中国の国際法上の立場を糾す
-朝鮮の核実験・衛星打ち上げ及び南海問題-

2016.02.05.

朝鮮が人工衛星打ち上げを国際海事機関(IMO)に正式通報したことに関し、2月3日の定例記者会見で、中国外交部の陸慷報道官は、「朝鮮は宇宙の平和利用の権利を本来有しているが、現在、その権利は安保理決議によって制限を受けている」と指摘し、「朝鮮がこの問題で自制することを希望する」と述べました。ちなみに、2月3日付のロシア外務省の声明も、「来たるべき弾道ミサイルの打ち上げ」は「国連安保理諸決議に違反する」として、朝鮮に対して自制を求めました。私は、陸慷報道官の発言(及びロシア外務省声明)に示されている中国(ロシア)政府の安保理決議の拘束力に関する認識は誤っていると判断していますし、この点についてはこれまでもコラムでたびたび指摘してきました。
 しかし、私自身の反省点として、中国政府の国際法にかかわる問題に対する解釈・立場に関しては、この人工衛星打ち上げ問題のほか、朝鮮の核実験に対する安保理の禁止・制裁決議に中国政府が賛成してきた問題、南海(南シナ海)におけるいわゆる九段線にかかわる問題に関しても、明らかに誤っている立場(朝鮮の核実験)と中国政府の曖昧な立場(九段線)が問題をことさらに複雑にしていることを、私は正面から問いただすことを怠ってきたと思います。このことは、中国自身が国際法遵守の重要性を事あるごとに主張し、特に南海問題に関しては、アメリカが「航行の自由」を大義名分として中国が領有・管轄する島礁の12カイリ以内に侵入することに対しては、アメリカの国際法違反を難詰して止まないこととの対比においても、中国政府が抱える深刻な問題であると言わなければなりません。
 中国の旧正月(春節)明けには、朝鮮の第4回核実験及び人工衛星打ち上げにかかわる安保理の対応のあり方をめぐり、米日韓と中露との駆け引きが本格化すると思われますので、私としては、中国の国際法上の立場を糾すことを主題とした問題提起を行い、中国政府が真剣に自らの問題を検討することを主張したいと思います。また、そうすることがアメリカの国際法違反・無視の行動を中国が批判する上での国際的説得力を高めることにつながることも指摘しておきたいと思います。

1.朝鮮の人工衛星打ち上げの権利を安保理決議で制限することはできない

 陸慷報道官が「朝鮮は宇宙の平和利用の権利を本来有している」と指摘したのは、宇宙条約上すべての国々に認められている宇宙の平和利用の権利を指しています。すなわち同条約第1条は、「宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用できる」、「宇宙空間における科学的調査は、自由」と規定しています。すなわち、「いかなる種類の差別」もあってはならないのです。朝鮮の人工衛星打ち上げを狙い撃ちする安保理決議は正にこの差別に該当します。
また、これも重要な点ですが、条約第4条は、「科学的研究その他の平和的目的のために軍の要員を使用することは、禁止しない。月その他の天体の平和的探査のために必要なすべての装備又は施設を使用することも、また、禁止しない。」と規定しており、「軍の要員」「必要なすべての装備又は施設」の使用も認められているのです。現実に、人工衛星を打ち上げている国々は、人工衛星運搬手段として軍事用ミサイルを使用しています(日本は数少ない例外)。朝鮮が運搬手段として弾道ミサイルを使用することは、宇宙条約では織り込み済みなのです。
以上の私の指摘に対して「待ったをかける」ために中国が持ち出すに違いない主張は、条約第1条が「国際法に従って」利用できるとしていることです。念の入ったことに、安保理決議2087は、"Recognizing the freedom of all States to explore and use outer space in accordance with international law, including restrictions imposed by relevant Security Council resolutions"(強調は浅井)として、条約第1条に言う国際法には「安保理決議によって課される制限を含む」としています。
しかし、この主張は成り立ちません。宇宙条約第1条に言う国際法とは一般国際法のことです。安保理決議に関して言えば、安保理決議が加盟国に対して拘束力を持つのは、国連憲章第25条により、国連加盟国が安保理の決定を「受諾し且つ履行することに同意する」限りのことであって、決議そのものは国際法でもなんでもありません。増していわんや、その決議の内容が宇宙条約というもっとも基本的な条約に基づく締約国の権利を奪ったり、制限したりするような場合には、その決定自体が無効であり、朝鮮として縛られるいわれはないのです。つまり、安保理決議2087が以上のような規定を書き込むこと自体が許されないことなのです。
この点についてなお反論しようとする向きに対しては、国連憲章に関するもっとも権威あるコンメンタールであるSimma, Khan, Nolte, Paulus eds., "The Charter of the United Nations"第1巻の第25条に関する詳細な解説(pp.787-854)を参照することを薦めます。
私はむしろ、安保理決議2087に上記文言を無理やり挿入してでも、朝鮮の正当な国際法上の権利を奪いあげようとする乱暴なことをあえてする安保理(特に5大国)の姿勢に深刻な危機感を覚えずにはいられません。5大国が同意しさえすれば、国際法をもひん曲げることすらあえてするという典型的な事例にほかならないからです。ましてや、無効である決議に「違反」したことを理由にして制裁を課すなどはもってのほかと言わなければならないのです。このようなことがまかり通るのを許してしまうならば、国際社会は「ヤクザの世界」と同じです。
宇宙の平和利用は、本来祝福されるべき性格のものです。それは、朝鮮についても同じです。朝鮮の行動をまっ黒に描き出すことに利益を見出すのは、アジア太平洋における軍事プレゼンスを正当化することに血まなこなアメリカと、日米軍事同盟のNATO化と日本国憲法「改正」のための口実探しに躍起な安倍政権だけです。中国としては、こういう点にも考えをめぐらすべきであると付言しておきます。

