対朝鮮半島政策に関する中国国内の活発な論調

2016.02.21.

中国政府(国務院)系列の中国網(チャイナ・ネット)は、2月2日から、「朝鮮半島情勢観察」というテーマのもとに一連の文章を発表しています。私がはじめから引っかかったのは、各文章を紹介するに当たっての編集者見解としての以下の文章でした。

 2016年、朝鮮が国際世論を顧みずに続けて行った水爆実験と衛星打ち上げという行動は、国際社会を震撼させた。朝鮮のくり返しての無茶さは周辺諸国の不安を引き起こし、米日韓3国の強烈な反発を招き、半島ひいては東北アジアの再度の緊張を導き、中国東北国境地域の安寧及び国家の安全保障上の利益に対しても深刻な挑戦をつくり出すこととなった。中国網「朝鮮半島情勢観察」は東北アジアの複雑な情勢を整理し、朝鮮半島問題の真相を探ってみる。

 一見して明らかなことは、この「見解」は朝鮮の行動を「無茶」と決めてかかっており、それが諸悪の根源だという前提に立っていることです。このような前提は、朝鮮の核実験及び衛星打ち上げが許されざるものという決めつけから出てくるものであることはいうまでもありません。しかし、そういう決めつけそのものが中国の国際法理解の誤りという根っこの問題への認識欠落に起因しているのです。私は、2月18日付のコラムで、「初動を間違えるとどのような悲喜劇が起こりかねないか」を例示するものとして2月17日付環球時報社説を紹介しましたが、この「見解」も正にそういう深刻な誤りの今一つの証左になっています。
 ちなみに、これまでに中国網の「朝鮮半島情勢観察」のシリーズとして紹介されているのは以下の6篇の文章です。
◯2月2日 張文宗(中国現代国際関係研究院アメリカ研究所副研究員)「朝鮮核問題のカギは中国の手にはない」
◯2月11日 張敬偉(チャハル学会研究員)「朝鮮核危機 内政外交の宿痾を解決する朝鮮の「副薬」」
◯2月16日 王俊生(中国社会科学院アジア太平洋及びグローバル研究院副研究員)「如何に深い霧を振り払い、朝鮮半島情勢の真相を見極めるか」
◯2月18日 陳向陽(中国現代国際関係研究院危機管理研究中心主任)「半島問題の主導権を掌握し、困難に立ち向かうのみ」
◯2月18日 梁立昌(淮北師範大学国際政治系教師)「朝鮮核問題 交渉テーブルに戻るべし」
◯2月19日 張敬偉「半島風雲の突然の変化 戦いは東北アジアの悲劇」
 このほかにも、朝鮮半島問題では環球時報が次のような文章を掲載しています。中国国内で朝鮮半島問題について活発な議論が行われていることが分かります。
◯2月18日 呂超(遼寧社会科学院研究員、朝鮮問題専門家)「朝鮮、中露が手を出して米日韓と対抗するようにし、自らは漁夫の利を得ようとしている」
◯2月18日 労木(本名:馬世琨。環球時報シニアエディター)「朝鮮が中国の安全保障上の利益を無視することは容認できず」(浅井注:環球時報のシニアエディターが、朝鮮に対してこのような感情的な文章を書くのかと、本当に心配が募る内容です。)
◯2月19日 労木「THHAD配備 韓国は中国に申し訳が立たず」(浅井注:前日の文章と対になるもの)
◯2月19日 任衞東(中国現代国際関係研究院副研究員)「目下の朝鮮半島で大戦勃発はあり得ず」
◯2月20日 環球時報社説「アメリカ、朝鮮の「水火も辞せず核保有」にすこぶる貢献」
◯2月20日 陳興圓(解放軍特殊作戦研学院教員)「アメリカが「特殊戦」を発動することはそれほどやさしいことに非ず」
 また、2月19日付新京報も陳在田署名文章「アメリカが朝鮮半島で「発砲」するとしたら狂乱の余り」を掲載しています。
 こういう中で、私はもっとも注目している朝鮮問題専門家の李敦球の文章が現れるのをじりじりする思いで待っていたのですが、2月20日付の中国青年報でやっと「THHADに直面 中国は如何にして局面を打破するか」と題する彼の文章を掲載しました。この文章は、韓国・朴槿恵政権の対朝鮮政策が完全にアメリカと歩調を合わせた過去への逆戻りと断じ、中国としては局面を打破するために戦略及びアプローチを変えるべきだと主張する、朝鮮を論難する論調が多い中で、極めてユニークなものです。私自身としては、李敦球が中国の対朝鮮政策の初動の誤りについても立ち入った議論を公にすることを鶴首して待ち望んでいるのですが、それはそれとして、こういう内容の文章が中国青年報に掲載されるということは、中国国内で多様な議論が闘わされていることを示す一つの証左とは言えるでしょう。以下に大要を紹介します。

