米韓合同軍事演習・朝鮮の先制攻撃的核打撃発言と中露の反応

2016.03.14.

1.米韓合同軍事演習に対する朝鮮及び中露の反応

 3月7日に米韓(豪州及びニュージーランドも参加)が合同軍事演習を開始したことに対して、同日、朝鮮国防委員会及び祖国平和統一委員会(祖平統)スポークスマンはそれぞれ声明を発表し、「せん滅的打撃を加えられるように先制攻撃的な軍事的対応方式を取る」「われわれの軍事的対応措置もより先制的かつ攻撃的な核打撃戦になる」(国防委員会声明)、「敵が少しでも動けばそのつど発見し、後悔する瞬間もなく無慈悲なせん滅的打撃を先に加える万端の先制打撃態勢に進入」「任意の時刻に発射できるように準備した小型化、精密化、多種化された核爆弾の報復洗礼」(祖平統スポークスマン)という、核を含む強硬な対抗措置を取ることを宣明しました。これは、今回の米韓合同軍事演習が、例年の演習とは異なり、「極度に冒険的な「作戦計画5015」に準じてわれわれの最高首脳部と「体制転覆」を狙った天人共に激怒する「斬首計画」まで実行する実働的な戦争遂行方式で強行すること」(国防委員会)、「(朝鮮の)首脳部を狙った「斬首作戦」と各戦略的要衝を不意に占領するための奇襲上陸作戦、われわれの核打撃手段に対する先制打撃作戦などを含む「作戦計画5015」の実戦の可能性を確定するところにあると公然と宣伝していること」(祖平統スポークスマン)に対する朝鮮の決意を表明するものです。
 また、3月11日付朝鮮中央通信は、弾道ロケット発射訓練を視察した金正恩が、「共和国に対する最も露骨な核戦争挑発を仕掛けてきた以上、これに対するわれわれの自衛的対応措置もより先制的で、より攻撃的な方式にならなければならない」と述べ、「神聖なわが祖国の一木一草に少しでも手出しするなら、核手段を含むすべての軍事的打撃手段に即時の攻撃命令」を下すと発言したことを伝えました。
 ただし、朝鮮の打撃対象に関しては、前2者と金正恩発言には微妙な違いがあります。すなわち、国防委員会声明は「南朝鮮作戦地帯内の主要打撃対象を射程圏内に置く攻撃手段が実戦配備され、アジア太平洋地域の米帝侵略軍基地と米本土を標的にする強力な核打撃手段が恒常的な発射待機状態にある」、また、祖平統スポークスマン声明は「南朝鮮はもちろん、日本と太平洋地域、米本土にある侵略のすべての本拠地がわが革命武力が保有している各種の打撃手段の射程圏内に入っている」として、米本土を含めています。これに対して金正恩発言は、「南朝鮮の作戦地帯内の主要打撃対象とアジア太平洋地域の米帝侵略軍基地を標的とする」としており、米本土は含まれていません。
 この朝鮮の強硬な対応に対して、中国だけではなく、露朝関係を維持したい立場から安保理決議2270には注文をつけたロシアも厳しい反応を示しました。ただし見落としてはならないのは、中露は朝鮮に対して厳しいだけではなく、米韓の強硬一本槍のアプローチをも厳しく批判し、6者協議による問題解決を訴える点でも、中露が共同歩調であるということです。
 中国の王毅外交部長は3月8日、全国人民代表大会における記者会見で、次のように発言しました(中国外交部WS)。

 「中国は情義を重んじるとともに、原則をも語る。我々は朝鮮との伝統的友好を大切にしており、朝鮮が発展を図り、安全を求めることに対して、支持し、援助したい。同時に、半島非核化を堅持する立場にはいささかの曖昧さも含まず、朝鮮が核ミサイル計画を推進することに対して譲歩することはあり得ない。非核化してのみ平和があり得ること、対話によってのみ出口があること、協力してのみウィン・ウィンがあり得ることを明確に見て取るべきである。」(強調は浅井。以下同じ)
 「中国は安保理常任理事国として、決議2270を含む安保理決議を履行する責任もあれば、そうする能力もある。決議2270は全面的かつ欠落ない形で履行する必要がある。制裁は必要な手段であり、安定を維持することは当面の急務であり、交渉は根本の道である。
 現在、半島情勢は一触即発であり、火薬の臭いが充満している。緊張が増大してコントロールが効かなくなれば、すべての国々にとっての災難となる。半島の最大の隣国として、中国は半島の安定が根本から破壊されることを座視することはあり得ず、中国の安全上の利益がいわれなく気損なわれることを座視することもあり得ない。我々は、各国が理性的に自制し、矛盾をこれ以上激化しないことを強烈に促す。
 半島問題の最終的解決は、総合的に策を講じ、症状に応じて処方箋を講じる必要がある。制裁と圧力のみにうつつを抜かすことは半島の将来に対して責任を負わないことと同じだ。そのため、中国は半島の非核化と停戦体制を平和体制に転換することとを並行的に推進するという交渉の考え方を提起した。非核化は国際社会の確固とした目標であり、停戦体制の平和体制への転換は朝鮮の合理的関心であり、両者を併行して交渉し、ステップ・バイ・ステップで推進し、統一的に解決することは、公平かつ合理的であるとともに、確実に実行可能でもある。各国が提起するそのほかの考え方に関しては、弾力的に3者、4者ひいては5者の接触などを含め、半島核問題を交渉テーブルに引き戻すのに有利である限り、我々はオープンな態度で臨む。」

