南シナ海問題と九段線(中国専門家見解)

2016.03.30.

3月29日付環球時報は、中国海洋発展研究中心研究員の郁志栄署名文章「「南海仲裁」 戦術的に如何に対応するか」という文章を掲載しました。この文章は、フィリピンが国際仲裁裁判所に提起した南シナ海にかかわる訴訟に関し、中国が国際世論において受け身に立たされているという認識に基づき、戦略的には軽視する(仲裁の結果を受け入れない)としても、戦術的には国際的に受け身の状況を変えるべく最大限の努力を行うべきだという主張を行っています。
こういう主張が環球時報に掲載されること自体が極めて異例というべきですが、さらに注目されるのは、この文章がいわゆる九段線の法律的性格について立ち入って解説を加えていることです。筆者が中国海洋研究中心研究員という専門的立場であることを考えれば、筆者の九段線に関する主張がまったく孤立した個人的見解であると見ることはむしろ不自然でしょう。
 私は前にもこのコラムで、中国は九段線の法的地位に関する立場を明確にするべきだと指摘したことがありますが、私がこれまで目にしている限りでは、郁志栄文章は正にその嚆矢をなすものです。郁志栄文章が示した見解が公的な立場となるか否かについては予断できませんが、非常に注目される文章なので、以下に紹介します。

 フィリピンが提出したいわゆる「南海仲裁案」に対する「最終裁決」が明らかにされようとしているこの段階で、フィリピン当局は先日再び我が国の太平島の問題をハーグの常設仲裁裁判所に提起した。これに対し、我々は戦略的に無視するとしても、戦術的には、あらゆる力を動員して重視し、「最終裁決」の前に最大限の努力を払い、現在の受け身の国際世論状況を変えるべきである。
 上善の策は、フィリピンをして自ら訴えを撤回させることであるが、これはもっとも難度が高い方法でもある。専門家、学者及び政府当局者を組織してフィリピンに対して働きかけを行い、理を尽くし、情に訴えることを考慮することもできる。働きかけの対象としては、アキノ大統領をはじめとするフィリピン政府関係当局、次期大統領候補者たち、さらにはフィリピン国内の影響力を有する識者たちだ。しかし、もっとも困難であるところはもっとも容易に攻略でき、もっとも脆弱なところでもあるのであり、方法が的確でタイミングがうまくいけば、成功する希望と可能性がないとは言えない。
 上善の策が実現できないとなれば、頃合いを見計らって第二の方法を起動することを考えるべきである。すなわち、フィリピンの口を通じてハーグ常設仲裁裁判所の「最終裁決」言い渡しの時間をできる限り引き延ばし、望むらくは新大統領就任後まで引き延ばすことだ。このようにすれば、中比関係が改善し、双方が仲裁案に関して和解を達成する可能性が増えるだろう。
 この過程においては、常設仲裁裁判所の裁判官を含めた国際社会の接触を保つべきである。我が国は現在、「南海仲裁案」に対して受け入れず、参与しないという態度を取っており、「最終裁決」を履行しないことも法律に基づく権利ではある。しかし、消極的な権利を行使するということは積極的な権利を用いないということと同義ではなく、話をせず、道理を説かないということでもない。原則には違反しないという前提の下で、裁判官と直接に意思疎通を行い、接触するというチャンネルと方法は相変わらず存在している。すなわち、公式ではない国際学術討論会の形式で、見解及び意見を表明し、裁判官が認識を新たにし、関連する問題について考えることを促すことはできる。
 何をもって「違反してはならない原則」というか。一つは、フィリピンが南海行動宣言第4条の規定に違反しており、仲裁を提起する資格がないのであり、したがって不法であり、約束を守らず、道理に即していないということである。二つ目は、フィリピン提起の「南海仲裁案」の訴えの内容はすべて主権、境界、軍事にかかわっており、常設仲裁裁判所の管轄権の範囲に属していないということである。三つ目は、本件は明らかにアメリカが黒幕であり、正常な法律的訴案ではないということだ。
 「南海仲裁案」の最終解決に当たっては「九段線」の法的地位を迂回することはできず、カギとなるのは、中国が「九段線」によって南海に境界を引くことができるか否かということであり、「九段線」は最終的に「国連海洋法条約」と矛盾し、対立し、調和できないのか、それとも統一的であり、相容れるものであり、調和できるものであるかということだ。我々が「九段線」の存在の合法性、「九段線」に基づいて線引きを行うことの可能性及び「九段線」の含意に関する歴史的性格について、国際的にさらに説得力ある説明ができないとすれば、類似の「仲裁案」を今後も回避することはできない。
 いかなる状況のもとにおいても、我が国は「九段線」が南海における管轄海域の外部境界線であることを堅持するべきである。すなわち、中国は線内の島嶼に対して主権を有し、すべての支配権を行使でき、線内の上部水域及び海底に対して主権的権利及び管轄権を有し、外国は上空を飛行する自由、海上を航行する自由及び海底ケーブルを敷設する自由を有し、また、予め申請し、我が国政府の批准を経た外国は南海海底を探査し、海底資源を開発することができる。我が国と南海の近隣諸国との海上の境界線は必ず「九段線」を基礎とし、線内の島嶼、上部水域、海底の法律的地位の解釈に関しては、海洋法条約の領海制度、排他的経済水域制度及び大陸棚制度を借用することができるが、後二者の引用に当たっては200カイリという距離概念は排除しなければならない。