朝鮮半島情勢:緊張打開の道筋を考える

2016.02.27.

*ケリー長官の招きに応じて訪米した王毅外交部長は、朝鮮の第4回核実験及び人工衛星打ち上げに関して安保理制裁決議を採択することで合意しました。中国は相変わらず、安保理制裁決議が不法かつ無効であるという国際法的認識を我がものにしていないことを露呈しました。非常に残念かつ遺憾なことです。
 米韓が朝鮮に対して先制攻撃を加える戦略ドクトリンを採用し、その具体的な作戦計画をも持っている今、そして、日本が安保法制によって集団的自衛権行使する構えとなったいま、1994年の第1次核疑惑及び昨年(2015年)のいわゆる8月事態の時以上に、些細な事件をきっかけとして、米日韓が本格的な対朝鮮軍事攻撃を発動する条件が整備されるに至っています。
 安保理決議に対して朝鮮が反発することは避けられませんし、3月から開始される米韓合同軍事演習に対して朝鮮がハリネズミの心境に追い込まれるのも目に見えています。私としては、全面的軍事衝突が起こらないことをひたすら願うほかありません。
 そういう願いを込めながら、朝鮮半島の緊張を打開する道筋について、日ごろ考えてきたことを一文にまとめてみました。ある雑誌からの執筆誘いがきっかけです。朝鮮問題に関心を寄せる一人でも多くの人々に読んでいただきたいと願っています。

   朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)は、1月6日に第4回核実験を行い、また、2月7日には人工衛星を打ち上げた。これに対して大韓民国(韓国)は、開城工業団地の操業全面停止を含め、朝鮮に対する強硬対決姿勢を打ち出した。また、米韓は3月開始の定例合同軍事演習を史上最大規模で実施する構えであり、3月以後の朝鮮半島情勢は再び一触即発の危機を迎える。
 これまでの朝鮮の人工衛星打ち上げ及び核実験に対しては、国連安保理は毎回非難及び制裁の決議を採択しているが、今回、米韓日は従来以上に厳しい内容の決議採択を目指している。これに対して中国(及びロシア)は、制裁決議採択には同意しつつ、6者協議再開による問題解決を目指すべきだという立場だ。
 本稿は、最初に、1950年に勃発した朝鮮戦争以来の半島の歴史を踏まえて朝鮮半島情勢の緊張原因を確認する。次に、これまで試みられてきた国際的取り組みの実効性及び問題点を検証する。最後に、問題解決のための必要な道筋を提起する。