 ロシア外務省の情報プレス局は3月7日、朝鮮半島情勢に関するコメントを発表して次のように述べました。

 「朝鮮半島情勢にかかわる展開は増大する懸念を引き起こしている。3月7日に韓国とアメリカは合同軍事演習を開始した。予め計画されたものとは言え、投入される兵器の規模、量及びタイプにおいて前例のないものだ。この軍事行動の直接の目標として狙い撃ちされている朝鮮が自らの安全について警戒するのは当然である。ロシアは、平壌に対して政治的軍事的に圧力をかけるこのようなアプローチに対しては、数多くの機会に憤慨の意を表明してきた。
 そのことを確認した上で、北朝鮮の事態の展開に対する反応は正しいものとは言えないロシアは特に、相手に対してなんらかの「予防的核攻撃」を公言する声明は絶対に受け入れることができない平壌は、そのような声明を行うことにより、自らを国際共同体に対して敵対させるものであり、(相手側に対して)国連憲章に基づく自衛権行使として軍事力を行使する国際法の根拠を与えることを理解するべきである
 ロシアは、すべての当事国に対し、朝鮮半島の紛争がコントロールできないまでに悪化することを防止するべく、理性的に自制することを呼びかける。」

 さらにロシアのラブロフ外相は中国の王毅外交部長の訪露を要請し、両者は11日に会談して朝鮮問題を含めて突っ込んだ話し合いを行い、その後に共同記者会見に臨みました。ロシア外務省WSによれば、ラブロフ外相が冒頭に発言し、その後記者の質問に答えて両外相がさらに発言しています。その内容は次のとおりです。

