金正恩の新年(2016年)の辞

2016.01.11.

金正恩は2016年1月1日、新年の辞を発表しました。その構成は、前年度の総括、新年度の課題、経済活動・国防建設、南北統一問題と国際関係という順序であることはこれまでの3回の新年の辞と同じです。それだけに、過去との比較が行い易く、分析するものとしてはありがたいものとなっています。  今年の新年の辞でもっとも注目されるのは、朝鮮労働党第7回大会が本年開催される予定であることと深く関連すると思うのですが、「先軍」に対する言及がないことです。2015年1月4日付のコラムで指摘したように、「先軍」への言及は、2013年の新年の辞が4回、2014年が3回、2015年が2回と毎年減ってきていましたが、本年になってゼロとなったわけです。「先軍思想」あるいは「先軍政治」は、金正日が1997年に打ち出したものとされ、2009年憲法に「主体思想」とともに指導思想として明記された経緯があるだけに、朝鮮における党軍関係の今後のあり方を考える上で、労働党大会において「先軍」の位置づけがどうなるかについては注目する必要があると思います。ちなみに、第6回党大会は1980年10月であり、金正日施政下では党大会は一度も開催されませんでした。
ちなみに、金正恩のもと、2013年3月末の労働中央委員会総会が採択した経済発展と核開発を並行して進めるという「並進路線」についても、今年の新年の辞では言及がありません。すなわち、2015年の新年の辞では、「国防工業部門では、党の並進路線を貫徹して軍需生産の主体化、近代化、科学化を推進し、朝鮮式の強力な最先端武力装備を大いに開発し、さらに完成させていくべきです」とありましたが、本年における該当箇所では、「軍需工業部門では国防科学技術を発展させ、国防工業の主体化、現代化、科学化の水準をさらに向上させ」るとなっています。
関連して付言すれば、本年の新年の辞では、以上に続けて、「敵を完全に制圧できる朝鮮式の多様な軍事的打撃手段をより多く開発、生産しなければなりません」という発言があります。2015年の該当する記述は、今見たように「朝鮮式の強力な最先端武力装備を大いに開発し、さらに完成させていく」(強調は浅井)でしたから、「朝鮮式の多様な軍事的打撃手段をより多く開発、生産」(強調は浅井)という発言は、金正恩政権が地上発射弾道ミサイルだけではなく、海中発射弾道ミサイルの開発にも注力していることを念頭においたものと見られます。
以下においては、2015年1月4日付コラムで紹介した内容と比較しつつ、本年の新年の辞の内容を見ておきたいと思います。

1.前年度の総括

2015年の新年の辞が、2013年12月12日の人工衛星の成功裏の打ち上げを背景に、「昨年は、党の指導のもとに強盛国家建設のすべての部門で最後の勝利を早めるための土台を打ち固め、朝鮮の不抜の威力を轟かせた輝かしい勝利の年でした」と総括したのに対し、本年の新年の辞では、8月危機(浅井注:2015年8月30日付コラム参照)を乗り切った自信を踏まえ、「2015年は、意義深い出来事と驚異的な成果で織り成された壮大な闘争の年、社会主義朝鮮の尊厳と威容を高く轟かせた勝利と栄光の年でした」という総括になっています。金正恩が如何に8月危機を成功裏に乗り切ったことを重視しているかは、「昨年、わが軍隊と人民は祖国と民族に迫ってきた戦争の危険を防ぎ、共和国の尊厳と世界の平和を立派に守り抜きました」、「敵対勢力の重大な政治的・軍事的挑発策動のため武力衝突になりかねなかった一触即発の危機を克服し、戦争という災いの激浪の中で祖国の尊厳と安全を守り抜いたことは、軍民大団結の巨大な力、白頭山革命強兵の強大無比の威力がもたらした輝かしい勝利です」と述べていることにも明らかです。