1.朝鮮半島情勢の緊張原因

 第二次世界大戦後の朝鮮半島情勢は、米ソによる38度線を境にした南北分断で固定化され、1990年まで米ソ冷戦体制のもとで身動きできない状況が続いた(私たちは、日本の朝鮮植民地支配が米ソによる南北分断を招いた事実を忘れてはならない)。冷戦体制そのものは1991年のソ連崩壊によって崩れたが、朝鮮半島情勢は、1953年に締結された休戦協定によって辛うじて戦火再発を回避する不安定な状況のままだ。むしろ、1990年代以後、朝鮮の核政策に神経をとがらせた米国歴代政権は、朝鮮半島の軍事的緊張を持続、激化させて今日に至っている。
 朝鮮の核政策は、1980年代にソ連から提供された実験原子炉の導入に端を発する。朝鮮は、1985年に核不拡散条約(NPT)に、1992年には国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定に署名し、NPT体制の枠組みのもとで原子力の平和利用を推進する姿勢を示した。
 ところが1993年、米国は朝鮮の核開発を問題視し、これを受けてIAEAは朝鮮に対して特別査察を要求した(第1次「核疑惑」)。朝鮮はこれに反発してNPTを脱退した。するとクリントン政権は、疑惑がある核施設を破壊する軍事作戦計画を進め、朝鮮半島は一触即発となった。
 この危機は、韓国の金泳三大統領が米国の軍事力行使に断固反対したこと、有事法制をもたない日本が米軍の発進・兵站基地としての機能を担えなかったこと、カーター元大統領が金日成主席と直談判したことなどによって辛うじて回避された。そして米朝は、1994年にいわゆる米朝枠組み合意を締結し、米国を中心とする国際機構(KEDO)が朝鮮に対して軽水炉原子炉(及び建設完了までは発電用重油)を提供し、朝鮮は独自の核開発計画を放棄するパッケージが成立した。これを受けて朝鮮はNPT脱退を撤回した。
 ちなみに朝鮮は、1998年に最初の人工衛星打ち上げを行ったが、米国はミサイル発射実験と受けとめたものの制裁には動かなかった。
 しかし、イラン、イラクとともに朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけたブッシュ政権のもと、米国務省は2002年に朝鮮のウラン濃縮に関する情報を発表し(第2次「核疑惑」)、重油提供を一方的に停止した。これに反発した朝鮮は再びNPT脱退を宣言し、半島情勢は再度緊張した(最近発表された中国専門家文章は、朝鮮はウラン濃縮計画の存在は認めたが、濃縮活動そのものを認めたのではないと指摘し、朝鮮側主張を裏付けた)。その直後にブッシュ政権はイラク戦争を開始し、朝鮮の同政権に対する警戒はさらに高まった。
 事態に危機感を抱いた中国が韓国及びロシアの賛同も得て動き、米日も同調せざるを得なくなって、朝鮮半島の非核化及び同半島における平和と安定の実現を目指す、朝鮮を含めた6者協議が2003年に起動した。そして、2005年の協議では共同声明(「9.19合意」)採択という成果を達成した。ところがその直後、米財務省はマカオの銀行を通じた朝鮮のマネー・ロンダリング摘発を発表した。朝鮮は、これを9.19合意違反として激しく非難し、6者協議は中断に追い込まれた。
その状況下で朝鮮が2006年にミサイルの連続発射実験を行ったことに対して、アメリカ主導(中露も同調)で「朝鮮が、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止…することを要求」する国連安保理決議1695が採択された。朝鮮はこれに核実験(第1回)で対抗し、再び米国主導で朝鮮に対する経済制裁を行う安保理決議1718が採択された。
なおこの年にブッシュ政権は、ならず者国家(朝鮮を含む)に対する核先制攻撃の可能性を織り込んだ「おあつらえデタランス」(tailored deterrence)戦略を公表した(韓国も2010年に対朝鮮先制攻撃の可能性を織り込んだ「積極デタランス」戦略を採用)。
 その後、中国の努力もあって6者協議は再開された。そして、2007年から2008年にかけて、9.19合意実施のための具体的措置について合意が得られた。
 2009年、朝鮮は宇宙条約に加入した上で、第2回目の人工衛星打ち上げを行った。これに対して安保理議長は、ミサイル技術を利用した打ち上げそのものが安保理決議1718違反とする非難声明を発表した。これを不当とした朝鮮は第2回核実験を行い、さらに安保理決議1874が採択されるという応酬がくり返された。
ちなみに、以上のパターンは2013年から2014年にかけてもくり返された(人工衛星打ち上げ→安保理決議2087→朝鮮の第3回核実験→安保理決議2094)。本年(2016年)の展開は以上の延長線上にある。
 以上に概観した朝鮮半島戦後史から、半島情勢の緊張原因として、次の3点が重要だ。
 第一、朝鮮半島情勢は休戦協定で辛うじて戦争が回避されてきたが、朝米の相互不信で、些細なきっかけが本格的軍事衝突に拡大する可能性が常に存在していること。
 第二、朝鮮は当初、核開発(原子力の平和利用)及び人工衛星打ち上げ(宇宙の平和利用)について、NPT及び宇宙条約に基づく権利の行使として行おうとしたのに、米国は朝鮮の目的は核ミサイル開発にあると決めつけてかかったこと。
 第三、日本を含め、朝鮮半島の緊張激化の原因は朝鮮の挑発にあるとする見方が支配的だが、米国の朝鮮敵視政策こそが真の緊張原因であること。

