アルメニア・アゼルバイジャンの軍事衝突

2016.04.05.

ナガルノ・カラバフの帰属をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの軍事衝突は、トルコがロシア軍機を撃墜してから急速に悪化したロシア・トルコ関係、シリア・アサド政権に対する支持を鮮明にしているイランとアサド政権打倒を狙うトルコという立場の違いを背景とするイラン・トルコ関係、アルメニアとは同盟関係にあるとともに、アゼルバイジャンが西側に傾斜を強めることを懸念するロシア、両国と友好関係にあるイラン等々の国際的に極めて複雑な背景のもと、その先行きに対する懸念が広がっています。私はこの問題に関してはまったく予備知識もないし、従来は遠い世界の出来事という受け止めしかありませんでした。
しかし、4月4日付の新華社電「ナガルノ・カラバフ衝突 エスカレーションの可能性は小さい」はこの問題の由来を、また、同日付の文匯報記事「ナガルノ・カラバフ衝突の背後にあるもの」はこの問題にかかわる国際的背景をそれぞれ解説しており、彼岸の火事として野次馬気分で見るには深刻すぎる問題であることを理解させられました。要旨を紹介します。

<新華社電>
分析によれば、ナガルノ・カラバフをめぐるアルメニア及びアゼルバイジャンの間の摩擦は途絶えることがなく、今回の衝突はそうした矛盾の集中的爆発である。各方面の情勢から見る時、衝突が拡大するかどうかは、両国次第であるとともに、国際環境によっても影響される面がある。ただし、目下の国際環境からすると、衝突がエスカレートする要素は備わっていない。
(衝突が絶えない歴史的原因)
ナガルノ・カラバフの面積は4400平方キロ、ソ連時代にはアゼルバイジャンの自治州だったが、住民の多くはアルメニア人である。1988年にナガルノ・カラバフはアルメニアに所属することを要求し、アルメニア人とアゼルバイジャン人との間で武力衝突が発生した。ソ連解体後、両国間で同地をめぐって戦争が勃発し、アルメニアは同地及びその周囲のアゼルバイジャンに属する一部領土を占領した。1994年、両国は全面停戦に合意したが、現在に至るも同問題をめぐって敵対状況にある。最近の衝突勃発は、両国の軍事対立状態の延長線上にあると見られる。
両国は長年にわたって軍事衝突を重ねており、兵士や住民の死傷が常に起こっている。2014年には深刻な軍事衝突が発生し、数十人が死亡した。この時は、ロシアのプーチン大統領の斡旋により、両国大統領がロシアのソチに赴いて会談し、衝突のエスカレーションが防止された。統計によれば、2015年における両国間の小規模な軍事衝突の数は3000件近いという。
(重要な国際的要素)
ナガルノ・カラバフ問題は、表面的にはアルメニアとアゼルバイジャンの直接的力比べであるが、背後における大国のせめぎ合いを無視することはできない。ただし、目下のところは、衝突がエスカレートする国際的要因は備わってはいない。
まず、当該地域でもっとも影響力のある最大の国家であるロシアは、自国の戦略的利益に影響を及ぼす、さらなる大規模な軍事衝突を望んでいない。 アルメニアはCIS集団安全保障条約機構のメンバー国であり、ロシアの同盟国だ。当該機構の規定によれば、メンバー国が一国または複数国の侵略を受けたときには、他の締約国は軍事援助を含む必要な支援を提供することになっている。しかしロシアは同時に、アゼルバイジャンとのエネルギー、軍事等方面での協力をも重視しており、アゼルバイジャンとの関係悪化及びそれにより同国が西側に傾斜することを望んでいない。
ロシアは長期にわたり、ナガルノ・カラバフ問題をアゼルバイジャン及びアルメニアとの関係をバランスさせるための手段としてきた。仮に大規模な衝突が起こると、ロシアはいずれか一方に与さなければならなくなり、そのバランサーとしての有利な立場を失うこととなる。
次に、EUもこの地域において重要な役割を発揮する立場にある。EUは現在、アゼルバイジャンの天然ガスを「南部天然ガス・ルート」経由で欧州に送る事業を積極的に進めており、いずれかの国が軍事衝突を挑発することによって、EUのエネルギー安全保障が破壊されることを望んでいない。
さらに、域外国であるアメリカもナガルノ・カラバフの衝突のエスカレーションを支持する気持ちはない。アメリカのケリー国務長官は最近、ワシントンでアゼルバイジャンのアリエフ大統領と会見した際、平和的交渉によってこの問題を解決する方法を探究することを希望した。
(乏しい徹底的解決の可能性)
近年、アゼルバイジャンは豊富な天然ガス資源に依拠して国力及び軍事力を大幅に伸ばしており、内陸国であるアルメニアを大きく凌駕しているが、関係大国の明確な支持が得られない状況のもとでは、単独で現状を打破し、同問題を徹底的に解決するだけの実力は相変わらず欠いている。