2.新年度の課題

新年度の課題としてもっとも強調されているのは、当然のことながら第7回党大会の開催とその意義についてです。2015年の新年の辞では、「2015年は、祖国解放70周年と朝鮮労働党創立70周年に当たる非常に意義深い年です」、「10月の大祝典場に向かって力走しなければなりません」と力説していました。それに対して本年の新年の辞では、「今年は朝鮮労働党第7回大会が開かれる意義深い年です。朝鮮労働党第7回大会は、金日成同志と金正日同志の賢明な指導のもとにわが党が革命と建設で収めた成果を誇り高く総括し、朝鮮革命の最後の勝利を早めるための素晴らしい設計図を示すでしょう」と述べています。
今にしてふり返れば、2011年12月に金正日が突然死去したのを受けて政権に就いた金正恩は、2012年から2014年までの3年間を政権の基盤固めに当て、その基礎の上で、2015年の祖国解放70周年と労働党創立70周年及び2016年の労働党大会を契機に、政権基盤を盤石にすることに注力しているという姿を読み取ることができそうです。この中で、「先軍」を強調した金正日の政治路線を再び労働党を中心とする軌道に戻そうとする金正恩のグランド・デザインを読み取ることができそうです。

3.経済活動

経済活動に関する金正恩の発言内容は、2013年から2015年までは顕著な変化が見られました。すなわち、2013年には「朝鮮式の社会主義経済制度を固守」としていたのが、2014年には「経済活動に対する指導と管理を抜本的に改善しなければなりません」とし、「党の指導のもとに経済に対する国の統一的指導を強化し、企業体の責任感と創意性を高め、すべての勤労者が生産と管理において主人としての責任と役割を果たすようにすべきです」という記述に変わりました。つまり、国の統一的指導強化を言いつつも、力点は企業及び勤労者の主体性強化に置かれるようになったのです。 そして2015年には、「内閣をはじめ国家経済指導機関で現実的要求にかなった朝鮮式の経済管理方法を確立するための活動を積極的に推進し、すべての経済機関、企業体が企業活動を主動的に、創意的に行うようにすべきです。各級党組織は経済管理方法を改善する活動が党の意図どおり進められるように強く後押ししなければなりません」とまで踏み込みました。つまり、国の統一的指導という考え方が姿を消し、「朝鮮式の経済管理方法」の確立が謳われ、企業の主体性がさらに強調され、党組織はそれを後押しするべきだとされるまでになったのです。
これに対して本年の新年の辞では、「内閣と国家経済機関では経済作戦と指揮を画期的に改善すべきです。経済幹部は党の政策で武装し、勤労者の底知れない創造力と現代科学技術に依拠してすべての部門を急ピッチで発展させる原則に沿って経済活動を革新的に作戦し、力強く推し進めなければなりません。条件が不利で隘路が多いほど経済発展のキーポイントを正しくとらえ、そこに力を集中しながら経済全般を活性化していかなければなりません。チュチェ思想を具現した朝鮮式経済管理方法を全面的に確立するための活動を積極的に推し進めて、その優越性と生命力が強く発揮されるようにしなければなりません」と強調しています。
つまり、朝鮮式経済管理方法の全面的確立という課題の扱いは2015年と代わりがありません。ということは、この政策はほぼ定着したということを意味していると見ることが可能でしょう。むしろ、「内閣と国家経済機関では経済作戦と指揮を画期的に改善すべき」、「勤労者の底知れない創造力と現代科学技術に依拠してすべての部門を急ピッチで発展させる原則に沿って経済活動を革新的に作戦し、力強く推し進めなければなりません」というように、朝鮮式経済管理方法において露わになっているボトル・ネックの解決の必要性を強調しているように見られます。
ちなみに、対外開放にかかわる発言は、これまでの新年の辞でもありませんでしたが、本年についても直接の言及はありません。