<ラブロフ外相冒頭発言(朝鮮半島関連部分)>
 我々は朝鮮半島情勢にも焦点を当てた。双方は、不拡散体制及び平壌の核に関する野望を承認しないことを支持する一貫した立場を再確認した。ロシアと中国は、一方において北朝鮮の核ミサイル計画の更なる開発を阻止し、他方において地域の緊張をエスカレートさせ、政治的外交的解決を妨げ、地域を不安定化させる武装化(ミサイル防衛システムの配備計画を含む)の口実に利用されることがないようにするため、必要な措置を講じるべきであると確信する。我々は、このアプローチを推進するための重要な役割は、平壌に対して強いシグナルを送るとともに、北朝鮮を孤立させ、窒息させる白紙委任状を誰にも与えない、交渉再開へのドアをオープンにしている3月2日に採択された厳格な安保理決議2270によって担われるべきであると確信する。我々は、北朝鮮が適切な結論を引き出し、安保理の要求に留意し、2005年9月19日に6者協議共同声明に基づく交渉テーブルに最終的に引き返すことを希望する。
<両外相に対する質問>
 安保理のDPRKに対する極めて厳しい決議にもかかわらず、北朝鮮はミサイル発射を強行した。北朝鮮の指導者たちは、核弾頭を短距離ミサイルに装着する準備を表明した。これは安保理決議が所期の効果を上げることに失敗したということを意味するものか。中国とロシアは、関連決議を実施し、北朝鮮に更なる圧力をかけるためにいかなる措置を講じる用意があるのか。中国は、中国とDPRKの緊密な結びつきを考慮して、朝鮮半島の非核化という構想と休戦から平和への移行を同時的に推進することをどのように進めるつもりか。アメリカが韓国にTHHADミサイル防衛システムを配備する場合には、モスクワと北京はどうするのか。
<王毅外交部長発言(中国外交部WS)>
中国が半島非核化と停戦メカニズムを平和メカニズムに転換することとを併行して推進するという考え方は、交渉に対して責任ある態度を放棄しないという中国の立場の表明であるとともに、決議2270を履行する立場の表明でもある。中国は、この考え方は情理に合致したものであり、客観的かつ公正であり、6ヵ国が達成可能な最大公約数でもあると考えている。他の国々が意見があるならば、より良い方法を提起して欲しい。次のステップとしては、この考え方をブレークダウンし、フィージビリティを伴った具体的提案とするつもりであり、随時各国の意見を聴取したいと考えている。
 中露はともに半島非核化の目標を堅持しており、朝鮮の核保有国としての地位を承認せず、6者協議再起動を支持し、そのために新たな努力を行いたい。決議2270は全面的かつ欠落のない形で履行されるべきだ。制裁措置の各項目は逐一実行し、朝鮮の核武装開発を断固として阻止するとともに、朝鮮の民生及び人道的必要に影響することを防止し、情勢の緊張を増大する行動を取ることは回避し、6者協議再開に努力する。これらすべては決議の重要な内容であり、安保理のすべての理事国が行った約束でもある。以上に鑑み、中国は以下のことを呼びかける。第一、決議の履行は格好付であってはいけないし、つまみ食いであってはならない。第二、決議以外の一方的制裁は安保理によって認められたものではなく、国際的コンセンサスもないのであって、慎重であるべきだ。第三、各国は、互いにこれ以上非難しあうべきではなく、情勢がコントロールできなくなることを防止する努力を行うべきだ。
 アメリカが韓国にTHHADシステムを真っ先に配備することは朝鮮半島における実際の防衛的必要をはるかに超えており、中露の戦略的安全保障の利益を直接に損ない、地域の戦略的バランスを破壊し、軍備競争を引き起こす。我々は韓国の合理的な国防上の必要は理解するが、必要性を超えた配備を行うことは理解しないし、受け入れない。
<ラブロフ外相発言>
 私は、王毅発言に同意する。安保理決議2270は厳格に遵守されなければならない。我々は、北朝鮮指導者たちによる、この決議によってもDPRKが核兵器開発はやめず、平壌を「怒らせる」いかなる相手に対しても戦争を開始するという趣旨の声明に接している。我々はこういう行動は無責任だと考える。我々は、採択された決議に示された安保理の要求は絶対に正当であり、厳格に満たされなければならないと確信している。我々は、平壌が世界共同体のこの断固とした対応を、同じような冒険が今後くり返されるべきではないとするシグナルであると受けとめることを希望している。DPRKは、同じような冒険をすることに対して誰も大目に見ないということだけは理解するべきだ。
 冒頭発言で述べ、王毅外交部長も質問に答えて発言したように、我々は、この決議がDPRKを窒息させ、孤立化させる白紙委任状とならず、朝鮮の人々の社会的経済的状況に害を加えるものとならないことを確保している。さらにこの決議は、交渉再開のドアをオープンにしており、否、その再開の触媒そのものである。
 核ミサイルにかかわる行動及び冒険については受け入れられないが、DPRKは合法的な安全保障上の関心を有する。王毅が言及した平和条約というテーマは、当然交渉のテーブルの上にある。我々は、朝鮮半島の非核化における真の進展が、持続的で、安定したかつ平和的な地域問題すべての解決と同時的に進むことに関心をもっている。我々は、この課題を解決することに貢献する用意がある。6者協議の早い段階でいくつかのワーキング・グループ(WG)が設置された。そのWGの一つは北東アジアに平和と安全をつくり出すことに貢献するものだ。このWGはロシアが主催する。我々は長らく、このメカニズムを寝かせたままにしてはいけないと各国に言ってきており、協議を開始すること、少なくとも当面は専門家レベルでの非公式な協議を開始することを話してきた。北東アジアにおける安全保障を確実にするための道筋について対話を行う必要がある。我々はその必要を感じており、中国の友人たちは我々を支持している。
 王毅外交部長は制裁について述べた。安保理の制裁は十分に基礎付けられたものであり、国際法における強制として唯一の法的手段である。特に西側諸国が、安保理での煩瑣な作業の上で合意されたマルチの措置に上乗せして一方的な制裁を行うことは、我々の集団的なアプローチ及び団結にとって役立たないと確信する。アメリカその他の同盟国が課した一方的な制裁がDPRKを完全に孤立させ、6者協議再開の可能性を壊すために使われないことを希望する。くり返していうが、新たな冒険を防止するためのタフな行動と交渉再開のチャンスを完全に閉ざしてしまうことを許さないこととの間のバランスを保つことが非常に大事だ。