現在、ロシアのプーチン大統領は、双方が即時に停戦し、自制を保つことを促している。この地域における影響力最大の国家として、ロシアは衝突が制御できなくなり、自国の戦略的利益に影響が及ぶことを望んでいない。
しかし、複雑な歴史的背景があるこの問題が徹底的に解決される可能性は同じく極めて小さい。
まず、当事国であるアルメニアとアゼルバイジャンの立場の違いは極めて大きく、調整しようがない。アゼルバイジャンは、アルメニアが同地域から完全撤兵することを要求している。アルメニアは同地域の実効支配者として安易には妥協するはずがない。双方が多年にわたって培ってきた敵対感情も短期間では解消しがたい。
また、ロシア、アメリカ、EUなども戦火が再燃することは望んでいないが、問題を徹底的に解決しようとする意欲はそれほど強くない。以上から判断すると、この問題は地域のホット・イッシューとして長期にわたって存在することとなるだろう。
<文匯報記事>
ナガルノ・カラバフは、ロシア、トルコ及びイラン3国と地続きであるのみならず、石油及び天然ガスのパイプラインが稠密に敷かれており、いかなる火種も大規模な地域衝突を引き起こす可能性があるとともに、世界及び地域の大国間のこの地域における力比べ及び闘争も次第に露わとなっている。
まずロシアであるが、アゼルバイジャンもアルメニアも、かつてはソ連邦を構成した共和国であり、ロシアは両国に対して伝統的な影響力を持っている。アルメニアはCIS集団安全保障条約機構メンバー国であり、ロシアはアルメニアに5000人の精鋭部隊を駐留させており、何時でも不測の事態に対応する構えだ。アゼルバイジャンは、ウクライナやバルト3国と同じく、CISの「反逆者」であり、ソ連邦解体後、ロシアとの関係は次第に疎遠となり、しかも、トルコ及びアメリカの二重の影響下にあって、ここぞというときには西側を選び、ロシアの調停を受けることは願わないだろう。
次にトルコだが、トルコ領内には80万人のアゼルバイジャン人がおり、最近20年の間にさらに30万人のイラン及びアゼルバイジャンからのアゼルバイジャン系移民がトルコに移住している。アゼルバイジャン系とトルコ系とは文化及び言語が接近しているので、融合度は極めて高い。言語学者の中には、アゼルバイジャン語はトルコ語の方言だとするものもいる。トルコとアゼルバイジャンの関係は極めて密接であり、準同盟国に近いほどだ。トルコとアルメニアの関係は、歴史的原因によってずっと緊張しており、今日に至るも外交関係がない。したがってトルコとしては、ロシアとの対抗上、あるいはアゼルバイジャン人とのアイデンティティもあって、当然のようにアゼルバイジャンを支持している。4月2日、アメリカにおける核サミットに出席したエルドアン大統領は、アゼルバイジャンの「最後まで抵抗する」という立場を支持した。トルコ議会の一部議員はオバマ大統領及びEU本部に手紙を送り、アメリカとEUがアゼルバイジャンに軍事援助を行うことを要求するとともに、ロシアとアルメニアとの軍事同盟に対する「深刻な懸念」を表明した。しかし、現在のトルコとアメリカとの関係はギクシャクしており、オバマはトルコ側の再三の要求のもとでエルドアンとは何とか会見したものの、エルドアンの強硬な見解表明に対しては反応しなかった。
さらにイランであるが、イランは唯一、アルメニア及びアゼルバイジャンの双方と友好関係を維持している隣国である。イランとアゼルバイジャンの関係は特殊なものがあり、イランの最高指導者ハメネイはアゼルバイジャン人とのハーフであり、アゼルバイジャン人はイラン人口の1/4(2000万人近く)を占め、また、アゼルバイジャン人の85%はシーア派ムスリムである。ただし最近の10年間に、アゼルバイジャンはアメリカ及びイスラエルに接近し、カスピ海諸国首脳会議においてはしばしばロシア・イラン連合に対して異論を唱え、イランの強烈な不満を引き起こしている。これと同時に、イランとアルメニアの関係はかつてない勢いで急進展している。3月31日、イランはアルメニアの天然ガス・パイプライン建設に対する援助を再開したのみならず、両国間の国境貿易を強化することを提案し、さらにはアルメニアに対して2億ドルの特別支援も行った。事件発生後、イラン外務省次官は即時に声明を発表し、双方が即時停戦することを要求したが、これは一部国家が火に油を注ぐやり方を取っていることと鮮明なコントラストをなしている。
最後にアメリカとEUだが、ケリー国務長官は双方が自制することを強く求め、最終的解決の方法を探している。分析によれば、アメリカとしてはナガルノ・カラバフを米露間の新たな衝突イッシューにすることを望んでいないとされる。EUは現在、アゼルバイジャンの天然ガスを「南部天然ガス・ルート」を経由して欧州に輸送することを積極的に進めており、アゼルバイジャン及びアルメニアのいずれによる、EUのエネルギー安全保障を破壊するいかなる軍事衝突挑発をも支持していない。