4.南北統一問題

本年の新年の辞が2015年のそれともっとも大きな違いを示しているのは南北統一問題の部分です。これまでの流れをふり返ると、2013年は一般論に終始し、2014年は「われわれは金日成同志と金正日同志の遺訓を体して、今年、祖国統一運動に新たな前進をもたらさなければなりません」とは言うものの、具体的な内容はまだありませんでした。しかし、2015年には、「雰囲気と環境がもたらされ次第、最高位級会談も開催できない理由はありません」として、南北首脳会談の可能性にも言及する、極めて積極的かつ具体的な発言を行ったのです。そして実際に、金正恩政権は当初活発な働きかけを韓国に対して行いました。
しかし、本年の新年の辞は、金正恩政権のそうした働きかけに対して、「南朝鮮当局は、北南対話と関係改善の流れに逆行し、われわれの「体制変化」と一方的な「体制統一」を公然と追求しながら北南間の不信と対決を激化させました」と断じました。そして、「われわれは今年、「内外の反統一勢力の挑戦をはねのけ、自主統一の新時代を切り開こう!」というスローガンを高く掲げ、祖国統一運動を一層力強く繰り広げなければなりません」として、反統一勢力の挑戦をはねのけることで統一運動を進めていくという、極めて厳しい見通しに立っていることを明らかにしています。
さらに本年の新年の辞は、「わが民族を分断させたのも外部勢力であり、朝鮮の統一を妨げるのもほかならぬアメリカとその追随勢力」として、アメリカが南北統一を妨げる元凶であると批判しました。アメリカこそが「北南関係に重大な障害をもたらして」いるいう認識です。そして、「昨年の8月事態は、北南間の些細な偶発的事件も戦争の火種となり、それが全面戦争へと広がりかねないということを示しています」という発言に明らかなとおり、8月危機は、南北統一問題との絡みにおいても、朝鮮のアメリカに対する警戒感をさらに高めました。
したがって、2015年におけるような「最高位級会談も開催できない理由はありません」という積極的さらには楽観的な表明は姿を消し、「侵略者、挑発者が少しでもわれわれに手出しをするならば絶対に許さず、容赦ない正義の聖戦、祖国統一大戦をもって断固応える」という厳しい認識が示されるのです。そして韓国に対しては、「民族の総意が集大成されており、実践を通じてその正当性が実証された祖国統一3大原則と6・15共同宣言、10・4宣言を尊重し、誠実に履行していく意志を示さなければなりません」と要求し、「昨年の北南高位級緊急接触の合意精神を貴び、それに逆行したり対話の雰囲気を害する行為をしてはなりません」と釘を刺すのです。
ただし、朝鮮は決して対話の扉を閉じているわけではありません。そのことは、「われわれは北南対話と関係改善のために今後も極力努力するであろうし、真に民族の和解と団結、平和と統一を願う人であるなら、誰とでも対座して民族問題、統一問題を虚心坦懐に論議するでしょう」という発言に込められています。

5.対外関係

本年の新年の辞の今一つの特徴は、対外関係一般に関する発言が姿を消していることです。
すなわち、2013年及び2014年には、「自主、平和、親善」の対外政策理念を表明するという、簡単ではあるけれども、対外関係に関する原則表明はありました。2015年には、厳しい国際情勢認識を示したのに続けて、「国際情勢がどう変わり、周辺関係の構図がどう変わろうと、われわれの社会主義制度を圧殺しようとする敵の策動が続く限り、先軍政治と並進路線を変わることなく堅持し、国の自主権と民族の尊厳を断固として守るでしょう」と述べるとともに、「われわれは革命的原則と自主の支柱に基づいて国の尊厳と利益を第 一とし、対外関係を多角的に、主動的に拡大し発展させていくでしょう」と、「対外関係を多角的に、主動的に拡大し発展させていく」という方針を明示しました。実際、2015年の朝鮮外交は極めて活発だったことは事実が示すとおりです。
しかし本年の新年の辞では、国際情勢認識の表明はありません。朝鮮は、2015年10月以来、アメリカとの和平協定締結を前面に押し出してきましたが、それが不首尾に終わったことを踏まえ、「アメリカは、停戦協定を平和協定にかえ、朝鮮半島で戦争の危険を除去し、緊張を緩和し、平和的環境を整えるというわれわれの公明正大な要求をかたくなに拒み、時代錯誤の対朝鮮敵視政策を引き続き追求して緊張を激化させ、追随勢力を押し出して反共和国「人権」謀略騒動に狂奔しました」とアメリカを激しく糾弾します。そして、「侵略と戦争、支配と従属に反対する世界人民との連帯を一層強め、わが国の自主権を尊重し、わが国に友好的に接するすべての国との親善・協力関係を発展させていく」という表現で、友好諸国との親善・協力関係発展という方針を打ち出すに留めているのです。