イラン核合意履行開始とイラン政治

2016.02.15.

IAEAの天野事務局長は1月16日、昨年(2015年)7月14日に達成され、同年10月18日に発効した6ヵ国(P5+ドイツ)とイランとの核合意(JCPOA)の実行開始に必要な措置をイランがすべて完成したことを発表し、これにより、核合意はその日から実行に移されることになりました。私は、昨年4月17日付及び7月23日付コラムでこの問題について紹介しましたが、この問題についての簡単なまとめを行っておこうと思います。
 私は7月23日付コラムで、JCPOAが実行に移されるかどうかに関して障害となり得る問題として、6月24日に最高指導者ハメネイ師がイランの譲れないレッド・ラインとして5つのポイントを明らかにしたこと(10~12年という長期にわたる制限は受け入れられないこと、制限期間中も平和的核開発の調査研究及び製造行程の継続確保、署名後の経済金融制裁の即時解除、制裁解除の態様はイランの義務遵守の態様に対応すべきこと、軍事施設に対する査察に断固反対)を紹介しました。
ウラン濃縮及び濃縮関連活動の制限期間という第1点に関しては、すでにJCPOAそのものにおいて、アメリカによる制限要求を受け入れるということではなく、イランの長期計画に基づいてイランが自主的に期間を設定するという規定ぶりにすることでクリアされました。第2点に関しては、イランのNPTに基づく核エネルギーの平和利用の権利を確認することの当然の延長線上で認められています。
第3点のJCPOA署名後の経済金融制裁即時解除という点については、第4点に関するイランの義務遵守の態様いかんともかかわるわけで、1月16日の天野事務局長声明を受けて、アメリカ及びEUは即日制裁を解除することを発表しました。安保理は2007年にイランの2つの銀行を制裁リストに載せましたが、1月17日に両銀行を制裁リストから除きました。この点についてイラン外務省のアラーグチー次官は、「相手側はイランに対する制裁を合意が承認された日に解除することを約束していたが、関連の承認事項の実行は包括的共同行動計画の実施日に先送りされることになった」とし、「アメリカでもヨーロッパでも承認事項の中で(制裁解除の)指示が出されたが、制裁解除が実行されるのは (包括的共同行動計画の)実施日だ」と説明しました(1月14日付イラン日本語放送WS)。
JCPOA合意後もっとも問題となったのは、軍事施設に対する査察問題(これは、PMDすなわちpossible military dimensionsと称されています)でした。IAEAは、イランがJCPOAの開始される前に行うべき措置の実態調査を行い、その結果について報告することになっていました。
天野事務局長は、2015年12月15日にIAEA理事会に対して最終報告を提出するとともに、この報告においてイランが核兵器の研究開発を行おうとしていたか否かについて明確な回答を提供していると述べました。報告の結論は、イランは過去において「一連の核爆発装置の研究開発と関係のある活動」を行ったが、その大部分は2003年に行われた、それらの活動は科学研究及び「一定の関連技術能力の範疇」獲得の範疇を超えていないと述べました(12月16日付中国新聞社WS)。イラン側の報道によれば、天野事務局長は、「IAEAは、イランが2009年以降に核爆弾などを製造したことを裏付ける証拠を見出していない」、「IAEAの調査では、PMDに関する核物質での逸脱を示す有効な資料は見つかっていない」ことを明らかにしたと紹介されました(12月15日付イラン日本語放送WS)。天野事務局長の以上の報告を受けて、IAEA理事会は同日、イランの核兵器保有問題についてはこれ以上の調査を行わないことを決定し、イランはこの決定を歓迎しました(12月16日付中国新聞社WS)。
ちなみに、PMDに関しては、IAEAが問題のある施設に対して直接立ち入り調査を行うことを必要としていたのに対して、イランはそれを認めないとして対立していましたが、その点について両者の間でどのような歩み寄り・妥協が行われたかについては、私が接した限りの報道では明らかではありません。
いずれにせよ、JCPOAは実行に移され、イランに対する経済金融制裁は解除されました。イランのロウハニ大統領は、JCPOA/1段階からJCPOA/2段階に入ったとして、アメリカ(及びイスラエル)を除く西側諸国さらには周辺諸国との経済交流を活発に展開することによって、制裁によって疲弊してきたイラン経済の建て直しを「抵抗の経済」(Resistance Economy)の名のもとに積極的に推進しようとしています。「抵抗の経済」はハメネイ師の提唱になるものであり、ハメネイ師がロウハニ大統領の経済政策を支持していることは、最高指導者WSに掲載されている同師の累次発言でも確認できます。
内外メディアの報道では、2月26日に行われるイラン議会選挙を、ロウハニ大統領が推進する西側との積極的交流を目指す「改革派」路線とこれに反発する「強硬派」路線との対決として描き出すものが目立ちます。しかし、ロウハニ大統領は、ハメネイ師が禁止しているアメリカとの関係改善をも視野に入れているわけではありません。あくまでアメリカを除く西側諸国との関係推進を謳っているわけです。JCPOAに対してはイラン議会(強硬派が優位を占めるとするのが内外メディアのレッテル貼り的位置づけ)のラーリジャーニ議長も明確に支持する態度表明をしています。したがって、今後のイラン政治情勢を、「改革派」ロウハニ大統領対「強硬派」ハメネイ師・イラン議会という対立的図式で捉えるのでは、イラン情勢を正確に把握することには繋がらないのではないかというのが、イラン問題の素人を自認する私のささやかな意見です。