日露関係に関するラブロフ外相発言

2016.01.30.

ロシアのラブロフ外相は1月26日、2015年のロシア外交実績に関する記者会見に臨み、その中で日露関係に関する記者の質問に詳細に答えました。ラブロフの発言は、次の2点において重要なメッセージを日本に投げかけるものとなっていると思います。
 第1点は、日ロ平和条約に関するロシア側の三つの立場が明確に表明されているということです。一つは、平和条約と領土問題の解決は同義ではないというというロシアの立場が改めて明確にされていることです。もう一つは、日ロ平和条約の締結交渉に当たっては、日本による第二次大戦の結果の承認を抜きにしての前進はあり得ないという認識を、これまた改めて明確にしていることです。第三点は、平和条約の締結問題は、領土問題だけではなく日露関係を総合的に発展させる中で進めていくべきものだという認識を再確認していることです。
 以上の3点を綜合すれば、ロシアが領土問題で日本の主張を受け入れる可能性は限りなくゼロに近いというメッセージをラブロフが伝えようとしていることは、誰の眼にも明らかです。「領土問題を解決して平和条約を締結する」という日本政府の立場とはほど遠いものがあるということです。
安倍政権(というより、安倍首相)は、プーチンの訪日を実現しさえすれば、領土問題打開に繋がるかの如き印象をばらまくことに腐心していますが、プーチンが訪日するとしても、それを領土問題に対するロシアの「前向き」の姿勢の表れなどとは誤解しないことが肝要でしょう。もちろん、プーチンは百戦錬磨の政治家ですから、領土問題を「エサ」にして日本からの経済協力を最大限に引き出そうとしていることは素人でも分かることですが、そのプーチンにすがりついて、「個人的信頼関係」とやらで領土問題についても何とか進展をと安倍首相が考えているのであるとすれば、それは脳天気以外の何ものでもないでしょう。
 第2点は、記者の質問とは無関係に日本の安保理常任理事国入り問題を語り、日本に対して厳しい条件を突きつけたことです。要するに、日本がアメリカの言うなりの国家であり続ける限り、ロシアが日本の常任理事国入りを支持することはあり得ないということです。中国は、日本の歴史認識を前面に出して日本の常任理事国入りは問題外としていますが、ロシアは日本の対米追随が改まらない限り、日本の常任理事国入りはやはり問題外としているということです。
 以下は、ロシア外務省WS(英文版)に掲載されたラブロフの発言の大要です。