2.朝鮮の核実験を安保理決議で禁止することはできない

核問題を国際的に規制する条約は核不拡散条約(NPT)です。しかし、慣習国際法ではないNPTの法的拘束力はNPT非加盟国には及びません(条約法条約第26条(「合意は守られなければならない」)の反対解釈)。朝鮮は2003年(1月)にNPTを脱退していますから、NPTによって法的に縛られる立場にはありません。それは、インド、パキスタン(及びイスラエル)と同じです。安保理決議は、朝鮮の行動を政治的道義的に非難することはできても、法的に朝鮮が核実験を行うことを禁止することはできないのです。したがって当然ながら、決議に「違反」したことを理由にして制裁を課すことは許されません。
国際社会としてできること、なすべきことは、朝鮮が安心してNPTに加入するような条件作り(すなわち、アメリカの対朝鮮敵視政策をやめさせること)しかありません。それは安保理のよくなし得るところではなく、米朝当事者間あるいは米朝を含むマルチの外交交渉(例えば6者協議)によるしかないのです。
中国国内にも優れた国際法学者はいるし、そもそも中国外交部が国際法のイロハ中のイ(条約は締結国のみを法的に拘束する)を知らないはずはありません。中国が朝鮮の人工衛星打ち上げ及び核実験に対する安保理決議の採択に同調したのは、アメリカ主導の安保理運営に対する協調・協力を重視しすぎていた時期の誤りに出発点があります。中国としては、「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(論語・学而篇)を思い出すべきです。

3.中国は「九段線」に関する国際法上の立場を明確にするべきである

海洋法条約に加入していないアメリカが自らの勝手な解釈に基づく「航行の自由」を押し立てて中国が領有し、管轄する島礁の領海内に土足で踏み入ることは許されないことです。その限りでは、中国がアメリカを批判し、そういう行動をやめさせようとするのは正当です。しかし、九段線の国際法上のステータスについてことさらに触れようとしていない中国の曖昧さは、アメリカにつけいる隙を与えているのも確かです。
実際に中国は、南海における航行の自由は保障されているし、これまで何の問題も生じていないという指摘も行っています。このような指摘は、九段線が法的な国境線を構成し、したがってその内側の海域は領海となるという解釈からは出てきようがないものです。ということは、中国政府は暗々裡にせよ、九段線が法的な国境線を構成するのではないことを認めているはずです。
確かに九段線が法的な国境線を構成しないとすると、西沙、南沙、東沙の島礁に対する中国の領有権に関する立場が害されてしまうのではないかという懸念はあり得るでしょう。しかし、中国の九段線(中華民国時代は十一段線)でカバーされた諸島礁に対する領有権の主張は、アメリカを含めて長らく異議が提起されたことはないというのは中国側指摘のとおりであり、したがって、九段線で囲われる域内にある島礁は中国の領土であるという中国の法的立場が害されるものではないはずですし、九段線内の公海部分における航行の自由に関する中国の従来の説明にも無理を生まないはずです。中国は思いきって、九段線の国際法上の意味に関する明確な説明に踏み切るべきです。

(結論)

中国政府は国際関係の民主化を強く主張し、アメリカ主導のパワー・ポリティックスを批判しています。中央政府の存在しない国際社会では、実力を有する大国が率先して法の支配を強調し、実践しないと、大国主導の弱肉強食の世界に陥る危険が極めて高いわけです。国際法は正に国際社会で「法の支配」を実現するため、つまり国際社会を「社会」たらしめるための最大のよすがです。
私は、以上の3つの国際法の解釈・適用にかかわる問題に関して中国が自らの姿勢を正すこと(私は、この3つ以外では、中国の国際法に関する立場に問題を感じたケースは、これまでのところありません)は、国際関係の民主化にとって極めて重要な意味を持つと確信します。逆にいえば、アメリカにもの申すときは国際法に依拠しながら、自分の意に沿わない国家(ここでは朝鮮)に対してはアメリカの力尽くの政策に迎合するというのでは、多くの発展途上諸国を含めた国際社会の確固たる信頼を獲得することは難しいと思います。
中国の熟考、猛省を促します。