 2月12日、王毅外交部長は、ロイター通信の単独インタビューを受けたとき、「我々は、半島核問題に名を借りて、いかなる国家が中国の正当な権益を侵害することに対しても断固反対する」と表明した。王毅は、「THHHADシステムのカバー範囲、特にそのXバンド・レーダーのモニター範囲は半島防衛の必要をはるかに越えており、アジア大陸奥地まで侵入し、中国の戦略的安全保障の利益を直接損なうだけでなく、この地域の他の国家(浅井注:ロシア)の安全保障上の利益をも損なう」と述べた。王毅はさらに、「項庄舞剣」(浅井注:「項庄舞剣 意在沛公」という成語で、言うことと真の意図とが違うことを指す譬え)及び「司馬昭之心」(浅井注:「司馬昭之心 路人皆知」という成語で、野心が明々白々で誰にも分かる譬え)を引用して(韓国の行動を)当てこすった。
 以上の王毅発言は、中国が韓国へのTHHADシステム配備に公に反対した中でもっとも厳しい表明である。この問題についてはすでに10年以上話題になってきたが、中国の反対姿勢は一貫した、明確で断固たるものだった。仮に韓国が独断専行し、中国の厳正な立場を無視し、アメリカによる韓国配備を許可するのであれば、中韓関係に深刻な損害をつくり出すことは間違いない。
<韓国は戦略的迷路に入り込んでいる>
 朝鮮の核実験及び衛星打ち上げの後、韓国は如何にして危機を解消するかについて考えず、危機をエスカレートさせる一連の行動を取った。まず、米日とともにもっとも厳しい経済制裁を実施した。次に、アメリカの原潜、空母、B-52戦略爆撃機、F-22ステルス戦闘機、及び特殊部隊などを迅速に導き入れた。第三に、中露などの反対を顧みず、韓国にTHHADを配備しようとしている。第四に、「斬首作戦」を含む最大規模の韓米軍事演習の実施を積極的に計画している。第五に、開城工業団地を全面的に中断し、6.15共同宣言(浅井注:2000年6月の金大中・金正日による共同宣言)の成果を全面的に否定した。
 韓国は、アメリカと一緒になって、経済的に朝鮮を「絞め殺し」、軍事的に朝鮮を「消滅」させようと考えているかのようだ。半島には戦雲が立ちこめ、危機が至るところに潜んでいる。筆者は、韓国の政策決定者にいくつかの問題を問いただしたい。
 第一、朝鮮は長期にわたる国際的制裁を受けていながら、5年連続で経済のプラス成長を維持している。仮にもっとも厳しいとされる制裁を実施したとしても、朝鮮を「絞め殺す」目的を達成できるだろうか。
 第二、大量の戦略兵器を導入し、大規模な軍事演習を行うことは、防衛上の必要をはるかに超えているが、戦火によって災いを招き、身を滅ぼすことにならないだろうか。
 第三、THHADの配備、運用及び維持はアメリカが責任を持ち、韓国は現在まだ戦時指揮権を持っていない状況のもとで、米軍が誰かに狙いを定めるときに韓国の許可を得る必要があるのか。韓国がTHHADシステムを支配する権限がないのであれば、それが中国に対するものではないことをどうして保証できるのか。
 第四、一歩引いて、軍事攻撃によって朝鮮を「消滅」できるとしても、韓国は、朝鮮によるソウル及び京畿道をカバーする集中砲火の打撃(他の兵器についてはしばらく問わない)に耐えられるとでも言うのだろうか。
 第五、仮に朝鮮が「消滅」させられたとしても、中米日露等の大国が半島の紛争に直接介入する可能性をコントロールする能力が韓国にあるとでも言うのだろうか。
 事実として、韓国には以上の疑問に対処する力はない。現在、韓国の対朝鮮政策は、金大中及び盧武鉉がつくり出した朝韓関係の基礎及び成果を徹底的に破壊し、金泳三以前の時代に舞い戻ろうとしているようだ。金泳三大統領の任期中、彼はクリントン政権が朝鮮に対して戦争しようとしたことに極力反対し、戦争を阻止することに成功した。なぜならば、金泳三は、半島に戦火が起これば、誰が勝ち、誰が負けても、国家及び民族にとっては巨大な災難であることを知悉していたからだ。現在の韓国の政策決定者は、先輩諸氏の知恵及び戦略思想を綺麗さっぱり捨て去り、戦略的迷路に陥って自分では脱け出せないように見える。
<THHADは中韓関係に対する挑戦>