2.朝鮮の核先制攻撃論について考える

 朝鮮が核による先制自衛について言及したのは今回が初めてというわけではありません。しかし、国防委員会さらには金正恩自らが政策として明確に表明したということになりますと、もはや「退路を断った」ことを意味するわけで、その意味するところは深刻です。もちろん、朝鮮指導部としてはそれだけ今回の米韓合同軍事演習を100%の危機意識で受けとめているということです。
2015年のいわゆる8月危機(8月事態とも)の経緯を想起すれば、確かに米韓はいかなる口実をもでっちあげることで「演習」を作戦そのものに切り換えるという可能性は常にあります。なにしろ、アメリカは「おあつらえデタランス」戦略、韓国は「積極デタランス」戦略という先制攻撃を想定した戦略を早々と制定し、今回の合同軍事演習で行われる「作戦計画5015」は、掛け値なしに朝鮮最高首脳部を根こそぎにする作戦計画なのですから、朝鮮がそういう事態を想定して身構えることは100%理解できることです。
 非常にひねくれた解釈をするとすれば、アメリカ以下の西側では、金正恩は「何をするか分からない」危険な人物として描き出されており、朝鮮は逆にそのイメージを利用して核先制攻撃論を唱えている可能性もないわけではありません。つまり、金正恩ならば、朝鮮国家を道連れにするとんでもないことをしでかしかねない、ということになれば、アメリカとしては軽々なことはできなくなるという読みです。
 以上の点を考慮した上で、しかし、朝鮮が核先制攻撃を公然と政策として打ち出したことに対しては、私としてはやはり根本的に同意できません。
 第一にそしてなによりも重大なことは、朝鮮が先制核打撃を公然と主張することは、それが必然として導く朝鮮全土に対する米韓日による報復攻撃によって、首脳部はもちろん朝鮮全土が焦土化すること、すなわち無数の人々が犠牲になることと同義であるということです。第二次大戦以前の時代であればいざ知らず、そのようなことを前提とする政策決定を行うことは、現代のいかなる国家のいかなる政治指導者にとっても許されることではありません。
 第二に、米韓が先制核攻撃を織り込んだ戦略を先に採用したのだから、朝鮮としても対抗上止むを得ないという反論の可能性に対しては、私は次のことを指摘せざるを得ません。すなわち、アメリカ(及び韓国)としては、朝鮮が反撃する可能性をすべて摘み取った上で(少なくとも摘み取ったと判断した上で)のみ、朝鮮に対する先制攻撃に踏み切るということです。もちろん、私はそういう米韓の判断にはなんの保証もないとは思います(朝鮮の報復能力を無力化することはできっこありません)が、しかし、国民を犠牲にすることを当初から織り込んだ対朝先制攻撃シナリオはあり得ないはずです。そこが「腐っても鯛」というか、デモクラシーをタテマエとする国家の最高意思決定者である限りは出発点におかなければならない必須前提条件です。
 ちなみに、私が安倍政治に危険性を覚えてならないのは、この必須前提条件すら、安倍首相は弁えていない可能性が十分にあるからです。
 話を元に戻しますが、朝鮮の場合は、朝鮮人民の生命と安全を確保する前提のもとにおける核先制攻撃というシナリオは描きようがないことはそれこそ自明です。したがって、米韓が先制核攻撃戦略を採用したのだから、朝鮮としても対抗上そうするしかない、という主張は成り立ち得ないのです。
 第三に、核デタランスの要諦は、相手が攻撃したら、その相手にとって到底受け入れることができないだけの大量殺傷破壊を反撃として行う意思と能力を保持するという点にあり、それで十分であるということです。英仏にしても、中国にしても、最小限核デタランス戦略を採用してきた国々がおしなべて、第二撃としての核戦力という位置づけをして来たのはそれゆえです。朝鮮が核デタランスのそういう本質を正確に認識しているのであれば、自衛としての核先制打撃という発想はまったく理解不能です。
 第四にそして外交戦略として、すでに見たように、朝鮮の核先制打撃論は、米日韓という真正な脅威に直面している朝鮮の立場を理解して行動してきた中国及びロシアですら「とてもついていけない」代物であるということです。朝鮮が核武装することに対しては理解を示してきた国々でも、朝鮮が先制核攻撃をするという主張を行うことに対して理解を示す国はゼロだといっても過言ではないでしょう。
 私は、1990年代以後の朝鮮の対外政策には合理的一貫性があると判断してきました。しかし、核による先制自衛打撃という主張が朝鮮メディアで取り上げられるようになってから、正直言って危ういものを感じるようになっていました。そして、1.で見た朝鮮国防委員会、祖平統スポークスマンの声明及び金正恩自らの発言に接して、ますます危機感を深めている次第です。
 金正恩発言において核先制打撃論が政策として打ち出されてしまったいま、朝鮮がこれを正式に引っ込めることはあり得ないでしょう。私の希望的観測として言えることは、米韓合同軍事演習という試練を何とかして乗り切り、その後の国際的交渉対話による事態打開のプロセスが軌道に乗ること、その中で朝鮮が中国の提案などを利用して外交的に活路を開く努力を払うこと(その中で核先制打撃論は「実質的なお蔵入り」にさせること)ぐらいしかありません。