ならず、日本が「歴史を正視する」べきであると警告してきた。
 ロシアからすれば、千島列島はオホーツク海東南部の天然のバリアであり、ロシア東部国境地帯の安全を保障している。したがってロシアは、同地のインフラ建設を推進するだけではなく、4島における軍事プレゼンスも強化している。
 ロシアは長い年月をかけて、日本の4島における影響力を徐々に消してきた。最近の例としては、ロシアの指導者が度々島を視察しているが、日本の当局者は飛行機で遠くから「視察」するしかない。
 本年5月6日、安倍首相が訪露し、領土及び経済などで突破口を開こうとした。西側の制裁を受け孤立しているロシアにとり、日本は正に西側の対露統一戦線を打開する突破口だった。
 しかしわずか10日あまりを隔てて、プーチン大統領は5月20日、南千島(北方4島)問題について日本といかなる取引をすることもあり得ないと明確に表明した。これにより、領土問題で双方が妥協する余地がないことがよりハッキリした。
 さらに、露日「友好小舟」の上にはもう一人のアメリカという船員が乗っている。アメリカの雑誌ナショナル・インタレストは、アメリカは日本の安全保障の主要な保護者であり、日露関係が強固になると、アメリカとしてはその東アジアにおける影響力が削がれることを心配する、と指摘した。したがって、露日の立場が膠着し、アメリカも紛争解決を支持しない状況のもと、露日間の紛争が短期間で解決するのは難しいとみられている。