2.国際的取り組み

 朝鮮半島情勢の緊張を解消・打開するためのこれまでの国際的取り組みには、1994年の米朝直接交渉による枠組み合意、2003年以後の中国主導の6者協議、2006年以後の米国主導の安保理決議による非難・制裁がある。
(米朝枠組み合意)
 まず米朝枠組み合意に関しては、合意履行特に軽水炉建設は遅々として進まなかったが、クリントン政権時代は、米朝双方ともに合意破棄は考えていなかった。ブッシュ政権が第2の「核疑惑」を起こさなかったならば、合意が維持された可能性はあった。朝鮮が最初の人工衛星を打ち上げたとき、米国が制裁に動かなかったことは示唆的だ。
 しかし、枠組み合意自体は朝鮮が核武装に踏み切る以前に成立したものであり、現在、この合意に回帰する現実的条件はない。むしろ、この枠組み合意が与える有益な示唆は、米朝が直接交渉する用意がありさえすれば、問題の外交的解決は可能ということだ。
(安保理決議)
 安保理決議による国際的制裁で圧力をかけ、朝鮮の譲歩を迫るという米国主導のアプローチは、事態を深刻化させただけでなく、国際法的に許されない行動である。
 まず、米国が近年多用する制裁によって対象国の譲歩・屈伏を引き出す政策そのものに重大な疑問符をつけなければならない。ここではイラン及びロシアのケースで考える。
米国は、イランの核問題に関する国際合意(JCPOA)が成立したのは、安保理決議による国際的制裁の圧力がイランを核兵器開発断念に追い込むことで可能になったとする。
国際的制裁が対外依存度の高い国家に対して大きな圧力となることは否定できない。イランが交渉による問題解決に真剣に取り組んだのはこの負荷の重圧によるものだったことは確かだ。しかし、イランはNPT加盟国であり、その原子力利用計画は平和目的であって、核兵器開発の意図はないと一貫して主張してきた。イランは、JCPOA成立を、原子力の平和利用の権利を国際社会に認めさせた外交的勝利と位置づけている。
ウクライナ危機後のロシアに対する米欧による制裁は、ソ連崩壊後急速に対外依存度を高めてきたロシア経済に深刻な影響を与えている。しかし、プーチン・ロシアはそれによって政策を転換させる兆しはまったくない。
むしろ、シリアを筆頭とする中近東・北アフリカからの大量難民の流入に直面したEU諸国は、シリア軍事作戦で成果を挙げているロシアとの関係修復を望んでいる。中東政策で頓挫しているオバマ政権も、シリア問題でロシアの協力を求めざるを得なくなっている(2月22日の米露共同声明)。米欧による対露制裁は明らかに破綻している。
朝鮮は対外開放を模索しはじめた段階であり、その対外依存度は、イラン及びロシアとは比べものにならないほどに低い。確かにその国家的生存を確保する上で、中国に対する依存度は高い。しかし、中国にとっても、朝鮮という国境を接する国家が崩壊しないことを確保し、中国の安全保障を全うすることは至上課題だ。したがって、朝鮮の崩壊をも視野に入れて制裁強化を主張する米国と同一歩調を取りうるはずはない。
次に、朝鮮の人工衛星打ち上げ及び核実験に対する米国主導の安保理決議に関しては、国際法上、重大な問題がある。
人工衛星打ち上げ(宇宙の平和利用)は、宇宙条約によってすべての国に認められる権利(第1条)であり、宇宙条約に加入している朝鮮は当然この権利を有する。安保理がこれを制限・否定する決議を採択すること自体、不法かつ無効である。
確かに国連憲章(第25条)により、国連加盟国は安保理決定を「受諾し且つ履行する」ことに同意している。しかし、安保理が加盟国の国際法(国際条約を含む)上の権利を制限し、禁止する決定を行うこと自体が許されるはずがない。仮に許されるとすれば国際法は反古同然となり、国際社会は5大国の意思がまかり通るヤクザの社会になってしまう。
次に、朝鮮がNPT加盟国であれば、その核実験は条約違反であり、安保理が取り締まることにはそれなりの正当性がある。しかし、朝鮮は用意周到にもNPTから脱退した上で核実験に踏み切った。国際条約に関するイロハは「条約は締約国のみを拘束する」ということだ。したがって、朝鮮の行動をNPT違反として取り締まることはできない。
確かにいかなる国家による核兵器開発も国際の平和と安定に対する重大な脅威となり得る。国連憲章(第7章)はそういう脅威を安保理が取り締まることを予定している。
しかし、朝鮮からすれば、インド、パキスタン(及びイスラエル)の核兵器開発を「黙認」した安保理が朝鮮だけを狙い撃ちするのは、あってはならない二重基準であり、それに従ういわれはないということになる。
国際法を対外政策上の手段として位置づける米国は論外だが、米国の専横に対して国際法重視を主張する中国(及びロシア)が2006年以後、米国主導の安保理決議採択に同調したのは重大な誤りだった。
(6者協議)
 すでに述べたとおり、6者協議は、朝鮮が第1回核実験を行った後にも継続され、9.19合意実施のための措置を取ることに合意するという成果を挙げた(2007年2月及び9月)。しかし、2009年の朝鮮による人工衛星打ち上げ以後、米国主導の安保理中心の取り組みが中心となり、6者協議は中断を余儀なくされた。
だが、今回の朝鮮の核実験及び人工衛星打ち上げ以後高まった緊張を打開すべく、中国は改めて、「半島の非核化と停戦協定を平和協定に代えることを併行して推進すること」を主題とする6者協議再開を提案した(2月17日の中豪外相会談及び同3日の中米外相会談)。問題は、朝鮮南北及び米国がこの提案に応じるかどうかだ。
 韓国は、朝鮮の第4回核実験及び人工衛星打ち上げに対して過剰反応を示している。すなわち、南北和解の象徴とも言うべき開城工業団地の閉鎖を一方的に決定した。また、3月から開始する米韓合同軍事演習では、朝鮮首脳部を除去する「斬首作戦」演習を行うことを公言している。
 米国は、任期1年弱となったオバマ政権がレーム・ダックである。しかも同政権は、アジア太平洋リバランス戦略を打ち出し、この地域に米戦力の60%を集中する政策を遂行している。強大な軍事プレゼンスを正当化するためには「朝鮮脅威論」を手放せない。
 朝鮮は、2015年以来、6者協議は成果を挙げなかったとして、米朝直接交渉による問題解決を主張するようになった。しかも6者協議の行われた時期とは異なり、朝鮮はいまや核保有国であると自己規定し、その立場での交渉を主張している。