(質問)最近、安倍首相は日露関係について発言した。大臣は、この問題についてどのような見通しをもっているか。
(回答)ロシアは、日本との緊密かつ友好的な関係に関心がある。日本は、ロシアの重要な隣国であり、貿易、経済、人道及び文化的な結びつきを持っている。日本企業は、ロシア市場で活動しており、炭化水素の加工をマスターしている。日本企業は自動車製造その他のハイテク産業にもかかわっている。ロシアは、これらのプロジェクトが両国及び人民の利益になるように発展することを望んでいる。
 プーチン大統領と安倍首相との間には、平和条約問題はあらゆる手段によって(by all means)解決されなければならない問題のリストに含まれるべきであることについて合意がある。我々は、平和条約が領土問題を解決することとは同義である(synonymous with)とは考えていない。条約は、二国間関係が事実上もまた法的にも正常となるために取らなければならないステップである。1956年に両国が締結し、批准した唯一の文書はいわゆる(日ソ共同)宣言であり、そこでは明確な表現で、諸島についての合意が最終的にどのように達成されるか否かにかかわらず、平和条約を署名することに優先順位を与えている。そこでは、善意の表れとしての2つの島のソ連から日本への引き渡し(返還ではない)は平和条約の後に行われると規定している(It reads: the peace treaty followed by the transfer, rather than the return, by the Soviet Union to Japan of the two southern islands as a goodwill gesture)。  以下のことをくり返す。この宣言は次の主要なテーゼに基づいている。宣言は、ソ連と日本による第二次大戦の結果の承認を記録した。この立場の確認及び第二次大戦の結果の承認(そのことは国連憲章に記録されている)を抜きにして、前進することは現実的に不可能である(Without the confirmation of this position and recognition of the results of World War II, as they are recorded in the UN Charter, it is practically impossible for us to move forward)。わが日本の同僚たちはこのことを知っている。プーチン大統領と安倍首相の指示を果たすべく、我々は昨年、平和条約に関する話し合いの一環として、同条約の歴史的側面について特別の議論を行った。我々は、これらの歴史的側面に関してなんらかの共通の結論に至らなければならない。つまるところ、我々は法外なことを要求しているわけではない。我々が日本側に求めているのは一つだけだ。つまり、国連憲章を署名し、批准した他のすべての国々と同じように、第二次大戦の結果は改定されないとする第107条を含むすべての国連憲章の条項に日本がコミットしているということである。これらの要求が過剰なものだとは思わない。日本はこの文書を批准したのだから。
 とは言え、我々は議論することにはオープンだし、続けていくだろう。次のラウンドは2月にも次官レベルで行われるだろう。我々は、日本側が提起する問題を議論する。我々は如何なる問題も回避していない。私は、歴史的側面、何よりも第二次大戦の結果は取り除いたり、忘れたり、脇においたりすることのできない議論の一環であるということをくり返しておきたい(I'd like to repeat that the historical aspect, first of all, the results of World War II are a part of the discussion that cannot be obviated, forgotten or set aside)。我々はこの問題をぶつけ(bump into)続けるだろうし、日本の同僚たちはそのことを知っている。
 ロシア大統領及び日本の首相(安倍氏の前任者も安倍首相自身も)は、平和条約問題を解決するためには、双方が貿易、経済、人道及び文化の領域並びに世界の問題を含め、すべての領域での両国の協力のレベルを実質的に高める必要があるとくり返し指摘してきた。
 私はすでに貿易及び経済の領域についてお話しした。ちなみに、日本企業は政治に先行している。日本の政治家の中には、平和条約が締結され、領土問題が解決されれば、日本企業はロシア経済に大いにかかわるようになるだろうが、そうならない場合には安全運転するだろうと言うものがいる。…しかし、ほとんどの場合、企業は政治的な判断を待っておらず、活発に活動している。我々はこれを支持する。私は、両国の協力が緊密になればなるほど、他の如何なる問題の議論と解決もますます容易になると確信している。
 我々は、日本政府に対して、日本企業によるこれら諸島に対する投資を支持するようくり返し提案してきた。我々は、追加的な特別の条件、すなわち自由貿易地帯を作ることも示唆した。平和条約問題の完全かつ最終的な解決を待つことなしに、これら諸島で協力するための多くの選択肢がある。…換言すれば、平和条約がないことの影響を我々は感じていない。平和条約がないということはあたかも両国が敵国であるかのごとく解釈されるかも知れないが、両国は敵国同士ではない。もちろん、平和条約を締結することがよいことであることは言うまでもないが。
 両国の人道的結びつきは大きな進展を見せている。日本は毎年ロシア文化祭を開催し、ロシア議会のナルシュキン議長は開会式に出席している。2016年にもそうするだろう。我々は、日本の出演者の到着を期待している。
 国際活動を含むあらゆる分野での二国間関係をまったく新しいレベルで発展させるという両国指導者の合意を満たすべく、ロシアとしては、外交政策問題でもっと緊密に協力したいし、より独立した日本になって欲しい。日本は国連安保理の常任理事国になりたいのだからなおさらそうだ。ロシアは日本の願望を理解している。
ロシアとしては、安保理の常任理事国になろうとしている国々がそれぞれの地位においてその価値とバランス的要素とをつけ加えて欲しい。しかし、ある国家がアメリカと同じ立場を取るのであれば、政治的プロセスに対して貢献しないし、決議の起草においてバランスを図るということにもならない。原則として、ロシアは、すべての国家が世界の問題について独立し、自国の国益に従って行動して欲しい。プーチン大統領はEUに関してその点を詳細に述べたことがある。
これは孤立とか自己隔離とかいうことではなく、決定を行うときに自国の利益を反映するように国際法に従うということであり、圧力に応じて誰かを喜ばせるために自国にとっての利益を忘れるということから自由になることである。今日の世界の外交構造は西側が数世紀にわたって世界を支配するという時代に形作られたものであるが、私としては以上に述べたことが何時の日か現実のものとなることを期待している。(外圧に従うという)習慣を脇におくことは極めて難しいが、私としてはそういう変化が遠くない将来に現実になることを願っている(浅井注:この一節の英文は晦渋で、判読しがたいのですが、文意を読み取るように心掛けて訳してみました)。