 韓国が選択した戦略的政策的誤りは、中韓関係に影響を及ぼさざるを得ない。王毅外交部長の上記発言及び中国の立場からして、韓米が韓国へのTHHAD配備に固執するならば、中国が手をこまねいて傍観することはあり得ず、対応措置を取る可能性は極めて大きく、その時には韓国は中韓関係を損なった苦い結果を味わわざるを得ないだろう。
 2月5日、習近平主席は朴槿恵大統領に電話し、中国はいかなる状況のもとにおいても半島非核化の実現に尽力し、半島の平和と安定の維持に尽力し、対話と協議を通じての問題解決に尽力する、……半島には核があってはならず、戦争も動乱も起こってはならないと強調した。
 習近平主席はこの会話の中で二度にわたって対話及び協議を通じての問題解決堅持を強調し、王毅外交部長も3つのボトム・ラインを明らかにした。しかし、韓国は中国の好意ある勧告を聞かず、これまでのあらゆる行動は中国の利益を最大限に損なった。一つは、韓国はアメリカと一緒になって半島の軍事的脅威をエスカレートさせ、対話と協議を堅持する正しい方向性を放棄し、半島情勢を悪化させ、戦争という危険な方向に向かって進み続け、中国周辺の安全保障環境は深刻な脅威を受けることになった。二つ目は、韓国にTHHADシステム配備を実施する計画は中国本土の安全に対してますます直接脅威となる。
 韓国現政権の政策は、韓国国内の良識ある人々によっても疑問視されている。韓国最大野党のスポークスマンは、THHADを韓国に配備することは東北アジア情勢に新たな緊張を引き起こす可能性があり、特に韓国の対中関係に「深刻な裂け目」を生み出す可能性があると批評した。それまでの中韓関係は史上最良の時期にあったという見方もあるが、THHADシステム問題により、韓国は中国の安全保障上の利益を犠牲にすることによって同盟国の利益を取り、中韓関係に損害をもたらす代価によって韓米同盟を強化するという思想的準備を行った。これに対し、中国は無原則な対応をせず、政治、経済、軍事及び外交等手段によって対抗するべきであり、韓国をしてホンモノの痛みを感じさせることで、迷った途から引き返すようにするべきだ。
<中国は如何にして局面を打破するか>
 筆者としては、近年における中米の半島政策における基本的違いを比較してみる必要があると考える。アメリカは一貫して、米韓、米日同盟及び米日韓協力システムを構築し、「アジア太平洋版小NATO」を作って、中国の台頭を押さえ込もうと努力してきた。特にアジア太平洋リバランス戦略以来、この意図はますます明確になっている。そのため、アメリカは2つのことをやっている。一つは、韓日に対して和解するように不断に圧力をかけ、韓日間の積怨及び矛盾を解消させ、ハッキリした成果を獲得している。もう一つは、「虎を野に放つこと」であり、日本を促して安保法制を成立させ、日米新ガイドラインを作り、軍事費を大幅に増加させるなどの一連の軍拡及び戦争準備を行わせてきた。この基礎の上に、米日韓の戦略協力を大幅に強化している。
 近年、中国は中韓関係のために少なからぬ力を尽くし、それなりの進展はあったし、韓米同盟を牽制する意味合いもその中に込められていた。しかし、経済貿易関係を中心とする中韓関係では韓米同盟及び米日韓協力体制に対して張り合うことは難しい。というのは力関係が余りにも非対称的だからだ。半島にちょっとしたことが起これば、韓国はためらいなく米日よりとなるのであって、THHAD問題における韓国のやり方は正にその最新の例である。
 中国が局面を打破することは不可能ということではなく、カギは戦略及びアプローチを変えることだ。筆者は、中国と朝鮮半島との運命共同体を建設するべきことを主張する。それには経済手段にのみ頼るのでは極めて不十分であり、中韓関係を発展することに加え、中朝関係も重視するべきであり、アメリカが韓日関係の和解を勧めるように、朝韓和解を推進し、中韓、中朝、朝韓という3つの関係がプラスな形で作用し合うようにし、それによって半島の平和メカニズムをつくり出す。そうすることによって初めて「アジア太平洋小NATO」を瓦解させることができる。これ以外の他のいかなる手段も対症療法にしかならず、根本的問題解決にはならないだろう。