3.問題解決の道筋

 朝鮮半島情勢の緊張が増幅することを放置すれば、第2の朝鮮戦争を招きかねない。米国は朝鮮に圧力をかけ続けてその自壊を導くシナリオを描くが、2015年のいわゆる8月事態(韓国軍兵士が地雷爆発で負傷したことをきっかけにして起こった全面衝突の危機。南北最高位レベルの膝詰め談判によって辛うじて危機を脱した)に鑑みても、米国の思惑どおりになる保証はゼロだ。問題解決の緊要性はかつてなく大きい。以上1.及び2.を踏まえ、実質問題と取り組み方について基本的考え方を提起する。
(実質問題)
実質問題としては、1.で指摘した情勢緊張の3つの原因(米朝相互不信、朝鮮の核開発及び人工衛星打ち上げ問題、米国の朝鮮敵視政策)の綜合的解決が必要だ。「綜合的」でなければならないのは、3つの問題が絡まりあっていて、切り離しは不可能だからだ。いずれの一つのみを優先させようとする一方による試みは、必ず他方による抵抗で挫折する。
相互不信の解消を実現するために取り組むべき課題は、停戦協定を平和協定に代えることであり、それ以外にない。米国の朝鮮敵視政策は朝鮮に対する不信に基づくものであるから、平和協定推進は同時に米国の朝鮮敵視政策の転換を促す意味をもつ。
朝鮮の核開発及び人工衛星打ち上げ問題に関しては、問題点の整理が必要だ。朝鮮以外の国々の最大の関心は、朝鮮に核兵器開発を断念させ、NPT体制に引き戻すことにある。朝鮮の最大の関心は国家としての生存・安全保障に対する米国の確証取り付けだ。
8月事態(前述)以後、朝鮮は米国に平和協定締結を提案し、米国がこれに応じれば、核問題の交渉に応じることを示唆している。つまり、米朝平和協定締結と朝鮮のNPT体制復帰とをパッケージにする取り組みを進めることで、双方の要求を満たすことができる。
朝鮮の人工衛星打ち上げに対する米国の拒否反応は、打ち上げ用ロケットが長距離弾道ミサイルにほかならず、核弾頭を搭載すれば軍事的脅威となるという警戒に基づく。しかし、核開発を伴わなければ、人工衛星打ち上げに目くじらを立てる理由はなくなるはずだ。したがって、上記パッケージを実現することにより、安保理決議で朝鮮の宇宙条約に基づく権利の行使を妨げる必要性は消滅する。
結論として、中国が最近提起している「半島の非核化と停戦協定を平和協定に代えることを併行して推進する」提案は、以上の諸点を取り入れることによって説得力を持つことになるはずだ。
(取り組み方)
国際的取り組みとしては、理論的には、関係諸国の協議に基づいて、まったく新しい方式をつくり出すことも考えられる。しかし、情勢の緊迫性に鑑みれば、新方式を編み出すために時間を費消する余裕はない。
これまで試みられた3つの方式のうち、朝鮮に対する圧力行使を主眼とする安保理決議方式の破産は明らかだ。また、枠組み合意を実現した米朝直接交渉方式は理想的だが、朝鮮はともかく、米国が応じる可能性は乏しい。したがって、中国が提案している、9.19合意を基礎に6者協議を再起動させる方式が、過去における一定の実績に鑑みても、もっとも現実的選択だ。
ただし、中国の提案に米国、韓国及び朝鮮が簡単に応じる状況でないことは2.で見たとおりだ。中国もそのことを弁えており、「関係国のより良い提案があれば、議論したい」(2月23日にケリー長官と共同記者会見に臨んだ王毅外交部長発言)としている。
米中合意の実現に基づく新しい安保理決議が採択され、3月には米韓合同軍事演習が開始される。朝鮮は当然激しく反発するだろう。この試練を何とかしのぐことができることを前提として、この夏から6者協議による問題解決の取り組みが本格化することを希望的に展望することができるだろう。